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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第一部 未来を知る者

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162/524

161.誤解というのは

 



 火の魔法が自在に使えたらよかった。


 眠りにつくまでの間、私が暖をとれるようにと、メリルは魔法の火を灯したランタンを置いて行ってくれた。それを自分ではなくティーセットのすぐ傍に置いて、私はベッドに面した部屋の窓を一つ、開けている。

 冷たい風が吹き込んでくるけれど、冬用のネグリジェの上から厚手のローブを着ているし、脚もタイツを履いておいたので防寒はそれなりだ。


 これからやって来る人のために、窓の額縁にはふわふわの絨毯を敷いてある。

 そこに頬杖をついて、少しだけ雲のかかった星空を見上げた。今日も星々は美しく輝いている。



 トン、と屋根の方から着地音がした。



「アベル?」

「あぁ。」


 私の小声に対して、短く言葉が返ってくる。

 大人しく少し身を引いておくと、外側に開いた窓の縁に片手をついて、濃紺のコートを着たアベルが慣れた様子で下りてきた。前を留めてないけど寒くないのかしら。内側はシャツにベスト。ネクタイはないしジャケットも着ていない。ズボンの生地が冬用と見て少し安堵した。

 珍しく肩掛け鞄など持っているけれど中身はなんだろう。小さく息を吐いて、アベルは私を見下ろした。


「悪い。窓は閉めていて良いと、先に言っておけばよかったね。」


 金色の瞳が私の部屋をちらりと見回すと、空中に小さな火の玉がぽぽぽ、と浮かんでいく。カチカチ、と窓の鍵が勝手に開き、僅かずつ開いていった。暖房と換気だろう。

「ありがとう、アベル。暖かい格好をしていたから、大丈夫よ。」

 心遣いが嬉しくてつい顔がほころんでしまう。

 私はサイドテーブルに置いていたティーセットで紅茶を準備して、トレイごと額縁に乗せた。いつものように腰かけたアベルは絨毯を手で触り、ぱちぱちと瞬きする。


「…来る度に待遇がよくなっている…。」

「大事なお客様だもの。」

「公爵が知ったら剣を取りかねないけどね。」

「まぁ。貴方とお父様なんて、どうなるのか想像つかないわ。…どうぞ。」

「ありがとう。」

 砂糖の溶けた紅茶をアベルに渡して、私は自分のカップを両手で包んだ。手袋まではしていなかったから、ほどよい暖かさにほっとする。一口こくりと飲み込めば、熱がじわりと身体に染み込む心地がした。

 カップをソーサーに置くと、アベルがこちらを見ているのに気付く。


「真面目に聞くんだけどさ。」

「なぁに?」

「君……僕に口説かれたと思った事ある?」

 平然とそんな事を聞かれて、一瞬、聞き間違いかしら、と考えた。

 あまりにもアベルに合わない言葉だったので、答えるまで数秒かかってしまった。


「ないわ。だって…っふふ。貴方、私を口説こうとした事なんて、ないでしょう?」

 思わずくすくす笑ってしまう。

 何がどうしてそんな質問をするに至ったのかしら。アベルは当然の回答を得たかのように頷いている。

「ならいいんだ。何も問題ない。」

「誰かに言われたの?」

「君の父親に、口説くような事を言ってると指摘されてね。」

「お父様に?」

 きょとりと目を丸くした。口説くような事……はて、何かあったかしら。

 舞踏会の時、お父様の様子が少しおかしかったからあの時に?

 アベルは難しい顔で腕組みをした。


「正直…君の言い方のほうがだいぶ語弊があったと思うけど。」

「そうなの?確かに以前、サディアスにも…誤解を招く発言が多いと言われた事があるわね。」

「……気を付けなよ、本当に。」

「わ、わかったわ。でも、どの言葉にどんな語弊があったのかしら。」

 膝の上に手を置いて、きちんと聞く姿勢でアベルを見つめる。

 カップを傾けたところだった彼は、一口飲んで紅茶を置いてから、私を見た。数秒、黙って見つめ合う。


「………、言えと?」

「そうね。気を付ける以上は、何か指針があると助かるのだけれど…」

「とりあえず、ウィルと二人で話すような事は…他の人に言わない方がいいんじゃない。」

「ウィルと話す事…」

 二人で、となると思い出話かしら。


 たとえば……ある日、木登りできる?と聞いてみたら、ウィルはあっという間に高く登ってしまって。メリルがちょっと離れていたのをいい事に、「私も!」なんて。

 ウィルは「降りるから君はそこにいて」って焦っていたけれど、彼が降りてからも私は挑戦して、でも全然上手くいかなくって、あちこちひっかかったワンピースがほつれだらけに…。


 思い出から現実へ視線を戻すと、アベルがこちらをじっと見つめていた。大人びた冷静さのある彼にそうされると、記憶の中の自分が恥ずかしく思えてくる。じわりと顔が熱くなって、目をそらした。


「……君とどんな話をしてるかなんて、わざわざ聞いた事はないから。安心しなよ」

「そ…そうね、ウィルは言いふらしたりしないもの……。」


 ――いえ、待って?


 ウィルとの思い出話なんて、最近誰かにしたかしら。誤解を招く発言は控えようという話ではなかった?

 私は頬に指先をあてて、少し首を傾げる。


「えぇとつまり、誤解というのは……?」

「だから、君とそういう…親密な関係だと思われたら、困るでしょ。」

 そこまで言わないとわからないのかとばかり、アベルは眉根を寄せている。

 幼馴染(ウィル)くらい親密だと思われるのはよろしくない、と?もう少しよそよそしく話せという事だろうか。せっかく仲良くなれたのに、それも少し寂しい気がする。眉が下がってしまう。


「仲良しでいるのは、だめかしら……。」

「…君からしたら僕は弟みたいなものだろうけど、周りがそれを理解してるわけじゃない。」

 諭すように言うアベルをじっと見つめた。

 貴方は確かにウィルの弟だけれど、私と並べて兄弟で表すなら兄では?誕生日も先なのだし。


「…何か不服でも?」

「どちらかと言えば兄のようだわと思って……あ!それとも私、貴方にとって《お姉さん》かしら?」

 だとしたら少し嬉しいかもしれない。

 誇らしい気持ちでつい照れ笑いしたけれど、アベルは目を細めて全くピンとこない顔をしている。……それはそれでちょっぴり悲しいわね。はしゃいだ気持ちがあっという間にしおれていく。私はしょんもりと視線を落とした。


「では…やはり、手のかかる妹というところでしょうか……。」

「僕がどう思うかは関係なく、単に将来……とにかく、大勢に誤解されるようではよくない。」

 いわく、舞踏会以降、私達について噂する人が増えたらしい。

 割と色んな方と踊ったはずだけれど、一番最初にペアを組んだせいかしら。パートナーに選ばれたのはあくまで、私が公爵家の娘だからなのに。

 ……なんて言ったところで、噂が好きな方々には通用しないわね。


「そういえば、クリスも少し誤解していたの。」

「あの子が?」

 私は頷いた。

 先日アベルが庭に来てくれた時、私がチェスターと、アベルがどなたか女性と出かけると知って、クリスは走り去ってしまった。後で理由を聞いたのだ。


「私と貴方が、そのうち婚約する間柄だと思っていたんですって。」

「……何でまた。彼の前でそれらしい言動をした覚えがないんだけど、ウィルはどうしたの。」

 疑問ももっともだ。

 お友達歴はウィルの方がずっと長いものね。私は紅茶で喉を潤してから、そうね、と呟いた。


「あの子は貴方に憧れているから、お兄さんになってほしかったんだと思うわ。否定したらすごく落ち込んでしまって……」

 侍女のチェルシーが「これからに期待しましょう」なんて、励ましていたけれど。私は苦笑いでそっと退室するしかなかった。可愛いクリスに追い打ちはかけたくない。

 アベルが持ち上げたカップから、湯気が細く揺らめいて消えていく。


「難しいわね。」

「……難しいというか、無理でしょ。僕も妃をとるつもりはないし。」

 カップがソーサーに触れる、ごく僅かな音がした。

 持ち手から離れた指を引き留めるように手を重ねて、私はアベルを見上げる。貴方にその気がない事くらい、ちゃんとわかっているわ。でも。


「それでもいいから、私達と一緒にいてね。」


 ウィルが望んでくれたように、私が望んでいるように。

 クリスだって、チェスターだって、サディアスだって……皆、貴方が大好きなのだから。


「いなくなったりしたら、皆で地の果てまで探します。」

「…それはやめろ。」

 アベルが眉を顰めて言う。


 死んでしまったウィルのために国を守ろうとした貴方が、ウィルを庇って死んでしまった貴方が、カレン以外……誰とも未来を歩もうとしなかった貴方が。

 自分がいなくなる方が良いと言って、いつ、どこへ消えてしまうつもりなのか……私にはわからない。

 諦めるつもりはないけれど、ねぇ、アベル。



「貴方も少しくらい、皆との未来を考えてくれないかしら。」



「…それは……」

 僅かに眉を下げ、アベルは苦い顔で目をそらした。

 重ねていた私の手を、壊れ物に触れるように優しく押し留めて、離す。


「話を戻すけど、」

「えっ。」

「君はよく手に触れるでしょ。前もその癖は直した方がいいと言ったはずだし、今後特に控えるように気を付けてくれるかな。これ以上噂されても互いに迷惑――」

 がし、とアベルの腕を掴んだ。

 抗議の視線を向けると、自然に眉根が寄ってしまう。驚いたようにこちらを見たアベルが、すぐ冷静さを取り戻して不満を目に表した。


「貴方今《それは》って言ったでしょう、言いかけたのなら最後まで。何を言おうとしたの?」

「《それはさておき》。これでいい?」

「誤魔化していない?もし《それはできない》と言うつもりだったなら、ちゃんと理由を――」

「シャロン、離せ。」

 ピリ、と張り詰めた空気を感じ取って、私は口を噤む。

 緩んだ手から腕が離れた。


「次に会うのはジェニー嬢の快気祝いだろう。僕が君をエスコートする事はないから、君も間違っても僕に触れないように。」

「…わかったわ。」

 どうしても、言い直してはくれないみたい。

 渋々頷いた私を、アベルは疑わしげに眺めている。


「君、本当にわかった?以前注意してからあまり変わっていない気がする。」

「一応気を付けているのだけれど……チェスターと一緒に牢を出られた時とか、サディアスに魔法を教わった時…狩猟の後、皆が無事だった時……」

 私は顎に軽く手をあてて首を捻り、記憶を引き出していく。

 嬉しかった時、ほっとした時、手をぎゅっとして喜びを分かち合いたい時、ちゃんと我慢を…


「あぁでも、舞踏会の直前にウィルと会った時は、手を重ねてしまったわね。」

「ウィルはいいよ。」

 えっ、どうしてそこだけ?




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