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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第一部 未来を知る者

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160.増強剤と副作用




 騎士団本部の会議室へ通され、ウィルフレッドは先に来ていた弟の隣へと座った。


 共に入室した護衛騎士二人は壁際に控え、その片方――緑髪を低い位置で結び、身体の前へ垂らしたヴィクター・ヘイウッドは、第二王子の護衛騎士がこの場にいない事を確認する。いつもの事だ。


「第一王子殿下、ご機嫌麗しく。王国騎士団三番隊の隊長を務めております、クレメンタイン・バークスと申します。」


 騎士隊長の制服に身を包んだ細身の女性が、薄く微笑んで騎士の礼をした。

 歳は三十代前半ほどか、灰褐色の髪は眉の上で切り揃え、耳の前側は鎖骨に触れる長さだが、後ろは襟足を刈り上げてある。黒い瞳を抱く細い目は右にだけモノクルをかけ、腰に携えているのは剣ではなくレイピアだ。

 テーブルに並べられた品々から視線を上げ、ウィルフレッドが頷く。


「あぁ。よろしく頼む。」

「では魔力回復に関わる薬の概要から――今更なお話かもしれませんが。」

 双子の王子の前には五つの薬品が置かれていた。

 クレメンタインは指揮棒を手にし、まずはそのうち最も端にある薬瓶をコツリと示す。これには透明な液体が入っており、沈殿物などは見当たらない。


「正規品《ジャック》。副作用を起こす可能性が極めて低く、量によって魔力を少~中程度回復致します。効果の発現は遅くとも十分以内。あくまで回復なので、元々持っている魔力量より増える事はありません。」


 女神祭の最終日、ウィルフレッドがショーの直後にヴィクターから受け取った薬だ。

 続けて隣に置かれた白い丸薬へ指揮棒が移る。


「《クローバー》。違法増強剤の中では最も古くから存在する物ですね。噛み砕いて服用します。五分~十分で効果が発現し、魔力を中程度増やしますが、幻覚を見やすく依存性がある。禁断症状は言語障害、視覚障害など。」


 その隣、小さな容器には塗り薬が入っていた。

 ウィルフレッドが軽く手で仰ぐと、清涼感のある甘い香りが漂う。


「これが最も出回っているかもしれませんね。《ハート》…魔力の増加量は少ないものの、気分の高揚と多幸感が長時間得られるため、重度の依存症に陥る者が多いです。唇や歯の裏に塗ったものを舐めて服用し、禁断症状は強い苛立ちや不安感、動悸…そして人格の破綻。」


 狩猟に向けて肉食獣を集めていた、コンラッド・ソーンダイク子爵はこれの常用者だった。本人の意思に関わらず、第一王子が死ねばアベルが王だと――そう叫んでいた男だ。

 くすりと笑い、クレメンタインは次へと指揮棒を移す。

 透明な液体の入った薬瓶だ。良く見ると底に塵のような沈殿物が確認できるものの、作りの荒い薬品にはよくある事だ。


「こちらは《ダイヤ》。魔力の増加量は正規品《ジャック》と同程度で安価。ただし錯乱しやすく幻覚を見る場合もある。常用している者は異常発汗や動悸、記憶障害を起こしますので見つけやすいですね。見かけがこれですので別の薬と偽りやすく……精力剤としてオークションにかけられた事もあるとか。」


 画家ガブリエル・ウェイバリーの使い魔である猫が賭博場から盗み、エクトル・オークションズで競売にかけられるところだった品だ。

 次に指揮棒が示したのは、乾燥させた葉。

 くすんだ青紫色をしていなければ煙草のように見えただろう。


「《ロベリアの罪》…通称《スペード》は、高い魔力増強効果と即効性が特徴ですが、その分とても魔力の暴走を起こしやすい。時折幻覚と錯乱をもたらし、それによって暴力沙汰を起こしがちですね。嚙み潰さずにパイプ等で煙を吸うと、効果の発現は遅れますが、暴走する確率だけは抑えられるようです。そして」


 指揮棒をぱしりと反対の手で受け止めて、クレメンタインはもったいぶるように王子達と視線を合わせた。口角を上げて、笑う。


「現物はありませんが…《ジョーカー》。かなり強力な増強剤で、ほぼ確実に魔力の暴走を起こし、錯乱および幻覚症状をもたらします。依存性はまったく無し、遅効性で無味無臭。希少な材料を必要とするため高額で、まず手に入らない。自らこれを服用する者は、周囲を巻き込むタイプの自殺志願者くらいでしょう。」


 クレメンタインの説明を、ウィルフレッドは真剣に聞いていた。

 それぞれ名前と副作用の知識はあったが、実物を見るのはいずれも初めてであり詳細は知らなかった。隣に座る弟は服用の仕方も含めて承知済のようである。

 アベルは椅子の背もたれに身を預け、「それで?」と先を促した。


「此度、王妃殿下に()()()と招待状を届けた侍女ですが……後をつけさせたところ、街の娼婦と合流致しました。その女に依頼されて使いをしたようです。知り合いではないそうですが、最初から侍女が借金を抱えている事を知っていたと。」


 女神祭の二日目に行われた茶会で、王妃セリーナの元に届いた手紙。

 それは魔力のない第二王子に、魔力を与えたくはないかという内容だった。その意思があるなら、舞踏会では赤い生花の髪飾りをせよと。

 セリーナがあえてその指示に従った結果、今回城の侍女が同じ花と、仮面舞踏会の招待状を届けに来たのだ。そこへ行けばようやく手紙の主に会えるだろう。


「娼婦はまだ泳がせていますが、どうやら《スペード》の仲介人ですね。」

「……暴走を起こしやすいと言っていたものじゃないか。」

 ウィルフレッドが眉を顰めた。

 とても一国の王子が口にして良いモノでは無いが、魔力を持たない生物に魔力を与える方法とは、《スペード》の事なのだろうか。あるいは、《魔石》や《魔獣》と関わりがあるのか。


「仮面舞踏会は再来週末、年越しに合わせて行われます。四番隊の者が言うには、これ自体は毎年多くの貴族が集う人気の会なのだそうですが、一部の参加者はよからぬやり取りをしているとか。」

「招待状には、王妃殿下本人が来るようにと書いてあったね。」

 アベルの言葉に、クレメンタインは恭しく礼をした。

 三番隊は魔塔の監視以外にも、潜入捜査や防諜を担う隊だ。魔法の中でも最難関と言われる、《外見を変える魔法》を使える者も当然いる。


 もっとも、捜査のためであったとしても、正式な手続きなしに王族の姿を真似る事はできない。だからこそ。



「国王陛下に、成りすましの許可を頂きます。」





 ◇





「だーかーらーっ!野草を採ってくるのはやめなさいって言ったでしょう!?」


 バン、とテーブルを叩き、少女が眉を吊り上げて怒鳴る。

 その薄茶色のウェーブがかった髪は編み込みを作ってハーフアップにし、そばかすのある頬には軽く白粉をはたいてあった。コールリッジ男爵家長女、ノーラだ。丸眼鏡の中にある瞳は朱色で、床でしゅんと肩を落とす長髪の男性を睨んでいる。

 テーブルに置かれたカゴには、紅白の縞模様をした植物のツルがびっちりと入っていた。


「でもォ…見てください、この身体に良さそうな色合い…」

「悪そうッ!どこからどう見ても毒草ッ!!」

「お嬢さん、アンソニー坊ちゃん来たんで通しますよー」

「食べてみなきゃわからないじゃないですかァ!どうするんです、すンごい美味しかったら!!」

 サングラス越しに嘆き悲しむような仕草をしながら、男性はツルを一本差し出す。ノーラはそれを奪い取って大きく振り回した。


「それで死んだらどうするの!何か採りたいならまず図鑑ってものを」

「ノーラ様、聞いてます?伝えましたからね?」

「わかったわよ!…え、何が!?」

 言い合いの最中、そういえば部屋の入口から誰か話しかけていたかもしれない、とノーラは振り返った。開いた扉から見慣れた商会の人間が引っ込み、代わりに黒髪の少年が一歩、部屋に入ってくる。


 挨拶しようとしたらしい彼の唇がすぐに閉じた。ゆっくりと瞬きするその目に何か妙なモノでも映ったかしらと、ノーラは視線を前へ戻す。

 正座した成人男性の身体に、まさに今打ち付けましたとばかり、ツルが鞭のごとくしなだれかかっていた。どこからどう見ても、ノーラが彼をツルで叩いたところだ。


「……何をしているか聞いても?」

「ぇあ、う!こ、こんにちはでんッ…アンソニー様!!」

「これはこれは、お坊ちゃまじゃないですかァ!」

 慌ててツルを放り投げたノーラの後ろで、正座していた男が嬉々として立ち上がった。朗らかな笑顔に八重歯がきらりと光る。


「先日はお買い上げありがとうございました!どうでし…」


 金色の瞳で突き刺すように睨まれ、男は笑顔のままピタリと止まる。

 スササササ、と速やかにノーラの後ろに隠れた。身長がだいぶ違うのではみ出している。


「お助けをお嬢様ァ!!なぜかお坊ちゃまが怖い!!」

「あたしを盾にしないでよ!!っていうか、違うんですアンソニー様!これはその決して、あたしにそんな趣味があるわけでは!!」

 もし今の姿をクローディア・ホーキンズ伯爵令嬢に見られていたら、あの美貌で「あらあらまあまあ」と微笑まれていた事だろう。それと比べればまだマシかもしれないと思いつつ、ノーラは全力で首を横に振る。

 アンソニー・ノーサムことアベルは、軽く首を傾げた。


「なんでもいいけど、一度人払いしてくれるかな。」

「わかりました!ほら、出てっ…さりげなくツルを懐に入れないの!全部置いてって!処分するんだから!!」

「そんな殺生な!」

 試食用だけでもと渋る男をなんとか追い出し、ノーラは扉を閉め切らないようにだけ注意して戻ってきた。間違っても王子と密室二人きりなどという状況は作れない。

 第二王子殿下は慣れた様子でソファに座り、優雅に脚を組んでいる。一瞬、パレードの最中に食らった目配せを思い出してしまった。ノーラは頭を左右にぶんぶん振り、向かいのソファにちょこんと腰かける。


「ふぅ…。あんまり聞きたくない気もしますけど、ご用件は。」

「以前サディアスから、王家に反感を持つ貴族の話があったと思うけど…覚えてるかな。」

「ありましたね。」

 機会があれば様子見だけしておくよう頼まれ情報を拾ってみたものの、大したことはなかったはずだ。いずれもストレス発散の愚痴程度のもので、具体的に反乱軍を組織するだとか、暗殺を企てるだとかいうものではない。


「クローディアのもとに入った情報で、その中に最近妙に羽振りがよく、娼館通いをしている者がいるらしい。…相手の娼婦は騎士が張ってる。」

「えっ、騎士団が動いてるならもうよくないですか?」

「《スペード》絡みのようでね、物の流れも確認したい。羽振りが良いという件の実態調査と最近の目撃情報から行動の洗い出しを。」

「あぁ…面倒なやつだ。テオさん達にも声かけてますか?」

 丸眼鏡をくいと指で押し上げながらノーラが聞いた。


 テオフィル・ノーサムとワンダ・ノーサムは、アベルの協力者であるジェフリー・ノーサム子爵の養子だ。昼は喫茶店の仕事をしながら、情報屋のような事もしている。

 特にテオはロベリア王国の絡繰り技師のもとに生まれた子で、まさに《スペード》のせいで孤児になった経緯があった。アベルは軽く頷く。


「年末に動きがある予定だから、一週間程度で頼む。」

「簡単に言ってくれますね…まぁ、うちのお父さんは喜んで調べるだろうけど。」

「後は…」

「えっ、まだ何かあるんですか?」

 仕事が増えるのは純粋に嫌だ。

 うんざりしたような顔で聞くと、彼はノーラの手をちらりと見やった。


「コウハクヅルの表面に生成される粉は目を潰すから、素手で触らない方がいい。」

「それもっと早く言ってくれます!?」




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