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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第一部 未来を知る者

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15.聞き込み調査!

 


「まぁ…とてもかわいいお花ですね。」

「ありがとうねぇ。お嬢ちゃんに気に入ってもらえて、この子達も喜んでるわ。」

 おばあさんが一人でやっているというお花屋さんには、鉢植えに咲いた花が沢山並んでいた。

 切り花は少しあるくらいで、基本的には園芸を楽しむご婦人方をお客様に運営しているらしい。


 椅子に座り、床についた杖に両手を重ねるおばあさんはニコニコと上品に笑っている。

 なんだか心がほんわかして微笑み返していると、ふと視線を感じた気がして振り返った。


「………。」

 で、本題は?

 とでも言いたげなアベル第二王子殿下と目が合う。しまった、雑談に花を咲かせてしまったわ。

 私は速やかにおばあさんへ視線を戻した。


「おばあさん、お体の具合は大丈夫ですか?風邪を引いたばかりだと伺って。」

「おや、よく知ってるわね。そうなのよ、三日ほど咳が出てね。」

 しわしわの手を擦り合わせ、おばあさんは「気にしないでいいのよ」と言った。


「もうすっかりよくなったわ。」

「でしたらよかったです。…風邪を引かれた原因は、何か思い当たる事はあったのですか?」

「それがねぇ、特にないのよ。ちゃあんと温かくしていたし、食事も栄養があるものを使ってね。」

 健康に気を遣っているというおばあさんは、日課の散歩もかかさないし、家事も全て自分で行っているのだという。


「歳のせいかねぇ…。」

「おばあさん、もしかしてなのだけれど。その頃、初めて会った方はいらっしゃるかしら。普段町で見かけない方とか…」

 私の質問におばあさんは不思議そうな顔をしたけれど、少し考えてから答えてくれた。


「旅の行商人さんに会ったわねぇ。明るくて楽しい人だったわ。」

「…もしかして、宿屋の?」

 アベルが曖昧な聞き方をすると、おばあさんは大きく頷いた。


「そうよ、宿屋の近くで露店を出していたわ。散歩の途中で立ち寄ったの。」

 薬草を買って帰ったというおばあさんの話を聞きながら、私は顎に手をあてる。

 一人だけではなんとも言えないし、八百屋さんの話では確か、行商人も風邪を引いたという事だったわね。


「同じ風邪を引いた人は知ってる?歩けなくなった人もいるらしいけれど。」

「パン屋のご主人の事かねぇ?お孫さんがそんな事を言っていたよ。」

 今はあの子が代わりに店番をしているはずよと聞いて、アベルは頷いてから私を見た。


「じゃあ、そろそろ行こうか。」

「えぇ。……あ、おばあさん。えぇと、こちらの種を頂けるかしら。」

 何か買っていく方がいいわねと、私は手近なところにあった花の種を指して――ピタリと止まった。まったくもって高額ではないのだけれど、私はお財布なんて持っていない。

 慌てて謝罪しようとした私の横から、アベルがお金を突き出した。



「ごめんなさい……」

 花屋を後にした私は、種が入った小さな包みをポケットに入れてシュンと項垂れる。

 普段はメリルや誰かしらがお財布を持って一緒にいてくれるから、外へ飛び出すなら一応お財布を、という考えが抜けていた。


「大した額じゃないからいいよ。」

「ありがとう。でも王子様(あなた)に払わせてしまうのは公爵家(うち)としても…」

「君は、これがただの風邪じゃないと思ってるわけだね?」

 私の言葉を遮って、アベルが聞いてきた。

 金色の瞳にじっと見つめられて気まずくなる。確かに疑ってはいるけれど、決して確証があるわけではないのだ。


「……もしかしたらの話で…笑ったり呆れたりしない?」

「内容による。」

 バッサリ切り捨てられてしまった。貴方、そういうところだわ、アベル。誠実と言うべきかもしれないけれど。

 うーんとこめかみに手をあてて、私は白状した。


「魔法の可能性を考えているの。」


 アベルは、笑いも呆れもしなかった。

 話を続けてみる。


「もちろんおばあさんの話だけでは、まだ何も確証がないけれど…」

「その前からでしょ。君は空咳、熱は出ない、移らない、歩けなくなるっていう情報だけで、わざわざ屋敷を出て調べに行こうとした。普通ご令嬢がそこまでしないね。なぜ魔法だと?」

 ひえぇ…

 まるで取り調べじゃないの。十二歳の少女になんて詰め方を…いえ、アベルも十二歳だけれど。

 チェスターの妹さんの事を――まだ詳細を知らないはずの私が――言うわけにもいかず、「それは」「えぇと」とモゴモゴ言っていると、アベルは短いため息を吐いた。


「とにかく、君が《初めて会った人》なんて聞き方をしたのは、魔法の存在を考えての事だったわけだ。」

「はい…そうです。貴方は、そんな魔法があると思う?」

 ついでに意見を聞いておこうと、私はおずおずとアベルを見上げる。


「ないとは言い切れない。」

 やっぱりその答えなのね…。


「ただ、この町の風邪の正体が魔法かどうかは、割とすぐわかるかもしれないね。」

「そうね、後は裏道のトニーさん、パン屋さん、行商人にも話を聞いてみましょう。」

 アベルも同意見のようで、私達はトニーさんがよくいるという場所へ足を向けた。



 ◇



「ちくひょお!なんらってんらよぉ!」

 金髪を角刈りにした男性が、顔を真っ赤にして木箱を抱きしめている。

 片手には酒瓶、周りにも酒瓶、辺りに漂うお酒の匂い。

 表通りより格段に人気の少ない裏道の木陰で、トニーさんはくだを巻いていた。


「てぃきしょう…っく」

「ど、どうしましょう……完璧に酔っていらっしゃるわ。」

「そうだね。」

 八百屋のおじさんも、「素面なら気のいい奴だけど、酔ってたら近付いちゃ駄目だぞ!」と言っていた。

 これは諦めて他の人のところへ行った方がいいかしら。一つ頷いて意見を伝えようとアベルを振り返ったら、そこには誰もいなかった。…あら?


「トニーさんでいいかな?」

 あら!?

「だれらぁ、てめーはぁ!」

 いつの間にかトニーさんの目の前に行っていたアベルに、彼は手にしていた酒瓶を投げてきた。

 ガシャァン!

 首を傾けて避けたアベルの後方で、地面にぶつかった瓶が砕け散る。

 私は建物の影からアワアワと見守った。子供に酒瓶を投げるなんて!というか、その方は王子殿下なのよ!


「最近風邪を引いたんだって?」

「あぁん?ひいたぁ…女にもフラれた…うぅううう、あんな女知るかぁ!!」

 そ、それが原因でお酒に溺れているのね。

 また投げられた酒瓶を、アベルが横に半歩ずれて避ける。


「行商人に会った事は?」

「ぎょお?ぎょぎょ……うん?何ぃ?」

「行商人。宿屋の近くにいたでしょ」

「ぅるっせぇなあ!」

 ガシャァン!

「何か買った?」

 ガシャァン!

「全然、きかねーじゃねえかよお!あのやろお!!」

 ガシャァン!ガシャァン!


 こ、この国の王子殿下に何度酒瓶を投げるのあの人は!知らないとはいえっ……!

 飛び出して「やめなさい」と酒瓶を取り上げたかったけれど、以前アベルに『下手な手助けほど無駄なものは無い』と言われた事を思い出して、踏みとどまる。


 私よりもさらに距離をとって、通りすがりの大人が数人遠巻きに様子を眺めていた。けれど誰も助けに入る気はなさそう。

 こんな時私に魔法が使えれば、たとえば風の魔法で酒瓶を手の届かないところまで転がしたりできただろうか。


 アベルはまったく危なげなく避けているけれど、このままでは見ているこちらの心臓がもたない。

 幸いにも、と言っていいのかどうか、トニーさんはもう手の届く範囲の酒瓶は投げ終えてしまったようだ。


「きかないというのは?」

「まじないだよぉ!恋愛うんあっぷ…」

 はい?

「恋愛運アップっていうがら買ったのによぉ!!ぅうぉおおおん!!」

 トニーさんが大声で泣き始めた。


「大変だったね。それは何を買ったのかな。」

「こおそおだよ!食ったら運気が…ぅぅぅアデライーン!なんでだぁアデライン…」

 ぐずぐずと女性の名前を連呼し始めたトニーさんを置いて、アベルは堂々と歩いて戻って来た。

 遠巻きにしていた大人たちが、見世物は終わったとでも言いたげに去っていく。


「だってさ。」

「…えぇと、つまり、彼は行商人から《香草》を買ったのね?」

「そうみたいだね。」

「……パン屋さんの話も、聞いてみましょうか。」

 これは、私が思っていたのとはまた違う方向の話かもしれない。

 そう感じながら、私も泣き声に背を向けた。



 ◇



「いらっしゃいませー!」

 パン屋さんに入ると、焼きたての香りがふわりと私達を包んだ。

 つい顔をほころばせながら、私は店員のお姉さんにこんにちはと会釈する。今は他にお客さんがいないようで、ちょうど焼きたてを並べ終えたらしい彼女はこちらへ来てくれた。


「あら、初めてのお客さんね。」

 これから御贔屓にどうぞと微笑まれて、つい曖昧な笑みを浮かべる。

 次はいつ買いに来れるかしら。私自身が来るのはかなり難しそう。


「こちらのご主人が風邪を引かれたと聞いたのですが、お加減はいかがですか?父から、様子を聞いてきてほしいと頼まれまして。」

 アベルは胸に片手をあててそんな事を言う。

 まさに貴族令息といった紳士的な態度に、お姉さんも口に手をあてて「まぁ」と呟いた。


「お爺ちゃんを気にしてくださってありがとうございます。今は快方に向かっていますから、もうしばらくしたら店にも立てると思いますよ。」

「そうでしたか。歩けなくなったという噂も聞いたものですから…」

「あぁ、それは咳で息苦しいものだから、ベッドにいるというだけなんです。足腰が弱くなってしまったわけではないので、大丈夫ですよ。」

 お姉さんは苦笑して手を振った。

 歩けないというのはそういう事だったのね。


「夜遅くまで新しいレシピを研究していたので、それで体調を崩しただけなんです。これからは無理しないよう、私が見張っておきますから。」

 私達を安心させるように、お姉さんはガッツポーズをする。

 私は真剣な表情で口を開いた。


「新しいレシピというと、行商人から食材を仕入れられたとか?」

「あら、よくご存じですね。この国では見かけないハーブで…」

 くぅううう。

 二人の視線が私に集中する。


 ――…消えてしまいたい、と。


 思いながら、私は、顔を真っ赤にしてお腹を押さえた。




 ◇




「うぅ…」

「早く食べたら?」

 広場の噴水に腰かけて、私は静かに泣きながらパンを手にしていた。

 乙女心のわからないアベルが辛辣に催促してくる。


「涙の…味がするわ…」

「それは塩パンだからね。」

「うう…おいしい……」

「よかったね。」

 自分もパンをかじりながら言うアベルの黒髪を、風がさらさらと撫でていく。

 私はくすんと鼻をすすって、咀嚼していたものを飲み込んだ。


 時間はもうお昼になっていて、私達以外にも噴水に腰かけたり、広場の隅にシートを広げて昼食をとっている人たちがいる。

 食べ歩きできるようなものを売る店もあって、賑やかだった。


「私、順調に貴方への借金を重ねているわね…」

「負わせたつもりはないけどね。この程度の額。」

「駄目よ、連れて来てもらった上に奢られたのでは、迷惑をかけっぱなしだわ。」

「ふうん。」

 最後の一口をぱくんと放り込んで、アベルは脚を組んで空を見上げたまま咀嚼する。

 私は自分がまだ半分も食べられていない事に気付き、置いていかれぬようにペースを上げた。


「剣のほうは順調?」

 唐突に聞かれて、私はむぐむぐと懸命に口の中のものを噛む。しっかりと飲み込んでから頷いた。


「えぇ。まだ素振りを続けているけれど、目標の五千回にだいぶ近付いてきたわ。四千を超えたの」

「……、は?」

 空を見ていたアベルが、眉間に皺を寄せて私を見る。

 そんな顔をされても、今また急いでパンを頬張ってしまったから話せないわ。

 アベルの視線が、私の顔から二の腕に移る。おもむろに手を伸ばされた。


「失礼。」

「むぐ、」

 肯定も否定もする前に二の腕を掴まれる。

「むっむ!」

 ちょっと、と文句を言ったのだけれど、アベルはお構いなしにぐっぐっと確かめるように私の腕を三回ほど掴んだ。


「むぐ、何をするのよ。」

 ようやく飲み込んで、口元に手をかざして文句をつける。

 アベルは難しい顔で自分の手のひらを見て、私と目を合わせた。


「四千?」

「えぇそうよ、ちゃんとやっているわ。侍女達が証人よ。」

「……君、僕が強い理由はわかった?」

「えっ?」

 思わず聞き返してしまった。

 いきなり何の話だろう。


「わからないわ。…教えてくれるの?」

「……いや。」

 アベルはもう片方の手に持っていたパンの包みをくしゃりと潰して、立ち上がった。


「行商人のところへ行こうか。」





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