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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第一部 未来を知る者

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152/526

151.バッドエンドのその後に

 



「私が帰って来たよ、ロズリーヌ!!」

「お兄様ーっ!」


 バン、と扉を開け放ったナルシスのもとに、世界一可愛くて誰からも愛される麗しの妹、ロズリーヌがプラチナブロンドの髪をなびかせ、のっしのっしと駆け寄ってくる。

 ナルシスは妹を抱きしめようとしたが、彼女は抱きつくのではなく、兄の服をがっしりと掴んで激しく揺さぶった。


「どどどどどどうでしたのツイーディア王国の様子は!?」

「よ、様子?まさかロズリーヌ…やっぱりウィルフレッド殿下とアベル殿下を気にして…!?」

「お二人に会われたんですのね!?いえそれは当然よね…わたくしの無礼を怒っていらっしゃいましたか?」

「怒ってはいなかったよ。お前の留学が決まったと聞いて、ウィルフレッド殿下は楽しみにしていると…も、もちろんお友達としてだ!」

 ナルシスはハッとして真剣な表情で妹の手をぶにりと握った。

 ロズリーヌが言葉の意味をはき違えて受け取ったら、ウィルフレッドの気持ちに応えてやれない事を気に病んでしまうかもしれない。


「完全に社交辞令ですわね……」

 ロズリーヌは苦い顔で呟いた。

 初対面にとんでもない態度で接した自覚はあるので、自分のイメージについては入学後に少しずつ見直してもらうしかないだろう。


「チェスター・オークス様はお元気でしたか?病に伏せっていた妹君が良くなられたと聞いたのですが。」

「え…そうなのかい?よく知っているね。妹さんの話は聞かなかったけれど、彼は元気だったよ。コクリコ王国の、イェシカ第二王女殿下の案内役をしていた。」

「案内役…そうでしたか。お兄様はどなたと?」

「ウィルフレッド殿下と街を回ったよ。お前が好きそうな菓子を二人で探したんだ。そう!馬車に積んできているから、後で食べるといい。沢山あるよ。」

「うぐ!ですからわたくしはダイエッ……ウィルフレッド殿下がくださったお菓子……んぐぐぐ。」

 葛藤するロズリーヌの背中を、従者であるラウルの冷たい視線がちくちくと突き刺している。

 部屋でトレーニングし庭を駆けまわり、やっとちょっぴりお肉が減ったかしらと言い始めたところだ。ナルシスの土産を食べるなら全力でそれ以上に運動しなくてはならない。ロズリーヌは話題を戻す事を選んだ。


「さ…サディアス・ニクソン様もいらっしゃいました、よね?」

「あぁ、真面目そうな彼だね。ソレイユのリュド第三王子殿下の案内をしていたよ。あちらの言葉は発音がとても難しいのに、よくあれだけ話せるものだ。」

「そう…ですか。へぇ……コホン、それではアベル殿下は…」

 聞きながら、ロズリーヌはもう一人の参加者を思い出してサッと顔が青ざめた。前世でプレイしたゲームでは、彼がウィルフレッドルートのラスボスだった。


「もちろん、アクレイギア帝国のジークハルト第一皇子殿下だ。私はあまり話してもらえなかったけれど、アベル殿下とウィルフレッド殿下は、随分仲良くなったようだったよ。」

「フェッ!?」

 思わず声が裏返り、ロズリーヌは本当なのかとまじまじと兄を見た。妹に見つめられて照れ笑いしている。


「ちょっと…待ってください、お兄様。ウィルフレッド殿下も仲良くなられたのですか?」

「そうだよ。ジーク、なんて愛称で呼んでいたからね。ツイーディアとアクレイギアの次代を担う彼らが仲良しなのは、我が国にとっても素晴らしい事だ。」

「…そう、ですのね…。」

 一体どういう事なのかと、ロズリーヌは眉を顰める。

 ゲームで見たジークハルトは、ウィルフレッドの事が元から気に食わなかったと発言していた。ジェニー・オークスの回復に加え、これもまたシナリオとは異なっている。


「それと舞踏会でね、お前と友達になれそうなご令嬢を見つけたよ。」

「ご令嬢…?」

 聞き返しながら、「まさか」とゲームの登場人物を頭に思い描く。

 各国の王子が出るような舞踏会に出席できる高位の令嬢で、ロズリーヌと同時期に入学する女の子。


「特務大臣の娘さんなんだ。アーチャー公爵家のシャロン嬢。」

「シャロン様……!?」

「とても優しくて気の良い子だったから、きっと仲良くなれると思う。」

「お、お兄様…!ど、どうでしたかそのッ、彼女は…かか、可愛かった……?」

 がくがくと震える手を口元にかざし、ロズリーヌは浅い呼吸を繰り返しながら聞く。ナルシスは誰もがうっとり魅入ってしまいそうな微笑みを浮かべて小首を傾げ、ロズリーヌの頭を撫でた。


「大丈夫、お前に勝る可愛い人なんていないとも。」

「そういう話はいいんですの!えぇ、わかっていますわ…実物なんて、超絶はちゃめちゃとんでもなく可愛いに決まっているのですから!」

「あぁ、もちろんだとも!記憶を呼び起こして見るお前より、こうして会ったお前の方が何倍も愛らしい!!」

「早くお会いしたいッ…けれど先に絞らなければ!推しカプの前にたるたるな身体で出たくないッ…!」

 兄との会話が噛みあっていない事は放置し、ロズリーヌはぶつぶつ呟いて柔らかな顎に手をあてた。そして気付いてしまう。ナルシスは「舞踏会で見つけた」と言った事に。

 恐る恐る、自分と同じ薄い青色の瞳を見上げた。


「お兄様…その、シャロン様は…どなたかと踊っていました……?」

「うん?ずっと見ていたわけではないから、全員はわからないけれど。最初のセレモニーではアベル殿下と踊っていたよ。」

「ぎゅひゅっ――……」

 ロズリーヌの喉から異音が漏れた。

 あまりの衝撃に身体がのけ反り、ゆっくりゆっくりとスローモーションのように後ろへ倒れていく。



 ――あぁ、前世のわたくし。貴女は一体何度繰り返した事でしょう……学園編の舞踏会で、ウィルフレッド様のルートを進んでいる時にだけ見られる、ドレスアップしたアベル様とシャロン様の立ち絵が並んだ姿……主人公がウィルフレッド様に選ばれた後、「…僕でいい?」と言うアベル様。目をそらしたそのお顔は、よく見るとなぜか「俺」と言う時の立ち絵が使われているのです!制作側のミス?いえいえ!シャロン様相手に、言葉は人目を気にしても素の顔が出てしまった…とわたくしは見ています……そこで同時に映っているシャロン様のお顔は驚いた時のもので、セリフを送ると「貴方が来てくれて嬉しいわ、アベル。」と返します。その微笑みの可愛いこと可愛いこと……何度も見るために直前のセーブデータを取っておいたりして……おっと、つい語ってしまいましたわ。



「大丈夫かい、ロズリーヌ!?」

「はっ!!」

 ロズリーヌが目を開けると、床に倒れかけたところをラウルとナルシスが支えてくれたようだった。ゆっくりと身を起こし、自分の足で立つ。

「だ、大丈夫ですわ、お兄様。」

「本当に?無理をしてはいけないよ。」

「わたくしよりも、舞踏会の事を…シャロン様が、ふひっ、ん゛んッ!アベル殿下と踊られていたのですね。」

 緩んでしまう口元を手で隠しながら聞くと、ナルシスは心配そうに眉を下げながらも頷いた。


 ――それを直接見ていたなんて、お兄様!!なんて羨ましい!!!


「仲がよろしいご様子でしたか…?」

 ロズリーヌはゴクリと唾を飲み込む。

 シャロンは元から王子達と交流があるという設定のキャラクターなので、多少仲が良いのは当然ではあるのだが。

「そうだと思うよ。ダンスも息が合っていたし、ずっと何かお話しされていたみたいだしね。」

「仲良し…息が合っていた…ずっとお話し…!」

 言葉を噛みしめるように繰り返し、ロズリーヌは長い睫毛を重ね合わせる。

 心の中では涙を流して神に跪いていた。その情報だけで白米を三合は食べられる。ダイエット中だから食べないけれど。



 主人公であるカレンとの恋模様がメインのゲームにおいて、前世のロズリーヌはごく稀に垣間見えるアベルとシャロンの距離感が好きだった。

 アベルがつんけんした態度を取っても、シャロンは微笑んで真意を汲み取ってしまうし、時には恐れずに言い返す。踏み込んでいいのか迷う主人公の背中を押せるのは、シャロンがアベルを理解しているからこそだ。


 ネットでこの二人について呟いたところ、「シャロンはサディアスに対してもそうじゃね?」「サブ同士ならまだしも、攻略対象とサブの話はちょっと…」「シャロンたそは慈母なので恋愛沙汰は解釈違い」「あの子どの道死ぬじゃん笑」などと返信がついて心が荒れ狂った事もある。

 サディアスとアベルでは全く違うし、解釈は個人の自由であるとロズリーヌは言いたい。

 数少ない二次創作を何度も眺め、自分でも妄想のままに話を書き綴っていた。転生した今ではそれを現実のものとして享受できる可能性を夢見ていたが、夢は今まさに、現実になろうとしている。



 ――現実でも、アベル様とシャロン様は仲良し…!素晴らしいですわ!!いえ、わかっていましたけれどね!?



 心の中で強くガッツポーズを決めた。大勝利である。

 ジェニーは回復し、ウィルフレッドはジークハルトと仲良くなり、ロズリーヌも改心した。未来の心配をしてはいたものの、どうやらこの世界はゲームシナリオとはまったく違う方向に進んでいるようだ。

 このまま進めば双子の王子もシャロンも死ぬ事なく、奇跡の大団円エンドを見られるかもしれない。



 ――そう。シャロン様は基本的に未来編で死んでしまう。わたくしは自身の投獄を回避し、できうるなら彼女が「隣国のどこかに嫁ぐ」事を防がなくてはなりませんわ。つまり学園編のうちに恋のキューピッドとして活躍…は難しいかしら。友達になって頂けるかわかりませんものね。



「ロズリーヌ、そんなに思いつめた顔をして……まさか、嫉妬…!?」

「お兄様、おかしな事をおっしゃらないで。わたくしはただ、シャロン様の幸せを見守るだけですわ。」

「…まだ会っていないのに、もうシャロン嬢の事を思いやって……?あぁ、なんて優しい子なんだ!」

「お兄様こそ、シャロン様に一目惚れなんてなさっていないわよね?」

「フフ、私の瞳には可愛い妹しか映っていないよ。」

 ナルシスは人差し指でロズリーヌの額をコツンとつつく。星マークでも飛びそうな笑顔だ。

 ラウルが白けた目で見守る中、ロズリーヌは冷静に「ではお兄様は平気ね」と考える。転生してわかった事だが、ツイーディアの隣国は多すぎる。ゲームシナリオにも国名をはっきり出してほしかった。


「わたくし、学園生活に向けて頑張りますわ!」

「勉強かな?お願いだから、過剰に運動してやせ細ったりはしないでおくれ。私達の天使…」

「えぇ勉強です。勉強ですからお兄様は出て行ってくださいな。お父様お母様へのご挨拶があるでしょう?」

「そんな!まだお前との時間が足りな…ロズリーヌーっ!!」

 のしのしと兄を追い出して部屋の扉を閉めた。室内にはラウルの他にも侍女達がいるので、鍵をかけても問題ない。まだノックの音がしているが、そのうち諦めるだろう。


「シャロン・アーチャー様は、お知り合いなのですか?」

 ラウルが聞いてきた。

 ナルシスと違って妹フィルター無しで話を聞いていたため、違和感に気付いたのだろう。ロズリーヌはこくりと頷いた。

「わたくしが一方的に知っていますの。とても素晴らしい方よ。」

「へぇ…。」

「胸を張ってお会いするためにも、もう少し絞らなくては。」

 お腹の肉をたぷたぷと手のひらで揺らし、ロズリーヌは気を引き締める。

 何せ前世の推しと推しカプ、その両方に会える事が確定したのだ。視界の片隅に誤って映り込んでも問題ないよう、ぜひとも頑張らなくてはならない。

 そして大団円を見届けるのだ。



 ――()()()()()のような事には、なってほしくありませんものね。



 ゲームで全てのバッドエンドを回収した後、改めて「最初から」始め、「最終決戦より前に主人公がアベルに殺されるエンド」をやり直す。そうする事で追加されるシーンがあるのだ。

 攻略サイトのお陰でスチル画像の回収も楽にできる時代、バッドエンド全回収という苦行の末にそこまでたどり着いたプレイヤーは中々いないだろう。

 前世のロズリーヌは推しのルートを丁寧にリピートする最中にそれを見つけ――追加シーンの存在に喜んだのもつかの間、絶句した。




 アベルはシャロンを殺し、自ら命を絶ってしまったのだ。






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