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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第一部 未来を知る者

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150.潰れた果実




 四日目、各国の来賓はそれぞれ帰路につく。


 魔獣、魔石という名称と共に、イェシカの研究結果の一部は注意喚起として共有された。帝国にまで伝えるべきか否かはツイーディアの上層部で意見が分かれたが、最終的には伝える事で合意した。




「道理でキメラの事など聞いてきたわけだ。」


 国旗を高々と掲げた馬車が何台も駆けて行く。

 鍛え上げられた軍馬はツイーディア王国では見かけない、全てが金属でできた頑丈な荷馬車を引いている。一目で帝国の馬車とわかる外見に人々は急いで道の脇へ寄り、荒々しい蹄の音と地響きが遠ざかるのを待った。


 一行の先頭を駆ける三頭の馬は荷を持っておらず、代わりに黒地に銀刺繍の軍服に身を包んだ男をそれぞれ乗せている。白いマントが風になびいていた。


「うちにも出ますかね?」

「どうだかなァ。国境を中心に噂だけは流しておけ。親父殿に真っ当な報告などするなよ。後が面倒だ」

「承知致しました。」

「殿下、ツイーディアと手ぇ組むのは確定か?俺はあの国王どうにも読めねぇんだが。」

「国ごとは早かろう。今回は息子二人と周りの確認だ。まぁ、悪くない成果だった。伝手もいくつか作れたしな。」

 にやりと口角を吊り上げ、ジークハルトは数人の顔を思い浮かべる。


 第一王子ウィルフレッド、第二王子アベル、騎士ロイ・ダルトン。

 そして現国王の右腕、特務大臣エリオット・アーチャーと直接話せた事は僥倖だった。彼は間違いなく、ジークハルトが皇位を簒奪した直後から関わってくる。今の内に人柄を探っておいて損はない。その娘から一定の信用を得た事も大きいだろう。


「しかし殿下、スキルまでお披露目するのはどうかと思いましたよ。やっちゃったものはしょうがないですけど。」

「知れたところで対策などできんだろう。」

「俺は殿下にしちゃあ手加減してて偉いと思ったぜ?数が少なかったろ。」

 ジークハルトのスキルは《複製》。

 「実在する物質」を寸分違わず再現する事ができる。基本的には目の前にある物を対象にするスキルだが、本人の記憶力が優れていればその限りではない。

 同時に出せる数も人によって異なる。親善試合では愛用の剣を二十ほど複製したが、本来その五倍は作る事ができたのだ。


「第一王子の出方を見る目的だったからな。」

「弟に比べりゃひ弱そうだったよな!それがまさか、殿下に堂々文句垂れるとは。」

「第二王子の方は別格でしょう、殿下と同じ化け物ですよ。比べるのは可哀想かと。」

「アベルが帝国に生まれていたら、手合わせもやり放題だったがな。惜しい事だ。」

 他国の王子ではなかなか気軽にやらせてもらえない上に、年齢差などというつまらないハンデもかかっている。ジークハルトが興が削がれたようにため息をつくと、将軍の片方が肩をすくめた。


「化け物二匹も飼えませんよ…。」

「あァ?お前、俺を飼っているつもりなのか?」

「撤回を。失言でした。」

 聞こえない程度の声量で零したはずが、聞こえていたらしい。

 低まった声と射抜くような目にすぐさま謝罪すると、ジークハルトはふんと鼻を鳴らして視線を前へ戻した。


「しかしアベルは……才はあるが、やはり平和な育ちだな。まだまだ鈍い。」

「そうか?あんだけ鋭いガキ滅多にいねぇと思ったけど。」

「そりゃ、お前よりはな。まァ、俺が何もかも面倒を見てやる必要はあるまい。どこまで気付けるか知らんが――…くく。ははははは!成長が楽しみな事だ!」

 高らかに笑い声を上げ、ジークハルトは馬を駆ってスピードを増していく。

 これ以上は荷馬車と距離が離れてしまう。二人の将軍は慌てて自らも加速した。止めなくては後続が混乱する。


「殿下!待ってください、殿下ーっ!!」


 国境へ向かう長い一本道に、高笑いとそれを追う声が響いていた。






「“ ビビアナ様とは、ゆっくり話せましたかな。 ”」


 穏やかに問いかけられ、イェシカは窓から視線を動かした。

 カタカタと進む馬車の中、学者仲間達がにこにこと微笑んでこちらを見つめている。昨夜はパーティーから戻り次第疲れて寝てしまったので、彼らには何も話せていなかった。


「“ えぇ。変わらぬお人柄で安心致しましたわ。 ”」

 叔母であるビビアナが当時のツイーディア王国騎士団長、パーシヴァル・オークスに嫁いだのは、まだイェシカが物心つく前の話だ。

 しかしツイーディアの重鎮がコクリコを訪問する際などに、ビビアナが通訳も兼ねて夫婦連れだって帰郷する事があるため、イェシカとは元から面識がある。今回は彼女の息子であるチェスターに会う事ができたので、父王には良い土産話だろう。


 三つ下の従弟はいかにも女子が放っておかなそうな甘いマスクをしていて、イェシカの案内をするにもスマートでよく気が利き、舞踏会ではワラワラと令嬢が集まっていた。

 大人しいビビアナと気難しそうなパーシヴァルの間に、よくあんなチャラけた、否、明るくて気さくな子が育ったものだ。ビビアナは「息子は夫の茶目っ気を受け継いでいる」と笑っていたが、眉間に皺を刻んだパーシヴァルのどこに茶目っ気があるのだか、イェシカにはわからなかった。


「“ お父様に話すのは良いのですが、また見合い話を持ち出してきそうで面倒ですわね。 ”」

「“ 殿下ももう十八ですからなぁ。あと五年くらいで観念する頃合いでしょうな。 ”」

「“ わたくし、好きに研究させてくれる殿方にしか嫁ぎませんわよ。 ”」

「“ 本当にそれだけなら、いくらでもいらっしゃいますよ。 ”」

 何せイェシカは王女だ。

 結婚後も放っておいてほしい、というだけが条件ならいくらでも金持ち連中がパトロンになるだろう。女性一人養うくらい、王家との繋がりを得られるならお釣りがくるほどだ。

 イェシカは眉を顰めた。


「“ 妻としての義務を求めてくるなら話は別です。子をもうけるだの愛を囁くだの社交だの、負担が大きすぎますわ。その辺りを求めていない方が良いのです。 ”」

「“ 難しい事をおっしゃいますなぁ。王女殿下であらせられる以上、なかなか。 ”」

「“ あぁ、もう。わたくしはなぜ王女なの。いっそ籍を……なぜ気付かなかったのかしら。そうだわ、王家を出られないか聞いてみましょう。公的に難しいなら死を偽装するというのは ”」

「“ 殿下!魔石の話でもしましょうかな!! ”」

 とんでもない方向に走り出したイェシカを止めるため、学者達は慌てて笑顔で鉱石研究の話を始める。

 第二王女殿下の気を反らすための話題は白熱し、途中宿泊しても朝を迎えても、国境を越えても続いたのだった。






「‘ あいつ、何とかして死んでくれねぇかな? ’」


 豪奢に飾られた特注馬車の中、リュドはベッドに寝転がったまま呟いた。

 脇に控える従者達に椅子はなく、立ったまま第三王子の話を聞いている。あいつというのはアクレイギア帝国第一皇子、ジークハルトの事だろう。


「‘ 自国の将軍ぶっ殺すようなイカレ野郎だし、毒は耐性があるとか言うし、オレとシャロンの邪魔するし~?訳さんでいいぞ、とか言うし。うげ~。いない方が世のためだって。誰かサクッと殺して来いよ。 ’」

 左右で色の違う目が従者達をなぞると、彼らは緊張で固まった。

 リュドの機嫌を損ねるのも、ジークハルトの手で無残に殺されるのも御免だからだ。顔を見合わせて押し付け合っていると、第三王子は返事を待たずにケタケタと笑い出す。


「‘ なんって~、無理だよな!お前らで勝てるならとっくに誰かが殺してるし!オレもまともにやったら勝てる気しねー。 ’」

 悔しいというよりは不機嫌に唇を尖らせ、リュドはベッドの上で組んでいた脚を床へ下ろす。ゴゴン、とヒールが音を立てた。同時に身体を起こすと、跳ね広がった黄色のポニーテールが元気に揺れる。


「‘ ま~しばらくは放置でいっかな?ツイーディア挟んで真反対なんて遠過ぎるし。うちの兄貴…ぷぷっ。偉大なるお兄様方も、帝国に手ぇ出すほどバカじゃないしな。遊ぶのはもっと色々やってから。もしツイーディアと遊んでぐっちゃぐちゃにできたら、晴れてその後!ってカンジ?はははは! ’」

 サイドテーブルのフルーツ盛りからオレンジを一つ取って、軽く宙に放る。

 太腿につけたベルトから取り出した短剣で投げ貫くと、従者達の頭と頭の間にズドンと突き刺さった。恐怖で崩れ落ちる従者に並び、壁を果汁が滴り落ちる。


「‘ どーでもいい奴らだったらテキトーでいいと思ったんだけどなぁ。 ’」

 オレンジをもう一つ取り、リュドは従者の一人から差し出されたナイフを皮に突き立てた。玩具をいじくり回すように剥くと、果汁がぼたぼた床に零れ落ちる。

「‘ 駄目だったなー、どうも。あの双子さぁ、なんかすっげー気に入らねぇの。見た瞬間ちょっと鳥肌立ったもん。うげって。生きていられるとオレの健康に悪いよ、ほんと。頑張って肩組んだら吐き気したんだけど、誰か気付いた?気付かないか。オレちょー笑ってたもんな。 ’」

 べとべとになった手でオレンジを口に放り込み、リュドはナイフを床に放り投げた。


 ぐしゅぐしゅと口の中で潰れていく果実は、苦みと酸味を残していなくなる。オレンジ色はコクリコ王国の第二王女、イェシカの髪色に似ていたが、彼女の事はつまらない女としか認識できなかった。ろくに愛想笑いもできない、石とズボンが趣味の陰気王女になど興味は無い。


「‘ あれに比べて、シャロンは可愛かったなー。馬鹿みたいにニコニコして、阿呆みたいに親切で、その割に一線引いててさぁ。あの厳しそうな父親のせいかな…。手ぇ握って迫っただけで逃げようとされたの初めて。信じらんね。 ’」

 リュドが今まで接してきたのはソレイユ王国の民だ。

 三番目とはいえ、自国の王子に近付かれて嫌がる少女はまずいない。それに引き換えシャロン・アーチャーは元々ツイーディアの王子達に近しい存在だ。今更リュドが出てきたところで、王子という肩書に釣られる事はないだろう。

 従者達は答えをわかっていながら、口には出さない。リュドは意見を求めているわけではないからだ。


「‘ それになーんか変だったんだよな、あの子…… ’」


 廊下に連れ出した時、リュドは彼女の両手を片手でまとめて掴み、もう片方の手を肩に置いた。

 顔を覗き込もうとすると彼女は身を引き、薄紫色の瞳に恐怖を浮かべた。リュドは穏やかに微笑んでやっていたのに。男に襲われる危険を感じた女とも違う、命を脅かされる時に近い目だった。当然、リュドにそんなつもりはまったくなかったにも関わらずだ。


「‘ んー………、まぁいっか! ’」


 彼女と遊ぶのもまたいずれで良い。

 先約は軍務大臣パーシヴァル・オークスとその妻ビビアナだ。リュドが彼らの死に顔を見る事はないかもしれないが、ヘラヘラしていたチェスター・オークスがどんな顔になるかと思えば、なかなかに楽しみだ。

 計画の準備ができたら、その時は。



「‘ オレと遊ぼうぜ、公爵閣下。 ’」





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