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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第一部 未来を知る者

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147.口を出すな ◆

 



 ダンスホールの屋上で、アベルは眉間に皺を寄せて遠い空と地の境を見つめていた。


 隣に佇むシャロンはそんな彼を不安げな瞳で見やり、同じように遠くへ視線を移す。無数の星が空に輝き、夜風がさらさらと木々を揺らしていた。


『どこか警備の方が私達を見たら、危ないと驚かせてしまうかしら。』

『その心配はしなくていい。』

『…なかなか見ない場所だものね。』

『そんな所に僕といて、君は怖くないわけ。』

『怖い?……どうして?』

 シャロンが首を傾げて聞き返すと、アベルはため息を吐いてズボンのポケットに手を入れ、どこか投げやりな仕草で彼女に封筒を差し出した。ポケットにしまうためにか、二つ折りにされている。

『なぁに?』

 受け取ったシャロンは、宛名も差出人名もない事を確かめてから、封のされていないそれを開いた。小さな手のひらにネックレスが滑り落ちてくる。


『これは…』


 一昨日、女神祭の初日に街の露店で見かけた物だ。

 クリスが「あねうえとおなじいろ!」とはしゃいだ一角にあった、アメジストのネックレス。シャロンも確かにいい品だと言った、角度によって色が違って見えるもの。

 思わず視線を上げると、アベルは眉根を寄せて目をそらした。


『…君にあげるよ。』



 ――アベルが、私に?



 ぶわっと心が温かくなる心地がして、シャロンは自然と顔がほころぶ。封筒とネックレスを抱きしめるようにして、胸いっぱいの気持ちを込めて微笑んだ。


『ありがとう、アベル。とても…とっても嬉しいわ。』

『…僕に貰ったとか言わないでくれるかな。誰に勘違いされても困るから。』

『えぇ、もちろん。』

 シャロンは目を細めて手のひらのネックレスを見つめ、そうだ、とばかりアベルを振り返る。金色の瞳はまた遠くを見ているが、先程とは少し眼差しが違うように思えた。


『今、つけてみてもいい?』

『…好きにすれば。』

 ぶっきらぼうな返事を受け、シャロンはいそいそと首の後ろに手を回す。

 しかし封筒とネックレスを持ったままなので、今つけているダイヤのネックレスを外すのにてこずっている。もたついていると、アベルが短く息を吐いて手を伸ばした。


『貸しなよ。』

『あ、ありがとう。』

 留め具が外され、ダイヤの代わりにアメジストが胸元を飾る。シャロンは緊張しながら振り返り、アベルの瞳を見つめた。


『どうかしら?』

『僕に聞いてどうするんだ。』

『あら、だって貴方がくれたものだわ。』

 そうでしょうとシャロンが半歩詰め寄ると、アベルは眉を顰めて困り顔で目をそらし、ちらりと一瞬だけシャロンとネックレスを見やった。


『…悪くは、ないんじゃない。』

『ふふ』

『何でまた笑うんだ。ダンスの時といい…』

『そうね。貴方が優し――』

『言わなくていい。』

 アベルはぴしゃりと言いつけ、邪魔になるだろう封筒をシャロンの手から取り上げた。そのまま自分のポケットに突っ込むと、なぜか彼女は僅かに眉を下げる。 


『…何。』

『せっかくだから、とっておこうと思っていたの。』

『は?…何の意味もないでしょ。』

 店主はご丁寧に箱をラッピングしていたが、アベルはそれを剥ぎ取って適当な封筒に入れ替えた。箱のままでは目立ち過ぎて舞踏会に持ち込めなかったからだ。

 もちろん、誰かに見つかって余計な勘繰りをされないよう、ラッピングに使用されていた全ては焼き尽くしてある。店主が知ったら「私の心遣いがァ!」と嘆いただろうが、アベルの知った事ではない。


『…ネックレス、ありがとう。大切にするわ。ずっと…』

『大したものじゃない。包装もしてないし』

 大国の王子が筆頭公爵家の令嬢に贈る物としては、いっそ安過ぎるくらいだ。

 シャロンは胸元のネックレスに手をあて、微笑んだ。

『関係ないわ。貴方がくれた物だもの』

『光栄だね。未来の――』



 ――王妃殿下。



 アベルがその言葉を口にする前に、夜空を光がはしる。


 まるで流星のように高く、広く弧を描いていくつもの光が飛んでいく。ショーが始まったのだ。建物の三方向にあるバルコニーの入口が全て開け放たれたのか、会場の音楽がここまで聞こえてくる。

 曲に合わせて七色の炎が空に華を散らし、渦を巻く。大きな飴玉のように浮かぶ水は、内側に抱いた光に照らされながら波打ち、弾けて消えた。


 ヴァイオリンのソロが始まり、咲き乱れる炎の花々の間を一際強く温かな光が飛び回る。辿った道を残すように、光の粒子がきらきら舞っていた。物語に出てくる妖精を思わせるその光景を見て、シャロンは懐かしそうに目を細める。

 それはかつて、泣いていた彼女にウィルフレッドが見せてくれた魔法だった。


『…ねぇ、アベル。』


 ゆっくりと口を開き、シャロンは声をかける。

 じっと空を見上げていたらしいアベルは、どこか物憂げな目をそのまま彼女へ移した。シャロンの薄紫色の瞳は、少し寂しげに彼を窺っている。



『貴方はどうして、ウィルを避けているの。』



 自分が目を見開いてしまった事を、それをシャロンに見られた事を、アベルは自覚した。

 思いきり眉を顰めて顔を背ける。


『…別に、避けてないでしょ。普通に話してるけど。』

『普通には話していないわ。屋敷へ来てくれた時から思っていたの。』

 アベルの来訪を彼女が知っているのは、誕生日パーティーの一度だけだ。

 つまり、初対面の時。


『なぜ、突き放すような態度を…、っ!』


 シャロンの腕を掴んで引き寄せ、アベルは隠し持っていた細身のナイフをヒタリと白い首筋に添える。万一にも切らないよう峰をあてているが、彼女には金属の冷たさしかわからないだろう。

 顔を間近に寄せ、驚愕に見開かれた目を射るように睨みつけた。


『俺と話がしたいのなら』


 ナイフに力を込める。

 シャロンが瞬いて少し身を引くが、それ以上に距離を詰めた。



『二度と。ウィルとの事に口を出すな。』



 吐息が頬に触れそうな近さで返事を待つ。

 ただ「はい」と言えばいいだけなのに、シャロンは困ったように眉尻を下げてアベルの瞳を見つめ返していた。


 数秒経ち、アベルは怪訝に眉間の皺を深める。ナイフからとくとくと脈が伝わり、沈黙と共に花のような柔らかい香りが漂う。


 互いに瞬いて、目をそらしたのはアベルだった。


『……おい。返事は。』

 もう一度握った腕とナイフに力を込めて聞いてみるが、シャロンにはやはり怯えた様子がなく、困ったような目でアベルを見返している。


『だって…確約できないわ。仲良くしてほしいもの。』

『状況がわかってるのか、お前。』

『えぇ。貴方は痣にならない程度の力で腕を掴んでいるし、私は身を引いたのに、首が()()()()()()わ。』

『――は…』

 唖然として、アベルは咄嗟にシャロンから手を離した。

 離れる時はナイフの握り方を変え、刃をあてていたように見せるつもりだったのにそれも忘れてしまう。薄紫の瞳は冷静にアベルの手を見て、ナイフの峰をあてられていた事を確認した。


『……馬鹿じゃないのか。俺が刃の側をあてていたら間違いなく切れていた』

 一昨日の夜、弟を抱えて泣いていた少女。

 とても同一人物とは思えない強い瞳で、シャロンはアベルを見つめていた。

『貴方はそんな事をしないと思ったから、あくまで確認よ。』


 治癒の魔法が使えないアベルでは、怪我をさせた場合に隠蔽工作ができない。

 いくら王子でも、このツイーディア王国において公爵家の令嬢を理由もなく傷つけるような真似は許されない。ここは帝国ではないのだから。


 そして、それがわからないほどアベルは愚かではない――そういった客観的な予測もありはしたが、シャロンはそこまで伝えなかった。理由の殆どは彼女が言った通り、アベルへの信頼によるものだったからだ。


 アベルは苦い顔でナイフをしまい、吐き捨てるように言う。

『そんな確認(こと)二度とするな。』

『えぇ、貴方が二度と私にそれをあてなければ。』

『誰にされてもだ。』

『…ね、そんなに心配してくれるのなら、貴方こういうやり方は向いていないわ。』

 シャロンは気遣うようにアベルを見つめて一歩近付く。アベルは同じだけ後ずさったが、それ以上は動かなかった。シャロンがアベルの手を取り、大丈夫と言うように微笑む。


 ――こういうやり方が向いていない?馬鹿な。誰に言ってるかわかってるのか、こいつは。


『お前、目の前で人を殺した奴相手に何を言ってる。』

『えぇ、守ってくれた貴方だから言うの。私の事も、ウィルの事も、どうか突き放さないでほしい。』

 アベルを真っ直ぐに見つめ、シャロンは真剣な表情で言った。

 これほど狼狽えているという事は、アベルは先程の脅しでシャロンを遠ざけるつもりだったのだろう。握り返してはくれない手を、祈るように包み込んだ。


『さっき…貴方が遠くを見てる時、どうしてか私…貴方がいなくなるような気がして――』

『っ!』


 目を瞠ったアベルが視線を横にはしらせ、反射的に腕を振る。

 二人に向かって落ちてきた炎が、盾のように生み出された波によって防がれた。


 ばしゃん、と音を立てて屋上に飛び散った水を、シャロンはアベルの片手を握ったまま呆然と見つめている。

 上空で輝く炎や光が、きらきらと水溜まりに反射した。



『『………。』』



 シャロンはゆっくりと瞬きながら、目の前で起きた出来事を考える。


 まず間違いなくアベルが魔法を使ったという事。

 彼が鑑定石に触れた際、どの属性の色も現れなかった事は大勢の人間が確認している。魔力鑑定で使用される鑑定石は、適性が強く偏っている属性を示す。すなわち。


『貴方は…すべてに等しく適性のある魔力持ち、という所かしら。』


 アベルが諦めたように息を吐き、シャロンは自分の仮説が正しい事を知った。

 金色の瞳が不満げに彼女を見下ろす。


『……これに関しては、本当に…お前だろうと、誰かに言う気なら…』

『絶対に言わないわ。他に知っているのは?』

『…いない。』

『えっ。』

 さすがに予想外だったのか、シャロンが目を丸くして瞬く。アベルは握られたままだった手を引き抜き、軽く腕組みをした。


『こ、国王陛下にも言ってないの?』

『あぁ。』

『どうして…』

『お前には関係ない。』

『たった今関係ある人になったわ。違う?』

 アベルの服の袖を握り、シャロンは少し眉根を寄せる。そのままじっと睨んでいると、アベルは渋々事情を話した。


 王位を継ぐ気がまったく無いこと。

 アベルを王にと言う者達の多くは戦争を望んでいること。魔法が使えるとわかれば、過激派がウィルフレッドを襲う危険がますます高まること。魔法が使えないという前提のお陰で楽に立ち回れている面があること…。


『……事情はわかったわ。決して人には言わないと、この命にかけて誓います。』

『ん…』

 アベルはぴくりと片眉を動かしたが、「まぁ、それでいい」と呟いた。シャロンの胸元に揺れる小さな紫を見やって、上空を駆ける炎の馬を確認する。


『そろそろ戻るぞ。…それも外す。』

『あ…そうね……』

 シャロンはしゅんと眉を下げ、指にかけていたダイヤのネックレスを手のひらに落とした。アベルが手早く付け替え、アメジストのネックレスをシャロンに渡す。

 彼女はそれを大切そうにハンカチに包んだ。





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