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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第一部 未来を知る者

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144.口説いてこい

 



「見ればわかるだろう、仲良くしていただけだ。なァ?」


 ジークハルト殿下が楽しげに笑って私の肩を引き寄せ、突然だったので私は一歩、二歩小さくたたらを踏む。強くぶつからないよう咄嗟に手をつき、まるで横からしがみつくみたいになってしまった。


「…くく」

「お前、何を考えてる。」

 はっとしてアベルを見ると、彼が聞いているのはやはり私だ。慌ててジークハルト殿下から手を離したけれど、殿下の手は私の肩から離れない。私はおろおろと二人の顔を見比べながら口を開いた。


『シャロン、ジークには気を付けてくれ。彼はちょっと…悪ふざけが過ぎるんだ。』

『“ シャロンちゃん、君は距離を保たないとね。 ”』


 ウィルとチェスターに言われた事が脳裏に浮かぶ。

 ジークハルト殿下と踊った後はまだアベルと話していなかったけれど、彼も同じように考えているのかもしれない。


「先程少し困っていた時に、ジークハルト殿下に助けて頂いたのです。なので「ここで何を」というと、匿って頂いた…に近いと言いますか。」

「その通りだ。自分の女ならきちんと見張っておけ、アベル。ソレイユの王子に口説かれていたぞ。」

 自分の女??

 私は唖然としてジークハルト殿下を見上げたけれど、アベルの返しはさすがに冷静だった。


「僕のじゃない。」

「くはっ。あれだけ殺気立っていた奴が何を言う。」

「そちらこそ、何を考えてあんな真似をした。」

「弟共をからかってやろうと思ってな。」

「…くだらない。」

「そう思うなら笑ってみせたらどうだ、ほら。」

 会話のスピードについていけない私を、ジークハルト殿下がさらに引き寄せた。

 頭の上に何か、おそらく殿下の頬が乗る。肩に回された腕にも体重が乗って、ちょっと重い。なんだか気まぐれな猫にでもまとわりつかれているような気分だわ。

 どうしたものかと眉が下がってしまう。


「ジークハルト殿下、あの…少々近いといいますか。」

「あァ、許せ。戯れだ」

 けらけら笑いながらすぐに離れてくれたけれど、肩に置いた手はそのまま。と思った瞬間、視界がぐるんと回った。

「ひゃ、っ!?」

 ジークハルト殿下に横抱きにされている。…なぜ?

 わけがわからずアベルを見たら、彼も驚いた顔をしていた。固まっている間にジークハルト殿下は手すりの上にひょいと上がる。もがくのは危険過ぎると、私はますます身体を固くした。


「で、殿下?」

「投げるぞ。」


 本当にどうして?


「上か?上でいいな、アベル。」

「ご冗談ですよね、ジークハルトでん、かぁっ!?」

 一瞬見えた殿下の横顔は笑みを消していて、それだけ本気でやるつもりだと察した時には投げられていた。

 上と言ったって、ダンスホールの屋上まで数メートルはある。そして体重の他にもドレスやら何やらの重みもあるのに、十五歳とは思えない力強さで私は空を飛んだ。


 さすが未来のラスボス……なんて感心している場合ではないわ!ちゃんと目を開いて、落ちる先を確認しなくては――


 受け身をと手を伸ばすより早くアベルが私の身体を抱え、危なげなく着地した。

 ほっと息を吐き出したものの、緊張が解けたせいで心臓がどきどき鳴っている。両手で胸を押さえている内に屋上の中ほどへ運ばれ、静かに立たされた。


「少し待っていろ。」


 私を見もせずに言いつけて、アベルはすたすたと屋上の縁へ歩いていく。人が来る事を考えられていないこの場所に手すりは無く、ギリギリの所に屈む彼の背を少しハラハラしながら見守った。ジークハルト殿下に文句を言っているのだろうけれど、声はこちらまで届かない。



「ジーク、悪ふざけが過ぎるぞ。」

「くははは!二人にしてやったんだ、少しは口説いてこい。」

「…何を言って」

「俺は今しばらくここにいよう。他に出てくる輩はおらんだろうから、お前達も好きにするといい。」



 ――お城のこんな場所に立つ機会なんて、もうないでしょうね。


 高く聳える他の棟や上階、尖塔をちらりと見上げる。

 本当に広いけれど、ウィル達はどこに何があるか隅々まで知っているのかしら。許されるなら探検してみたい、なんて思いながら視線を戻すと、アベルが立ち上がって戻ってきた。

 何を言われたのだか不服そうに眉を顰めて、視線は斜め下へ落としている。


「…いきなりだったわね。受け止めてくれてありがとう、アベル。」


 苦笑して言うと、鋭い金の瞳がこちらへ向いた。

 あら…?怒っているわ。


「君、何で彼にあそこまで許してるの。どうかと思うけど。」

「えぇと、のしかかられた事かしら。言ったらすぐに離れてくださったわ。」

「ダンスの時も。」

「あれは…突き飛ばしてまで離れるわけには、いかなかったでしょう?」

「助けてもらったと言うけど、ジークとそのまま居る必要もなかったはずだよね。」

「…それは……」

 私は目を伏せ、胸の前で自分の手を握った。


 明るくて人懐っこいリュド殿下をなぜ、嫌だと感じたのだろう。彼が廊下から会場へ戻ってきたらと思うと、ジークハルト殿下が一緒にいてくれた事は正直、ありがたかった。そうしたらこちらには来ないでしょうから。


 無意識に、あの時指で撫でられた場所を擦っていた。



「…リュドに何かされたのか。」



 ぴくりと肩が跳ねた。

 反射的に視線を上げてしまって目が合う。アベルの表情は険しかった。


「な、何と言うほどの事ではないのよ?」

「お前は困ったんだろう。ジークはそれを口説いていたと言ったが、実際何があった。」

「何がって…」

 どうしてか、知られたくないという気持ちが一瞬よぎった。

 けれど、「言えないような事があった」と思われては大問題だ。私は目をそらして重たい口を開いた。


「手を握られて、…リュド殿下は、その……か、「可愛いから見ていたい」と仰って、ただ顔をじっと眺めていらっしゃっただけなの。それだけの事で……近くにいた騎士の方も止めに入らないくらいには、問題なかったわ。対応に、困りはしたけれど…。」


 言葉にした事で、私は理解する。

 単に手を握られただけなら、また違ったのかもしれない。あの時は両手を掴まれて、すぐには動かせなかった。殿下はもう片方の手を私の肩に添えて、それがまるで逃がさないためのように思えて、だから…


「怖かったか」


 静かに聞かれ、じわりと視界が滲む。私は慌てて瞬いた。

 泣くほどの事なんてされていないでしょう、私。これしきで同盟国の王子殿下の評判を下げるのはよくない。眉は下がってしまっているものの、なんとか笑顔を作った。


「少しだけね。」

「…そうか。」

「も、もちろんリュド殿下に悪気はなかったと思うの。」

 私が身を引いた時不思議そうにしていたし、そもそも「駄目か?」と聞いてくださっていたのだし。そこですぐ穏やかに断っていれば、止めてくれていたはずだ。あんなに明るく笑う方なのだから。


「少し驚いてしまって…だからその、ちょっぴり怖かったのは確かなのだけれど、殿下に注意だとか、そういう必要はないのよ。」

「……お前がそう言うのなら。」

 アベルは渋い顔をしつつも頷いてくれた。私はほっと息を吐く。


 ――手の甲を撫でられたと思ったけれど……きっと、たまたま擦れただけだわ。


「ジークは大丈夫だったんだな?怖くはなかったと。」

「えぇ。むしろ…」

 全然平気だった、と言おうとした言葉が途切れてしまった。

 さっきジークハルト殿下に引き寄せられた時と、一昨日、泣いてしまった私にアベルが胸を貸してくれた時の事を思い出して。同じような事なのに全く違って感じられたのは、やはり付き合いの長さや信頼関係によるものかしら。


「むしろ何だ。」

「なんと言うか、貴方とも違う感覚で…」

「……ふぅん?」

 アベルは目を細め、私に手を差し出した。

 何かしらとは思ったけれど、大人しく自分の手を乗せる。


「違うってどういう事?」

「え」

「僕と違ってジークは、何。」

 手を引かれるままに一歩近付いて、私は彼の瞳を見つめながら首を傾げる。

 今自分でも考えていたところなので答えられない。すぐ傍でアベルが眉を顰め、呟いた。


「まさか、彼に惚れたとか言い出さないよね。」

「惚れ…!?そ、そんなわけないでしょう。」

「ならいいけど。感覚が違うっていうのは何なの。」

「それはその…そうね。」

 ジークハルト殿下とのやり取りを思い出しながら、私は空いている手を自分の頬に添えた。言うならば、彼は…


「まるで、猫が好き勝手に寄りかかってくるような…」

「は?」

 アベルは軽く目を見開いて私を見つめ、一度瞬いてから笑う。


「ふっ。帝国の皇子を、猫?」

「なにも笑わなくても…」

「笑うでしょ。っはは、君は大物だね。」

「でも、本当にそんな感覚よ?後は、殿下が私を引き寄せる時なんかは、まるで子犬でも捕まえるみたいだったでしょう。」

 ね?と聞きながら、重ねた手を下ろして軽く繋ぎ直す。


「……子犬か……」

 アベルは私をじっと見て呟いた。

 いえ、大事なのは「それくらい気楽になさっていた」という事であって、「子犬」部分はそんなに……なぜ小さく頷いたの?


「だとして、ダンスの時のあれはやり過ぎだ。…まぁ、君からはよく見えなかっただろうけど。」

「そうね。ウィルやチェスターも心配してくれたのだけれど…私としては、少しばかり顔が近付いたかしら、くらいの認識よ。」

 眉を顰めたアベルの視線が、私の首元に落ちる。

 これはネックレスを見ているのかしら。ジークハルト殿下が顔を近付けたのも、その辺りだったはず。

 握った手に少し力が入ったかと思ったら、するりと離された。


 眉間に皺を寄せて、アベルは身体ごと横を向いてしまう。

 金色の瞳は城壁よりも向こう、街並みよりもさらに遠い空と地の境を見ているかのようだった。私も隣で同じように遠くを眺める。無数の星が空に輝き、夜風がさらさらと木々を揺らしていた。


「どこか警備の方が私達を見たら、危ないとびっくりさせてしまうかしら。」

 人が来るところではないから、まず見ないだろうけれど。

 舞踏会が開かれている場所として、他の棟から見下ろす事はあるかもしれない。ちらりとお城を見回したけれど、アベルは事もなげに言った。


「その心配はないよ。防音も姿を隠す魔法も済んでる。」

「…いつの間にそんな事を…」

 この人ときたら宣言をしないものだから、配慮してくれた事にこちらが気付けない。

「ふふ、流石ね。ありがとう」

 お礼を言って微笑むと、アベルは呆れた様子で私を見やった。


「今のは、ここで何が起きても気付かれないと言ってるようなものでしょ。」

「そうね?」

「…もう少し警戒したらどうなんだ。」

「……他の人に気付かれなくて、貴方が一緒にいてくれるのに…?」

 私は首を傾げる。

 これほどの安全地帯はないというくらいだけど、まだ何かあるのかしら。


 アベルはため息を吐いてズボンのポケットに手を入れ、どこか投げやりな仕草で封筒を差し出した。ポケットにしまうためにか、二つ折りにされている。

「なぁに?」

 こちらを見ない彼に聞きながら受け取った。封もされていないし、宛名も差出人の名前もない。


 開くと、手のひらにネックレスが滑り落ちてきた。




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