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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第一部 未来を知る者

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143.ソレイユの味

 



 ソレイユ王国の言葉がわかるかという問いに、私は微笑んで返した。


「‘ はい、第三王子殿下。 ’」


 穏やかな垂れ目の中は緑と黒のオッドアイ。頭の後ろでぴよぴよと跳ね広がったポニーテールに、小さな黒い帽子。

 ソレイユ王国の第三王子、リュド・メルヒオール・サンデルス殿下。

 彼もまた、イェシカ殿下同様ゲームには登場しなかった人物だ。私は片足を下げてドレスの裾を摘まみ、腰を落として礼をする。お父様が私の肩に手を添えた。


「‘ 私の娘で、シャロンと申します。 ’」

「‘ そっか!よろしくな、シャロン。オレの事はリュドでいいからさ。 ’」

「‘ 光栄ですわ。 ’」

「‘ 公爵閣下、少しよろしいでしょうか。 ’」

 ソレイユ王国の重鎮だろう、リュド殿下と同じ浅黒い肌の男性が数名、お父様に話しかける。何やら深刻そうな表情をしていて、ちらりとこちらを見やる目には「子供が聞く話ではない」という意思表示が見えた。


「‘ 難しい話でもすんのか?じゃ、シャロン!オレ達は他んとこ行こうぜ。 ’」

「‘ はい、殿下。 ’」

 リュド殿下は気さくに私の手首を掴み、うきうきした様子で軽く引く。私はお父様達に会釈をしてからその場を辞した。


 殿下の燕尾服は後ろの裾にフリンジが揺れていて、臙脂色の裏地に白い刺繍が施されている。シャツの襟元はタイをつけずにボタンを二つほど開けて、首にはチョーカーをつけていた。

 袖は金の腕輪を二つずつ嵌めた手首が見える長さに折られ、男性には珍しいヒールブーツが歩く度に音を響かせている。


「‘ この後、ウィルフレッドが光の魔法やるって聞いたんだ。よく見える場所があるらしいんだけどさ、シャロンは場所わかるか? ’」

「‘ えぇと…あ、リュド殿下、少々お待ちください。 ’」

 私もお城の構造を把握しているわけではない。

 近場に見知った人がいたので、私は小さく手を挙げてそちらへ向かった。険しい表情で立っている屈強な騎士は、一番隊のタリス様だ。私と目が合うと、一瞬驚いてからニカッと大きな口で笑ってくれた。


「どうしました、シャロン様。…第三王子殿下のご案内中ですか。」

「えぇ。警備中にすみません、タリス様。ウィルフレッド殿下も参加されるショーを見たいそうで、よく見える場所はありますか?」

「それでしたらバルコニー…いや!あの扉出た廊下の窓がよく見えますけど、もうちょい時間が近付いてからの方が――」

「‘ わかった、あっちだな!行こうぜシャロン! ’」

 タリス様が指さした先を見て、リュド殿下は待ちきれないという顔で私の手を引いて走り出す。慌ててもう片方の手でドレスの裾を軽く持ち上げた。


「タリス様、ありがとうございました!」

「あ、いえ……?」

 驚いた表情のタリス様がどんどん遠ざかる。

 ダンスフロアを見つめる観客達の後ろを駆け抜けて、私はリュド殿下に引かれるまま廊下へと出た。一面に窓が張られていて、星を散りばめた夜空がよく見える。

 警備のために扉の横には騎士が二人立っていたけれど、私達をじろじろ見てくるような事は無い。


「‘ 空にバーッてやるんだもんな。確かによく見えそうだ! ’」

 リュド殿下は私と両手を繋いで上機嫌にクルクル回る。

 聞いた話では一つ年上だったはずだけれど、はしゃぎっぷりはまるで幼子のよう。弟として可愛がられてきたのだろう事がよくわかった。


「‘ 殿下、あまり回ると目が… ’」

「‘ おっと、わりーわりー。大丈夫か? ’」

「‘ はい。 ’」

 すぐに回るのをやめてくれたリュド殿下は胸の前で私の手を握り、にこりと笑みを浮かべたままこちらを見つめる。

 一瞬、その瞳に熱が籠ったように見えて私は瞬いた。

 大丈夫。十メートルもないところにホールへの扉があって、騎士達がいる。妙な事は起こりえないはずだ。


「‘ …リュド殿下? ’」

「‘ んー? ’」

「‘ 私の顔に何か…? ’」

「‘ すげぇ可愛いから、見惚れてるところ。もうちょっと見てたいんだけど、駄目か? ’」

 私の両手を片手だけで掴んで、リュド殿下は空いた手を私の肩に添えた。ぐっと覗き込むように顔を近付けられて反射的に身を引くと、殿下は不思議そうに少し首を傾ける。


 人懐っこい微笑みを見つめながら、どうしてか心臓が嫌な音を立てた。手の甲を指でするりと撫でられ、さっきから触れていたのに急に恐ろしく思えてくる。



 ――嫌だ。



 扉が開く音がして、リュド殿下が私の後ろを見た。

 瞬間、目を見開いて数メートル飛び退る。何かがカツンと壁に当たって床に転がった。フォークだ。


「‘ ッぶね~!何すんだよジークハルト! ’」


 振り返ると、半開きの扉から出てきたジークハルト殿下がにやりと口角を吊り上げている。扉の両脇に立っていた騎士達が驚いた様子で剣の柄に手をかけたけれど、私は彼らの目が自分に向いた瞬間小さく首を横に振った。


 ジークハルト殿下はコツリコツリとこちらへ歩いてくる。白い瞳は私の事も騎士の事も見ておらず、真っ直ぐにリュド殿下を捉えていた。


「あァ、あァ、喚くな。()()に近付くな。俺が動くのは予想外だったか?‘ 子ザル ’。」

「‘ だ、だから何で悪口だけ言うんだ?他もわかるように喋ってくれよ。 ’」

「え、えぇと……」

「訳さんでいいぞ、シャロン。」

 どうしたものかと迷った私に、ジークハルト殿下がぴしゃりと言う。

 跳び退った時の屈んだ姿勢のままだったリュド殿下は、勢いをつけて立ち上がった。ココン、と靴音が鳴る。


「‘ 可愛い子を眺めるのって駄目な事か?オレ別に無理に抱き着こうとか、チューしようとしたわけじゃないぜ? ’」

 リュド殿下は残念そうに眉を下げ、頭の後ろで手を組んだ。

 ジークハルト殿下が自分の方へと私の肩を引き寄せる。それはまるで子犬でも捕まえるような気楽さで、自分の身体がその胸元に触れても恐ろしくない。


「ソレイユの味は悪くなかったぞ。」


 リュド殿下が瞬く。


「俺はもう、食った事のあるモノだったがな。」


「‘ …だから、そっちの言葉で言われてもわかんねーって。シャロンにベタベタしてずりぃし! ’」

「行くぞ。お前も迂闊にあんなモノに付き添うな。」

 リュド殿下を「あんなモノ」呼ばわりされてしまうと同意もしづらくて、私はおろおろと視線を彷徨わせながら会場へと逆戻りした。背後で扉が閉まっていく。



「‘ ……うげ~、マジであいつ苦手。 ’」



 微かにリュド殿下の呻きが聞こえた気がしたけれど、会場から溢れた音楽と話し声で掻き消されてしまった。



 皆からはジークハルト殿下に気を付けるよう言われたものの、今のは完全に助けて頂いた。

 廊下にいた騎士達は、他国の王子が令嬢を気に入ったと思っただろう。私があからさまに拒絶しない限り、助けには入れなかったはずだ。かと言って私も、よほど強引に来られない限りは、手を振り払うという無礼を犯せない。


 ついてこいと指で示され、私はジークハルト殿下の後ろを早足に追いかける。ダンスフロアではウィルやアベル達がそれぞれ令嬢と踊っていた。


「ジークハルト殿下、ありがとうございました。少し困っていたので助かりましたわ。」

「構わん。」

「…ソレイユの味…とおっしゃいましたが、ビュッフェにありましたか?」

「あァ、気にするな。俺は、知っているモノがどこで作られるか把握しているのでな。確認でカマをかけただけだ。」

 そう聞いただけではよくわからなかったけれど、気にするなという言葉通り、詳しく言う気はないのだろう。

 私は「そうなのですね」とだけ返し、後に続いて二階席への階段を上がった。国王陛下や王妃殿下のいる貴賓席とはまた違うところだ。


 まばらに手すりからダンスフロアを見下ろす人々は私達を見向きもせず、テーブルの自由席は心なしか人が少ない。ジークハルト殿下は迷いなく歩きながらテーブルの水差しとグラスを取り、五つ並んだバルコニーの真ん中へ出た。


「まぁ座れ。」

「これは……」

 テーブル席用の椅子が一脚運び込まれ、白い手すりに料理の大皿がいくつか乗っている。床には口の開いたワインボトルまで置いてあった。数メートル離れて等間隔に並ぶ他のバルコニーには人がいない。

 ジークハルト殿下は手すりの端に半分胡坐をかくようにして、壁を背もたれにする。私は勧められるままに椅子へ座った。


「悪くないだろう。そこのカトラリーは触っていないからお前が使うといい。」

「ありがとうございます。」

 すっかり自分の場所を作っていたみたい。なるほど、だからここの二階席は人が少なかったのね…。

 差し出された水差しからグラスに水を注いで、こくりと喉を潤した。


 二階席へ目をやると、少し離れた位置からタリス様が軽く手を挙げて合図してくれる。心配してこちらに移動して来てくれたみたい。私は微笑んで会釈し、大丈夫だと伝えた。


「こちらにいらしたのでしたら、よくリュド殿下と私にお気付きになりましたね。」

「皿を追加しに中へ戻ったタイミングで、あの靴音が聞こえたからな。」

「そうでしたか…」

 ジークハルト殿下は何でもない事のように言ったけれど、大勢の人が話したり踊ったり音楽も流れている中で、よく聞き取ったものだ。



 夜空には無数の星が瞬いている。

 料理を少しずつ食べる私の前で、ジークハルト殿下はワインボトルにそのまま口を付けて傾けた。ごくりと喉を鳴らし、赤い汁がついた唇を舐める。

 機嫌良さそうに笑みを浮かべたまま黙っている彼は、星空と吹き抜ける風を楽しんでいるようだった。左耳にあるガーネットのピアスが赤く輝く。



 まさか帝国の未来の皇帝陛下と、こんなに穏やかな時間を過ごす事になるなんて。

 自分が血まみれになってもなお高笑いしていた彼の立ち絵を思い出しながら、私は咀嚼していたものを飲み込んだ。

 ウィルのルートでしか登場しない、しかも敵だというのに、かなり人気の高いキャラクターだった。レオや私もそうだけれど、ファンディスクでの攻略対象化が望まれていたくらいだ。


 ちなみに友達が買った雑誌のディレクターインタビューでは、「ファンディスクは可能性が低い。新ハード移植など、リメイクでのルート追加は検討中」と言われ、「シャロンルートは無理です」と私だけ名指しで切られている。悲しい。親友との友情エンドはよくある事ではなかったの。



「来たな。」


 唐突に、ジークハルト殿下が呟いた。

 どういう意味かと瞬いた私と目を合わせ、ジークハルト殿下は室内へと視線を流す。つられてそちらを見れば、アベルがこちらへ歩いてきていた。後ろでタリス様がにこにこと手を振って親指を立てている。何の合図かしら…。

 ジークハルト殿下が手すりから降り、私も椅子から立ち上がってアベルを迎えた。ダンスはもういいのかと不思議に思う。ウィルはショーで少し抜けるから、その間アベルの相手は絶えないのでは――


「ここで何をしてる。」


 眉間に深く皺を刻んで、金色の瞳が私達をぎろりと見回した。




ブクマ、評価、ご感想ありがとうございます。

とても励みになっております。


今週末は更新が少ない予定です。

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