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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第一部 未来を知る者

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141.自分の手で




「シャロン、ジークには気を付けてくれ。彼はちょっと…悪ふざけが過ぎるんだ。」


 私を優しくリードしながら、ウィルは今にも深いため息を吐きそうな顔で言う。

 呆れた様子の表情はどこかアベルに対するものにも似ていて、ついくすりと笑ってしまった。ウィルが言い聞かせるように首を少し傾ける。


「笑い事じゃないよ。さっきだって君にあんな…失礼だろう。」

「確かに驚いたけれど、何ともなかったわ。」

 ジークハルト殿下はダンスの最中、私の首元に頭を寄せるような仕草をしていたけれど、決して素肌に口付けを落とされたわけではない。確認しただけと言って周りを見ていたから、きっと目的は私に近付く事ではなく、誰かを観察する事だったのでしょう。


「君からはあの目が見えなかったから…」

「目?」

「いや、いいんだ。…落ち着いたら、また君の家へ行ってもいいかな。クリスの顔も見たいし…ダンも治ったと聞いているけど、大丈夫?」

「元気にしているわ。クリスはまだ反動で痛みがあるようだけれど、貴方が来てくれたらとても喜ぶと思う。」

「ありがとう。必ず行くよ」

 ウィルは穏やかに微笑んでそう言ってくれた。

 金色の髪が明かりを反射してきらきらと輝いていて、とても綺麗。私も自然と笑顔になる。


「……俺はね、シャロン。君にとても感謝してるんだ。」

「そうなの?」

 爽やかな青い瞳を見つめ返して、私は軽く小首を傾げた。

 とてもなんて言ってもらえるほど、何かできた事があったかしら。


「俺の友達になってくれた事もそうだけど……サディアスと図書館で会った日の事、覚えてるかい?」

「忘れないわ。あの日の失敗を胸に、私は…」

「君がいてくれたから、俺はアベルのために動く事ができた。」

 ウィルの言葉に、思わず瞬いた。彼は眉尻を下げ、自嘲気味な声で話し出す。


「ずっと、自信がなかったんだ。俺は兄なのに、あいつのために何もしてやれないじゃないかって。何でもできるアベルが羨ましくて、自分の無力さが惨めで…あいつが何を考えているのかも、わからなくて。」

「……ウィル…」

 じわりと滲んだ涙をごまかすように、私はゆっくりと瞬きをした。

 今の言葉は、アベルが死んでしまった後でウィルがヒロインに語るセリフだ。



『わからないなら…拒否されたってなんだって、答えてくれるまで聞けばよかったんだ。どうして周りに冷たい態度ばかり取るんだって、わざと怖がらせるような振舞いをするなって……俺は、自分が否定されるのが怖くて、踏み込まなかった。』


【 ウィルの目からぼろぼろと涙が溢れて、床に落ちていく。自分の心が引き裂かれるような胸の痛みを覚えて、私は頭の片隅で「駄目」と思いながら、それでも彼を抱き寄せた。だって、大切な友達が泣いているのだから。 】


『あいつにとって俺は、ただの役立たずなんじゃないかって…勝手に卑屈になって……今更後悔したって遅いのに…っ、アベル……アベル、ごめん…俺は……!』


【 一際大きくしゃくり上げて、ウィルは縋るように私の背中に腕を回した。 】


『ッどうして、俺なんか庇ったんだ……!』



 シナリオの中で泣いていたウィルの姿が、目の前の笑顔に塗り替えられていく。


「あの日がきっかけで、俺はちゃんとアベルと話せたんだ。でなければ今もきっと……お互いに遠ざけていたと思う。だからありがとう、シャロン。」

「……私は何もしていないわ。貴方が自分の手で掴んだ未来よ。」

 嬉しくて、安心して、ここが家の庭だったなら、ウィルに抱き着いてぐるぐる回っていたかもしれない。

 私は幸せな気持ちでウィルと微笑み合った。


「俺が自分の手で掴んだ…か。君はそう言ってくれるんだね。」

「だって、事実だもの。」

「ふふ、ありがとう。シャロン」

 どうしてかまたお礼を言って、ウィルはくしゃりと笑う。


「君は俺の大事な友達で、かけがえのない宝物だ。」


「貴方もよ、ウィル。たとえ大人になって国王陛下になっても、変わらないわ。」

「そう言ってくれる事がどれほど心強いか。…君とアベルが傍にいてくれたら、俺はきっと何だって頑張れるよ。」

「えぇ、もちろん。ずっと貴方の傍にいるわ。」

 私は隣国には嫁がないし、アベルだって死なせない。

 ゲームのシナリオは少しずつ変わっているのだから――このまま、ハッピーエンドを目指す事もできるはずだ。


 ふとウィルの肩越しに視線を投げると、他の令嬢と踊っているアベルと目が合った気がした。一瞬にも満たないのではと思うくらいだったから、気のせいかもしれないけれど。

 パートナーは金のサイドテールを緩く巻いて花飾りをつけている、マグレガー侯爵家のキャサリン様だ。彼女にエクトル・オークションズのチケットを貰った事が、随分昔の事のように感じる。二人はちょうどターンしたのでアベルはこちらに背を向けて、代わりにキャサリン様と目が合った。


 どうしてか彼女は片目を瞑り、赤い唇で微笑む。アベルの腕に添えられた白い手指が、やけに目立って見えた。



 曲の終わりに合わせて、私とウィルは向かい合って礼をする。

「君と踊れてよかった、シャロン。とても楽しかったよ。」

「安心して身を預けられたわ、ウィル。流石は我が国の第一王子殿下ね。」

「ふふ、君も素敵だった。流石はアーチャー公爵家のご令嬢だね。」

 くすくすと笑い合う私達のところに足音が近付く。

 ウィルと同時にそちらを見ると、チェスターがひらひらと手を振った。後ろの方で令嬢達がうっとりと頬を染めて彼を見送っている。


「こんばんは、シャロン嬢。もしお疲れでなければ、次は俺と踊ってくれますか?」


 緩やかにウェーブする赤茶色の髪を、今日はハーフアップにしてくるりとお団子にしている。人好きのする明るい笑顔を浮かべながらも、サイドの髪を耳にかけ直す仕草はとても大人っぽい。

 ウィルと頷き合って、私はチェスターが差し出してくれた手に自分の手を乗せた。


「こんばんは、チェスター様。もちろんですわ。」

「彼女をよろしく頼むよ。」

「はい、ウィルフレッド様。」

 チェスターはウィルに恭しく礼をして、私の手を引いて場所を移動する。そのままでいると、ウィルへ向かって我先にと急ぐ令嬢達に巻き込まれてしまうものね。

 他のペアもいる中で、程よく空いたスペースまでするすると私を連れて行く。紳士的な笑顔を浮かべた(つくった)チェスターと向かい合い、彼の腕に左手を添えた。


「“ すっごい可愛いよ。シャロンちゃん ”」


 曲が流れ出してダンスが始まると、チェスターはいつもの明るい笑顔でそう言ってくれる。敢えてコクリコ王国の言葉を使ったようだから、私もそれに倣って返した。

「“ ふふ、ありがとう。貴方もとっても素敵よ。 ”」

「“ ほんと?照れちゃうなぁ。 ”」

「“ 髪型は今日もジェニーとお揃いなの? ”」

「“ まぁね。一緒に出られたらよかったんだけど、それはまた今度って事で。 ”」

 チェスターの背中越しに、他のペアの男性がチラリとこちらを見て、片眉を上げて視線を前に戻すのが見える。何かしら?

 瞬いた私に気付いたのか、チェスターは軽く首を傾けて教えてくれた。


「“ な~んか見えちゃった?俺ね、女の子を口説きまわってるらしいよ。 ”」

「“ まぁ。貴方が? ”」

「“ ビックリだよね☆ ”」

 ついくすくす笑ってしまう私に、チェスターは悪戯っぽくウインクをしてみせる。もしかしなくても、そういうところを見られて勘違いされるのでは?


「“ 皆それぞれお洒落してきてるんだからさ、褒めるのは当然だと思うんだけど……まぁ、アベル様は敵が多いからね。とりあえず俺にも難癖つけたいって感じかな。 ”」

「“ それでコクリコの言葉を? ”」

「“ 君も、聞き耳立てられるのは嫌でしょ?これだけで、聞くの諦める人結構いるはずだよ。 ”」

 なるほどと頷いて、私はチェスターの動きに合わせてくるりと回った。

 ジークハルト殿下とのダンスは少し大変だったけれど、元から体力作りはしているし、ウィルも気を遣って激しい動きはせずにいてくれたから疲れはない。慣れた様子でリードするチェスターと一緒にダンスを楽しむ。


「“ 帝国の皇子様は大丈夫だった? ”」

「“ えぇ。ウィル達の事をだいぶ気に入ってらっしゃったわね。 ”」

「“ おっどろきだよねぇ。前情報とだいぶ印象違うっていうか……昨日の朝、散歩中に意気投合したんだーとか言って、けらけら笑ってたんだ。最初に会った時なんて、だいぶ険悪だったんだけど。 ”」

「“ そうだったの。 ”」

 初対面はお互いに国同士の事もあるだろうから、会った瞬間笑顔でとはいかないのも当然だと思う。それでもほんの二日であれほど打ち解けているのだから、凄い事だ。

 その「散歩」で一体何があったのか気になるけれど、私がずけずけと聞くものでもない。


「“ アベル様も普通に話してるから、ただ話すくらいならいいと思うけど……シャロンちゃん、君は距離を保たないとね。 ”」

「“ ウィルにも気を付けてと言われたわ。あれはちょっと、避けようがなかったと思うのだけれど。 ”」

「“ あれはどうしようもないね。この後また話す事があったらってこと。ま~たあんな事されたんじゃ、誰かしら手が出ちゃうかもだからさ。 ”」

 眉尻を下げて、チェスターは困ったように笑う。

 ジークハルト殿下が私に顔を近づけた時、ほんの一秒あるかどうかだったと思うのだけれど……そんなに目立っていたかしら?皆ダンスの最中だったのに、周りをよく見ているのね。


「“ なんとなく、わざとやって楽しみそうなトコあるよね、あの皇子様。ほら、閣下もうちの王子様も怖かったでしょ? ”」

 いまいちピンとこずに首を傾げると、チェスターは茶色の瞳を丸くしてから、思い出すように視線を外して「そっか、見てないか」と呟いた。

 それはもちろんそうだ。ジークハルト殿下の腕に身を預けていた当時の私は、天井のシャンデリアしか見ていなかったもの。


「“ うーん…俺も自重しないと、君と二人でお出かけなんてしたら怒られちゃうかな? ”」

 チェスターがおどけた口調でそんな事を言うものだから、私もついくすりと笑った。

「“ 貴方が相手なら、誰も怒らないんじゃないかしら。 ”」

「“ ……あれ、本気で言ってる? ”」

 曲に合わせてターンを決め、私はもちろんよという気持ちを込めて彼を見上げる。チェスターは口元に笑みを残したまま、困ったように眉尻を下げた。


「“ 前に君の手に()()しようとした時、アベル様に止められたでしょ? ”」

「“ えぇ。貴方、ウィルとサディアスの反応待ちでやったでしょう。 ”」

「“ …そこまで気付いてたんだ……じゃなくて。さっきだって…あー、見えてなかったのか。 ”」

 チェスターは気まずそうに私から目をそらしてモゴモゴと呟く。

 考えあぐねている様子なのに、ダンスのリードはスマートなままのところが彼らしい。


「“ それに、貴方と一緒にいられないと困ってしまうわ。この冬に()()()してくれる約束でしょう。 ”」


 じっと見上げてそう言うと、チェスターの表情が一瞬、真剣なものに変わる。

 私と目を合わせる時にはまたニコリと笑みを浮かべ、彼は音楽に紛れて消える程度の声量で呟いた。



「“ 逢瀬の話はまた今度、だ~れも絶対、聞いてない時にね。 ”」






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