13.スキル持ち
「すきる…?」
私は思わず聞き返した。
《スキル》!?
そんな設定ゲームには絶対に絶対に出てきませんでしたけれども!?
「……魔法学でも上級生が習う箇所の話です。」
ため息をついて、サディアスはそんな事を言う。
ちなみに私達より年上であるサディアスとチェスターがまだ学園に行っていないのは、従者としてウィルやアベルと一緒に学園へ通うためだ。
国の都合で入学時期がずれているので、二人には先取りして勉強するための自由時間が設けられている。
だから「従者」でありながらも、現状、常に一緒にいるわけではない。
「火・水・風・光・闇…自然界に存在するその五つを意図的に生み出す事が、私達が使う魔法の基本です。ある程度の規模や形は操作できる、それは貴女もご存知かと思います。」
サディアスの言葉に黙って頷く。
「しかし稀に、単にそれらを生み出すだけではなく、少し違う形で活用できる人がいます。たとえば…そうですね。火とは揺らめくものであり、不定形なのが常識ですが…揺らめきをミリ単位にまで抑えこみ、特定の形をとらせる事ができるとか。」
「ミリ単位…」
ちょっと想像がつかない。そして、それができたとしてどう活用するのだろう。考えている事が顔に出ていたのか、サディアスは言葉を続けた。
「時間経過で溶ける外装を用意し、火薬と共に置けば。正確な時限爆弾です」
思わず目を見開いた。
ウィルもはっとしてサディアスを見つめている。
「また、騎士団には《水鏡》と呼ばれるスキルの保有者が複数人います。これはあらかじめ出した水を分割して違う場所に運んでも、映ったものや声を遠隔で届ける事ができるんです。」
「テレビ電話ね…!?」
「は?」
「なんでもないわ。」
急いで手を横に振った。うっかり前世の単語が出てしまったわ。
この世界にはテレビも電話もない。
視線を泳がせた先でメリルと目が合って、思い出す。
『私は火です。しかもなんと、色を変えられるのですよ。』
『えぇっ、本当!?』
『本当です。私の魔法はそれが自慢ですから。私固有のものではありませんけれどね。』
――まさか!?
メリルが「そうです!」とばかりにウインクした。
その時教えてほしかった!と思わなくもないけれど、「本来上級生が習う」というサディアスの言葉に納得した。
「あとは、そうですね。風というのは強ければ強いほど、直撃しない位置でも余波があります。その余波もなしに人間を動かすほどの風を起こす…それも、本来できないとされています。」
私をちらりと見て、サディアスはそう続ける。
どうしてそこで私を見るのかしら…ちゃんと聞いているかどうか確認されたのね、きっと。
聞いているというアピールに、私は力強く頷いてみせた。
「…まぁ、そういった《通常使える魔法とは異なる仕様》の例がありますから、貴女の言う《人の体調を悪くさせる魔法》も、無いとは言い切れません。」
「そうなのね…」
では、チェスターの妹さんにかけられた魔法はきっと、何らかのスキルによるもの。それがわかっただけでも進歩と思いましょう。
なんとかして正体を掴まなくては…
「二人は、スキルを使った事があるの?」
攻略対象だし、特別な何かがあるかもと思って聞いてみたけれど。確認するように顔を見合わせて、二人とも首を横に振った。
「貴方はこれができます、と紙に書かれて渡されるわけではありませんからね。これから何かのスキルが発覚する可能性もあるとは思いますが……今のところは。」
「俺もないかな。」
「そう…」
「……言っておきますが、スキルのない普通の魔力持ちの方が多いですからね。」
私を見てやや不機嫌に言うサディアスに、慌てて「もちろんわかっているわ」と返す。決して二人を貶したつもりはない。
紅茶のカップを傾けながら、私は前世の知識を思い返した。
やっぱりゲームではスキルなんて無かったわよね。ウィルは元々、光が最適という事自体が珍しいものではあったけれど。
とんでもない強さだったアベルもあくまで普通の魔法だったし、特殊な力なんて…
『私が彼の力を抑える!だから、今のうちに!』
――ヒロイン!
ハッとして、私は思わず目を見開いた。
あった!確かにヒロインだけは、シナリオの途中で特殊能力に目覚める。
よくある「実は特別な女の子」設定だと思っていたけれど、なるほどあれはスキル持ちという事だったのね。
「シャロン?」
「!だ、大丈夫よ、なんでもないわ。」
ウィルに心配そうな声で呼ばれ、慌てて意識を現実へ戻す。
サディアスがまた怪訝な顔で私を見ているので、誤魔化すように令嬢の微笑みを浮かべた。
「えぇと、《水鏡》はとても良いスキルね。私もそれが使えるようになったら、ウィルといつでもお話しできるのかしら。」
「えっ!?そ、そうだね…?」
ウィルが嬉しそうに赤い頬を緩め「いつでもかぁ…」と呟く。
サディアスはやれやれとため息をついてクッキーに手を伸ばした。
「あらかじめ生み出しても、流石に永遠には使えませんよ。」
「そうなの?」
「距離、一度に繋げられる数、持続時間などは人によると聞いています。それこそ時間を指定できる特殊スキルでもないと、永遠には無理でしょうね。」
サディアスはきちんと言い終えてからクッキーを口に入れ、さくさくと咀嚼する。
クッキーを一つ手に取りながら、私は素直に感心した。彼は本当に色々と知っている。
このお茶会だけでものすごく勉強になった。
前世でプレイしたゲームの世界……知っている世界だと思っていたけれど、ゲームで語られなかった、いわば「裏設定」というところかしら。私が知らない事ってとても多いのね……。
もちろん一般教養は家庭教師から学んでいるけれど、こと、魔法に関しては学園で学ぶのが基本。まだ知らない事ばかりなのだ。
シナリオを知ってるからと慢心してはならない。気を引き締めた。
「……そういえば、私も貴女に聞いてみたい事があったんですよ。」
サディアスがそんな事を言い出して、私は首を傾げる。心当たりがない。
ウィルも不思議そうにしている中で、彼は冷たい目をして言った。
「貴女、アベル様を《皇帝陛下》と呼んだらしいではないですか。」
今その話を掘り返されるとは夢にも思わなかった私は、悲鳴を上げないよう咄嗟に自分の口を手で押さえた。
動揺しましたねとばかり、サディアスは眼鏡をきらりと光らせる。
「一体どういうつもりでそんな事を?ウィルフレッド様もいる前で。」
「そ、それは本当に言い間違いで…」
「言い間違い。ほう。」
怖い!
サディアスはもったいぶった様子でゆっくりとため息を吐いた。
「……ご令嬢の中にはよくいらっしゃるんですよ、とりあえず次期国王だと認めるような事を言えば、気に入られるだろうなんて考えの、少々頭の弱…失礼、脳の軽い方がね。」
あまり変わらない言い直しをしながら、サディアスは探るように私を睨みつけている。
助けを求めてウィルを見たけれど、気まずそうに目をそらされた。それはそうよね。
あの時は混乱で何も考えられなかったけれど、王とは言わなかったものの、アベルを国の頂点だと認めるような言い方をするのって、ウィルにその資格がないと言うようなものだわ。
あぁ、ごめんなさいウィル。そんなつもりは本当に微塵もなかったの。説明したいけれどできない。
「言い間違いにしては、貴女の言っている事はおかしいのですよ。」
でもこれって、どう答えるのが最良なのかしら。
「何せ、えぇ。ツイーディア王国は名の通り王政であり、《皇帝》という存在は本来ありえない。」
だってサディアスは…
「アベル皇帝陛下などという粋な呼び方で、あの方の気を引こうとしたのでしょう?」
サディアスはアベルの大ファンなのよ……!
壁際でじっとしているメリルが、「何か違和感があったような?」という顔でほんの僅かに首を傾げている。
私は心の中で頭を抱えた。
「理解できませんね。魔力のないアベル様には、そもそも王位継承権がない。ウィルフレッド様が次の国王である事は周知の事実です。」
つらつらと話すサディアスは、一見すると考え無しの令嬢を冷静に詰めているかのようで。けれど私は気付いている。
得意げに緩んだ口元も、興奮で少し紅潮した頬も、水色の瞳が輝いている事も。
「それに、彼の素行の悪さはお聞き及びですか。こんな噂を聞いた事は?彼は何人もの民を――」
「やめろ!」
ウィルが声を張り上げた。
私も侍女達もビクリと肩を揺らし、部屋に緊張がはしる。
「……やめてくれ、サディアス。俺は弟を貶されるのは好きじゃない。」
いつもはあんなに優しい青い瞳が、まるで見た者を射殺すような鋭さだった。
サディアスは眉間に皺を寄せて見つめ返した後、目をそらす。
「…御意に。」
「それに……君だって、ニクソン公爵の息子だろう。」
「……私は、父とは違う考えをしておりますので。」
冷ややかに返して、サディアスは眼鏡を指で押し上げた。
彼の父親であるニクソン公爵は、《第二王子派》を公言しているのだ。武力こそが国の全てであるという考え方をもって。
「ごめんね、シャロン。大声を出して」
「大丈夫よ。元はと言えば私が言い間違いなんてしたからだわ。」
気にしないでと手を横に振るけれど、ウィルは私と目を合わせてくれない。やっぱり気にしているわよね…。
私は悩んだ末に、事実に近いことを伝えようと決めた。
「ごめんなさい。……実は、夢を見たの。」
「夢?」
「えぇ。サディアスが言ったように、アベルの事は…少し怖い噂を聞いていたわ。だから、彼が恐ろしい皇帝になる悪夢を見てしまったの。夢だからこそ、王ではなくて皇帝だったんだと思うわ。」
黒髪で金色の瞳という事しか知らなかったから、顔もぼやけていた。
そう続けて、私はゆっくりとウィルとサディアスを見る。
「アベルに会った瞬間、悪夢と重なってつい口走ってしまったの。夢ではとても怖い思いをしたから…それを思い出して。」
「……そっか…だから君は気を失って…」
「あの時は驚かせてしまって本当にごめんなさい。夢が怖かったなんて少し恥ずかしくて、言えなかったの。」
実際、前世の記憶なんて当世においては夢のようなものだ。何の証拠も出せないのだから。
「謝らないで。…問い詰めるような事をしてごめんね。」
問い詰めていたのはサディアスなのに、ウィルが眉を下げてそう言う。
「……サディアス。」
「………失礼致しました。」
ウィルにじろりと見られて、サディアスが目線をよそへやったまま言った。
私は「大丈夫よ」と苦笑する。
「少し話し込んでしまったね。そろそろお暇するよ」
ウィルが立ち上がろうとすると、サディアスも速やかに腰を上げた。
私も見送りの為に立ち上がり、彼らと一緒に玄関へ歩き出す。
「来てくれてありがとう、ウィル。」
「…うん。」
嬉しそうに微笑んでくれるウィルの笑顔を、やっぱり眩しいと思った。
馬車の横には、いつもウィルと一緒に来る二人の護衛騎士が立っている。
「お帰りですね。こちらを」
今日も預かっていたらしい剣をウィルに返すのは、濃緑の髪を一つに結って左肩の前に流している男性騎士。黒い瞳はいつも冷静に周囲を見張っている。
「では出発といこう!ああもちろん、私達が乗ってから。」
御者に声をかけている女性騎士はいつも明るくて、茶色のポニーテールがトレードマークだ。赤紫色の瞳は無邪気な子供のように輝いている。
「じゃあシャロン、またね。」
「これで失礼致します。」
「えぇ。二人とも、また会いましょうね。」
サディアスからは同意の声が返ってこなかったけれど、今は気にしない事にする。
彼と知り合えて、魔法について色々教わった。思っていたより私が無知である事にも気付けた。
悲しい未来を避けるために、私はまだまだ頑張らなくては。
宰相として最期までアベルを支え、違う未来ではアベルを殺してしまった――あなたのためにも。




