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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第一部 未来を知る者

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137.三者三様

 



 夜。


「こんばんは、ウィル、アベル。」


 控室へ通されたシャロンは、双子の王子を見て顔を綻ばせた。


 どちらも燕尾服だが、内側のベストはウィルフレッドが白、アベルがグレーの物を着ている。夜会とあってか二人共前髪を上げていて、シャロンには新鮮だった。

 さらにウィルフレッドは普段後ろで括るだけの長髪を、今日は太い編み込みを作って低い位置で縛り、身体の前側へ流している。ネクタイをきちんとするためか、アベルが一番上までシャツのボタンを留めているのも珍しい。


「二人共とっても素敵ね!ふふ、格好良くてどきどきしてしまうわ。」


 頬を薔薇色に染めて胸元に手をあてるシャロンは、淡い青紫のプリンセスドレスを着ていた。

 少し色の濃い布でスカートに花飾りとドレープを作って膨らみを持たせ、薄紫色の髪はサイドを少しだけ垂らして後はシニヨンにまとめている。ドレスと同じ布の花飾りをバレッタで留め、両耳には花形の金細工にアメジストを嵌めた小さなイヤリングが揺れていた。

 首周りはシンプルにダイヤモンドのネックレスだけで飾り、光沢のあるフリルのついた袖は肘のあたりで広がっている。花びらのような唇は透明なグロスが塗られて艶めいていた。


 シャロンが二人のもとへ歩み寄ると、ようやくといった様子でウィルフレッドが口を開く。


「…驚いた、シャロン。とても綺麗だよ。どこのお姫様が迷い込んだのかと思った。」

「まぁ、ウィルったら…ありがとう。」

 微笑むウィルフレッドは自然と両手を軽く広げ、シャロンもまたはにかみながら、挨拶を返すように両手をふわりと乗せた。ウィルフレッドがそのまま同意を求めるようにアベルを見るものだから、シャロンも自然とそちらを見る。

 二人の視線を受けたアベルは一つ瞬くと、ふっと息を吐いて口角を上げた。


「麗しい貴女に再び逢えたこと、心より嬉しく思います。アーチャー公爵令嬢。」


 シャロンとウィルフレッドがまったく同じ動きで軽く目を見開く。

 ぱち、とシャロンが両手を合わせた。

「懐かしい!私の誕生日パーティーの、確か次の日だったかしら?」



『――ではアーチャー公爵令嬢、麗しい貴女に再び逢える日を心待ちにしております。』

『アベル!どういうつも…まさか、おい!シャロンは俺の友達なんだぞ!!』



「覚えてるぞ。お前がいきなりそんな事を言うから、俺はかなり驚いたんだ。だって、普段そういう冗談を言わないだろう?」

「はは。あの時はちょっと、ウィルをからかいたくなってね。」

「お前ね……俺は結構焦ったんだからな。」

 やれやれと脱力するウィルフレッドの横で、アベルは楽しそうに笑っている。

 胸が温かくなる心地がして、シャロンは自然と微笑んでいた。

「その心配はないから大丈夫よ、ウィル。」



 ――アベルがそういう意味で私を好きになる事は、ないでしょうから。


 ――シャロンはその時も「これからも友達」だと言ってくれたのに、俺ときたら余計な心配を。


 ――さっさと正式に婚約すれば、そんな心配も不要だろうにな。…こんな余計な物、やはり置いてくればよかった。



 三者三様に考えながらにこりと頷き合う。

 扉をノックする音と共に、騎士の声がイェシカの到着を告げた。


「“ 本日はよろしくお願い致します、ウィルフレッド殿下。 ”」


 彼女はウェーブがかった橙色のボブヘアはそのままに、ダイヤモンドを散りばめたティアラを乗せている。

 茜色のマーメイドドレスは肩から肘までをレースが覆い隠し、女性らしい体のラインを見せつつも露出は少なかった。くびれには小粒の宝石達がひと繋ぎになってかけられ、その細さを目立たせている。

 微笑みの一つもないのは決して機嫌が悪いわけではなく、侍女達による寄せて上げて締めての工作に疲れているだけだ。ウィルフレッドと踊るため、ハイヒールから解放されたという一点のみは幸いだった。


「“ よろしくお願い致します、イェシカ殿下。こちらはアベルのパートナーを務めます、我が国の特務大臣の娘です。 ”」

 ウィルフレッドの紹介でシャロンがイェシカと目を合わせ、ドレスの裾を軽く持ち上げて腰を落とす。

「“ シャロン・アーチャーと申します、第二王女殿下。お会いできて光栄ですわ。 ”」

「“ あぁ…話せるのですね、助かります。わたくしはイェシカ。よろしくお願い致しますわ。 ”」

 開会の挨拶の後は、主催――つまりツイーディア王国の王家が踊る。

 国王夫妻、ウィルフレッドとイェシカ、そしてアベルとシャロンの三組だ。その後からのダンスは自由参加なので、ナルシスやリュドといった来賓の王子達も入るだろう。


「“ では、行きましょうか。 ”」

「“ えぇ。 ”」

 ウィルフレッドが微笑んで腕を差し出し、イェシカが頷いて軽く手を添える。アベルもシャロンと目を合わせ、同じように腕を組んだ。

 部屋の入口に立っていた侍女が頭を下げながら扉を開く。


 シャロンはこくりと喉を鳴らした。

 口元は微笑みの形を保っているけれど、緊張で眉尻は下がってしまう。国王夫妻と同じ場所で踊るのだ。シャロンにとってはこれが公の場での初めてのダンスだが、王族と踊る以上ミスは一切許されない。

 不安に目を伏せ、しっかりしなくてはと思いつつ視線を上げる。前を歩くウィルフレッドとイェシカは穏やかに談笑していて、さすがの落ち着きようだ。


 ――私もあれくらい落ち着かなくては駄目よね…堂々と……


 手を添えていた腕を僅かに引かれ、シャロンは隣を歩くアベルを見上げた。

 少し困ったように眉を顰めた彼の瞳には薄紫が映り込んでいる。どうしたのかと視線で問うシャロンに、アベルは声を潜めて言った。


「そんな顔をするくらいなら、僕だけ見てればいい。」

「ひ、ひどい顔をしているかしら?」

 微笑んでいたつもりが緊張でガチガチだったろうかと、シャロンはへにゃりと眉を下げて反対の手を頬にあてる。アベルは瞬いて肯定した。


「少しね。…何も心配はいらないから、周りの事は気にするな。」

「……そうね。ありがとう、アベル。」

 すっと肩の力が抜け、シャロンは花がほころぶように柔らかく笑う。

 誰あろうアベルと踊るのだ。彼の言う通り、何も心配はいらない。シャロンも幼い頃からダンスのレッスンを受けてきた。プレッシャーに負けてしまわない限り、その努力は裏切らないだろう。


 周りを気にするからいけないという意見に納得し、また安心させようと気遣ってくれた事を嬉しく思って、シャロンはやんわりと目を細めてアベルを見つめる。


「ダンスの間は、貴方だけを見ているわ。」

「………うん。」

 一度瞬いて、アベルはなぜか目をそらした。

 こほん、と咳払いが聞こえて二人がそちらを見ると、少し先で立ち止まったウィルフレッドがチラチラと目配せしており、イェシカは「あら」と言わんばかりに片手を口元にあてている。


 ――近い。俺とイェシカ殿下の半分くらいしか距離がないって気付いてるのか?二人が仲良しなのは良い事だから、嬉しくて口が笑ってしまいそうだけど…堪えなくては。公の場だしイェシカ殿下も見ている。ここは俺が注意しないと。


 ウィルフレッドは言いにくそうに口を開いた。

「アベルお前、もうちょっとその……適切な距離をだな。」

「今のは、そもそもウィルが」

 シャロンの前で他の女性(イェシカ)と――などと言うのも憚られ、アベルは不服そうに眉を顰めて口を閉じた。

 鈍い兄は、「シャロンはこれも王子の仕事だとわかってくれている」、とでも思っているのかもしれない。そのシャロンは不安げに二人を見つめていたわけだが。

 ウィルフレッドがきょとりと首を傾げる。


「俺?……俺が何だ?」

「…別に。“ 早く行こう。 ”」

 イェシカにも伝わるように告げ、アベルは視線で廊下の先を示す。

 ちょうど国王夫妻――ギルバートとセリーナが仲睦まじく腕を組み、近衛騎士と共に歩いてきていた。



 ギルバートは白い燕尾服の内側に伝統色である淡い青色のベストを着て、少し癖のある金髪はいつも通りに左耳へかけて後ろへ流している。アベルと同じ金の瞳は堂々とした自信に満ち、たとえ穏やかに微笑んでいても彼の威厳をひしひしと感じさせた。

 セリーナはストレートの黒髪を緩く巻いて体の前側に垂らし、結び目に添えられた赤い椿が髪色によく映えている。水色と伝統色を合わせたローブデコルテのドレスは艶のある刺繍糸が使われ、歩く度に宝石のようにきらきらと輝いた。


 王子であるウィルフレッドとアベルは片手を胸にあてて軽く礼をし、イェシカとシャロンはドレスの裾を摘まみ、片足を下げて腰を落とす。王族ではないシャロンはイェシカよりも深く。


「構わん。“ 顔を上げてくれ ”」

 ギルバートの一声で、四人は元のように姿勢を正した。

「“ イェシカ王女、慣れない場所で疲れもあっただろうと思う。今宵は思うままに楽しんでいくといい。 ”」

「“ ありがとうございます。お言葉に甘えさせて頂きますわ。 ”」

 魔石の研究への労いと、中座も退出も好きにしてほしいという意思表示だ。イェシカは唇を微笑みの形にして返した。ギルバートは頷き、視線をシャロンに向ける。


「“ 君がシャロン嬢か。 ”」

「“ はい、国王陛下。初めてお目にかかります。シャロン・アーチャーと申します。 ”」

 イェシカを気遣ってコクリコの言葉で続けるギルバートに倣いながら、シャロンは改めて軽く腰を落とした。これから会場に入るのだ、あまり長い会話はしないだろう。



 ――この子が、エリオットの娘。



 ギルバートの金色の瞳を、シャロンは真っ直ぐに見つめ返している。

 焦点はその薄紫の瞳へ向けていても、ギルバートは隣に立つアベルがシャロンと自分を見比べた事に気付いていた。公爵令嬢として完璧な笑顔を保っているシャロンが、アベルの腕へ添えた手の指に僅か、力を込めた事も。


「“ 息子を頼む。では行こう。 ”」

 あっさりしたやり取りに違和感を覚える者はいない。

 扉の向こうからは音楽が流れ出している。ツイーディア王国とヘデラ王国の楽団が合わさった、今宵限定の音色だ。近衛騎士が扉が開く。割れんばかりの拍手がギルバート達を迎える。


 国王であるギルバートと、王妃セリーナ。

 やがて王の座を継ぐであろう心優しき第一王子、ウィルフレッド。

 永遠の宝物庫、コクリコ王国が誇る賢き第二王女、イェシカ。

 月の女神に愛された剣の天才、第二王子アベル。

 そして、令息達は滅多にその姿を見る事ができない、幻の令嬢。


 突き刺さる視線にも負けず堂々と背筋を伸ばし、シャロンは舞踏会の会場へと足を踏み入れた。





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