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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第一部 未来を知る者

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136.何より可愛い息子達




 女神祭最終日。


 ウィルフレッドとアベルは二人で王妃セリーナの部屋を訪れていた。

 騎士達は廊下に待たせ、侍女達も全員下がらせて三人だけとなっている。一つの丸テーブルを囲んで座っているものの、セリーナは息子二人が揃っているので直視できず、眩しそうに目を細めて顔をそむけていた。


「それで、何用なのですか。」


 頭痛がするから早く出て行けとでも言いたげに額を押さえ、セリーナがため息を吐く。

 長い黒髪がさらりと揺れ、カーテンの隙間から差し込む陽光を反射した。ウィルフレッドはテーブルの上で手を組み、自身と同じ爽やかな青色の瞳を見つめながら口を開く。


「王妃殿下。昨日の茶会で何か、手紙を受け取られませんでしたか?」

「手紙?……あぁ、よく知っていますね。」

 どちらとも目を合わせないまま、セリーナは肯定した。

 ちょっと視線を動かせば息子二人が揃って自分を見ているかと思うと、既に呼吸が苦しい。しかしせっかく部屋へ来てくれたのにチラとも目を合わせない母親など、嫌われてしまうかもしれない。


 ――ひとりずつなら、なんとか……。


 つ、つ、つと視線を動かし、ウィルフレッドと目が合った。

 くしゃりとはにかんだ長男の姿に思わず目を閉じる。可愛い。笑ってくれて嬉しい。学生時代に見た夫、ギルバートの素の笑顔によく似ていて動悸が激しい。


「…大丈夫ですか、殿下。」

「えぇ、アベル。」

 眉間に皺を寄せて黙っていたせいだろう、心配されてしまった。

 セリーナはゆっくりと呼吸をして、一度落ち着くべく視線をテーブルへと落とす。息子達の話はきちんと聞いてやらねばならない。


「怪しい者が殿下へ接触を試みているならと懸念しております。どういった内容だったのですか。」

「……あまり、お前には話したくありませんね。」

 セリーナの言葉を聞いて、アベルは片眉をぴくりと上げる。金色の瞳をウィルフレッドに向けると、兄はこくりと頷いた。


「では、俺ならよろしいですか?もし現物があるなら、拝見させて頂きたく。」

「…言っておきますが、面白い物ではありませんよ。」

 少々不快そうに眉を下げ、セリーナはちらりとアベルを見た。

 真剣な表情の次男ともろに目が合ってしまい、静かに両手で顔を覆う。可愛い。妙な手紙を受け取っただけで心配してくれるなんて、二人共なんと優しいのだろう。生まれてくれた事に感謝しかない。


「はぁ……お前達ときたら……」

「殿下。手紙は…」

「本当に…母をどうするつもりで……」

「殿下」

「少し待ちなさい、膝が震えて立てないのです。」

「…ふふっ、俺が取りましょう。どちらにしまってありますか?」

 すぐには動けない様子のセリーナに代わり、ウィルフレッドが手紙を引っ張り出してテーブルへ戻った。差出人の名前は書かれていないようだ。



 親愛なる王妃殿下


 魔力を持たない生物に魔力を与える方法について、我々は既に結果を手に入れております。

 第二王子殿下がなんと呼ばれているかご存知でしょうか。魔力を持たないが故に蔑まれ、王位継承からも外される。そんな事は間違っていると、賢明な殿下ならばとうにご理解されているはずです。

 どうかお任せください。我々の薬を使えば、生来の魔力を増やす事も、持たざる者が持つ者へ変わる事も可能でございます。お疑いならば目の前でお見せ致しましょう。

 ご興味頂けましたら明日の夜会、髪飾りには赤い生花をお使いください。後日改めて使いを送ります。



「……これを、どなたから受け取ったのですか。」

 手紙の内容に眉を顰め、ウィルフレッドが聞いた。イェシカはセリーナが手紙を受け取るところは見たが、渡していたのが誰かまでは人相を覚えていなかったのだ。

 セリーナが口にしたのはお人好しで有名な貴婦人だった。街の子供から「王妃殿下に手紙を書いたので渡してほしい」と頼まれたと言っていたそうだ。つまり、差出人は不明。


「僕も拝見したいのですが。」

「見ても、お前が不愉快になるだけです。」

「構いません。」

「……はぁ。」

 柳眉をきつく顰め、セリーナは好きにしなさいと軽く手を振る。

 ウィルフレッドがテーブル伝いに手紙を差し出し、読み終えたアベルは咎めるようにセリーナを見た。


「なぜ騎士に相談なさらなかったのです?」

「我が子を侮辱する手紙など、誰が人に見せたいものですか。何ができようとできまいと、お前達がわたくしと陛下の宝である事に変わりはないのです。」

 青い瞳に怒りを湛え、セリーナはきっぱりと告げる。

 そもそも正体を隠して近付こうとする時点で信用できないのだ。真っ当な薬でなければ我が子に使えるはずもなし、本人が望まなければ使う気もなし、怪しい輩を息子に近付けるわけもなし。

 此度の手紙はセリーナからすれば論外だった。


「あえて言う通りに髪飾りをつけ、やってくる使いとやらをけちょんけちょんにしてやるつもりでした。」

「…騎士に事情も話さず、どうやってけちょんけちょんにするのですか。」

 小さく息を吐いて言うアベルはどこか呆れ顔だ。

 セリーナは自分の顔が緩まないようにグッと唇に力を込めた。いつも冷静な次男が「けちょんけちょん」などと言うのは大変に可愛らしかったが、ここでへらへらしては母の威厳に関わるかもしれない。


「無論、近衛は側にいるでしょうから捕えさせるのです。」

「先に話し、隠密の警護もつけておくべきです。差出人ではなく「使い」が来るのであればなおさら、その使いが帰る先を尾行できるよう整える方が良いでしょう。」

「まぁ…アベル。お前ときたら…まぁ……」

 すらすらと話す次男の顔をちらりと見て、セリーナはすぐに目をそらした。

 まだ十二歳だというのになんとしっかりしているのか。夫に似て少し癖のある髪をわしゃわしゃと撫でまわして褒めてやりたいが、そんな事をしては自分が倒れてしまう。我が子を思う存分愛でる事もできない身体が恨めしい。


「殿下、アベルの言う通りです。御身に何かあってからでは遅い。陛下にも近衛にも相談すべき事だと思います。」

「しかし……」

 セリーナは渋った。

 騎士を手配する事は確かにと納得したが、ギルバートを煩わせてよいものか悩んだからだ。手紙を見れば不快に思うであろうし、ただでさえ各国重鎮との会議だらけで忙しいはず。


 眉を顰めて目を閉じてしまったセリーナを見て、アベルはウィルフレッドに「行こう」と合図した。

 ウィルフレッドが苦笑して頷き、二人で立ち上がる。

 セリーナが目を開けた時、テーブルの向こうに息子達の姿はなかった。


「お願いします。」


 ウィルフレッドの声がして横を見る。

 二人の息子がすぐ側に跪き、セリーナを見上げていた。ひゅっと喉が鳴る。怯んだ隙に片手を二人に取られる。


「貴女が心配なのです。」


 アベルが真剣な声音で告げてくる。そして二人同時に――



「「母上。」」



 一瞬、心臓が止まった。

 何よりも可愛い息子達からこんな風に(上目遣いで)お願い事をされて、拒否できる母親がいるだろうか。いや、いるわけがないとセリーナは静かに目を閉じた。


「わ…わかりまし……」


 最後まで言えずに気を失う。

 がくりと椅子の背もたれに身を預けた母の前で、アベルとウィルフレッドが立ち上がった。


「いつも思うんだけど……母上、こんなに俺達に弱くて大丈夫なのだろうか。」

「駄目でしょ。気絶し過ぎだよ」

 平然とそう返しながら、アベルはさっさとテーブルに置いたままの手紙を回収する。

 ウィルフレッドはそんな弟を見つめて少し眉を顰めた。


「お前……なんだか手慣れてないか?ご令嬢に似たような事をしていないだろうな。」

「令嬢に?それはチェスターの方が得意だね。」

「妙に落ち着いて見えるけど…」

「リビーの相手をしてると慣れるよ。」

「あぁ、そういう事か。」

 納得して、ウィルフレッドはほっと息を吐いた。

 チェスターは挨拶で令嬢の手にキスを落としたりするので、まさかそんな事はあるまいとは思いつつ、いつか弟が真似しだしたらどうしようかと思っていたのだ。


 眠るように気絶しているセリーナを見ながら、アベルはぽつりと呟く。


「…母上はこういう(愛情深い)人だから、てっきり僕の事を勝手に憐れんでると思ってた。」

「魔法の事か?」

「うん。鑑定を受けた後、城の侍女なんかは僕を「可哀想」だと言った。この人は何も言わなかったけど、心の中ではきっと同じように思ってるだろうと……イェシカ殿下に手紙の事を聞いた時、疑ってしまった。魔力がないのは不幸だという思い込みで、勝手に動こうとしてるんじゃないかって。」

「……そんな事なかったな。」

「…うん。」

 反省するように目を伏せるアベルの背を軽く叩き、ウィルフレッドは微笑みを浮かべる。

 アベルが一人で動かずに相談してくれた事も、今こうして心の内を吐露してくれる事も嬉しかった。以前の自分達では考えられない事だ。


 部屋の扉を開けると、ハラハラした様子の近衛騎士がすぐに中を覗いた。座ったまま気絶しているセリーナを見て「言わんこっちゃない!」と叫び、慌てて駆け寄っていく。

 王妃殿下の心の平静のためにと追い出され、ウィルフレッドとアベルは玉座の間にいるだろうギルバートへ報告をするべく歩き出した。



「今宵は舞踏会か…イェシカ殿下には、無理しなくて大丈夫だとよく伝えなくてはね。まともに寝ていないんだろう?」

「たぶんね。」

 ウィルフレッドの問いにアベルが短く答える。

 あくまで魔石を調べるために来たイェシカだが、表向きは国同士の付き合いのためだ。王妃の茶会同様、舞踏会にも出席してもらわねばならない。来賓の中で唯一の王女なのでダンスも必須だった。


「最初は父上と母上、俺達の三組が踊る。イェシカ殿下にはそこの相手だけお願いして、残りは自由にしてもらおうか。」

「それでいいと思うよ。ナルシス殿下達も、彼女に絶対とは言わないでしょ。」

「うん。ではシャロンの事はよろしく頼んだよ、アベル。」

「は?」

 思わず立ち止まり、アベルは軽く目を見開いて聞き返した。

 ウィルフレッドも一歩先で立ち止まり、不思議そうに振り返る。


「どうした?」

「……彼女はウィルとでしょ?」

「俺はイェシカ殿下とだ。第一王子だから、来賓が優先だろう?」

「…そうだね。」

 アベルは瞬き、視線をちらりと泳がせた。

 言われてみればその通りだが、アベルの中ではウィルフレッドとシャロンで組み合わせが決まっていたのだ。自分がイェシカと踊るとばかり思っていた。

 他にも女性の来賓はいるものの、王子と踊るような身分ではないと辞退されている。アベルは何事もなかったかのように歩き出した。ウィルフレッドも少し首を傾げてから続く。


「そういえば、シャロンのネックレス…」

「っ!?」

 アベルはぎくりと目を瞠ったが、幸いにも遠くの天井を見上げて言ったらしい兄には気付かれなかった。

「ほら、狩猟の日の。ドレスや靴もだけど、母上ときたら、一体いつの間に用意していたんだろうな?」

「……あれは驚いたね。」

「全てとてもよく似合っていて、可愛らしかった。さすがに今日は着てこないだろうけれど…。」

 純白のドレスに身を包んで微笑むシャロンの姿を思い出し、ウィルフレッドは穏やかに笑う。「まさか」と見やった時の、アベルの否定っぷりもなかなか面白かった。


「彼女も楽しんでくれるといいな。」


 初日にはダンやクリスと共に大変な目に遭ったと聞いている。

 どうか最後は良い思い出で祭りを終えられますようにと、ウィルフレッドは静かに祈った。





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