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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第一部 未来を知る者

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12.魔法を使えない理由

 


「……シャロン様……」


 ぽそりと呟かれた自分の名を、呼ばれたのではなく独り言と判断して。

 私は素振りを続けている。メリルの声がどこかぎこちないのはわかっていたけれど、今は集中していたかった。


「二千八百……」

 後は心の中で数えていく。二千八百一、二千八百二…

 数が多くなるにつれ、私は自然とキリのよいところだけ口に出すようになっていた。喉がからからになって素振りを中断するのを防ぐためだ。

 滴る汗もそのままに振り続ける。


「三千……」

 今、剣筋がぶれてしまった。次は気を付けて真っ直ぐ振る。

 もうだいぶ腕が疲れてしまっているけれど、できるだけ同じリズムで。そこが崩れると自分がつらいだけ…とはわかっているものの、限界が近付くにつれ、次の振りまでの時間が僅かずつ伸びてしまう。


 三千四百、三十一…三十二……三、四…


「~~~っ三千四百、五十!!」

 震える腕で振り下ろし、剣先を芝生に刺して膝をついた。

 肩で息をする私にメリル達が駆けつけ、汗の流れる額にタオルをあてたり水を差し出してくれる。


「お疲れ様です、シャロン様。」

「……ありがとう、メリル。」

 ぐっと水を飲んで笑い返せば、汗が身体を冷やさぬうちにと湯浴みへ連れていかれた。

 既に温められていた湯に浸かり、侍女達に世話を焼かれながら片腕を伸ばして眺めてみる。素振りを始めて一か月近く経ったけれど、この腕はムキムキには程遠かった。

 細いし…なんならぷにぷにしている。ぷにぷに……。


「あんまり強そうにならないわね。私、それなりに頑張っていると思うのだけれど…。」

「それなりどころか、気迫すら感じますよ。」

 手を休める事なく動かしながらメリルが言う。

 素振りをしていると最後の方は苦しくてしかめっ面になってしまうから、ちょっと怖い顔に見えているのかもしれない。


「それに回数はどんどん増えているではありませんか。」

「……そうね。」

 最初は数回振っただけでも結構疲れたのに、今は数十分振り続けていられる。

 細腕のままだとしても、中身は…筋肉の質は良くなっているはず。そう信じましょう。



 湯浴みを済ませて自室で身を整えていると、ノックの音。

 返事をするとランドルフの声が聞こえた。


「シャロン様。第一王子殿下と、ニクソン公爵閣下のご子息がお見えです。」

「サディアス様が!?」

 思わず大きな声が出てしまって、扉の向こうから咳払い。いけないいけない、気を付けないと。


「コホン…さすがウィルだわ。お願いするより先に連れてきてくれるなんて。」

「応接室にお通しします。よろしいですか?」

「えぇ、私もすぐに行きます。」

 早く会いたくてそわそわしながら、私はなぜか意外そうな顔をしているメリルを見上げる。


「丁寧に急いで仕上げますが…シャロン様、そんなにお会いしたかったのですか?」

「それはもちろんよ!ずっとお会いしたくって…最近はもう、彼の事で頭がいっぱいだったの。」

「まぁ…!」

 サディアスには聞きたい事も相談したい事もある。

 気がはやって頬が火照ってきた事を自覚しながら、薄紫の髪がハーフアップにまとめられていくのを鏡越しに見つめた。

 髪型が整ってからすぐ立ち上がり、早足で応接室へ向かう。



「ウィル!いらっしゃい。」

「シャロン!」

 応接室に入ると、ウィルが輝くような笑顔で迎えてくれた。…眩しい!

 サディアスがいる手前もう少し丁寧な挨拶にすべきか迷ったけれど、満面の笑みで早足にこちらへ来たウィルを見るに、今ので良かったようだ。


「なかなか来れなくてごめんね、元気だった?」

「もちろん元気よ。来てくれてありがとう」

「こちら、紹介するよ。俺の従者をしてくれているサディアスだ。」

「…サディアス・ニクソンと申します。」

 紺色の髪を肩につかない長さで切り揃えた、いかにも真面目そうな少年が私に軽く頭を下げた。

 四角い黒縁眼鏡の奥にある瞳は水色で、冷たい印象がある。


「シャロン・アーチャーです。お会いできて光栄ですわ、サディアス様。」

 公爵家の子供同士、そして私より二つ年上である彼に対しての挨拶をしたけれど、サディアスは片眉を跳ね上げた。


「ウィルフレッド様を差し置いて、私が敬称をつけられるわけにはいきません。どうか、敬語も含めてやめて頂けませんか。」

「では、そうしましょうか。わかったわ。」

「…サディアス、もう少し優しい言い方のほうが良いと思うよ。」

「それは失礼を。」

 ウィルが窘めるように言ったけれど、サディアスの態度はツンとしたものだ。

 ちなみに彼は誰に対しても敬語なので、そこには突っ込まない。二人に着席を勧め、私も向かい側のソファへ座った。

 間にあるローテーブルに紅茶やお茶菓子が並べられていく。


「シャロンは今も身体を鍛えているのか?」

「えぇ、もちろん。今は剣の素振りを集中してやっているところだわ。」

 頑張ってるのと微笑めば、二人は目を丸くした。

 サディアスに至っては薄く唇を開いて私とウィルを交互に見て、落ち着きを取り戻そうとしてか、座り直しつつ眼鏡を指先で押し上げる。


「失礼ですが……鍛えているというのは?」

 その段階から知らなかったらしい。

 驚くのも無理はないわね。


「何かあった時のために強くなっておこうと思って、鍛えているのよ。」

「……はぁ。」

 見るからに理解できないという顏で、サディアスが呆けた返事をする。

 ウィルは私に手のひらを向けて「ちょっと待って!」と言った。何かしら。


「き、君が…剣を?」

「そうよ?もちろん刃が潰されたものを使っているわ。」

「そういう問題じゃなくて……俺は君が鍛えるっていうのはてっきり、すぐ逃げられるようにとか、そういう範疇だと思っていたんだけれど。」

「逃げ切れない時のために、こちらにも技術は必要だわ。体術でも剣術でも、習得していて悪いという事はないもの。」

 私が答えると、二人は目をぱちくりさせて黙ってしまった。騎士家系の娘でもない限り、入学前から積極的に鍛える人というのは少ないものね。

 やがてウィルがくしゃりと笑った。


「シャロンはすごいなぁ。俺が思うよりずっと先を見ていたんだね。」

「でも、まだまだなの。もう一か月経つのに、先生に出された課題一つクリアできていないし…」

 それに魔法なんて全然、からっきしだ。

 そう思ったところで、得体の知れない生きものを見るような目をしているサディアスと視線がかち合った。

 そんな目をしなくても良いんじゃないかしら、という言葉は胸にしまって。


「サディアスさ…えぇと、サディアスはとても魔法が得意だと聞くけれど。」

 あえてウィルにも目を向けると、私の幼馴染は素直に頷いてくれた。


「そうだね。適性のある火の魔法以外も全部使えるから、本当にサディアスは凄いよ。魔法に関する造詣も深くて、俺も学ぶ事が多いんだ。」

「……大した事ではありません。」

 ウィルに褒め倒されて、サディアスは居心地悪そうに目をそらした。

 角砂糖の入った瓶を引き寄せ、自分の紅茶にポトリと入れてかき混ぜている。ゲームで見た描写通りの彼の行動に、私はつい口元が緩みそうになるのを抑えた。

 こほん、と咳払いをしてサディアスに向き直る。


「実は私、どうにも魔法のセンスがないみたいで…どうしたらうまく発動できるかしら。」

「シャロンは魔法の練習までしてるのか?」

「えぇ、けれど全然うまくいかないのよ。なんにも発動しないの。」

 壁際に立っているメリルから、そうなんですか、という視線を感じて少し顔が熱くなる。

 魔力持ちなのに全く使えないなんて、やっぱり少しおかしいわよね。サディアスも呆れ顔だ。


「それは…貴女は十二歳でしょう。通常、魔法を行使できるのは十三歳からですよ。」

「えっ!?」

 思わず大きな声が出てしまった。

 そんな設定ゲームに出てきたかしら?


「正確には、十三歳になる年代の四月頃が目途とされています。入学と同時期ですね…おおよそ魔力持ちの九割はそうですから、気にされる事ではないと思います。」

「そうだったの…?どの本でも見た覚えが無いのだけれど。」

「初級の魔法学だとしても、その本は学園に入る年齢で読むものですから、当然読者は十三歳以上を前提として書かれています。」

 サディアスの説明に、思わずぽかんとして口の前に手をかざす。

 あら?けど私、以前ウィルに光の魔法を見せてもらった事があるわ。そう思ってウィルを見やると、平然と頷かれた。


「それより前から使える人もいるんだ。俺とかサディアスはそのタイプだね。」

「魔法そのものへの適性が高いから早めに使えると言われていますが、でなければ魔法が苦手だと決まったわけではありません。…たとえば、チェスターも十三歳からだったはずです。」

「魔法は学園に入ってから学ぶものだし、かといって十二歳以下は魔法禁止という法律があるわけでもないから…確かに改めて言われると、魔法と年齢の関わりって耳にしないかもしれないね。」

 はへぇ、なんて情けない声が出ないように口を閉じる。そうだったのね…。

 ゲームではヒロインが入学より前から魔法を使えていたから、てっきりそれが普通だと思っていたわ。

 納得して聞いていたけれど、ふと疑問が浮かぶ。


「魔法が十三歳からだとしたら、どうして魔力鑑定は七歳なのかしら。」

 同じ十三歳か、あるいは一年前の十二歳でも良い気がする。

 単純にそういう風習だと受け入れていたけれど、何か理由があるのだろうか。私の質問にウィルも首を傾げた。


「それは俺も知らないな…サディアス、知ってるか?」

「女神様が魔力鑑定を行ったのが、彼女達が七歳の時だったからというのが通説です。」

 すらすらと答えてから、サディアスは一度紅茶を口に含んだ。

 こくりと飲み込んで再び唇を開く。


「…ただ、当時使われていたのは今の鑑定石より純度の低いもの。魔力のあるなししか判定できなかったため、女神様がどの属性に最も適性があったかは不明とされています。」

 私はなるほどと頷いてクッキーを咀嚼した。

 魔力鑑定が基本的に教会で行われる事を考えても、確かに関係があるのだろう。

 自分の紅茶をすいと口に流し込んで、私はサディアスの水色の瞳を見つめる。


「もう一つ意見を伺いたいのだけれど、いいかしら。」

「何ですか?」

「魔法を使って、人の体調を悪くさせる事は可能だと思う?」

 もちろん、チェスターの妹さんの事だ。

 この世界の魔法は、火・水・風・光・闇のいずれかを使い手の視界内に生み出す事が基本とされている――つまり、見えない場所には生み出せない。


 たとえば肉を焼くために火の魔法を使う時、肉の周りに火を生み出して焼く事はできても、肉の内部に火を生み出して内側から焼けはしない。

 魔法で出した水をぶつける事はできても、相手の体内に(内蔵の中などのスペースがあっても)水を発生させる事はできないのだ。

 やろうとしても発動しないか、あるいは対象物の周りにだけ中途半端に発生して終わる事が多いと聞いている。


 だからこそ、目に見えないのに身体に害を及ぼす魔法というのは()()()()()()()()()


「…なぜそんな事を聞くのですか?」

 サディアスが訝しげな顔で聞き返す。ウィルも困惑した表情で私を見つめていた。


「もちろん、自分がそれをやりたいというわけではないのよ。あったら怖いと思って…」

 屋敷の皆に聞いた時と同じように説明する。

 サディアスは眉間に皺を寄せて少し考えてから、口を開いた。


「…聞いた事はありませんが、そういう《スキル》がないとは限りませんね。」





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