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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第一部 未来を知る者

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128.意気投合? ◆

 



『宣言。』



 その一言で観覧席にいた全員が目を瞠る。

 レナルドが厳しい声で叫んだ。

『ジークハルト殿下!試合は終了しており、魔法の使用も禁止です!!』


『闇よ、我が衝動のままに!』


 ジークハルトの背後に観覧席を覆い隠すほどの闇が現れる。エリオットが静かに立ち上がった。


『模倣し造り出せ、降り注ぐ剣戟となれ!!』

『宣言。風よ圧し潰せ』


 闇が二十近い剣の形をとりアベルへ向けて飛び出したが、即座に全て真下へ叩きつけられる。まるで地面に縫いつけたかのようにビタリと張り付き、ジークハルトが魔力を込めても微動だにしなかった。


『ハ、とんだ邪魔だな!』


 にやりと口角を吊り上げ、ジークハルトはそれならそれでとばかりに駆け出した。魔法が駄目なら先程までのように、剣と、この身体で。アベルは予想していたように剣を抜いたままでいる。そうこなくては――


『失礼。』


 楽しげな声とは不釣り合いな殺気。

 振り下ろされた剣をジークハルトは反射的に受け止めたが、重さに耐えきれず後ろに跳び退いた。薄緑色の髪を後ろへ流し、ハーフアップにした長身の騎士。昨夜彼がジークハルトの護衛をしている間に、その名は覚えていた。


『そうケチケチするな、ロイ・ダルトン!もう少しやらせろ』

『そうもいかないんですよねぇ。何せ、国同士の事ですから。』

『あぁ?わからんのか、楽しいだろうが!』

『ンッフフ、お気持ちはわかります。』

 剣を折るつもりかという轟音で剣戟を続けながら話す二人に、近付いていく人影が一つ。

 アベルだ。既に剣を鞘に納めている。


『二人とも、そこまでにしておけ。』

『お前が原因だよ!まだ付き合え、アベル!』

 アベルの方へ顔を向け、ジークハルトは無造作にロイの剣を弾いた。その動作に「お前とはここまで」という意思を察し、ロイは剣を下ろして一礼する。

 アベルが剣の柄からも手を離しているのを見て、ジークハルトは片眉を上げた。


『なんだ、本気でもう止めか?つまらん。』

『あくまで親善試合だ、ジークハルト殿下。』

『ジークでいいぞ、アベル。』

 試合前のように自分の剣を肩に乗せ、ジークハルトは快活に笑った。


『お前が気に入った!俺の弟になるか!』

『は……?』

 何を言われているのかわからず、アベルが僅かに目を見開く。唖然とする間に手が伸び、がっしりと肩を組まれた。

『義兄弟というのがあるだろ、なっておけ俺の弟に。』

『意味がわからない。』

『ハハハハ!しかし――…』

 肩を組んだまま、ジークハルトは表情を消してツイーディア王国側の観覧席を見上げた。


 唇を引き結んでじっとこちらを見つめる第一王子は、何か言いたげに眉を顰めている。挨拶の時も、晩餐の時もそうだった。言う事がありそうな顔をするくせに、何も言ってこない。行動に移さない。


『お前の兄は気に食わん。』


 冷ややかな声だった。

 アベルが瞬時にジークハルトの腕から抜け出す。その目には、見る者の呼吸さえ止めてしまいそうな殺気が宿っていた。

『ウィルに手を出すな。』

『……お前はあいつが大事なんだな?ふん、なら無駄に手は出さんさ。』

 ジークハルトがようやく剣を鞘に納めると、レナルドが彼の規約違反と、それによる親善試合の終了を告げる。帝国側の観覧席から第一皇子への苦言やら文句が飛び始めた。


『だがな、どうにも俺の考えと違う生き方をするようだ。』


 片手を腰にあて淡々と述べ、ジークハルトはにやりと笑う。



『お前が王になる方がこの国のためだぞ、アベル。』





 ◇ ◇ ◇





 貴石の国、コクリコ王国第二王女イェシカ。


 彼女は自らも鉱物学、地質学などを修めているが、共に研究チームを組む学者達も数名、従者に紛れ込ませて連れて来ていた。全てはツイーディア王国で見つかった、《魔法を使う動物の身体から出てきた石》とやらを確認するために。


 しかし――…


「う゛、ん゛ん……」


 ピチチチ、と朝鳥の鳴く声で彼女はテーブルから起き上がった。

 ウィルフレッド達に挨拶した時の華麗な姿はどこへやら、ウェーブがかった橙色の髪は後ろで一つに縛り上げ、作業のためにと前髪を留めたヘアピンは取れかけ、髪先にぶら下がっている。目の下には化粧で隠していたクマが姿を現し、頬は枕にしたメモ紙のインクが移って汚れていた。

 焦点の合わない橙色の瞳が気だるげに周囲を確認し、テーブルに鎮座する《石》を見る。


 イェシカの手のひらにも乗る程度の、光沢のある銀白色の石だった。


「“ 起きられましたか、殿下… ”」

 今にも死にそうな掠れ声が聞こえて床を見ると、本や書類と共に転がった学者のうち一人、五十代ほどの男性がイェシカを見て眩しそうに目を細めた。

 否、イェシカの後ろにある窓から朝日が降り注いでいるため、実際眩しいのだろう。イェシカは立ち上がり、ぐいとカーテンを引いた。


「“ あぁ、ありがとうございます。家も職場もカーテンなど開けないものですから。 ”」

「“ 健康に悪いですわよ。貴方、じきに孫が生まれるのだから長生きなさいな。 ”」

「“ 殿下に健康を説かれる日が来るとは……ひょっとして、今日は剣か槍でも降りますか。 ”」

「“ 可能性はありますわね。帝国の皇子が好戦的というのは、本当のようでしたから。 ”」

 特異な白い瞳を持つジークハルトの顔を思い浮かべ、イェシカは冷ややかな声で言う。 


 彼はツイーディア王国の双子の王子に対し、挑発的な姿勢を崩さなかった。黒髪の第二王子の方は冷静に対応している様子だったが、金髪の第一王子はジークハルトに翻弄されていたように思う。


 ――まぁ、子供同士のふざけあいの内ならば、関係ありませんわね。


 アクレイギア帝国の侵略がツイーディア王国に向く時には、同盟国であるコクリコ王国も無関係では済まされない。しかし永らく帝国と休戦協定を維持してきただけあって、ツイーディア王国はそう簡単に敵対していい国ではない。

 それに、いくら第一皇子だろうと開戦の決定権はないはずだ。イェシカが残りの二日で考えるべきなのは解析を依頼された石の事であって、戦争の懸念など後回しでいいだろう。


「“ 帝国の皇子は恐ろしい目をお持ちでしたなぁ、アレを見た時は心の臓が震えあがりました。殿下はさすがの落ち着きようでしたが。 ”」

「“ たかが色合いの違いですもの。いっそ、瞳孔がなければ月長石(ムーンストーン)のようでしたわね。 ”」

「“ 瞳孔のない人間がいたらそれこそ恐怖ですぞ。よっこいせ…… ”」

 学者は身体を起こし、パキパキと骨を鳴らしながら伸びをした。

 本来、学者達が雑魚寝する部屋で第二王女までうたた寝するなどあってはならない事だが、コクリコの国王が叱りつけても王妃が嘆いても、イェシカの研究第一な生活を変える事はできなかった。ツイーディア王国の騎士達は猶更強く言えない。


 ここは騎士団本部の一室であり、「集中するから」と騎士達を追い払い、彼女達はひたすらに持ち込んだ書物や分析のための実験器具と向き合っていた。石を勝手に持ち出せないよう、扉の外と窓の外には見張りがいるのだろうけれど、イェシカにそんな気はないので関係ない。


「“ しかし、難題ですな。残り二日でどこまでできるやら。 ”」


 テーブルに鎮座する問題の石を見下ろし、学者はごきりと首を捻った。

 未知の石であるにしても、何かしらの分析結果や考察を添えて提出できなくては貴石の国コクリコの威信、というより学者としてのプライドに関わる。


「“ 長引くようなら持ち帰る許可を得るか、難しい場合は研究チームを派遣するしかありませんな。皆こぞって飛びつきそうですが。 ”」

「“ 見た目は毒砂(どくしゃ)……硫砒(りゅうひ)鉄鉱に似ているのですけれどね。 ”」

 処理すれば無味無臭の猛毒となる鉱物だ。

 騎士団の保管所でも既にガラスケースに入れられていたが、イェシカ達も素手で触る事はなく、分析を行う時以外はケースをかぶせている。しかし、似ていると感じたそれと同一の代物ではなかった。


「“ 毒となる点では結局同じかもしれませんな。魔法が使えるようになったとしても、異物は体に悪影響でしょう。 ”」

「“ ツイーディアは実験動物を提供してくれるかしら。 ”」

 これを体内に取り込んだ動物が魔法を使ったとなると、どうしても動物実験の必要も出てきていた。さすがに、こっそり自分達で人体実験を試みるほど馬鹿ではない。


「“ まぁ、頼んでみましょう。…お前達、そろそろ起きんか。 ”」

 学者は微笑むと、未だに気絶している他の面子をつつき始めた。固い床で寝たためか皆顔色が悪い。騎士団からは寝室の提供があったものの、寝に行くよりも寝落ちする方が先だった。


「“ 殿下はそろそろ身支度されませんと、朝食の席に間に合いませんぞ。 ”」

「“ このままで良いのではないの。晩餐では乗馬服が許されたのですから。 ”」

「“ いえ流石に、御髪を整え身綺麗になさいませんと…貴女は第二王女殿下ですからなぁ……。 ”」

「“ これだから王家は…。いっそのこと、貴方の娘に生まれればよかったのですわ。 ”」

 イェシカは面倒そうに呟き、前髪にぶら下がるヘアピンをパラパラとテーブルへ落とした。手鏡で頬についたインクを確認し、ハンカチで適当に拭く。


 扉の外に立つ騎士に声をかけ、魔法で姿を隠して城に用意された寝室に戻った。

 そうすると国から付いてきた侍女達が一斉に飛び掛かってくるので、後は任せれば「第二王女イェシカ」の完成である。コルセットが大の苦手なので、晩餐で着用が許された事を言い訳にし、なんとか今日も乗馬服に着替える事ができた。


「“ おはようございます、第二王女殿下。……あまり眠れませんでしたか? ”」


 案内役のチェスターは今日も人好きのする笑顔を浮かべている。

 侍女が施した化粧では隠しきれなかったのねと思いながら、イェシカは頷いた。


「“ お借りした()がとても興味深くて、つい熱中してしまいましたわ。 ”」

「“ ご興味頂けて何よりです。もし必要な物があれば何なりとお申しつけ下さいね。 ”」

「“ ありがとう。後ほど供の者から要望があると思います。 ”」

 チェスターは頷いて了承の意を示し、食堂への扉を開く。背筋をピンと伸ばして入室したイェシカは、既に席についていた面々を見て足を止めた。



「今日はどこを案内してくれるんだ、アベル?くく、どこへでも付き合ってやるぞ。」

 ジークハルトは実に機嫌良さそうに話しかけ、

「そちらに要望は?僕としては、城で大人しくしててほしいけどね。軍服でぞろぞろ歩かれると街の者が怖がる。」

 昨日の寡黙さはどこへやら、アベルはぺらぺらと言葉を返している。


「安心しろ、行くのは俺だけだ。心配なら、他の連中は牢にでも入れておけばよかろう?」

「…できるわけないだろう。」

「ジーク!あまり弟を困らせないでくれ。」

 二人のやり取りを聞いていたらしいウィルフレッドが眉を顰め、窘めるように言う。イェシカは軽く目を瞠った。三人の話す内容はわからずとも、ウィルフレッドがジークハルトを愛称で呼んだ事はわかったからだ。


「“ ……何ですの、あれは。 ”」


 ようやく声を出せた彼女が怪訝な顔をしてしまうのも無理はない。

 チェスターは小さく肩をすくめてみせた。


「“ 何でも、朝の散歩でたまたま会って意気投合した…らしいですよ。第一皇子殿下いわく。 ”」

「“ 貴国の王子殿下がたのお顔を見る限り、そうは思えませんわね。 ”」


 ぱちん、と音がして目を向けると、ソレイユ王国の王子、リュドがイェシカ達の方を見てウインクしている。また指を鳴らしたらしい。

 彼は咀嚼していたものをむぐむぐと飲み込み、輝くような笑顔で言った。


「‘ 今回こそはわかるぜ!仲良しで羨ましいですワ、だろ! ’」


 ソレイユの言葉で言われても、何を言っているのかわからない。

 わからないが、イェシカは薄く目を細めて申し訳程度に一礼し、チェスターを振り返った。


「“ 昨日から思っていましたが、あの不快な裏声。止めさせてくださる? ”」

「はは……サディアスくーん、お願い。」

「………はぁ。」


 サディアスはため息混じりに自身の黒縁眼鏡を押し上げ、「どうだ?」と言いたげなリュドを見やった。





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