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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第一部 未来を知る者

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126.気に入った




 女神祭二日目――早朝、騎士団第五演習場。



「人払い、防音、目くらまし等の魔法は済んでおります。」


 赤髪隻眼の副団長、レナルド・ベインズが静かに告げた。

 朱色の髪を持つアクレイギア帝国第一皇子、ジークハルトは鋭い歯を見せて口角を吊り上げる。


「初参加の身としては非常に楽しみだね。くく」

「…殿下。負けは許されませんからな。」

 観覧席から咎めるように言ったのは帝国の宰相だ。

 主にツイーディア国王、ギルバートとの会談のためにやって来た老人ではあるが、強さこそ正義とする帝国の人間だけに背が高く、その身体も逞しく鍛え上げられていた。横に座る二人の軍人は親善試合の残りの参加者だろう。ただ黙ってジークハルトを見下ろしている。


「ハ、黙っていろジジイ。俺は噂の王子とやりあうためだけに来たんだ。」

 ジークハルトは軍服の上から羽織った純白のマントに手をかけ、脱ぎ捨てた。

 いつ返り血を浴びてもいいように、帝国の軍服は黒地に銀刺繍と決まっている。催事や他国訪問で白いマントをつけるのは、今は血を浴びるつもりがないという意思表示。戦うべき時にはマントを外す。


 一方ツイーディア王国第二王子、アベルは黒地に金の刺繍を施した騎士服だった。

 こちらも装飾のマントを外し、帯剣ベルトにはいつも通り兄と揃いの剣を納めている。

 観覧席には父であるギルバート、兄ウィルフレッド、特務大臣エリオット・アーチャーが揃い、それより下段に護衛騎士ロイ・ダルトンと騎士団長ティム・クロムウェルが座っていた。


 なお、アベルの参加を聞いて案の定卒倒した母、セリーナは勿論として、試合に割り込みかねないリビー・エッカートもまた、観覧を禁じられ締め出されている。



「よろしくな、アベル殿下?」

 剣を抜き、担ぐように自分の肩にあててジークハルトが笑う。

 襟足だけ伸ばされた艶やかな朱色の髪が風に流され、長い尾羽のように揺らめいた。

「…よろしくお願いします。」

「くはっ。まだお利口さんモードか?敬語を使う性格ではないだろう、お前。」

 瞳孔の目立つ奇異な白い瞳、黒い軍服の上からでもわかる引き締まった筋肉質な身体、自信のある笑み。まだ十五歳の少年だというのに、剣を扱う手付きは熟練の戦士のようだった。

 アベルは静かに剣を抜き、素っ気なく返す。


「貴方は帝国の第一皇子殿下ですので。」

「そうか。では俺とやって楽しかったら敬語をやめるといい。」

「ですから、楽しむ気は」

「始めるかァ!!」

 片腕をぐるりと回し、ジークハルトは地面に印のつけられた場所へ向かう。アベルは眉を顰めたが、黙って同じように反対位置についた。



「制限時間は五分、延長は認められません。私が旗を振り下ろすと同時に開始となります。」



 両国の観覧席のちょうど真ん中に立ち、レナルドが言う。

 どちらかが棄権する、気絶する、五分経過、あるいは禁止行為を行った時点で試合は終了だ。三戦行われる親善試合の一戦目に王子同士がぶつかるのは、早く戦いたいというジークハルトの希望によるもの。


 帝国側の観覧席に座る三人は、対峙する二人を冷めた目で見下ろしている。

 ツイーディア王国側ではギルバートが落ち着いた様子で息子を見つめ、エリオットは眉間に深く皺を寄せ、ウィルフレッドは心配そうに弟を見守っていた。

 レナルドが旗を天へ向ける。



「では――始め!!」



 振り下ろされると同時、二人とも地面を蹴った。

 直後に演習場の中央で金属音が響く。スピードは互角という事だ。拮抗した剣を弾くまでの僅かな時間、火花の向こうに見えたアベルの目の鋭さに、ジークハルトは浮かべた笑みを深める。次の一手をどうしようかと頭で考えながら、既に身体は動いていた。踏み込みの強さに演習場の地面が逐一削れていく。


 ひたすらに剣戟の音が続いた。互いに距離を取ってから再び切り結ぶまでほとんど間がなく、片方が一瞬でも気を抜けば鮮血が噴きあがるだろうという緊張感が満ちている。ウィルフレッドは二人の動きにほとんど目が追い付かなかった。


 アベルの剣をかわしながらジークハルトが蹴りを繰り出し、アベルは身体を反転させてそれを避けながら返す刃で懐を狙う。ジークハルトは予想していたかのように地面を蹴って空中に逃げ、しかし隙を突かれぬよう上から剣を振り下ろした。アベルは受けた刃を滑らせながら自分も跳び、黒い軍服の腹に蹴りを食らわせる。


「やるな、アベル殿下。」


 いつ剣から片手を離していたのか、ジークハルトは腹に打ち込まれた蹴りを手で受け止めていた。アベルの足を掴み、着地しながら引きずり下ろす。


 ゴッ。


 ジークハルトが剣の腹でアベルを殴りつけるのと、アベルがそれを剣で防ぎつつもう片方の足でジークハルトの顔を蹴るのは同時だった。空中で踏ん張る事ができず、地面に強く叩きつけられたアベルは受け身を取って転がり、すぐに起き上がる。頬が切れて血が流れていた。


「…アベルが、血を……。」

 膝の上に置いた手を握り締め、ウィルフレッドが愕然として呟く。

 一方でジークハルトも蹴られる瞬間に頭を引いて直撃は避けたものの、蹴りつけられた鼻からボタボタと血が垂れた。

 ここまで互角と思わなかったのか、帝国側はひそひそと話しながらアベルやツイーディア王国側の観覧席を見やっている。


「………。」

 国王たるギルバートは優雅に脚を組み、背もたれに身を預けたまま静かに試合を眺めていた。

 少し癖のある金の長髪はいつも通り左側だけ耳にかけ、冷静な金色の瞳は第二王子の負傷にも動じた様子がなく、かといって年上と互角に戦う息子を褒める様子もなく、口元は無表情のままぴくりとも動かない。


「……大丈夫か。」

 帝国側に読唇されないよう拳で口元を隠し、エリオットが銀色の瞳をちらりとギルバートに向けて言う。親友が緊張で硬直しているだけだという事は理解していた。前回の親善試合もそうだった。

 ギルバートは長い睫毛を揺らして瞬き、短く息を吐く。呼吸を忘れていたらしい。


 剣戟の最中。

 アベルは一層力の入ったジークハルトの剣を受け止め、その重さに眉を顰めた瞬間に頭突きが襲ってきた。鈍い音が響く。


「っ…!」

「ハッハァ!これでお揃いだな!!」

 アベルは同時にジークハルトの腹を蹴っていたが、頭突きを避けるには間に合わなかった。距離を取り、鼻から流れる血を手の甲で拭う。

 ジークハルトはそちらへ駆け――目の前にアベルの剣があった。反射的に剣で受け止め、予想以上に軽く弾き返せた事に疑問を感じる。アベルは片手で剣を握り、ジークハルトの背後へ滑り込んでいた。


「は」


 ようやく気が乗ってきたかと笑う。

 振り向く直前に背中を殴りつけられ、ジークハルトの身体が前方に飛んだ。予想を遥かに超える重さの衝撃に一瞬、息が止まる。肋骨が軋む。確かに、骨折や内臓破裂が禁止だというルールはない。



 ――だからって普通、自分よりでかい奴の背を拳で狙わんだろ!手ぇぶっ壊れるぞ!



「…っとに、面白いな!!」

 飛ばされた先で地面を蹴って体勢を立て直し、ジークハルトはアベルへと向き直った。

 軋んだ骨が折れたかどうか知らないが、こちらはどこを折ってやろうか。ツイーディア王国ならいくらでも腕の良い治癒魔法の使い手がいるはずだと考え、どういうつもりか無防備に立つだけのアベルへ距離を詰めようと踏み込む。


「そこまで!!」


「……は?」

 無粋な声掛けをされ、足を止めたジークハルトは眉を顰めてレナルドを見た。

 彼は殺気立った白い瞳にも物怖じせず、淡々と言葉を返す。

「五分経ちました。よって、第一試合はこれにて終了となります。」

「…はぁああ?」

 ジークハルトは明らかな不満を示した声で自国の観覧席を見たが、全員息の合った頷きを見せている。ツイーディア王国側ではウィルフレッドがほっとした様子で弟に笑いかけていた。アベルも元通り地面に印のついた場所へ移動し、最後の礼のためにジークハルトが位置につくのを待っている。


「いや、いやいや。それはないだろ。」


 アベルの向かいへと歩きながら、ジークハルトはにこやかに笑った。



「宣言。」



 その一言で観覧席にいた全員が目を瞠る。

 レナルドが厳しい声で叫んだ。

「ジークハルト殿下!試合は終了しており、魔法の使用も禁止です!!」


「闇よ、我が衝動のままに!」


 ジークハルトの背後に観覧席を覆い隠すほどの闇が現れる。

 ウィルフレッドが立ち上がり、仲裁に入ろうとしたエリオットをギルバートが手で止めた。


「模倣し造り出せ、降り注ぐ剣戟となれ!!」

「宣言!光よ、広大なる盾となり顕現せよ!!」


 闇が二十近い剣の形をとり切っ先をアベルへ向け、剣を構えた彼の前に直径十メートルはあろうかという光の盾が現れる。


「面白い!守ってみなウィルフレッド!!」


 ジークハルトが腕を振ると、闇の剣が光の盾へと降り注いだ。

 激突する衝撃で巻き起こった風が観覧席に届き、顔を顰めて盾を維持するウィルフレッドへと強く吹き付ける。巻き上がる土埃で演習場の地面はよく見えない。

「っく……!」

 最後の剣が突き刺さった時、盾に亀裂が入り光の粒子となって砕け散った。


「ッはぁ、はぁ…!」

 守り切ったかとウィルフレッドはアベルの姿を探し――弟に向かって駆けるジークハルトが、二本の剣を手にしているのを見る。片方は闇の剣だろう。上空から降り注ぐ剣戟に注目させ、自身は距離を詰めていた。


「いくぞ、アベル!」


 至極楽しそうに叫び、ジークハルトは剣を振りかざす。



 ギィン!



「おや?」

「あ……?」

 何が起きたかと、向かい合ったロイとジークハルトは目を瞬いた。

 アベルの前に降り立ったロイが構えた剣に触れるより早く、どこからか発動された光の魔法がジークハルトの闇の剣を弾き飛ばし、そのまま消えたのだ。誰かが宣言を唱える声は聞こえなかった。


「アベル!」


 演習場の地面に飛び下り、ウィルフレッドが駆け寄る。

 剣を鞘に納めたアベルが無事だと示すように手を上げると、ウィルフレッドはほっとしつつも足を止めずにジークハルトに詰め寄った。


「――貴方は何を考えているんだ!!」

「ん?」

「んじゃない!試合は五分、魔法は禁止だとわかっていただろう!?」

 ジークハルトの胸に人差し指をがしがしと突き立て、ウィルフレッドが怒鳴る。ジークハルトは意外そうにウィルフレッドを見下ろし、ロイは顎に手をあてて「ふむ」と呟いた。

 アベルも目を丸くして兄を見ている。


「それも何なんだあの魔法は!俺の弟を殺す気なのか!?」

「ハハ、そんなわけなかろう。一応狙いは外していたぞ。」

「信じられるか!あれはスキルだろう!?そこまでしておいて――」

「そんな事より!お前もなかなかやるな、ウィルフレッド。よくこの俺に噛みついた!」

「なん、で頭を撫でるんだ!」

 ぐしぐしとウィルフレッドの金髪をめちゃくちゃにし、ジークハルトは快活に笑った。


「気に入ったぞ()()()!俺の弟になるか!」

「は!?」

「は……?」



 唖然とする息子達を遠目に、ギルバートはほっと息を吐き出した。

 横に立つエリオットがレナルドに合図し、彼は頷いて宙を切るように旗を振る。



「ジークハルト殿下の規約違反により、此度の親善試合は第一試合のみで強制終了とさせて頂きます。」





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