表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第一部 未来を知る者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

122/526

121.晩餐はつつがなく

 



「‘ いや~悪いな!オレの我儘で時間早めてもらっちゃって! ’」

「‘ 用意はできていたから、そう気にしなくても大丈夫だよ。 ’」

「‘ ありがとなウィルフレッド!これめっちゃウマい! ’」


 はぐはぐと忙しなくフォークを動かしながら、リュドが爽やかに笑った。

 本来ナイフで切るべき肉の塊にも果敢にかぶりつき、喉の奥へ流し込んではナプキンで豪快に口元を拭う。彼が手を動かす度に金の腕輪が小さく鳴り、フォークが皿にぶつかり、リズミカルな足踏みが音を響かせた。


「ハハ、まるで一人音楽隊だな。お前のとこの楽器でも脳に詰めてやったらどうだ。」


 ジークハルトがからかうように言い、白い瞳と共にナイフをナルシスへと向ける。

 ヘデラ王国は歌と楽器の国だ。一口分のサラダを含んだところだったナルシスは、大きな目をぱちりと瞬かせた。静かに咀嚼し、きちんと飲み込んでから微笑んで口を開く。


「今のところ、人体に融合するような楽器は開発されていませんね。なかなか難しいかと存じますよ、ジークハルト殿下。」

「平和ボケ共はつまらん。」

 真面目な返しにぴしゃりと吐き捨て、ジークハルトは意外にもマナーにのっとった仕草で食事を進めた。切り分ける一口は大きいが、カトラリーが音を立てる事もない。肉の油がついた唇をぺろりと舐めれば、壁際に控えていた城の侍女達が意味深に視線を交わし合った。


 出された料理に目を閉じて舌鼓を打っていたリュドは、ふと左目だけ開いて緑色の瞳で辺りを見回す。頬を膨らませて咀嚼していたものをゴクンと飲み込み、瞳の黒い右目もぱちりと開いた。


「‘ コクリコの女の子はどうしたんだ?さっき腹押さえてたよな。オレが思うに、アタシもお腹が空いたワ、早く食べたい…って言ってたんじゃねーか? ’」

「くはっ。」

 リュドの裏声にジークハルトが吹き出し、けらけらと笑い始める。

 ウィルフレッドは苦笑して彼の勘違いを訂正した。お腹を押さえたのではなく、身体の前で両手を重ねただけのこと。言っていたのは、食後すぐに城内を見て回りたいから先に着替えてくるという話だ。


 ナルシスはリュドの話すソレイユ王国の言葉がわからないため、後ろに控える通訳がひそひそと内容を伝え、なるほどと頷いている。

 彼の国ヘデラにとって、隣国なのは共通言語を使うツイーディアとアクレイギアであり、ソレイユとコクリコはツイーディア王国を挟んだ先にあった。

 ジークハルトも地理的には同じ状況だが、彼は言葉を理解しているらしい。その視界に映り込もうと、リュドが跳ね広がる黄色いポニーテールを揺らして首を動かした。


「‘ なぁ、さっきから思ってたけど、ジークハルトってオレの国の言葉わかってるよな?何で直接喋ってくれねぇんだ? ’」

「なぜ俺がお前に気を遣わなきゃならない?呼び捨てを許した覚えもないぞ、‘ 子ザル ’。」

「‘ 悪口だけは言うのかよ! ’」

 唖然とするリュドの後ろで従者達が青ざめて固まっている。流石に帝国の第一皇子を呼び捨てにするとは思わなかったのだろう。

 しかしジークハルトが剣を抜く事はない。ここがツイーディア王国でよかったと彼らは胸を撫でおろした。


 アベルは黙ってジークハルトの様子を観察していたが、どうも彼はリュドやナルシスに対して興味が薄いらしい。リュドの態度にも、ここが休戦協定の国だからというより、そもそも「怒り」を感じていないようだった。


「そう熱い目で見るな。明日は楽しい()()()だろ?アベル殿下。俺を知りたいならそれまでお預けだ。」


 フォークを皿に置き、ジークハルトは椅子の背もたれに身を預けた。

 艶やかな朱色の髪を掻き上げ、挑発するような目でアベルを見やる。街の案内を頼むつもりのように聞こえるが、真意は当然、明日の朝に行われる親善試合だろう。

 アベルは視線を外して素っ気なく返した。


「これは失礼を。」

「くく、冗談だよ。好きなだけ見ればいい。俺もお前を見ておくとしよう、噂とは違うようだからな。」

「…噂ですか。」

「あるだろ?お互いに、物騒なのが。」

 金色の瞳が瞬きと共にジークハルトへ向けられ、白い瞳と視線が絡み合う。

 ピリ、と緊張がはしったのは一瞬だけで、ナルシスが「今何かあっただろうか」と不思議そうな顔で辺りを見回した。リュドはスープを喉に流し込むのに忙しい様子で、ウィルフレッドとサディアスだけが小さく息を呑む。


 漂った沈黙の中で食堂の扉がノックされ、コクリコ王国第二王女、イェシカがチェスターにエスコートされて戻って来た。


 先ほどまでドレスだった彼女は、今や胸元にフリルをあしらったハビットシャツにズボン、膝下までの黒い編み上げブーツと、随分動きやすそうな格好になっている。ウェーブがかった橙色のボブヘアと黒いレースのカチューシャはそのままに、きびきびと食卓へやってきた。


 まさか晩餐にあたって王女がドレスをやめるとは思わなかったのだろう、ジークハルトまでもが意外そうに瞬きして見つめる中、リュドは気にした風もなく手を振って歓迎する。


「‘ お~来た来た!めっちゃ身軽になったな!料理全部ウマいぞ! ’」

「“ 途中からで失礼致しますわ。 ”」

 イェシカは全員に向けて軽く礼をし、案内された席についた。リュドが楽しそうにウィルフレッドを振り返り、パチンと指を鳴らしてウインクする。


「‘ 今の、お腹すきましたワ、だろ! ’」

「‘ 残念だけど、違うね。 ’」

「‘ このご馳走を前にして!? ’」

 愕然とするリュドを見て不思議そうに首を傾げ、イェシカは慣れた手つきでナプキンをつけた。ナイフとフォークを手に取って淑女らしくしずしずと食事を始め、時折チェスターに料理について質問する以外、男共の会話にも興味がないのか静かである。


「ああいう女はうちじゃ生きられんな。生意気だとかですぐ殺される。」

 食事を再開しながら、ジークハルトはイェシカを見やって言った。発言の不穏さにナルシスがぎょっと目を丸くする。


「貴国は……厳しいのですね。服装だけで、そのような…」

「そりゃあな。お前の国は《自由》を掲げているのだから、うちとは天と地ほど違うだろうよ。こちらでは親父殿が全てのルールだ。」

 にやりと意地悪く口角を吊り上げ、ジークハルトは笑う。

 白い瞳を動かせば、ウィルフレッドと目が合った。視線に気付かれていると思わなかったのか、自分を見るとは思わなかったのか。一瞬僅かにぎくりとした彼へ、ナイフを向ける。


「ツイーディア王国はどうだ?ウィルフレッド殿下。」


 リュドの席から引き続きカチャカチャ鳴る音を邪魔に思いながら、ジークハルトは妖しく目を細めた。



国王(親父)に言われても、弟を差し出したりはしないか?」



「――っ!!」

 ウィルフレッドが目を見開く。何が言いたいのかはすぐにわかった。アーチャー公爵の言葉が思い出される。



『ジークハルト第一皇子殿下が、此度の親善試合に参加を表明すると同時、アベル第二王子殿下を相手として指名されております。』



 ――自分で、仕組んでおいて。



「貴方は、よくもそんな…!」



 コン。



 響いた音に、食堂にいる全員がそちらを見た。

 アベルがフォークの柄でテーブルを叩いた、それだけの音だった。ジークハルトは笑みを深め、今にも立ち上がろうとしていたウィルフレッドは浅く息を吐いて椅子に座り直す。ずっと食事に夢中だったリュドまでもが動きを止め、ぱちくりと彼を見ていた。


 言葉を理解している従者達、使用人達は一触即発の雰囲気を感じ取って固まり、騎士達はすぐ動けるよう体をそちらに向け、警戒を強めている。

 兄が冷静さを取り戻した事を視界の端で確認し、アベルは口を開いた。


「ジークハルト殿下。()()かどうか存じませんが、明日にして頂けますか。」

「あぁ、もちろん。俺が満足するまで、お前が付き合ってくれるならな。」

「……ジークハルト殿下は、観光をとても楽しみになさっているのですね。」

 お気持ちはわかりますと、ナルシスがにこやかに頷いた。アベルを一日中観光に付き合わせる事を「弟を差し出す」と受け取ったらしい。


「ツイーディア王国は魔法の始祖。私は毎夜見られるというショーも楽しみにしておりますよ。確か、最終日はウィルフレッド殿下も参加なさるとか。」

「…えぇ、俺は《光》を使いますので。最後はより華やかにさせて頂こうと、父に願い出たのです。」

「そうでしたか!希少な力をものにされているとは、羨ましい。私は《水》でして、以前は妹にねだられてよく…」

 ナルシスの妹語りが始まり、ウィルフレッドは微笑みを作って相槌を打つ。


 その裏でアベルとジークハルトの応酬は続いていた。

 ジークハルトがちらりと視線だけウィルフレッドの方へやり、アベルへ目を戻して僅かに笑みを深める。

「(お前の兄は、からかいやすいな。)」

 アベルは視線を自分の皿に移し、ナイフで肉を切り分ける最後だけ、音を出さないまま不要な力を込め、唇を引き結んだままじろりと睨み上げた。

「(くだらない事はやめろ。)」


「︎︎(怖いねぇ。)」

 わざとらしくゆったりと瞬きし、ジークハルトはナイフを手元で軽やかに一回転させてアベルへ向ける。手はテーブルに置いたままなので、周囲の注目を集めはしない。閉じた唇が弧を描く。

「(お前とやるのが楽しみだ。)」

 対してアベルは短く息を吐いて力を抜き、切り分けた肉を野菜と共に口に入れてから熱のない目でジークハルトを見やる。

「(僕に楽しむ気は無い。)」


 ジークハルトがあからさまに片眉を吊り上げ、ナイフで皿を突くようにしてごく小さな音を鳴らした。

「(はぁ?)」

 口はへの字に曲がり、白い瞳は不満を示している。その手がデザート用の小さなフォークを握り、アベルと目が合った瞬間に手首から先の動きだけで投げた。



 金属音が聞こえて、ナルシスはきょろりとテーブルを見回す。どこか、テーブルの上で鳴った気がしたからだ。

 しかし皆食事を続けていて、リュドは相変わらずカチャカチャキンキンと小うるさい。音の種類は異なっていたはずだが、気のせいだろうか。

「どうかなさいましたか?ナルシス殿下。」

「いえ、何も。ああそれで、最近の妹なのですが…」



 食卓とは離れた絨毯の上からフォークを二本回収し、薄緑の髪をハーフアップにした長身の騎士、ロイ・ダルトンは使用人から新しいフォークを受け取った。

 給仕には任せず自ら食卓へ向かい、瞑ったような細目を更に細めてジークハルトの傍らに進み出る。


「失礼、フォークが足りなかったようで。」

「そうか、気付いていなかったから気にするな。くく」

 ジークハルトは機嫌良さそうに言い、アベルに笑いかけた。

「そう怖い顔をするな、アベル殿下。何も荒立てる気はないとも。疑わしければ今宵、俺の部屋にそちらの手の者が入ってきても構わん。…あぁ、お前でいいな。護衛だろう?」

「承知致しました。」

 指名されたロイは静かに首肯し、続いて反対側へ回ってアベルへとフォークを渡す。


「殿下も、失礼を。問題ありませんか?」

「あぁ。」

「ではそのように。」

 微笑みを浮かべたまま、ロイは静かに礼をして下がった。

 ジークハルトが大人しく見張られてくれるなら、それに越した事はない。



 少々早い晩餐はつつがなく終わった。

 ナルシスは魔法のショーをゆっくり楽しむべく先に湯浴みをし、満腹のリュドは一度寝る事にし、ジークハルトは約束通りロイの入室を許し、部屋で過ごす。


 イェシカだけは騎士の魔法で姿を隠し、チェスターと共に騎士団本部へと馬を走らせた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ