119.双子の王子と四人の来賓
ツイーディア王国の城内。
広い食堂にて、ウィルフレッド達が対応すべき来賓との顔合わせが行われた。彼らは既にツイーディア国王への挨拶を済ませており、上層部同士が会議に入った裏での面談だ。
「初めまして、ウィルフレッド第一王子殿下、アベル第二王子殿下。先日は私の可愛い妹が大変世話になったようで。」
そう言ってにこやかに手を差し出したのは、ヘデラ王国第二王子、ナルシス・レミ・バルニエ。
肩につく長さのプラチナブロンドを低い位置にリボンで結い、薄い青色の瞳を抱く大きな目は長い睫毛に縁どられている。色白の肌に中性的な麗しい顔立ちをしており、ウエスト部分を細く作られた淡い緑のコートの袖からはフリルが覗いていた。襟元にはジャボをつけ、アイボリーのズボンの上から黒いニーハイブーツを履いている。
細身ではあるが十五歳になる彼の身長は百六十七センチあり、表向き笑ってはいるものの、内心怒っている事を隠すつもりはないらしい。
「初めまして、ナルシス殿下。その日の事はよく記憶に残っております。」
ウィルフレッドは僅かな苦みのある微笑みを浮かべて握手に応じた。次いでアベルとも握手を終え、ナルシスは細い眉をきゅっと吊り上げる。
「妹は帰国して以来…食事も喉を通らない様子で苦しんでいるのです。」
嘆かわしい事だと胸元で拳を作って震えるナルシスの背後で、従者らしき男性がノートに何事か書きつけてウィルフレッド達に見せた。「王女殿下は計画的な食事制限をされているだけです」と書かれている。
「ロベリアへの留学を諦め、貴国へ留学するなどと言い出し…」
「えっ?」
ウィルフレッドが思わず聞き返した。初耳である。そんな反応に気付いていないのか、ナルシスは目を潤ませて話を続けている。背後で従者が慌ててノートを掲げた。「本日、我が国の上層部より貴国へ打診される予定です」と書かれている。ウィルフレッドとアベルの目元がぴくりと引きつった。
ナルシスの妹といえばヘデラ王国唯一の王女、ロズリーヌ。
かつて香水を混ぜ合わせた激臭を纏い、もてなそうとしたウィルフレッド達に無礼千万の物言いをし、出された菓子を汚らしく食べ散らかし、従者や護衛への暴言暴力など見るに堪えない有様だった姫君だ。
なんならその兄が来るという事でウィルフレッド達はある種の覚悟を持って臨んでいたのだが、存外、ナルシスは妹に関する部分以外はマトモそうである。
「…つまり、我が国の天使たるロズリーヌに、貴方がたは食事を控えろなどという事をおっしゃったのではと、少々懸念しているところなのです。」
従者が背後から「王女殿下は繰り返し否定しておられました」と掲げている。ウィルフレッドは努めて穏やかな笑顔で軽く首を傾けた。
「そのような事は決して。我が国の菓子もお気に召して頂けたようで大変光栄でしたよ。」
「えぇ。何でしたら特に気に入られていた物を、後ほど王女殿下宛に送らせましょう。食欲不振とは心配ですが、快復なさる事を祈っております。…我らが太陽の女神に。」
つらつらと話したアベルは最後の言葉と共に意味ありげに目を伏せてみせる。
ナルシスは意外そうにぱちりと瞬き、確かめるようにウィルフレッドへ視線を移した。そして「もちろんです」とばかりにっこり頷かれると、幼い少女のように顔を輝かせる。
「本当かい!?…おっと、失礼を。ありがとうございます、妹は食べ慣れない外国の菓子が大好きでして。」
「期間中は俺が案内を担当させて頂きます。もしよろしければ、共に第一王女殿下が好まれそうな菓子を探しましょう。」
「それは是非ともお願いしたい、ウィルフレッド殿下!今から楽しみにしております。」
ナルシスは高揚した様子でウィルフレッドの手を握り、改めて力強い握手をした。
後ろからそれを眺めているアベルとサディアスの目は冷ややかだ。妹思いの王子だとしてもチョロ過ぎる。従者達は恐らく日頃から苦労しているのだろう。
「“ お会いできて光栄ですわ。わたくしの勉強不足で言葉が不自由な点、ご容赦を。 ”」
落ち着いた仕草で淑女の礼をとるのは、コクリコ王国第二王女、イェシカ・ペトロネラ・スヴァルド。
ウェーブがかった橙色のボブヘアに黒レースのカチューシャをつけ、学者気質ゆえにか、黄色の瞳は見る者を射抜くような鋭さがある。コルセットで細く締め上げたくびれの目立つドレスは、襟元や袖口をレースで覆い露出を控えていた。身に付けたピアスやネックレス、ドレスのスカートを飾る宝石はどれも小粒だが、よく見れば希少な石ばかりが使われている。
十八歳の彼女は五センチのピンヒールを履いており、案内役のチェスターとそう変わらない背丈があった。
「“ 問題ありません、イェシカ殿下。案内はこちらの者が務めさせて頂きます。 ”」
アベルが目で合図すると、後ろに控えていたチェスターが前に出て丁寧に礼をする。一目見て誰かわかったのだろう、イェシカはごく僅かに目を見開いたが、瞬きした後は元通り冷静に彼を見つめた。
「“ 初めまして、第二王女殿下。チェスター・オークスと申します。 ”」
「“ ビビアナ叔母様の子ですね。よろしくお願い致します。 ”」
イェシカの父である現コクリコ国王はチェスターの母、ビビアナの兄にあたる。二人は血縁上いとこの関係だ。ウィルフレッドが明るく声をかける。
「“ 殿下のご活躍はかねてより聞き及んでおります。我が国の研究者もご意見を伺いたいと申しておりましたから、もしよろしければ期間中、どこかでお時間を頂ければ幸いです。 ”」
「“ わたくしでお役に立てるのであれば、是非に。 ”」
淑やかに目で頷き、イェシカはウィルフレッドと視線を交わした。
彼女がツイーディア王国を訪れた本当の目的は、獣の体内で発見された石片なのだから。
「‘ オレんとこの言葉話せるんだ?それめっちゃ助かる、三日間よろしくな! ’」
白い歯を輝かせて、ソレイユ王国第三王子、リュド・メルヒオール・サンデルスが笑う。
肌は日に焼けて浅黒く、左が緑、右が黒のオッドアイは人の良さそうな垂れ目だ。明るい黄色の髪は後ろで跳ね広がるポニーテールに結い、ツバのない円筒形の黒い小さな帽子を頭に乗せている。
オフホワイトの上着は前身頃が腰でカットされ、二つに割れた後ろの裾にはフリンジが揺れていた。裏地は臙脂色に白の刺繍が入った豪勢なもので、金ボタンで留めた胸元と立襟の中には、ゴールドチョーカーをつけた首と鎖骨が見えている。
三センチのヒールブーツを履いていなければ、元は百六十二センチほどだろうか。十三歳の彼はこの中で一番ウィルフレッド達と年が近い。
「‘ あのコクリコの女の子とか、何言ってるか全然わかんなくてさ!お互い通訳は連れてるけど、時間かかるもんな。 ’」
やれやれと困り顔で首の後ろを掻くリュドの上着は七分丈で、手首には金の腕輪を二つずつつけている。歩く度にコツリと鳴るヒールといい、動きに合わせて音の出る仕様らしい。
くるくると変わる表情を好ましく思いながら、ウィルフレッドがサディアスを紹介する。
「‘ リュド殿下の案内は、こちらの者が… ’」
「‘ 敬語なんていいって!せっかく同年代の王子なんだからさ、な?タメ口呼び捨てでいいんじゃねぇかな。オレの事は「リュド」で。駄目か? ’」
「‘ ……俺は、構わない、けど。 ’」
申し出に目を丸くしながらウィルフレッドが答え、アベルを見る。兄が受け入れたのであればと、彼も黙って頷いた。リュドが満面の笑みで二人の間に割り込み、肩に腕を回す。
「‘ よっしゃー決まり!仲良くしようぜウィルフレッド、アベル!! ’」
「‘ りゅ、リュドは積極的だな…。それで、君の案内はこのサディアスがするよ。 ’」
改めてウィルフレッドが手で指し示した先で、サディアスは神妙な面持ちで礼をした。初対面で無理矢理アベルと肩を組む者など初めて見たので、困惑を隠しながらの挨拶だった。
「‘ サディアス・ニクソンと申します。第三王子殿下。 ’」
「‘ おう、よろしく!お前も敬語なしでいこうぜ! ’」
「‘ ……元から、この話し方ですので。 ’」
期間中このテンションについていけるのか不安に思い、サディアスは静かに眼鏡を押し上げた。
女性であるイェシカは勿論のこと、ナルシスも傍目には武器を所持していないように見えるが、リュドはグレーのズボンの右太腿にベルトを巻きつけ、短剣を納めている。
そして最後の一人は当然、腰に帯剣ベルトをつけ、細工より実用性重視といった趣の剣を佩いていた。
「どうも、初めまして。アベル殿下?」
アクレイギア帝国第一皇子――ジークハルト・ユストゥス・ローエンシュタイン。
朱色の髪は肩につかない長さだが、襟足は腰に届くまで伸ばされ一つに結われている。左耳にはガーネットのピアスがあり、銀刺繍の黒い軍服に白いマントを合わせたシンプルな装いだった。
傷一つない端正な顔立ちに余裕のある笑みを浮かべ、つり目の中にある瞳は白い。瞳孔が際立つその目に、帝国以外の護衛や使用人達は怯えるように視線を外していた。
ナルシスやチェスターと同じ十五歳ではあるが、身長は百七十三センチとこの中で最も高い。双子の王子の片方だけを見て、ジークハルトは探るように目を細めた。
「お会いできて光栄です、ジークハルト殿下。」
真っ直ぐに見返したアベルを庇うように一歩前に出て、ウィルフレッドが緊張した面持ちでジークハルトを見据える。白い瞳がじろりとウィルフレッドを見やり、鋭い歯を見せて笑った。
「…くく。どうも、ウィルフレッド殿下。そう警戒するなよ。お楽しみはまだだろ?」
「警戒だなどと、少し緊張しているのは確かですが。皇族の方が直接我が国を訪れるのは、数代ぶりと聞いております。」
「こちらからしたら十数代だな。ご存知の通り、入れ替わりが激しいものでね。」
わざとらしく剣の柄に手をかけたジークハルトに、各国の護衛達が王子や姫をそれとなく庇う。ツイーディア王国の騎士達は動かなかった。どう出てこられても下手に動くなと、アベルから事前に命じられている。
「滞在中、どこかへ行かれる場合には僕が案内させて頂く。」
落ち着いた声色に、ジークハルトは視線を戻した。
先程と変わらず、アベルの目には恐れも怯えも好奇もない。この白い瞳を前にしても。つい殺気を出したらどうなるかと考えてしまうが、今はやめておこう。
「嬉しいね。俺はお前に会いたくて来たわけだから。つまらん会議はジジイ共に任せるとも。」
「……護衛として騎士を数名つけます。何かご用向きがあればそちらに。」
ウィルフレッドはそう伝え、手で合図すると五人の騎士が進み出て礼をする。
護衛という言い方ではあるが、勿論見張りの意味を持つ騎士団の選抜メンバーだ。アベルの護衛騎士であるロイ・ダルトンも入っている。
ジークハルトは楽しそうに口角を吊り上げた。
「俺と遊んでくれるって?それじゃ――」
「‘ なぁ、そろそろ挨拶終わったか?オレ腹減ってきたんだけど…。 ’」
唐突に割り込んできたリュドに場が静まり返る。
その沈黙を破ったのもやはり、彼の腹から鳴り響く催促の音だった。
女神祭時点での年齢と身長目安です。
イェシカ以外はプロローグの頃より数センチ伸びています。
175cm…ダン(15)
173cm…ジークハルト(アクレイギア帝国第一皇子・15)
170cm…チェスター(15)
169cm…レオ(13)
167cm…ナルシス(ヘデラ王国第二王子・15)
165cm…イェシカ(+5cmヒール コクリコ王国第二王女・18)
164cm…サディアス(14)
162cm…リュド(+3cmヒール ソレイユ王国第三王子・13)
160cm…ウィルフレッド、アベル(12)
154cm…シャロン(12)
152cm…カレン(12)




