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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第一部 未来を知る者

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105.君がいるとややこしい




 アベルが治療を受けている間、シャロンは客間に放り込まれていた。


 リビー・エッカートが見慣れぬ令嬢を連れ歩いている事はすぐに見咎められたが、そこでしれっと「アーチャー公爵の娘だ。もてなしておいてくれ」と預けられ――使用人達は大いに混乱した。

 まさか、あの厳格な公爵に「第二王子の護衛騎士が、ぼろぼろになった貴方の娘を置いていきました。」などと報告できるはずもない。大慌てで然るべき人物に指示を仰ぎ、シャロン本人の許可を取って身を整える。


 客間で温かい紅茶とお茶菓子を出し、ようやく使用人達はほっと安堵の息を吐いた。その裏で密かに第二王子本人が自室へ戻り、いつの間にか上級医師がその治療を行っていた事は、まだ誰も知らない。


 実際に背中の状態を見たのは二人の護衛騎士と、上級医師一人だけだった。




「ま~た随分と大事になったね。」


 困った困ったと眉尻を下げ、騎士団長室で椅子に腰かけたティムが笑う。肩につく長さの水色の髪は頭の右側で二つ括り、長い脚を優雅に組んでいる。

 報告を終えたロイとリビーは既にこの場にはいない。彼らが連れてきたシャロン・アーチャーにも既に騎士を向かわせて聞き取りをしており、狩猟場からも続々と報告が届いていた。

 報告書をめくりながら、レナルドが口を開く。


「報告になかった生き物の出現、金属製の額に張られた闇、そこから出てきたオオカミ……ティム、完全にお前と同じ《ゲート》持ちがいるな。」

「笑っちゃうね、ほんと。俺がやったって噂する奴が出るに一票。」

「魔塔の仕業と言われるに一票。」

「あ~……。」

 レナルドの返しにティムは頬杖をつき、反対の手でトン、トンと机を叩く。

 魔塔――魔法学術研究塔。

 確かに、「魔法を使える動物」がどこから湧いて出たか?という疑問において、可能性は高い。しかし向こうも真っ先に疑われる事をわかっているだろうし、そもそも魔塔は常に騎士が見張っている。大きな動きはできないはずだ。


「ついでのガサ入れくらいはしとこうか。」

「わかった。」

「一番楽なのはブロデリック伯爵がぺらぺら話す事だね。吐かないようなら拷問部屋行きで……あ、そうなったらリビーにはやらせないように。今回アベル様に被害出てるから。」

「……伯爵が捕まると良いがな。」

「そうだね。」

 レナルドの言葉に、ティムはにやりと歯を見せて笑った。

 ブロデリック伯爵令嬢が第一王子に《ゲート》を向けたと、その一報が入ってすぐに伯爵家へ騎士を向かわせている。しかし、王子が無事で《ゲート》は壊されたという事を敵方も把握しているだろう。


「俺なら全員殺(口封じ)してるかな。」


 ティムの予想通り、ブロデリック伯爵、伯爵夫人、使用人一同は――残らず、毒殺されていた。





「アベル様、リビーです。シャロン・アーチャー公爵令嬢をお連れしました。」

「入れ。」

 聴取が終わったら帰っていいと言付けたものの、シャロンは治癒を終えたアベルとの面会を希望したようだ。

 上着を脱いだアベルはベッド上で身を起こし、騎士団からの報告書を読んでいたが、早足にこちらへ来る彼女へと視線を移し――持っていた書類を落とした。


「アベル……!」

 シャロンはベッド脇に置かれた椅子へ座り、前のめりになって布団の上にあったアベルの手を握る。

 就寝時であれば広いベッドの真ん中で寝るためにそれでは届かなかっただろうが、今は騎士とやり取りした後で少々入口側に寄っていたのがよくなかった。


 第二王子が反射神経で令嬢に劣る事などまずありえない。素直に握らせてしまったため、壁際に控える侍女や護衛騎士二人の視線を感じる。

 また癖が出ているとシャロンを注意しようにも、ずっと容態を心配していたのだろう、彼女の薄紫色の瞳は安堵に潤んでいる。やめろと言いづらい。


「よかった、もう起きていられるのね。骨折はまだゆっくり治すと聞いているけれど、痛みはあるの?」

「…ないけど、君…」

「そう、ちょっとは痛いのね。」

「ンッグ!」

 ロイが噴き出した口を自分で押さえ、リビーに「静かにしろ」と睨まれた。

 アベルが片眉を僅かに上げた事に気付いているのかいないのか、シャロンは深刻そうに目を伏せて頷く。


「早く良くなるよう、太陽の女神様にお祈りするわ。ねぇ、私にできる事があれば…」

「その格好は何。」

「え?」

 きょと、とアベルの瞳を見返したシャロンは、そういえば城の使用人達に着替えさせられたなと思い至る。

 髪も乱れて土埃なんかもあっただろうし、特に異論はなかった。むしろそんな姿で城に現れて申し訳ないくらいだが、それより何よりアベルが心配過ぎて完全に上の空だった。


「お城の方達が着替えを貸してくださって…」

 そう言いながら、シャロンは首を傾げた。考えてみれば、王子しかいないこの城にどうして令嬢用のドレスや靴があるのだろうか。サイズもシャロンにぴったりだ。


 フリルをふんだんにあしらった純白のドレスと揃いの靴は、単体で見ればやり過ぎのようなきらいがあるものの、シャロンが着ると自然だった。

 愛らしい丸みのある肩はレースで淡く隠し、ネックレスは花型のイエローダイヤモンド。薄紫の髪は緩く編み込みながらまとめ上げられ、うなじを見せる事で可愛らしくも大人っぽく仕上がっていた。


 まるでウェディングドレス、ないしは主役を食いかねないベールガール。

 …とは、本人の視点からはあまりわからない。白いドレスを着ているわ、くらいの認識だった。


「汚れていたし、治療を終えた貴方に会うなら、身綺麗にした方がと…お言葉に甘えてしまったのだけれど…」

 アベルからすれば、自分が苦しんでいる間に着替えを楽しんだように見えたのかもしれない。シャロンはしゅんとして肩を落とした。


「決して浮かれていたわけではなく……」

「そんな事はわかってる。…鈍いね、君は。」

「え…貴方がそれを言うの……?」

「何だと?」

「ンフッ!フ…フフ…まあまあ、お二人共。」

 呆れた様子のアベルに、ぽかんとするシャロン。本気で聞き返すアベル。忘れてしまいそうだが、シャロンがアベルの手を握ったままのやり取りである。

 ロイが笑いを堪えきるには難題すぎた。こちらを見た二人の元へ進み出て、恭しく礼をする。


「改めまして、ご挨拶を。私、アベル第二王子殿下の護衛騎士――ロイ・ダルトンと申します。」

 そしてちらりと後ろを見ると、リビーが大人しくロイの横に進み出て黙礼した。

「こちらは同じく、リビー・エッカート。フフ…以後、お見知り置きを。」

「ご丁寧に、ありがとうございます。」

 シャロンはアベルの手を離して立ち上がり、スカートの裾を摘まんで片足を下げ、腰を落とす。少しの乱れもない、見事な淑女の礼だった。


「シャロン・アーチャーと申します。この度は私の力不足で殿下を危機に晒し、あまつさえお救い頂き…御二方にも多大なるご迷惑をお掛け致しました。」

「ンッフフ、全ては我が主の決めた事ですから。ねぇ?アベル様。」

「あぁ。礼も謝罪もこれ以上は不要だよ。君はもう家に帰――」


 バンッ


「アベル!怪我は大丈夫なのか!!」

 勢いよく扉を開け、ウィルフレッドとサディアス、チェスターが入ってきた。狩猟場から戻ったばかりらしく、髪や衣服には乱れが見える。

 顔をほころばせ、無事でよかったと言おうとしたシャロンはしかし、ウィルフレッド達が唖然としているのを見て口を閉じた。何をそんなに驚いているのだろうか。


 もちろん、《アベルにプレゼントされたらしい》ドレスを着て、《気恥ずかしそうに照れ笑いしている》シャロンを見て驚いたのである。

 見開かれた三人の視線は、シャロンからアベルへとぎこちなく移る。若干引き気味のウィルフレッドが、呆れを含んだ目つきでゆっくりと口を開いた。


「…お前…いつの間に、そんな服まで用意して…」

「僕がやったわけないだろ!!……ッ。」

 大声を出した事で折れた骨が痛んだのか、アベルが顔を顰めて胸元のシャツをぐしゃりと握る。シャロンが慌てて傍らへ駆け戻った。


「だ、大丈夫?無理しては駄目よ、静かに…」

「大丈夫、だから離れてろ…!今っ、君がいると、ややこしい!」

「どういう事なの!?」

「はいはいはい。あーもー、しょーがないんだから。こっちおいで、シャロンちゃん。」

 チェスターが気の抜けた声で笑い、振り返ったシャロンを手招きする。

 心配そうにアベルを見ながらもベッドから離れた彼女は、ネックレスにイエローダイヤモンドがあしらわれているものの、他には色が入っていない。青も、黒も。

 誰が用意したのかを察してウィルフレッドは苦笑し、こちらを睨んでくる弟へ軽く二度頷いてみせた。


「三人共、無事でよかったわ。顔が見られて安心した。」

「シャロンはワイラー子爵令嬢を助けるために、崖へ飛び出したんだって?」

「えぇ、辛うじて彼女を崖上へ戻せて……アベルが助けてくれなくては、私は手遅れだったわ。」

「そうでしょうね。公爵家の令嬢だというのに、無謀が過ぎます。」

「は…反省しています……。」

 サディアスに冷ややかな目と棘のある声で注意され、シャロンがしゅんと目を伏せる。チェスターは苦笑して軽く手を振った。


「まぁまぁ、うちの王子様もあの通りピンピンしてるんだからさ。…いやほんと、治癒の魔法やったとはいえ、何でピンピンしてるんだろうね?数十メートルはあったんでしょ?」

 普通二人とも死んじゃうよねー、と芝居がかった動きで顎に手をあてるチェスターへ、アベルがしれっと返す。

「なんとかした。」

「なんとかのレベル!」

「チェスター、コテージも襲われたと聞いたけれど、大丈夫だったの?」

「あー、こっちはね…」


 シャロン達が話す様子を眺めながら、ウィルフレッドはベッドへ近付く。布団の上に散らばった書類を集めて整える弟は、まだ少し眉間に皺が寄っていた。


「アベル、シャロンを助けてくれてありがとう。」

「…当たり前でしょ。ウィルの大事な人だからね。」

「……もちろんそうだけど、お前…」


 コン。


 鋭いノックの音がして、二人の王子は部屋の入口へ目を向ける。ピリ、と室内にはしった緊張を察してシャロン達も喋るのをやめ、扉を見た。

 コンコン、と続けて叩かれた後で、近衛騎士の声がする。


「失礼致します、第二王子殿下。王妃殿下がいらしておられます。」





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