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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第一部 未来を知る者

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101.予想外の報告




「ウィル様!向こうでも戦闘になってるみたいだぞ!!」


 風を纏わせた拳でオオカミの頭蓋を殴り砕き、ストレートの茶髪をポニーテールに結った女性――護衛騎士セシリア・パーセルが声を張り上げる。

 剣と盾を手にしたまま視線を空へはしらせたウィルフレッドは、彼女の言う通り光の魔法による信号が撃ち上げられているのを確認して顔を歪めた。


「マルサス小隊長、こちらも信号を!戦闘中で――救援は不要だと!!」

「はっ!」

 ウィルフレッドの言葉に異を唱える者はいなかった。

 敵は炎を吐くオオカミ数十頭。水の魔法によるドームで守られた五人の令嬢を中心にして、ウィルフレッドと従者サディアス、護衛騎士二人、今回のために配された騎士六人が戦っている。


 さほど統率の取れていないオオカミはバラバラと襲い掛かってくるばかりで、迎撃さえしていれば後れを取る事はない。

 厄介なのは炎が森の木々に引火する事だが、それも水の魔法を最適とする騎士が複数名おり、またサディアスも充分に水の魔法が使えるため、決して危機的状況ではなかった。

 下手に救援を求めて、元々人手の少ないアベル側から戦力がよこされるような事があってはならない。


「それにしても、どうにも痩せていて…食べ応えがなさそうだ、な!!」


 セシリアの拳がめり込んだ先から、オオカミの肉体が削り砕かれていく。通常、風の刃を手に沿わせれば皮膚が切り裂かれてしまうものだが、《魔拳》と呼ばれるスキルであれば制御が可能だ。風であろうと火であろうと、自ら発動し身に纏った力が己を傷つける事はない。

 赤紫の視線が背後へと動いた直後、彼女を狙って炎を吐き出そうとしたオオカミの口に透明な剣が突きこまれた。奥に見えていた炎は姿を消し、代わりに赤色が散る。死体から素早く剣を抜いて、緑髪の騎士――ヴィクター・ヘイウッドは呆れたように吐き捨てた。


「言ってる場合か、馬鹿!」


 彼は腰の剣を鞘に納めたままだった。

 手にしている剣は持ち手だけが金属で、微かに揺らぐ透明な剣身はまるで水のよう――否、まさに水で作られた剣だった。スキル《固形化》は属性そのものの特性を保ったまま、その強度を変える。

 ウィルフレッドが持つ盾もまた、オオカミが炎を吐くと知ってすぐにヴィクターが生成した物だ。


「宣言。風、刃となり切り裂け。水、木々を覆い消火を。」


 水のドームに囲まれた令嬢達のすぐ前に立ち、サディアスは魔法を発動させる。

 正確に放たれた刃は騎士よりはやや威力が下がるものの、オオカミの鼻面に深手を負わせ、燃え広がろうとする炎にはそれを潰すだけの水をぶつけ、ちらりと周囲を見回した。


 内密にこちらの一行に加わっているはずの護衛騎士――リビー・エッカートの姿はない。彼女は剣士としての腕は護衛騎士の中で最も劣るが、隠密の腕は騎士団でもトップクラスの実力を誇る。まだ隠れて様子を窺っているか、あるいはこうなった以上、アベルの元へ向かったか。


 ――無理もない。あの方なら大丈夫だとは思いますが、私だって、できる事なら無事なお姿をこの目で確かめたい。


 王国騎士団の一員として任じられた「護衛騎士」である彼女だが、本人にとって主君は国王ではなく第二王子アベルであり、彼自身へ仕える騎士として動いている。

 命令を全うしてこの場に残っていたとしても、主君の身を案じて駆け付けていたとしてもおかしくなかった。


「ヴィクター、右を頼む!」

「承知!」

 新たに駆け出してきた二頭を前に、ウィルフレッドが叫ぶ。一歩先に来ていたオオカミをヴィクターの剣が切り裂いた。

 ウィルフレッドは口を開いたもう一頭から吐き出された炎を盾で防ぎながら距離を詰め、その身体に剣を突き刺す。

 フォローのために駆け寄っていたセシリアは、オオカミが無事に絶命した事を確認してにこりと頷いた。血に汚れた団服とは裏腹に、その笑顔は何の憂いもない明るさだ。


「うん、大体片付いたようだな!後続は…」

「いねぇな、大丈夫そうだ。警戒は続ける。」

 セシリアの言葉に、一番隊第四小隊長のマルサスが顎髭を撫でながら言う。

 消火に使った水で地面はぬかるみ、戦いやすさと延焼防止のために魔法で切られた草木が散らばり、細い煙があちこちから立ち昇っていた。ところどころ小さく燃え残る火に、騎士達が地道に水の魔法をかけている。

 水のドームは解除され、恐怖と緊張から解放された令嬢達が顔を引きつらせながら立ち上がった。一歩でも踏み出せば靴が汚される事は明白だ。

 盾をヴィクターに返し、サディアスに差し出されたタオルで返り血を拭いながら、ウィルフレッドは息を吐く。


「狩猟どころではないね。先に戻った彼女達は大丈夫だろうか?」

「一足先に確認に向かわせます。」

 アベル一行よりは数段遅いスピードで山道を進んでいたウィルフレッド達だが、既に二人の令嬢が同行を断念し、それぞれ付き添いの騎士と共に引き返していた。

 マルサスは騎士の一人を振り返り――


 地響きがした。


 バキバキと木々が薙ぎ倒される音と共に、鳥達が次々と空へ逃げていく。

 砂埃が巻き上がっているのは、先ほど信号が上がった方向、つまりアベル達がいる場所だ。


「何だ!?」

「タリスが暴れてる…にしても規模がでか過ぎるな。向こうが()()だったのかもしれません。」

 マルサスの言葉にウィルフレッドが青ざめる。

 アベルは強いが、魔法が使えない。それに身体はウィルフレッドと同じく十二歳相応なのだ。

 騎士の猛攻すら凌ぐ彼だけれど、木々を薙ぎ倒す程の圧倒的な力が相手では単純に押し負ける可能性がある。


 ――アベル、シャロン…!


「増援を!!」

 片手で空中を掃うようにしてウィルフレッドが叫ぶ。


「ご令嬢方をコテージへ。マルサス小隊長、可能なら情報共有がしたい。《鏡》を使える者は?」

「もちろんです。トラウト!三つだ。ヘイウッド、《固形化》を。」

「はっ!」

「わかりました。」

 トラウトと呼ばれた騎士が三十センチほどの楕円の鏡を模った水を三つ生み出し、ヴィクターがスキルを合わせて固める。

 この場に残る者、コテージへ向かう者、アベル側へ増援に行く者とで一つずつだ。


「ウィルフレッド様、我々と共にコテージへ。」

「…わかってる。」

 ヴィクターの言葉に、ウィルフレッドは焦る心を抑えて頷いた。自分が加勢に行ったところで、騎士達の守るべき対象を増やしてしまうだけだ。

 第一王子がコテージへ戻ると聞き、一部の令嬢達は急に機嫌を取り戻した。数人がわらわらとウィルフレッドの傍に集まろうとしてヴィクターにそれとなく防がれ、しかし諦めずに顔を覗かせて話しかける。


「怖かったですわ、殿下!」

「勇敢でとても素敵でした。お守りくださった事、わたくし忘れません…。」

「ウィルフレッド様ぁ、早く戻りましょう?これ以上ここにいるのは恐ろしいですわ。」

「そうだね。皆、怖がらせてすまなかった。慌てずについて来てくれ。」

 どさくさに紛れて名前で呼んでいる令嬢もいるが、今は何も言うまいとウィルフレッドは意識して優しく微笑んだ。令嬢達が頬を赤らめ、うっとりと悩ましげなため息を吐く。


 ――…この子達は、アベルを気にかけてはくれないんだな。


 ウィルフレッドの青い瞳にうっすらと冷えた光が宿るのを見て、サディアスはぞくりと悪寒がした。本気で怒った時のアベルの気迫にも似たそれはほんの一瞬で消えたけれど、気のせいではあるまい。

 こくりと喉を鳴らし、気を紛らわせるように周囲を見回す。


 水のドームがあった場所で座り込んでいた令嬢が、地面に軽く指をついてふらりと立ち上がった。

 山道を登る途中何度も躓いていた、スザンナ・ブロデリック伯爵令嬢だ。汚れてしまったスカートが地面から離れ、そこに平たい何かが落ちている。スザンナはそれを拾い、

 ウィルフレッドの背に向けた。


「ウィルフレッド様!!」

 サディアスが叫び、騎士達とウィルフレッドが振り返った時には既に、スザンナが持つ黒い円の中からオオカミが牙を剥いて飛び出していた。

 ウィルフレッドには、喉の奥から炎がせり上がる様子がはっきりと見えた。手が自然と、周りにいた令嬢を庇うように押しのける。


 炎を吐き出すより早く、オオカミの身体は三つに分断された。


「きゃあ!!」

 スザンナが地面に押し倒され、ウィルフレッドの前にセシリアとヴィクターが立ち塞がる。さらに騎士がウィルフレッドと令嬢達を分断するように立つ。

 オオカミの血に濡れた二本の剣を持ち、スザンナを組み伏せているのは黒髪の女性――護衛騎士、リビー・エッカートだった。サディアスがほっと息を吐く。


「リビー…助かりました。」

「何でお前がここに?」

「我が君のご命令だ。」

 ヴィクターの問いに短く返し、リビーはスザンナが取り落とした黒い円へと目を移す。

 先の乱戦でそこに落ちたオオカミの死体に引っかかり、ちょうどリビーの方を向いているが、金属製の輪の中にはただ黒色が満ちるばかりで何もない。


 そこにかけられた魔法を破るべく、ウィルフレッドを含む幾人かが手のひらを向け、宣言を唱え始めた。

 黒色の中からオオカミの鼻先が見えた瞬間にリビーは敵を刺し貫くべく剣を振ったが、飛び出てきたのは炎だけだった。


「くっ…!」

 リビーは顔を歪め、到底間に合わない事を知りながらスザンナの首根っこを掴んで飛び退る。全身が炎にまかれる事を覚悟したが、誰かが放ったらしい水の魔法が炎を正面から打ち消した。

 黒い円が光に包まれ、後には金属製の輪だけが残る。


「大丈夫ですか、リビー。」

「あぁ…今のはお前か?すまない、油断した。」

 放心状態のスザンナを他の騎士に預け、リビーは駆け寄ってきたサディアスに目を向ける。

 サディアスは軽く首を横に振った。


「いえ、私ではありません。唱える時間がなかった」

「そうか、では……」

 誰なのかとリビーは周囲を見回したが、それらしい人物はいなかった。

 騎士と目が合っても「自分ではない」と動作で示されるばかり。令嬢達は怯えていてリビーの視線に気付いていない。

 訝しげに眉を顰めるリビーの胸元でペンダントが揺れた。


「…まあいい。それより増援に行った者の連絡はまだなのか?アベル様は…」

「現場到着、報告入ります!」

 焦れたように呟くリビーに応えるように、トラウトが声を張り上げた。ウィルフレッドとサディアス、リビーが彼の持つ鏡へと走り寄る。

 水面には、戦闘後なのだろうボロボロの姿で頭から血を流すタリスが映っていた。


《こちらガイスト、先程の轟音はクマが突風を発生させたものだそうです。》

「クマ!?アベルは無事なのか?」

《それは大丈夫、俺が伸びてる間に片付けてくれたみてぇですよ。》

 苦笑いしたタリスがこちらへ手を伸ばし、ガイストが持つ鏡の向きを変える。左目に矢が刺さった巨大なクマが、腹をバッサリと切られて大量の血の中に沈んでいた。ウィルフレッドがほっと息を吐き、リビーが口元を隠した布の下でにやりと口角を上げる。


「では、アベル様はどこに?令嬢を送っているのですか。」

《令嬢の一人がビビッて逃げ出しちまったんだ。追ってったモーベス達と合流してんじゃ…》

《大変だーーーッ!》

 少々遠のいた声が割り込み、タリスが別の方向を見る。誰か騎士が戻ってきたようだ。


《殿下が令嬢を追って崖から落ちたーー!!》


「「《「何だって!!?」》」」




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