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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第一部 未来を知る者

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99.殿下は戦闘全振りで

 



 狩猟当日、空は見事な晴れ模様だった。


 場所が山とあって、集合した令嬢達は裾を少し短くしたドレスを着ている者が多い。土を引きずって歩くわけにはいかないからだ。

 騎士の家系である一名は動きやすい乗馬服を着ていたが、まさか筆頭公爵家の令嬢であるシャロン・アーチャーまでもが乗馬服で現れようとは、その場の殆どの人間にとっては予想外だった。


 紺色のジャケットを着こみ、ジャボの襟元には彼女の瞳と同じ色をしたアメジストが光っている。

 白い乗馬キュロットによく磨かれた黒のブーツを履き、長い髪は低い位置でサイドポニーテールにして前へ流していた。動きやすくも可愛らしさのあるスタイルだ。

 周囲の視線に気付いているのかいないのか、シャロンはいかにも楽しみといった風に微笑みを浮かべている。


 二人の王子殿下が現れると、視線はそちらへ集中した。

 ウィルフレッドは白、アベルは黒を基調としてどちらも金糸の刺繍が入ったジャケットを着ている。

 同色のズボンの腰には揃いの剣を携え、革のブーツを履いている。加えてアベルは矢筒を背負い弓を持っていた。


「やぁ、シャロン。今日も素敵だね。」

 朗らかに声をかけたウィルフレッドに、シャロンは礼をしつつ人前を意識した話し方で返す。

「ご機嫌よう、ウィルフレッド殿下、アベル殿下。お二人も本日は一段と凛々しいお姿で、とても素敵ですわ。」

「ありがとう。今日は楽しんでいってくれ。」

「あまりはしゃぎ過ぎないようにね。」

 ウィルフレッドと異なり、アベルは冷ややかに忠告した。

 やはり公爵家相手でも彼は淡白だと令嬢達は視線を交わし合い、シャロンの反応を窺う。彼女は恐縮する事なくさらりと目で頷いた。


「えぇ、気を付けます。」

 王子達の後ろに控えるチェスターとサディアスには、挨拶して引き留めてはならない。それぞれに伝わるよう会釈をして、シャロンは一歩下がった。

 令嬢一人一人と短く挨拶を終えた後は、ウィルフレッドから改めて開会の言葉と注意事項が告げられ、いよいよ狩猟が始まる。


「では、俺に同行してくれる者はこちらへ。」

 口元に綺麗な笑みを浮かべ、ウィルフレッドが右手へ進む道の前に立ち、

「僕と来る者はこっちだ。」

 アベルは令嬢達を見もせずに左手へ進む道の前に立った。


「コテージ待機の子達は俺のところに来てくださいね。案内しますよ」

 チェスターが後方で恭しく礼をする。

 サディアスはウィルフレッドに同行するので、彼の後ろに控えていた。


 令嬢達はすぐには動かず、その視線は一人だけ足を踏み出したシャロンへと集中する。

 彼女が何の躊躇いもなく進む方向を確認し、令嬢だけでなく騎士達にまで動揺がはしった。複数人が同時に息を呑み、または短く声を漏らし、一瞬のざわめきとなる。

 驚いているのは選ばれた王子も同じだった。


「よろしくお願い致します、アベル殿下。」


 アベルは僅かに目を見開いてシャロンを凝視していたが、そう声をかけられるとはっとしたように瞬いた。眉を顰めてウィルフレッドを見やり、兄に微笑みを返されてぴくりと不満げに眉を動かす。

 苦い顔をしてウィルの方に目をやる――予想があたったシャロンは顔を綻ばせたが、アベルは彼女がそうした理由がわからず、訝しげに目を細めた。


「ふふ、頑張ってついていきますね。」

「………勝手にしなよ。」


 その瞬間、シャロン本人の知らぬ間に、周囲には激震がはしっていた。何せシャロン・アーチャーは第一王子の婚約者候補と目されていたのだ。

 それがこの場で第二王子を選び、アベルからは眉を顰められているにも関わらず微笑み、さらにそれをウィルフレッドがにこやかに見守っている。

 騎士と令嬢の幾人かがぽかんと開口してしまったのも無理はなかった。


 シャロンとウィルフレッドが幼馴染みだと知る護衛騎士、ヴィクターとセシリアも意外そうに目を瞬いている。

 コテージ待機組であるクローディア・ホーキンズ伯爵令嬢はやんわりと扇を広げて上品に表情を隠し、ノーラ・コールリッジ男爵令嬢は口に当てた手の中で「脈が…あった……?」と呟いた。


 動揺が静まりきらないまま、同行予定の残り九人が分かれていく。

 中にはアベルの方へ歩きかけ、しかしシャロンをちらりと見やって方向転換し、ウィルフレッドの方へ行った者もいた。

 七人はウィルフレッドへ。

 シャロンを含めた三人はアベルへ。

 ほか十数名はチェスターと共にコテージへ、それぞれが歩き出した。




「殿下は弓も使われるのですね。拝見できるなんて光栄ですわ。」


 アベルの斜め後ろを歩きながら、シャロンが少し弾んだ声で言う。

 本当なら騎士が二人より先に立って前方の警戒をするのだが、それではどうしても令嬢の歩みに合わせた速さになってしまう。今回はアベルの意思を優先し、彼自身が先頭に立っていた。

 二人の邪魔をしないよう、シャロンの斜め後ろ左右に二人、そこから数歩分遅れて歩く令嬢達の護衛に三人。計五人の騎士が同行している。


「僕は魔法が使えないからね。」

 冷たく言い放ったアベルに、シャロンの後ろを歩く騎士二人は「あちゃー」と目を歪めた。決して声には出さないし、警戒を緩めはしないけれど。

 せっかく令嬢が褒めてくれているのだから、ありがとうくらい言ってやればいいものを。


 ――けど、ここでアベル様がいきなりデレデレしても怖いよな。


 ――わかる。


 堅い表情で唇を引き結んだまま、騎士達は目配せで会話をする。

 城の警備を担う二番隊の騎士から、アベルがシャロンを下町で保護した噂が真実だとは聞いていた。彼女が馬車を乗り降りする時、アベルが紳士的にエスコートしてやった事も。

 そして今日シャロンがアベルとの同行を選んだのであれば、きっとこのご令嬢は第二王子に惹かれているのだろう。

 現に、冷ややかな返しにもめげずアベルに話しかけている。


「遠くで倒す事ができれば、より安全ですものね。弓に貼り付けてあるのは…補強でしょうか?」

「そうだね、威力と射程の問題だ。大抵は素材として…」

 淡々と合成弓(コンポジットボウ)の説明をするアベルに、騎士は内心頭を抱えた。


 ――女の子に武器の構造語ってどーすんだよ、殿下ぁ!!


 ――本気で興味あるわけないだろ!絶対「つまんない」って思われてるよ!!


 デートで武器の豆知識を語り、楽しそうに聞いてくれたと思い込んでは後日見事にフラれる、そんな騎士は何人もいた。

 こっそり横から盗み見ると、さすがは公爵令嬢といったところか、シャロンはまるでアベルの話が本当に興味深いかのように頷いている。


「とても勉強になりますわ。今日は確か、イノシシとシカが狙いでしたね。」

「そう。近隣で畑に被害が出ていてね…ちょうどいいから狩る事にした。」

「獲った後はどうなさるのですか?」

「……血止めでもしてみる?」

 ちらりとシャロンを振り返って言ったアベルに、騎士達が心の中で激しくツッコミを入れた。


 ――いやいやいや!今のは処理方法の話じゃないだろ!!しかも血なまぐさい作業させようとすんなよ!!


 ――駄目だ、殿下は戦闘センス全振りで生まれたから恋愛センスがねぇんだ!!俺達が何とかしないと!


 前を歩くシャロンの表情は騎士達から見えなかったが、「まぁ」と口に手をあてる彼女が唖然としているだろう事は明白だった。

 騎士の片方がコホンと咳をしてアベルの近くへ進み出る。


「殿下、処理は自分達が行いますので…」

「口を挟むな。」

「はい。」

 アベルに横目で見られて静かに元の位置に戻り、騎士は相方と顔を見合わせた。


 ――こぇえええええよ!!!


 ――よく言った、お前はよくやったよ!!


 ここで言う「血止め」とは、解体場へ行くまでに獲物の血をダラダラ残さぬよう、つけた傷を一度修復することを指す。つまり治癒の魔法だが、シャロンが魔法を使えるか否かによってはまさかの針糸で縫う事になる。

 さすがにそれは無いと思いたい、そう考えつつ騎士達はシャロンの小さな背中を見つめた。


「頑張りますね。慣れないので、もし上手くできなかったら申し訳ありませんが…」


 ――やる気なの!?嘘だろ、公爵家の令嬢だぞ!!


 ――健気にも応えようとしてんだろ。可哀想に…


 騎士達の脳内には、血に脅えながら涙目で動物の死体に手をかざすシャロンと、それを血も涙もない冷徹な目で眺めるアベルの姿が浮かんだ。

 ご令嬢は気になる王子とお近付きになりたかっただけだろうに、不憫過ぎる。

 アベルは落ち着いた声で返した。


「別に、下手でも罰したりしないよ。」


 ――殿下ぁあ!!そこじゃないだろ!!!


 ――罰がないのは当たり前なんだよ!五千歩譲って血止めをやらせるにしても、「優しく教えるから安心しなよ」とかでしょ!!


 言いたくても言えないもどかしさに騎士達はギリリと歯を食いしばる。

 その数メートル後ろでは他二人の令嬢が息を切らしていた。既に道は上り坂になっている上に、歩くペースが速いのだ。

 シャロンが苦もなくアベルと話しながら歩けているのは、日頃の鍛錬のお陰だ。令嬢二人は信じられないものを見る目で先をゆくシャロンの背を見上げ、やがて片方が大きく息を吐いた。


「わ…わたくし、コテージへ行かせて頂きます。」


 へなへなと崩れ落ちそうになった彼女に騎士が手を貸す。

 この場を辞する旨をアベルに伝えてから、彼女は騎士に連れられてコテージへと歩き出した。



 元々三人だけだった令嬢は、もうシャロンと、ナディア・ワイラー子爵令嬢だけになった。

 ナディアはアベル達より一つ年下の十一歳で、桃色のツインテールと活発そうな黄緑の瞳が印象的な少女だ。

 普段はよく喋る令嬢なのだが、今はアベルについていくのがやっとのようで、ふうふうと息を切らしながら懸命に足を動かしている。


「ナディア様、大丈夫ですか?」


 アベルの傍をキープできていたのに、シャロンは彼から離れてわざわざナディアの横に並んだ。ナディアが驚いた様子で顔を上げる。

 騎士達は「アーチャー家の令嬢は良い子だな」と思いつつ、知らん顔でさくさく歩いているであろうアベル第二王子の方を見た。

 すると、予想外にも彼は立ち止まっている。


 ――それだよ、殿下!後は振り返って「大丈夫?」って手を差し出してたらサイコーだった!!


 ――いや、待て。


 四人の騎士はサッと互いに視線を合わせ、令嬢を囲うように半歩ずつ近付いた。

 前に佇むアベルが静かに矢を弓につがえる。道の左側、遠くから聞こえてくるのは駆ける足音、草の擦れる音。


 何かの影が視界に入り、それが明らかにこの一行を目指していると察した瞬間にアベルは弓を引いた。


 十メートルほど先から灰色の毛並みが空中へ踊り出す。オオカミだ。開いた口に鋭い牙が並んでいる。

 放たれた矢は正確にその脳天を貫き、しかし――


「伏せろ!!!」


 アベルの叫びに、シャロンは咄嗟にすぐ隣にいたナディアへ腕を伸ばした。屈ませようとするより早く、二人まとめて騎士の手で伏せられる。


 射抜かれてやや上方を向いたオオカミの口から、炎が吐き出された。





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