パン屋、徹夜明けのサンドイッチ
徹夜、つらいですよね。
今日は雨か。
うーん、雨、あまり好きじゃないんだよなぁ。
傘をさしながら歩くのも嫌だし、さらに言えば足が濡れるのがなお嫌だ。
ズボンとか濡れるの嫌だよね。
だが、そんなときでも仕事はあるんだ。
働かないと食っていけないんだから仕方ないし、仕事があるだけ非常にありがたいんだが。
私みたいなフリーは、仕事のお呼びがかかる間に稼がねば。
幸い今日は顔なじみの所へ営業するだけ。
ちょっと話でもしてすぐに終わるだろう。
――――――――――――――――――――――――――――――
さて、到着。
これまた別の顔なじみ、昔からの雑貨屋。
中でもアクセサリーや宝石に関しては非常に評判が高く、結構評判らしい。
が・・・。
「いえ、それは困ります・・・。明日バザーがあるんですよ。商品がないのは困りますって。」
「あー、まぁ、申し訳ないんだが・・・。」
「そんな!かなり納期に余裕をもってお願いしたじゃないですか・・・。」
・・・何か、トラブってるな。
話が終わるまで少し待っておこう。
「ええ、ただ取引先の方がいろいろとごねてまして・・・。」
「ごねるって・・・!料金ももう払ってるのに!」
「ええ、商品自体は納品させてもらいます。ですが明日には無理で・・・。」
「・・・わかりました。もういいです!商品の納品だけはお願いしますね!」
おお、結構怒ってる。
珍しい、彼女があんなに怒ってるの初めて見るかもしれない。
そして取引先の男・・・あ、あいつ、最近よく見るやつだ。
バッティングが多いって他の奴嘆いてたな。
しかも軒並み価格を下げての値段勝負。
とりあえず先客も出ていったし、入るか。
「どうも、お元気ですか。」
「あ、魔術師くん・・・!」
「なんか揉めてたみたいですが・・・?」
「もう、聞いてくださいよ!」
おおう。
なるほど、明日バザーがあるのに目玉の商品が入ってこない・・・。
しかも1品2品じゃなく全部、か・・・。
「そりゃまた・・・ご愁傷さまで・・・。」
「ほかの所より安いし、最近よく依頼を取ってるということで試しにお願いしたのに・・・あんまりだよ・・・。」
「あー・・・。納期も十分にとってたんですか?」
「うん、半年前から予約してたんだけど・・・。なのに・・・。」
「うーん。半年前か・・・。どんな商品です?」
「インテリア、食器類、あとは宝石類かな。アクセサリーは自前で作ったものがあるけど少ないくて・・・。」
うわぁ。
バザーって結構いろいろな店が気合入れて出品するのに・・・。
商品がないんじゃ話にならんな。
外は・・・雨がひどくなってる。
嫌だなぁ。
だが、顔なじみだし、仕方ない。
「わかりました、少し伝手を当たってみましょう。」
「えっそんな、大丈夫だよ!」
「いえいえ、昔からお世話になってますし。後輩からお世話になった先輩へのお礼とでも思ってください。商品のリスト見せてもらっても?」
「うう・・・ごめんねぇ・・・!」
さて、リスト。
これは、また・・・とんでもない量だな。
中でもインテリアと宝石は軒並み在庫が無い・・・。
食器も仕入れなきゃないけないし、魔道具もない。
端的に言って何もないな。
「とりあえず、リストの商品かき集めれるだけかき集めてきます。結構遅くなるかもしれませんが大丈夫ですかね?」
「うん、わかった!私は魔道具の加工とレイアウトの予定を立てるね!」
あ、雨、さらにひどくなってきた。
幸先が思いやられる・・・。
――――――――――――――――――――――――――――――
「どうも、戻りました・・・。商品かき集めてきましたよ・・・。」
ツカレタ・・・ツカレタ・・・。
ツカレタ(迫真)
「あ、おかえりなさい!うわぁ、こんなに!」
「知り合いの所軒並み走ってきました。昔なじみのやつの所は鍵こじ開けてかき集めましたよ、ハハ・・・。」
完全に仕入れた、とは言えないが。
まぁ8割は集めれた。
これでバザーも大丈夫だろう。
「うう、本当にありがとぉ・・・!」
「いえいえ、まぁ仕入れの金額は少し上がってしまいました。」
足元見やがって、あいつら・・・。
しかも昔なじみは皮肉も忘れないと来た。
「いやいや、これ凄くいい商品ばかりだし!この価格での仕入れなら大満足だよ!」
「そう言っていただけるとずぶぬれで走り回った甲斐がありました。さ、魔道具の加工もしてしまいましょう。」
「うう・・・良い後輩を持てて幸せ・・・。」
しかしもう深夜。
こりゃ徹夜だなぁ・・・。
――――――――――――――――――――――――――――――
あ”-、疲れた・・・。
あの後魔道具の加工も終わらせ、バザーの用意もした段階で別れた。
先輩もバザーに気合入ってたし、何気にやり手だし成功するだろう。
しかし、あの男。
先輩の雑貨屋相手に、しかもイベント前に納期を遅らせてしまうとは。
しばらくの間は評価も地に落ちるし、碌な依頼は回ってこないだろうな・・・。
そして、天気。
凄く、快晴です・・・。
日差しがまぶしい。
帰ったら寝て、体力を回復しないと。
と思ったら。
―――腹が、とんでもなく減っている。
そりゃそうか、走り回って徹夜で加工だもんな。
胃袋、空っぽ。
帰って寝ようと思った矢先にこれだよ、寝る前に飯は・・・。
いや、ダメだ。我慢が出来ない。
何か、何か胃袋に入れなければ。
だが飲食街に良く元気もない・・・。
帰り道、帰り道で何か探そう。
食堂。
開いてない。
レストラン。
同じ。
居酒屋。
朝まで飲める・・・と書いてあるのにもう閉まってる。ひどい。
何か、何でもいい。
早くて美味いもの、何か。
お、パン屋。
「ベーカリー ボノー」、こんなところにパン屋があったのか。
しかも中で食べることもできる。
ここだ、ここに決定。
「おはようございます!お持ち帰りですか?」
「いえ、店内で食べたいんですが・・・。」
「かしこまりました!お好きな席へどうぞ!」
朝一に食べるパン、何だろう、胸が高鳴ってくる。
果たしてこれは食への希望か、それとも徹夜による年か・・・。
いや、止めよう、悲しくなってきた。
さて、メニューは・・・。
さすがパン屋、パン。
朝ごはんだし無難にサンドイッチでいいだろう。
と思ったら。
気になるメニューを見つけてしまった。
まさかのパン屋で牛筋の煮込み。
とんでもなく気になる。
よし、これで行こう。
「お待たせしました!ミックスサンドと牛筋の煮込み、アイスコーヒーです!」
お、美味そう。
・ミックスサンド
定番のサンドイッチ、具材がたくさんバランスよく。パンも分厚く思い切り齧り付きたくなる1品。ミックスサンドだと普通は野菜のサンド、卵のサンドと別れているが、これは1つにまとまっている。ミックスサンドならぬもはやハンバーガーじゃないか。ちなみにパンは種類が選べるらしいが、無難にお任せにした。
・牛筋の煮込み
まさかのパン屋で牛筋煮込み。朝から牛筋を食べる魔術師、私以外に誰がいるんだろうか。裏が食堂でそこでの人気メニューを仕入れているとの事。いい香りだ・・・。
・アイスコーヒー
サンドイッチのセットで頼んだ飲み物。頼んだ後に帰った後寝ることに気が付いた。物忘れも年のせいだろうか・・・。
ではでは、早速。
ミックスサンド、パンがふわふわだ・・・。
このパンの柔らかさ、徹夜明けの私にグッと響いてくる。
見た目も良い色、食べてないのにもう美味いと分かる。
あとは、思い切り齧り付こう。
―――ふわふわのパン、中の具材を優しく包む。噛んだ瞬間、まるで新世界だ。
ああ、パンのふわふわ感、たまらん。
徹夜明けの私をベッドのごとく包むかの様だ。
そしてその風味、まさにしっかり、美味しいパン。
流石パン屋、パンへのこだわり、とてつもない。
私の胃よ、満足しているか。
こんなに美味いパンを徹夜明けに入れれるお前、凄く幸せ者だぞ。
更にサンドイッチ、中の具材も素晴らしい。
野菜シャキシャキ、定番のトマトが酸味をきゅっと加えてくる。
サラダだけじゃ味わえない、まさにパンと一緒に食べる野菜ならではの美味しい触感。
どうしてパンで挟むと野菜はこうも美味いのか。
永遠の謎だな。
そして、その野菜の酸味をまろやかに、更に美味しく響かせるチーズ。
凄く濃いチーズではなく、あっさりとしたタイプ。
臭みもないし、癖もない。
でもこの癖のないチーズが、このサンドイッチのクセになる。
最後に、サンドイッチといえば外せない、肉の具材。
しかも普通のハムじゃない、このサンドイッチのハム、軽く焼いてある。
この香ばしさがまた、野菜と相まって・・・もうたまらない。
薄い具材なのにその美味さ、しっかり口に広がってくる。
野菜の酸味、肉の旨味。
そこに加わるチーズのまろやかさ。
そして柔らかく包み込むパン。
まさに手間暇かけたサンドイッチ、しかもパンにこだわりのあるパン屋。
手間とパン屋の最強タッグ、これ以上最強のサンドイッチを生み出せる店はないんじゃないか。
何が嬉しいって、この結構大きめのサンドイッチ、1つ食べきってももう1つある。
美味しいサンドイッチ、たっぷり食べれる。
朝からあっさりとした贅沢、そんな気分だ。
という訳でぺろりと1つ目は食べ終えた。
そうすれば2つ目、と行きたいところだが・・・ここは牛筋にシフトチェンジ。
勢いだけでサンドイッチを食いきってしまうのはもったいない。
さてこの牛筋の煮込み。
凄い、何がすごいって、見ただけで分かる、この柔らかさ。
普通牛筋って少しコリっとしてるような感じだが・・・。
―――ほら、口の中でとろけるじゃないか。この牛筋、もはや肉といえるのだろうか。
薬味も何もない、液と牛筋だけの煮込み。
なのにこのシンプルさ、柔らかさ、そしてその温かさ。
だが、その中で。
急激に来る、牛筋の旨味。
優しいだけじゃない。
とろける食感の中に、強烈な存在感がにじみ出てくる。
優しいのに、強い。
サンドイッチがチームプレー、とすればこの牛筋煮込みはワンマンアーミー、1人の軍隊。
敢えての薬味抜き、大正解。
そしてこの液、煮込みの汁、これがまた。
美味いんだよなぁ・・・。
心底、身に沁みていく温かさ。
じっくりと煮詰めこまれ、旨味がぎゅっと詰まってる。
これがまた牛肉に絡みついて、存在感をガツンと出す。
この汁、ジョッキで飲みたい・・・。
牛筋を煮込んだ、シンプルな料理。
だが、挟んでいるサンドイッチとは全く違った美味さ。
サンドイッチは優しくふんわり包み込む。
牛筋の煮込みは優しさと強烈さ、その両方をもって制圧してくる。
もはや私の胃袋は滅茶苦茶だ。
だというのに、胃袋は思い切り歓喜の声をあげている。
ああ、ぺろりと牛筋、完食してしまったじゃないか。
ただ、まだサンドイッチが残っているこの幸せよ。
・・・サンドイッチを煮込みの汁につけようと一瞬考えてしまった。
いや、美味いのかもしれないが、止めておこう。
わざわざ方向性の違う美味しさをぶつける必要はあるまい。
今はただ、贅沢な気分に浸れる朝食に感謝を。
そして少しだけ先輩のバザーの繁盛を祈ろうじゃないか。
ああ、美味しかった。
「ありがとうございました!」
おお、満腹。
徹夜明けの胃袋、完全におとなしくなった。
私の代わりに熟睡しているかの様じゃないか。
だが胃袋だけじゃない、私も美味いものを思い切り食べたからか。
眠気が・・・凄い。
いかん、まだだ、家に帰ってから寝るんだ。
こんな時の、気付けの煙草。
しかし・・・本当にいい天気だ。
昨日こそこんな天気だと嬉しかったんだが。
いかん、下らんことを考えず、早く帰ろう。
食欲を満たした、あとは睡眠欲を満たそう。
願わくば、次も美味い店に会えるように。
主人公(男)・魔術師。走り回って疲労困憊。後日顔なじみから皮肉を言われまくり、罵り合いへ。
雑貨屋の店主(女性)・魔術師。主人公は学院時代の後輩。ほにゃっとした笑顔がチャームポイント。身長は中くらい。強い。(強い)




