東洋の刺身定食
2話目、作中の食材の単語については温かい目で見てください。
ついに今日は面倒な依頼、魔道学院での授業立ち合いがきてしまった・・・。
「はーい、皆さん、今日は魔道の実技になります!決して勝手に行動せず、先生や魔術師さんの言うことをしっかり聞いて」
「もうすぐ魔王祭りなのに今日も授業かよ・・・。」
「ていうかあの人だれ?」
「今先生が言ってた立ち合いの人でしょ。」
「祭りの準備に駆られてないってことは潜りかなんかじゃね?」
「しっ、きこえるでしょ!」
もう手遅れ、聞こえてますよ君たち。
というよりこの浮ついた感じ、上級生ではなく下級生か・・・?
「新入生の皆さんはこれが初めての実技だと思います!だからこそ基本を忠実に守って怪我無く授業を終えましょう!」
まじか、新入生、しかも実技経験なしか。
いやでもここは魔道学院、優秀な生徒たちが集められたクラスだと祈って・・・!
「せんせー!この授業やったら最下位のクラスから抜けられますか!?」
「んなわけないじゃん、バカらし・・・。」
うおおお、最下位のクラス、士気も最悪と来たか。
これは面倒な依頼どころかとんでもない依頼を引いたぞ、私は。
「本日はどうもありがとうございます!今日は一緒に頑張りましょうね!」
「ああ、いえ、まぁほどほどに頑張りましょう・・・。」
ふんすっ!と気合十分の様だが先生、私はもう帰りたいです。
「ではまず最初に、出席番号1から10番までの方、前へ出てきてくださーい!」
・・・これまた嫌そうに前へ出てきたな。
義務教育とはいえもう少し頑張って学んでもらいたいところだが。
「はい!ではまず初球の魔術、ファイアから・・・。」
「では皆さん、お疲れさまでした!誰もケガすることなく授業を終われて先生うれしいですよ!」
面倒だと思ったがその実すんなり依頼を終わることができた。
意欲の無さが逆に平和に授業を終える理由になるとはなんとも言い難い。
しかしこれで授業は終わりなのだ、後は先生に話しかけて報酬をもらおう。
「ていうか今日の授業誰でも知ってるよね。」
「今更ファイアとか、俺らをバカにしてんのかな。」
「つーかファイア使えたなら上位魔術も使えんじゃね?やってみよーぜ。」
・・・今とんでもない会話が聞こえたな。
すぐ止めなければ
「きゃー!?」
「うおわあああ!」
「うおおおお!え、燃えてる?俺燃えてる!?熱くねーんだけど!!」
「ちょっとこっちこないで!」
「魔力の渦が!渦が!!」
ギャーギャーワーワー。
ああ・・・。
今日はとんだ厄日だ。
――――――――――――――――――――――――――――――
とりあえずあの後生徒命名「魔力の渦」を腹パンで消し飛ばし、厳重注意をして授業を終わった。
報酬も更に増額してもらったし、まぁ、いい仕事だったと思うことにしよう。
もう2度とやりたくないが。
にしてもまだ今回は体が燃えているだけでよかった。
ひどい場合だと魔力の暴走で全然関係ない術式が発動、一昔前まではよく暴走した召喚獣が召喚されてたもんだ。
そしてそのまま術者をパクリッ、てね。
懐かしい、なぜかキマイラとか暴走した火の精霊とか天使たら悪魔たら色々召喚されていたなぁ。
というかよく考えたら魔境すぎる。
更にそれをなぜか別の生徒が解決することも多くていろんな学院が頭を抱えていた。
中には俺の実力を認めさせる!とかなってる生徒もいたらしいがそんなもん召喚してる時点でそいつがおかしいor召喚術がおかしいから認めるも何もetc・・・。
しかしらしくもなく過去の事故とかパクリッとか言っていたからか、
―――腹が減ってきた。
いや我ながら他人の事故を思い出しながら腹が減るとか正気の沙汰じゃないな。
まぁでも今日の授業疲れたし、魔術師は過去を顧みないのだ。
だから私は正常、確認、ヨシ!(ガバ判定)
くだらないこと言ってないでとっとと店を探すか。
さて、やってきました飲食街。
今日は何を食べようか。
というより私は今何を食べたいのか、それを見つけなければ話にならない。
屋台、店、様々な店を横目に歩く。
焼肉。
いや、いまはそんなにがっつりしたい気分じゃない。
串焼き。
さすがにもうちょっとがっつりしたい。
ハンバーガー。
いや、昨日パン食べたし、今の気分には合わない。
何て言うか今はこう、さっぱりした味で食べ応えのあるものをがつがつ行きたい気分・・・?
というかすごい我儘だな私。
まぁいいや、もうそろそろ空腹も限界だ、次に見つけた店で―――
和食居酒屋「ヒノキ」
和食・・・。
たしか東洋の国の食事だよな。
もしや和食とやら、いいんじゃないか?
さっぱりしたものや優しい味のもの、いろいろあるんじゃないか。
私の今日の疲れ、この店の美味しいもので無くさせてもらおう。
「いらっしゃいませ。」
「1人なんですが・・・。」
「大丈夫ですよ、こちらのカウンターへどうぞ。」
おお、すごく落ち着いた、おとなしい雰囲気の店だ。
しかも店名にたがわず、カウンターのテーブルや椅子も木でできている。
それに・・・草の香り?すごくいい香りがするが・・・。
「この草の香り、畳と呼ばれるものなんですよ。」
「タタミ?」
ええ、ほらあれです。と指をさす給仕の女性。
へぇ・・・草が編まれている床、珍しい。
というか座敷席とやら、靴を脱いで上がるのも何だか新鮮でいいな。
まぁカウンターの私には関係ないが。
だが東洋の方は依頼自体から綺麗さっぱり手を付けたことがない、これは新しい発見だ。
「どうぞ、緑茶とお品書きです。」
「ああ、どうも。」
緑茶、これは知っている。
別の依頼で出されたことがある。
しかしこれも東洋の物だったのか。
さて、メニューは・・・。
なるほど、ここは野菜や魚、肉、バランスよくメニューが載っている。
聞いたことのある料理から聞いたことのない料理まで様々だ。
しかし、これだけメニューが手広いと何を選ぶか迷ってくるな・・・。
「おぅ、あんちゃん!迷ってるんだったらうちの刺身定食でも食ってきな!お勧めだよ!」
「えっ、あっ・・・。じゃあ、刺身定食、1つ。」
しまった。つい勢いに負けて頼んでしまった。
しかも刺身とやらの定食・・・。
メニューによれば生魚を醤油で食べる料理と聞いているが大丈夫なのだろうか。
東洋の食文化と言えば醤油と箸。最近メジャーにもなりつつあるが、しかし生魚・・・。
ああいや別に生魚が嫌なのではなく美味いかどうかだ。
というのも私は生魚を食ったことがない。
「ふふっ、大丈夫ですよ。うちの魚は新鮮なものを大将自ら目利きしてますから。」
「おう!おめぇさんみたいな別嬪を嫁に選んだ目利きを持つ俺だ!安心して食ってってくれや!」
やだぁ、もう♡なんてのろける給仕。
・・・魚は嫌いじゃないしその言葉で安心もするが、夫婦ののろけは犬でも食わんぞ。
というか結婚していたのか。熊みたいな大将と美人な嫁、小説でもかけそうだな。私は書かんが。
なんだか余計なダメージを更に背負った気分だ。
こうなりゃ刺身だろうが何でも来い、美味けりゃ私は大歓迎だ。
この場でのみ甘いもの以外はな。
「お待たせしました。こちら刺身定食になります。」
おお、これが・・・刺身定食・・・!!
・刺身
この定食のメインディッシュ。4色の魚が乗っていてとても綺麗だ。透き通るような色というのはこういうものを指すのだろうか。
・カルの煮つけ
茶色く柔らかそうな魚。これは煮込みと呼ばれる料理らしい。甘い香りときれいな茶色に目が奪われる。
・ライス
主食。炊き立てとの事。白いつやがしっかりと際立っており、香りだけでライスが進みそうだ。
・あら汁
魚のあらと東洋の味噌と呼ばれる調味料を使用した魚のスープ。魚の香り、だが生臭さは感じない。
・付け合わせ
ホウレンソウ、ツケモノと呼ばれる2種の小鉢。ホウレンソウは知ってる。ツケモノは知らない。ツケモノとやら黄色いなこれ。
「お刺身には醤油を、またお好みでこちらのワサビを付けて召し上がってください。ごゆっくりどうぞ。」
なんともこれは凄そうなラインナップ。
期待も高まるな。
では、いただきます。
やはりここはメインディッシュ、刺身から食べるべきだろう。いや、食べる。
刺身は・・・赤色、白色、ピンク、そしてこれはオクトパス?
「あ、伝え忘れておりましたわ。刺身に関してですが、赤色の物がマグロ、白色がタイ、ピンクがトロ、そして円形のものがタコの足になります。あとライスとあら汁はお代わりができますので。」
「そうなんですか、ありがとうございます。」
聞いたことのない魚ばかりだ・・・。
「こちらでいうとマグロはツナ、タイはスナッパー、タコはオクトパスですね。トロはツナの脂がのっている部位になります。」
「ほぉ・・・。」
聞いたことのある魚だ(手のひら大回転)
いやしかし、聞いたことはあるが結局食べたことはない魚ばかりだぞ。
私は基本的に料理なんてしないし、できない。
ましてや魚なんてカルなどの魔道学院あたりでとれる魚くらいしか食べたことがない。
「ワサビ・・・これか。」
おすすめされたワサビを少しとってみる。
香りは・・・何だろう。すっとする?
どれ、1口・・・。
「グフッ!!」
―――辛い!!
なんだ、おとなしそうな見た目、目に良い緑色に反して凄い主張だ、こいつは。
何だろう、すっとするのが行き過ぎているというのか、つーんとする。
思わず涙が出てきた。
これ本当に刺身と一緒に食べるものなのだろうか?
しかし出された、ということは食べる人がいるということなんだろう。
さっきよりも少なめに、まずは醤油に混ぜて、と・・・。
お、なんだこれ、美味しい。
このワサビと醤油、合う。
ではさっそく、まずはオクトパスの刺身を・・・。
―――オクトパスがワサビを、醤油を絡めとって口の中に住み着いた・・・!
これは・・・美味い!
ワサビもすごくいい味してるじゃないか。
なんだろう、ワサビの辛さ?これがオクトパスをアシストしているのか?
この組み合わせ、見事!
いや、もはや言葉なんていらない、美味い飯、それだけで十分なんだ・・・!
次はこの赤い刺身、ツナを食べてみるか。
オクトパスであれだけ美味かったんだ、期待も高まる!
透き通るような赤色、これにワサビ醤油をつけて・・・。
―――わさび醤油の中、ツナが元気に泳ぎ回る、そんな美味しさがここに。
うーん・・・素晴らしく新鮮な感じ、大将のその言葉、偽りなし。
何といっても魚特有の生臭い感じがない。
そしてこいつ、ライスに凄く合うじゃないか・・・!!
ライスと生の魚に調味料をつけて食べる、ただそれだけ。
しかしそのそれだけの行為に、今の私は大満足。
東洋の人たちはこんな食生活をしているのか、何とも羨ましい・・・!
次にトロ、こいつはどうか。
ささっと醤油へインして、口の中へ、イン。
―――脂、ノリノリ、私のテンションもノリノリ。トロっと蕩けるトロ、素晴らしき。
これは驚く、その滑らかな感じ。
しかもくどくない、肉の脂と違ってすっと口の中を通り過ぎる。
こいつ、個人的には・・・ライスもいいが酒と一緒に食べたい気もする。
そしてスナッパー。
ほかの物より薄い色をしているが、果たしてその味は・・・。
―――薄い色、しかしそこには確かな旨味、存在感。色が薄いとか言ってすいませんでした。
こう、さっぱりとしているのに食べ応え、そして魚を食っているという感じの味わい、ここに確かにある。
それ以外に何か、といわれるとこう、上手く口にできないが・・・美味い。
しかし、個人的にはオクトパスとトロは酒、ツナとスナッパーはライスに合う刺身。
魚ってこんなにいろいろな深さがあるんだな・・・。
ツナの刺身を口に運び、ライスを口に運ぶ。
そして・・・スナッパーの刺身を食べ、またライス。
これができる、それだけでこの店、この定食は当たりだろう。
しかもライスのおかわり自由、自由って素晴らしい・・・!
っと、夢中になるのもいいが・・・そろそろ他の物にも手を付けてみよう。
次は・・・煮つけにしてみるか。
これはたしかカルの煮つけだな。
しかし調理法が変わればこんなにも見た目が変わるものなのか。
まず箸を・・・。
これは、なんとも、柔らかい。
箸だけでほろほろと身がほぐれる。
そして立ってくる香りがまた食欲を誘ってくる。
もはや見た目だけでこれは美味いものだと確信せざるを得ない。
では、1口。
―――うまっ。・・・いかん、思わず口から美味さが吹きこぼれた。しかしそれだけ美味い。
言葉が漏れ出る・・・これは仕方ない。
だって美味いのだ。
恐らく今私、ニヤケ面でこの煮つけを食べていることだろう。
はたから見たら不審者間違いなし、しかしそんな魅力がこの煮つけにはある。
箸で持った時にふにゃっとほぐれるその身、甘くもお腹を空かせる香り、そして味。
これもライスに合う。
煮つけとライスを食う、まったく深くもない言葉なのにこの味の深さ、深い。
いかん、すこしペースを落とそう。
がっつきすぎるのは余りよろしくない。
では・・・小鉢に行こうか。
小鉢はホウレンソウ、ツケモノ、アブラアゲだったな。
まずはホウレンソウから・・・これは煮てあるのか?
この汁は・・・スープ?(後から聞いたがこれは煮びたしというものらしい。)
どれ。
―――美味い、実にシンプルで、すっとした美味さ。
さっぱりする、が、ワサビの様な強制的に口を変えるのではない。
口の中で優しく味が広がるこの感じ、グッド。
これだけでご飯が食べれそうだ・・・。
ツケモノ、これは・・・しなびている?
感触は・・・硬いな。箸でつまんでもあまり変形しない。
何よりその黄色が私の目を引いてくる。
とりあえずいざ、実食。
―――うん、ポリポリ楽しいこの感じ、美味い。
触感はポリポリとしているが、味がしっかりしみている。
少しくどいが、そのくらいがちょうどいい。
ライスに合う点も良し。
いつ食べても味がしっかりと引き立っている。
そして汁物、あら汁。
汁物と言えば色などを気にする人が多いが、ここまで気取っていない料理は食べたことがない。
これも見た目は薄茶色・・・しかしその香りは私を誘ってくる。
まずはスープを1口・・・
―――ああ、あら汁なのに、まったく荒くない、この癒される味。美味・・・。
何だろう、温かさを感じるというのだろうか。
温度的な意味ではなく、こう、温かい美味さを感じる。
疲れた時、酒を飲んだ時、1人でいるとき、こんな汁物があれば、それだけでいい。
そんな雰囲気、味をこの汁物が生み出している。
ここであらをほぐす・・・おお、ほろっと魚がほぐれる。
この魚の身も、きっと・・・。
―――ああ、柔らかい食感と温かなスープ、あらと汁の最強タッグ。
味が染みている、いや、魚の味、スープにも溶け出ているのだろうか。
まさに魚のあらの汁、ミソと呼ばれる調味料と魚のあらの究極的融合体。
私にもこんな料理が作れれば・・・。
刺身と煮つけを口に運び、ライスを食べる。
この深さの合間に小鉢をつつき、あら汁で口を流す。
なんだろう・・・私は今、食の悟りを開いているのかもしれない。
今なら今日の依頼でも、全て微笑で流せる気がする・・・。
私が求めていた、さっぱりしているのに食べ応えがある料理。
その上優しさと暖かさを感じるこの料理、これはもう言いようのない幸福感。
この店が当たり、この料理が当たり、そんなものではない。
私は、これが、好きなのだ。
―――ごちそうさまでした。
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております。」
笑顔の給仕に見送られ、外に出てタバコに火をつける。
食後の一服、ここまで幸せなのはいつぶりだろうか。
今度からは東洋の依頼に手を付けるのも悪くない、いや、むしろ良いだろう。
そして見返りに東洋の食文化をせびるのだ。
今日はこの気分のまま、家に帰ってゆっくり休むとするか。
願わくば、次も美味い店に会えるように。
主人公(男)・魔術師。次は肉を食いたいと思っている。
給仕(女性)・女将。黒髪長髪ないすぼでぃ。きれい。
大将(男)・熊。の様な男性。でも料理は繊細。