居酒屋、〆のライスカレー。
結構難産な回でした。
うーん、少し肌寒いな、今日は。
天気は昨日と変わらず快晴・・・いや、少し雲もあるか。
そんな今日の私、最後の仕事。
なんと、楽器の修理である。
・・・いよいよ最近、魔術や魔法関係なくなってきたな。
いや、私の仕事自体が便利屋に近いのは近いんだが。
まぁ修理といっても私がするわけじゃないんだが。
知り合いの楽器の工房に持って行って修理をお願いするだけだ。
しかし・・・本当に直せるんだろうか、これ。
結構ボロボロだぞ。
そもそも私にこの依頼が来たのも、持ち主がどこに行っても修理を引き受けてくれなかったからだし。
いやでも、あの楽器工房なら直せるはず。
とりあえずとっとと持っていこう。
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「よう、魔術師。最近儲かってるんだって?」
「久しぶりに会った友人に対しての第一声がそれか?」
「冗談だよ冗談。それで、今日はどうした。」
「ああ、これなんだが・・・。」
ケースを開き、楽器を取り出す私。
今回修理を依頼された楽器、それは何とバイオリン。
私は弾けないが聞くのは好きだぞ。
音楽に詳しい訳じゃないが。
「これはまた・・・随分とボロボロだな。」
「ああ、それで直せるところが無いってことで私のもとに来たんだが・・・。どうだ?」
「うーん・・・少し待ってくれ。もうちょっと詳しく見たい。」
「わかった。」
ちょっと待っててくれ、そういってバイオリンを持ちながら奥へ引っ込む友人。
頼むぞ・・・ここでダメだったら私も他に持ち込む先が無い。
・・・長いな。
もう2時間くらい経ったんじゃないか?
とはいってもその間、店に置いてある楽器を眺めていたからそんなに苦ではなかったが。
流石楽器工房だ。
どれもこれも立派な楽器ばかり。
そしてその分お値段も高い。
が、それでも売れてるんだから・・・凄いよな。
必ずしも高い楽器が良い、そういう訳ではないんだろうが。
それでも売れるってことは、売れる理由があるってことだ。
使いやすいのか、音色が良いのか、それともブランドか。
私にはわからないが、きっとそういう何かがここの楽器にはあるんだろう。
私もバイオリンとか弾ければ、カッコいいのかなぁ・・・。
いや、途中で挫折しそうだな。
「おう、魔術師。待たせたな。」
「ああいや、全然大丈夫だ。それでどうだった?」
「おう、もう直したぞ。ほれ。」
「おお・・・!」
凄い、見た目ボロボロだったバイオリン。
それがこんなにも綺麗になって帰ってくるとは。
「これはまた・・・新品同様だな。」
「俺がやったからな、当然だ。・・・その分修理代は高くなるが。」
「ああ、全然問題ないよ。しっかり早く仕上げてくれたんだ。」
「そうか、じゃあ・・・これくらいでいいか。」
「ん・・・分かった。これくらいなら全然大丈夫だ。しかしこんなに早く終わるなんて。」
「まぁ、何とかなりそうだったからな。夢中でやったらすぐ終わっちまったよ。」
「はは、好きこそ物の上手なれ、か。助かったよ。また何かあったら来るわ。」
「おう、楽器関係なら大歓迎だ。じゃあな。」
さて、金を払って、家に帰って。
領収書作成してからバイオリンの納品に行くか。
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あー、長かった。
バイオリンを納品したのは良いんだが、何だか感激されてしまって。
延々とバイオリンの良さとクラシック音楽の魅力を聞かされた。
本当だったらもっと早く、すぐに終わっていたはずなのに。
まぁその分、楽な仕事だったと思えばいいか。
金払いも良かったし、臨時収入だ。
しかしクラシックか。
そうだなぁ、一度でいいからでかいホールで聴いてみたいな。
きっと感動というか感激というか、何かをそこで感じれそうだ。
っと、すっかりクラシックに頭を洗脳されてる。
これはいかん。
ここは早いとこ。
―――飯を、食いに行かないと。
こんなに長引くとは思っていなかったから、何も食べてないんだよな。
本来ならバイオリンを預けて終わりの予定だったし。
うん、とっとと飲食街へ向かうとしよう。
今日はこれで終わり、時間も夕暮れ。
そうとなれば酒でも飲もうか?
いや、とりあえず飲食街へ向かってしまおう。
ここで悩み続けても仕方ないんだ。
到着、飲食街。
結局何を食べるか、何も決まらずここに来た。
・・・まぁ、いつもの事か。
今日は何を食べるかなぁ。
がっつりでもいいし、少し上品でもいいし。
酒も飲みたい気分。
うーん・・・。
とりあえず歩いて店を探すか。
いつも通りで当たりの店を見つけてるんだ、今日もいつも通り歩いて探そう。
食堂。
ちょっと、違うかな。
レストラン。
上品でもいいんだが・・・あー、パス。
焼肉。
ちょっとがっつりしすぎだな。
うーむ、決まらない。
結局私は何が食べたいんだ?
いや、きっと色々食べたいんだろう。
だから決まらないんだ、きっとそうだ。
となれば、色々食える場所。
しかも時間は夕方、少し肌寒い日。
・・・居酒屋、いくしかない。
この前のご褒美飯、ミックスグリルだったが。
そこに酒はなかったからな。
ならば改めて今日、酒を飲むしかあるまい。
良し、居酒屋だ、居酒屋を探せ。
大体こういう時は、近くに良さそうな店が・・・ほらあった。
「居酒屋 ガンキチ」、なんかこう、力強そうな名前だ。
営業は・・・してる。
席も空いてそうだ。
良し、今日はここに決定。
居酒屋で美味い酒と飯、改めてご褒美飯だ。
「いらっしゃい!カウンター席にどうぞ!」
お、元気のよい大将。
私の中の評価点が上がった。
とりあえず・・・端の方にするか。
L字のカウンター席、その角に座って、と。
「お飲み物何にしましょう?」
「あ、じゃあ・・・エールを。」
「はいよ!」
酒を飲む、そうとなればとりあえず。
一杯目はエール、これでいいだろう。
しかしこの店。
カウンターと座敷席のみか。
でも座敷席、畳が使われてて。
カウンター席は光沢のある木でできてる。
こう、自然の素材というか、緑というか。
そんな雰囲気が凄く良い。
「はい、エールとお通しお待ち!」
おっと、店を見ていたらお通しが来たか。
・エール
みんな大好きとりあえずエール。シュワシュワした爽快感、喉越しがたまらない。暑くても寒くてもとりあえず一杯。
・お通し 牛筋の煮込み
見ただけで肉がプリプリしてる、牛筋の煮込み。甘い香りが私を誘う。
・お通し 出汁巻き卵
2切れの出汁巻き卵。ふわふわで湯気の立つ出汁巻き卵、今作られたのが良くわかる。これは美味しそうだ・・・。
お通しがしっかりしてる店、これはもう当たり確定だ。
では、いただきます。
ここは・・・そうだな。
出汁巻き卵から行こうか。
しっかりしてる、でもふわふわ。
そんなこの出汁巻き卵。
こいつを1切れ、箸でつまんで。
そのまま口の中へ放り込む。
―――あ、ふわふわだこれ。見た目の3倍ふわふわしてた。そしてその弾力から、美味しさがあふれ出てくる・・・!
美味い、良い出汁巻き卵。
これをお通しで出してくるこの店、これはもう、当たり確定だ。
噛むたびにこう、ふわっとした食感。
そこから溢れ出るは美味しい出汁。
まさに美味い出汁を巻いている卵焼きだ。
もはや芸術的な美味しさ。
これを食べちゃもう・・・。
エールも飲んでしまうってものよ。
―――うーん、肌寒い日に飲む冷たいエール!これもまた良いものだ。
出汁巻き卵の美味しさを味わった後のこのエール。
これぞ居酒屋、酒の楽しみ。
そしてこのエールのシュワシュワ感、喉越しがもうたまらないんだよなぁ。
出汁巻き卵、エール。
こいつらを味わった後の・・・牛筋煮込み。
見ただけでもうプルプル。
この牛筋、絶対美味いぞ。
さぁ、箸でつまんで。
いただきます。
―――プルプル、ぷるっぷる。噛めばすぐにとろけるこの牛筋の美味しさ。一体何時間煮込んでるんだ・・・?
美味い、これをお通しで出してしまうのか、この店は。
出汁巻き卵も美味しかったが、この牛筋はお代わりしたいレベルで美味い。
このプルプル感、そこに含まれたこの美味しさ。
トロっとほぐれるこの肉もまた素晴らしいんだ。
本当は硬いはずの筋肉、なのにこれをここまで柔らかくするなんて。
毎回いろんな店で牛筋を食べるたびに思うが。
どうしてこうも、あの硬い肉を柔らかくできるんだろう。
どれほどの手間がかかってるんだ・・・?
そんな牛筋。
そして出汁巻き卵とエール。
こいつらを食いながら、次のメニューも考えないとな・・・。
「はいお待ち!アナゴ一本テンプラ、鳥軟骨焼き串だ!あとお代わりの冷酒ね!」
お、来た来た。
・アナゴ一本テンプラ
アナゴ、それを丸ごと1本使用した豪快なテンプラ。皿から少しはみ出ているこの大きさ、これは食うのが楽しみだ。味付けは天つゆでどうぞ。
・鳥軟骨串焼き
三角形の鳥軟骨、それを串で焼いたもの。この軟骨、私意外に好きなんだよな。
・冷酒
先ほどの美味しいお通しの前にエールは撃沈。つぎの援軍は冷酒、君に決めた。ちなみに銘柄は「マツタケウメ」との事。
では、いただきます。
さぁ、エールで良い感じに温まったこの体と食欲。
それに火をくべるのは、このアナゴのテンプラでしょう。
箸で、テンプラをグサッと。
そこからググっと箸を開いて、おお。
もう分かる。
このテンプラ、凄く柔らかい。
ふわっと切れたぞ、アナゴのテンプラ。
これを天つゆにつけて、いざ・・・!
―――お、アツアツ。そしてふわふわで美味い。食べるほどに美味しさと力がみなぎってくるぞ。この美味しさ、口の中でアナゴがとぐろを巻いているようだ・・・!
口の中に居座る、大きなアナゴ。
見た目もサイズも大きいが、その美味しさも見事に大きい。
これは良いアナゴのテンプラだ。
大きさも相まって、食いたいだけ思い切り齧り付けるこの幸せ。
もうすぐなくなるという悲しみ、それを先延ばしにできる充実感が、ここにある。
しかし、本当にふわふわだな、このアナゴ。
寿司で食べた時は結構しっとりだったのに。
テンプラにするとこんなにふわふわほわほわなのか。
そしてそんなアナゴを。
また箸で切って、つゆにつけて・・・食う。
―――あー美味しい。満足するまで食い続けれるアナゴ、素晴らしい。
そんなアナゴを食べればやはり。
エールならぬ冷酒、こいつを飲んでしまうというもの。
ささ、一杯・・・。
―――クッと来て、ふわぁ。華やかな香りと酒精が喉を通り抜けていく。ふわふわなアナゴからのふわっとした酒精、もはや完璧の組み合わせだ。
テンプラにニホンシュ。
この組み合わせ、素晴らしいじゃないか。
食べ応えがあるテンプラにニホンシュの酒精がばっちり絡んでいく。
ああ、桜を見ながらこのテンプラとニホンシュを飲みたい・・・!
そんなふわふわな幸せを堪能したら。
次はがしっと、鳥軟骨を食べるとしよう。
軟骨のコリコリな感じ、私好きなんだよなぁ。
しかもこの三角形の先端。
ここが少し黒く焦げてる。
人にとってはどうかと思うかもしれないが。
私の場合だと良く焼けてる証拠。
何とも良い感じじゃないか。
さ、そんな鳥軟骨。
塩味で頼んだからな、このまま齧り付いちゃおう。
―――コリっと歯ごたえ、確かな塩味。炎に焼かれた美味しさが、この串には詰まっている。
美味い。
良い串焼き、良い塩味だ。
塩加減も焼き加減も抜群だな。
この地味ながら鈍く響く美味しさ、これが鳥軟骨にはあるんだよな。
そしてその美味しさが、また酒にも合うという・・・。
うん、何回噛んでもコリコリするこの感じ。
これは良い鳥軟骨だ。
この絶妙な焼き加減、大将の腕が素晴らしい証拠だろう。
さて、ここでまたニホンシュをクイッとな・・・。
―――ああ、地味な美味しさに華やかな美味しさ。このコンビネーションも素晴らしい。
串焼きと酒。
これはもしかしたら、古代より伝わる黄金のコンビネーションなのかもしれない。
美味い、美味いぞ、この店。
だが・・・あとは〆だな。
何か〆の料理を食いたい所。
いや、でも。
もう少し酒と肴を楽しむか。
牛筋ももう1度食べたいし。
「すいません。」
「はいよ!」
さて、まだまだ酒を楽しむぞ。
「はいお待ち!ライスカレーね!」
居酒屋、〆のライスカレー。
カレーライスと書かない所に惹かれました。
・ライスカレー
いたって普通に見えるライスカレー。しかしその普通さが凄く美味しそうなんだ。〆にカレー、こういうのも悪くない。
さぁ、いただこうか。
うーん、見た目も普通。
茶色い、それでいてごろっとしたキャロットやポテト、肉が入ってるこの感じ。
そんな中オニオンだけがクタっとしてる。
この普通さ、でもこれが今の私には。
酒の入った体には、凄く美味しそうに見えるんだ。
さぁ、カレーにスプーンを突っ込んで。
大きな口を開けて、いただきます。
―――おお、良い、良いぞこれ。見た目から想像できない結構なスパイシーさ、酔った体に突き刺さる。美味さと辛さ、その両立、見事なカレーだ。
カレーライス・・・じゃなかった、ライスカレー。
見事に美味しい、この辛さ。
酔ってる今の私でも、確かにかんじるこの美味さ。
これは素面だと、もっと強烈な美味しさなんだろうな。
ポテトがほくほく、ごろっとしてて。
キャロット、こいつは少ししゃきっとしてる。
でもオニオンはくったりと柔らかく。
そして肉、この牛肉。
ごろっとしててジューシー、カレーの味とベリーマッチ。
辛目で茶色、少しドロッとしてるこのルーが。
ライスとしっかり交わって、絡まって・・・。
もう、くんずほぐれつの関係だぞ、これは。
特別じゃなく、普通に美味い。
なのに、カレーを食べ勧める私の手が、止まらない・・・!
いかん、辛さで少し汗が出てきた。
でも食べるのは止められない、止まらない。
―――はふ、モグ。あぐ。美味い、美味くて辛い、ライスカレー。居酒屋でライスカレー、こんな日があっても良いじゃないか。
本来なら〆といえばお茶漬けとか、ラーメン。
そういった物なんだろうが。
こう、〆のカレーライス。
これもまた、良い文化だ。
「ありがとうございました!」
あー、おっと・・・。
少しふらついてしまった。
いかんな、飲みすぎたな。
しかし、やはり居酒屋で飲む酒。
当たり前だが、美味い。
家で飲むのとはまた違って、こう、雰囲気があるよな。
そしてあのカレー。
まだあの辛さが、少し口に残っているようだ。
ここで取り出したるは煙草、こいつで一服。
・・・ふぅ。
辛さにやられた口が癒されるようだ。
酒を飲むと、どうしても煙草が吸いたくなるんだよな。
さて、家に帰るか。
願わくば、次も美味い店に会えるように。
主人公(男)・魔術師。弾ける楽器はリコーダーとカスタネット、トライアングル。
楽器工房の顔なじみ(男)・工房の社長。学院時代からの付き合い。当時から楽器や音楽が大好きだった。