深夜の焼きウドン
評価増えてました!ありがとうございます!
「いらっしゃ・・・あら、魔術師さん。どうもすいませんね、こんな時間に。」
「いえいえ、大丈夫です。」
深夜、殆どの人が眠っているであろうこの時間。
私は今、商店街の小さい食堂に来た。
だが飯を食いに来た訳じゃない。
今回は営業だ。
・・・腹は少し減っているが。
しかし、まぁ。
この食堂、こんな時間から仕込みを始めるらしい。
料理への凄い情熱、とんでもないな。
美味い店は全部こんな時間から準備をしているんだろうか?
もしかして私が今まで行った店もこんな時間から準備をしていたのかもしれない。
ちなみにこの店、屋台の奥さんからの口コミだ。
どんどんと広がる口コミの輪。
有難い限りだ。
「それで、今回の依頼なんですが。」
「ええ、なんでしょう。」
有難いとは言っても、深夜。
こんな時間に呼ばれたんだ。
出来れば割のいい依頼だと嬉しいが。
「実はうちの厨房のコンロの調子が悪くて。一度見てもらいたいんです。」
「えーと、どんな風に悪いんです?」
「それが、調子が悪くて・・・。」
おっと。
これは延々ループする奴だ。
・・・仕方ない、とりあえず見てみるしかないか。
だが厨房だと大型だよな。
故障してると結構大きい金額になるぞ。
「わかりました。では一回見てみましょう。」
「ありがとうございます。」
さーて、コンロはどんな感じかなっと。
「いやだわ、もう。魔術師さんごめんなさいねぇ。」
「いえ、はは・・・。でもすぐに解決できてよかったです。」
ああ、こりゃ骨折り損のくたびれ儲けだ。
コンロの調子だが、魔力を伝えるところに調理器具のヘラが挟まってた。
以上。
というか、呼ぶ前に一度見てみれば解決できたのでは・・・?
まぁ、何事もなくて良かったといえば良かったが。
それに口コミからのお客さんだからな。
下手に手抜きな仕事をするわけにもいかない。
「もう、誰かしらこんなところにヘラ落としたの。ねぇ?」
「ははは・・・。」
照れ隠しか恥ずかしいのかわからないが、そういう回答に困る質問はちょっと。
「まぁでも、すぐ解決できて本当に良かったです。この大きさで故障となれば、結構な金額がかかりますからね。」
「やっぱり?私も内心いくらかかるか、びくびくしながらお願いしたんだけれど。・・・あ、今回の依頼料はいくら?」
「いえ、これくらいでしたら無料でいいですよ。」
「そう?ありがとうねぇ。」
まぁこのくらいで依頼料貰うってのは、ちょっとな。
「まぁ、もしまた何かありましたら是非声をかけてください。それが今回の依頼料ってことで。」
「ごめんなさいね、わざわざこんな時間に呼んじゃって。次何かあったらまた呼ばせてもらうわ。」
「ええ、お願いします。では失礼しますね。」
「ありがとねー。」
まぁ、最近稼いでるし。
偶にはこんな日があってもいいだろう。
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店を出て、ふと歩いて考えたが。
次何かあったら呼ぶって、またしょうもない事で呼び出されたりしないだろうか。
少し心配。
まぁ、終わったことはもういいや。
とりあえず、今の私の選択肢は。
①家に帰って寝る。
そして、もう1つは。
―――この抗えない空腹、湧き上がる食欲に従い、深夜飯を楽しむ。
夕食はしっかり食べたんだが。
こんな深夜、特に少し動くとなぜか腹が減る。
そしてそんな時の食欲。
こいつがまた、かなり手ごわくて中々抗うことができないんだ。
だって、ほら。
私の足も既に、飲食街の方へ向かっている。
ああ、ダメだ。
きっと、これは呪いだ。
深夜に何か食べたくなる呪い。
呪いなら・・・仕方ないよね・・・?
さぁ、飲食街へ・・・。
ああ、飲食街へ来てしまった。
そして深夜だというのに、ちらほらと見えるこの明かりよ。
飲食街は眠らない。
いつでもどこでも、誰かが飯を食べているんだ。
私も少し眠いはずなんだが。
この明かりを見ると、どこか高揚してくる。
さぁ、呪いだから仕方ない。
食欲よ、何を食べたいか教えてくれ。
・・・何。
がっつり系、だと?
これまた深夜に選んではいけないものを。
だが、そう囁くなら仕方ない。
どこかがっつり食べれる店、探そうじゃないか。
食堂。
閉まってる。
まぁ、この時間だし当たり前か。
居酒屋。
あー・・・中から聞こえる、宴会の音。
ここはパスだな。
屋台。
お、いくつか明かりついてるじゃないか。
そういや前の深夜営業、屋台でラーメン食べたんだっけ。
じゃあ、今回も屋台にしてみるか。
「いらっしゃい。そこ掛けてくれ。」
さて、数ある屋台から選んだ店。
その名も「酒と麺 トト」だ。
このシンプルな名前に惹かれて入ってしまった。
だが、今回は酒は抜きだ。
がっつり飯を食いに来たからな。
この突き出した屋根。
その下に座る、この屋台スタイル。
いつになってもこの座る瞬間はドキッとする。
さて、メニューは。
・・・おお、酒と麺料理が勢ぞろい。
麺に至ってはラーメンからパスタまでより取り見取りじゃないか。
さて、そんな中から深夜の呪い、こいつを解呪する聖水を見つけるわけだが。
うーん、お。
焼きウドン、とな。
これは気になる。
ヤキソバの親戚だろうか?
だが、ピンときた。
今日の聖水、こいつしかいない。
良し、注文だ。
「はいお待たせ。焼きウドンと唐揚げ、あとライスの小。」
おお、ぶっきらぼうな店主からとんでもなく美味そうな料理が来た。
・焼きウドン
ウドン、こいつを茹でるのではなく炒めた料理。モヤシ、肉、ウドンのシンプルな構成。だがこの茶色、とんでもなく魅力的。ああ、湯気がたまらん。
・唐揚げ
ついつい手が伸びてしまった唐揚げ。オーソドックスな唐揚げだが、深夜だと2割増しで美味しそうに見える。
・ライスの小
仕方ない、文字が見えたんだ。つい頼んでしまった私は悪くない。
さぁ、深夜の1人大宴会。
まもなく開演だ。
まずはこの焼きウドン。
こいつを行かねば話になるまい。
酒と麺、だからな。
麺から攻めるのは当然の事。
しかし、箸で持って分かる。
この重さ、しっかりとした麺の太さ。
これをさぁ、食べれば。
―――おお、おお!これは美味しい。これは大当たりの聖水だったな。
いやはや、美味しいじゃないの。
シンプルな構成、しかしだからこそ美味いこの焼きウドン。
麺、具材、そして味付け。
そのどれもが滅茶苦茶美味しい。
この太いウドン、こいつを炒めたのにコシが合って、でも柔らかくて。
凄く食べやすい、というか。
普通のウドンの様にするする行けちゃう。
そして、たまにある、このお焦げ。
ウドンが少し焦げた部分、ここがまたたまらなく美味しい。
鉄板で炒めているからこそのお焦げ、夢中になっちゃう。
しかし、鉄板で炒めてる時から美味そうだとは思っていたが。
まさかここまで美味いとは。
店主、何か工夫しているようには見えなかったぞ。
何故ここまで美味いんだろうか?
いや、それも店主の手腕か。
シンプルな料理をそのまま美味しくする、これは簡単そうで難しい。
もしかしてこの焼きウドンにも隠し味、愛情とかがこもってたりして?
ぶっきらぼうでこわもて風の店主からの愛情。
・・・はは、想像したら笑える。
具材もしっかり絡まって、シャキシャキジューシー、良いじゃないの。
そこにこの焼きウドンの味、これが思い切り絡まってくる。
焼きウドン、この味と具材、そして麺による力強さ。
私は今、深夜に禁忌を犯しているというのに。
美味い幸せが、背徳感が止まらない。
もう、これを深夜に食っちゃ、食欲は暴走。
熱量過多でヒートアップだ。
そこで飛び出すは、この唐揚げ。
一見普通の唐揚げだが。
深夜に唐揚げを見ると、人はどうしても食べたくなってしまう。
そんな魅力がこいつにもしっかりと引き継がれていて。
齧り付く、この衝動を、抑えきれない!
―――ああ、カラッと揚がった、唐揚げ。このカラカラ具合こそ美味しさの証よ。
こう、いたって普通の唐揚げ。
でも、凄く美味しい唐揚げ。
そもそも唐揚げって美味しいから、それがこの時間、そして店の味になっちゃえば。
そりゃもう、美味しい以外は無いってもんよ。
ああ、噛めばカリッと、そこから肉汁。
そしてほとばしる、唐揚げの味。
ここの店、普通の唐揚げといえば唐揚げなんだが。
シンプルに凄く、下味が美味しい。
中もパサついてなくて私好みの唐揚げだ。
だが、そうとなれば。
試してみたくなるのは塩の味。
唐揚げにレモンはよくあるが、最近塩で食べてなかった。
下味が美味しい唐揚げ、これに塩をつけてしまうワクワク感。
よし、塩をつけて、いただきます。
―――あ、これだよこれ。さっきのも美味しいが、今私が求めていた味はこっちだ。
塩、久しぶりにして、正解を見つけたり。
これで私の食欲の呪い、これがまた1つ解けそうだ。
この塩のしょっぱい感じが肉汁と絡んで。
くぅ~・・・たまらん。
と、こんな食い応えを見せられたなら。
これはもう、ライスを掻き込むしかないでしょう。
ライスの小、だが小と侮るなかれ。
ライスはライス、その働きはいまだ健在・・・!
さぁ、唐揚げをライスで追いかけよう。
―――ライスと唐揚げの黄金タッグ、ここに参上。深夜飯の醍醐味を今、思い切り感じている。
ああ、これだ。
もはや安心感さえある、この美味しさ。
何というか美味しいのは当たり前、分かり切ってる。
でも食べると凄く美味しくて。
その美味しい、これを噛み締めれることに唯々感謝する。
唐揚げに追加されたしょっぱい味。
これがまた、ライスにも凄く合うんだ。
ああ、このまま掻き込んでしまいたい!
・・・が、それをあえてぐっと我慢。
何故か?
それは、ここに焼きウドンがあるからさ・・・!
炭水化物の麺、そして炭水化物のライス。
炭水化物と炭水化物、それも深夜に行われる悪魔のごとき組み合わせ。
だが、私はこの組み合わせを我慢できない!
―――なんだ、これは。焼きウドンがおかずとして機能している!
美味い、美味いぞ。
まさかの焼きウドン、主食から一転。
一気に主菜へ躍り出た!
ライスがいないと主食。
いれば主菜。
この焼きウドン、変幻自在じゃないか。
食べれば食べるほど、空腹が、食欲の呪いが解けていく。
だと言うのに。
食べる手は、むしろ加速してるような気さえする。
果たして私は今、本当にこれを食べきっても良いのだろうか。
すぐに眠れば胃もたれ必須だぞ。
そう、頭が、理性が叫んでいるのに。
食べる手は止まらない。
つまりはそうなんだろう。
体は食べたがっている。
いや、違うな。
私の本能が、この美味い飯を食えと叫んでいるんだ!
焼きウドンを啜り、ライスで追いかけ。
唐揚げを食べ、ライスで追いかけ。
焼きウドンをそのまま食べる。
食べる手が何だか忙しい。
でも、この忙しさ、嫌いじゃない。
後の事なんて関係ない。
今の私が、美味しいものを食べて幸せ。
それでいいじゃないか・・・。
「ありがとうございました。」
あー、満腹。
深夜なのに思い切り食ってしまった。
だが、こう。
不思議な満足感というか、充実感というか。
そうだ、達成感だ。
そんな不思議な感覚がする。
これも深夜パワーだろうか。
とりあえず、煙草を1本。
火をつけて、ふぅ。
うん、腹ごなしのためにもゆっくり歩いて帰ろう。
ま、とりあえずこいつを吸い終わってからだな。
願わくば、次も美味い店に会えるように。
主人公(男)・魔術師。胃もたれを回避するべく頑張って起きていたが、無事寝落ち。結果寝坊しそのまま休日に。
営業をかけた先の食堂の奥さん・ヘラを落とした張本人。