市場でのマンドラゴラ定食
筆が のらない。 かゆ うま
「すいませーん!親父さんいらっしゃいますかー!!」
カン!カン!カン!カン!カン!
「あー!?なんだー!?きこえねぇーぞ!!」
「すいませぇぇぇん!!!親父さんいらっしゃいますかぁぁぁ!!!」
カン!カン!カン!カン!カン!
「あー!?なんだー!?きこえねぇーぞ!!」
「客来てんだから鍛冶やめたらどうですかーーー!!」
「俺は鍛冶師だぞー!鍛冶が仕事だー!!」
聞こえてんじゃねーか。
「すいませんねぇ、うちの主人すぐ熱中しちゃうから・・・。」
「ああ、いえ、大丈夫です・・・。」
ここのお客さん、運ゲーなのがつらすぎる。
親父さんが鍛冶していないor奥さんがすぐに出てくると良いんだが、出てこないと喉がかすれるまで大声を出さないといけない。
あ”ー、喉痛い。
「それで、今日はどういったご用件で?」
「いえ、前回ご依頼した魔道具が完成しましたので納品に来ました。」
「まぁ!早くて助かるわぁ。」
今回依頼いただいた魔道具、それは単純に丸い氷をすぐに作れるというものだ。
何でもお酒を飲むとき、きれいな丸氷でロックを飲みたいらしい。
実はこういった小物の発注、少なくない。
というのも最近様々な技術(主にテンセイシャとやら)が流れてきたので技術の発展が目覚ましいのだ。
更に最近は魔王祭間近なため、屋台等で使用する小物の発注も多い。
「いかがでしょうか?要望通りの性能となっておりますが・・・。」
「ええ、ええ、すごくいいわぁ。見た目もしっかりお洒落な感じで、お酒を飲むときにもピッタリねぇ。」
「それは良かった。」
「小さい魔石だけでも使えるのもうれしいわねぇ。」
最近また魔石の値段が上がっているし、と呟く奥さん。
まぁ、これもテンセイシャや魔王祭が関係しているのだろう。
魔王祭が終われば魔石の高騰も収まるはずだ。
「こちらもいい出来だと自負しています、今回はご依頼いただきありがとうございました。」
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さて、納品を終えて話し込んでいたらもう昼になってしまった。
しかしこの時期に来る依頼は相場より高めに儲けれるのが良い点だな。
魔王祭であちこち人がせわしなく動くおかげで個人の依頼は滞る。
そこを私の様なフリーの魔術師がちょこっと稼げる訳だ。
相手も忙しい時期だとわかってるから少し高めでも文句を言わないからな。
まぁ私の客にそういった文句を言う奴がいない事もあるが。
フリーの魔術師にとって一番大事な事だろう。
仕事がうまくいかなくて非行に走った魔術師も、何人も見ているからな。
特にそういった魔術師が盗賊などになり、その討伐依頼が来るとなると非常に心に来るものがある。
おっと、何だか暗い感じになってしまった。
いかんいかん。
心を切り替えないと。
来週も近づいて気がめいっているのだろうか。
こんな時は・・・
―――とりあえず、飯だ。飯を食おう。
さて、今日はどんな飯にしようか。
うーむ・・・たまには趣向を変えて市場にでも行ってみるか。
「らっしゃい!やすいよやすいよー!!」
「今日は特売日!さぁ買った買った!!」
さて、市場についたわけだが・・・。
なんともにぎわっているな。
いつ来てもここはすごい賑わいだ。
この喧噪、良い感じじゃないか。
しかしどこにしたものか・・・お。
「飯屋 走るキノコ」
・・・なんだこのネーミングセンス。
なんだろう、まさに時代の先端を走っている様なネーミングだ。
だがすごく、そそられる。
この名前からしてキノコ料理なんだろうか。
ここだな。
「いらっしゃい。お好きな席どうぞ。」
うーん、とりあえずカウンターに座ろう。
お冷は・・・セルフサービスか。
さぁ、気になるメニューの確認だが・・・え?
・日替わり定食
当店唯一のメニューです。
なるほど、こだわりというかなんというか。
だがこのシンプルさ、嫌いじゃないぞ。
「すいません、この日替わり定食を1つ。」
「あいよ。」
後は座して待つのみ。
市場の定食、何が出てくるんだろう・・・。
「はい、お待たせー。今日の日替わり、マンドラゴラ定食です。」
・マンドラゴラのガーリックバター炒め
少し厚めに切ったマンドラゴラ、薄めのマンドラゴラ、そして少しのベーコン、今の私には黄金のトライアングルに見えるぞ。
・マンドラゴラのステーキ
バター、塩、コショウ、そしてマンドラゴラ。ひたすらにシンプル、これが良い。
・マンドラゴラのツケモノ
なんと、マンドラゴラをツケモノにするという驚きの発想。これは期待できそうだ。
・ライス
定番主食。すべてのおかずを引き立て、且つ、自分も主役になる食べ物。
おお・・・。
これはすごい。
見事にマンドラゴラ尽くしじゃないか。
では、まずは・・・マンドラゴラのステーキ、いっちゃおう。
この切りそろえられた感じがまた、いい。
では1口。
―――マンドラゴラが、口の中で、旨味という名の絶叫をあげている。
すごい、キノコとは思えないジューシーさ。
噛むたびに出てくるこの汁、肉汁にも劣らないじゃないか。
そしてこの弾力よ。
キノコ特有の感触、でもキノコじゃないような感触、すごい。
これだけでライスが何倍もおかわりできそうだ。
シンプルゆえのこの旨味、マンドラゴラの奥深さを感じる。
いかん、マンドラゴラに味覚をやられていた。
まさか聴覚じゃなく味覚を攻撃してくるとは・・・。
ここはいったんマンドラゴラのツケモノへ避難だ。
しかし前に食べたツケモノは黄色く硬い感じだが、このツケモノは弾力があるな・・・?
まぁ、いい。
食べればわかるんだ。
―――さっぱりして、尚且つマンドラゴラの味と、ツケモノ特有の味が、良い感じ。
箸休めにもなる。
そしてライスのお供にもなる。
まるで薬剤の調合のマンドラゴラ、その万能性をこのツケモノが示している。
というかキノコのツケモノ、アリだな。
少し口の中が落ち着いた。
よし、次はマンドラゴラのガーリックバター炒めだ。
この見るからにライスとの相性抜群的な感じ、私を期待させてやまない。
さあ、実食だ。
―――マンドラゴラの群生地、そこに取り残されたような、そんな衝撃の美味さ。
なんだこれ、この美味さ。
ベーコンが、マンドラゴラが、ガーリックバターが、全てがマッチしている。
またこのマンドラゴラの厚さの不揃い感、これが私に新しい感触をもたらしている。
これ、ライスの上に乗せたら、凄いことになるのでは・・・?
早速ライスの上に乗せる。
ライスが見えなくなるまで、どっさりと乗せて、1口!!
あ”ー・・・美味い。
ライスにガーリックバターが絡んでそれだけで美味いのに、マンドラゴラ、そしてサポートのベーコンがこれでもかと私を追い込んでくる。
もはや、これは凶器だ。
マンドラゴラに寄生されたかのようにマンドラゴラ定食を食べる私。
手が止まらない、口が止まらない。
肉でも魚でもない、なのにこんな味を出せる料理人、そしてマンドラゴラへ敬礼したい。
マンドラゴラを使う魔術師が、マンドラゴラの群生地へ来たと思ったら、マンドラゴラの胞子で寄生された。
そんな美味さが、この定食にはある。
気づけば完食。
まるでマンドラゴラの胞子で幻覚を見せられていたかのような、そんな気分。
ごちそうさまでした。
「ありがとうございましたー!」
ああ、美味かった。
マンドラゴラって、あそこまで美味しくなるのか。
こりゃこの前根っこの納品したとき、余りをポーションじゃなくて自炊にでも回すべきだったか?
・・・いや、よした方がいいな。
どうせ私ではあの味は出せないし、そもそも料理が出来んのだ。
やはり私はマンドラゴラで薬品を作る方が似合っているだろう。
なんだか、さっきまで考えていたことが馬鹿らしくなったな。
どこまで行っても人は人、そいつの人生なんだ。
気取らず、ほどほどに、そして自分に誠実に、私は今まで通りの私でいよう。
さーて、夜飯は何を食おうか。楽しみだ。
願わくば、次も美味い店に会えるように。
主人公(男)・魔術師。昔マンドラゴラの群生地でタップダンスをして同僚にシバかれた。
マンドラゴラ・キノコの下に植物の根が生えた、一応キノコ。抜いた瞬間に貯めた魔力を拡散、それが音となり直接引っこ抜いた生物を攻撃する。また胞子にも幻覚作用があるが、引っこ抜くと幻覚作用はなくなる。根っこはよく錬金術へ、キノコ部分は魔術の触媒やポーションなどに使われる。