第95話 激突!一角馬
ヒィィィィィーーーン
基本種のウマよりも、幾分か高く澄んだ声が響く。それはガラス細工の笛のように、美しさをはらんだ鳴き声だ。
けれどそんな美しい声も、聴いて楽しんでいる余裕はない。
「――っ!!!」
瞬発のスキルを使用して避けると、それまでいた場所の背後の壁に、一角馬の黒い角が突き刺さる。
あの角で腹部を刺されれば、致命傷は避けられないだろう。加えて高い脚力。その蹄で蹴られたなら、たちまち骨は折れてしまう。
一撃も食らってはいけない緊張感。
「ニケ、大丈夫か!」
「うん、だいじょ――っ、『壁よ』!」
バリンッ
一角馬は突き刺したのが僕ではなく、魔力の壁だったことに苛立ったのか、再び高くいなないた。腹立たし気に前足で地面を削っている。
バリアの展開と同時に瞬発で上空へ避難していた僕は、ヒロの隣に着地し、互いに睨みあう構図になった。
「はぁはぁ、何とかヒロに背後を取ってもらいたいんだけど……。」
「敵も後ろは取られたくないみたいだな。しかもあの後ろ蹴り。反応速度も攻撃力も、ニワトリなんかとは桁違いだぜ。」
いままでの戦闘スタイルとは大きく変え、今は僕が前衛を担っている。
僕が瞬発とバリアを使って敵の攻撃を避けつつ、注意を引き付ける。そして背後から、ヒロが斬撃を与えるという予定だった。
今は何とかうまく凌いではいるが、こちらは防戦一方だ。たまにうまく切りつけても、背後への反応も早く、後ろ足で蹴られてしまう。
ヒロはその蹴りを盾で受けることで大きな怪我を避けているが、二人とも怪我がない代わりに二人とも一角馬にダメージを与えられていない。
そんな状況が、かれこれ数十分は続いていた。
「レベルブーストは、結構掛かってる感じするんだけど……。」
2回目のキャンプの時に見張り番をしながら作ったレベルブースト剤は、何度か失敗したものの、最終的にはそれなりに質の良い物が出来た。
体はかなり軽いし、攻撃力も上昇しているはずだけれど、補助系ジョブの僕はたかが知れている。
そこで連携を見直し、ヒロには攻撃に専念してもらおうということで、現在のスタイルになったのだが、それでも攻めきれないのだから、一角馬の強さがわかるというものだ。
小細工なしの純粋な暴力。一角馬の強さはそこにある。
鍛え抜かれた見事な肉体美、黒く艶のある毛並みと、額には漆黒の角、そして基本種のウマより二回りほど大きな体躯。
「防御面ではそこまで強くないはずだけど、そもそも攻撃が当たらないよ。」
「ま、今のところ大きな怪我はねぇし、もういっちょ仕掛けてみようぜ!」
「うん!」
首を振ってこちらを威嚇していた一角馬が、痺れを切らして突進してくる。タイミングをみてギリギリのところで瞬発を使い攻撃を避け、側面から杖で殴っては離脱する。
そうして僕に注意を向けさせ、背後を取ろうとするヒロに気付かせないよう気を配る。
「ヒロっ!」
「はぁぁぁーーーーっ!!」
ザンッッッ!
ヒィィィィィーーーーーン!!
初めてヒロの斬撃が、一角馬の体躯に届いた。
スキルの乗った攻撃が一角馬の太ももに大きな傷を残したことで、痛みに驚いた馬が体をダンジョン内の壁にぶつけながら、乱暴に暴れ始める。
「うわっ?!ひぇっ、わわわ。――っ『壁よ』!!」
「おいおいおい、やたらに暴れんなよ!って、うお?!」
一角馬が大暴れしていることで、動きが全く読めず、防いで避けることに注力する。
ガンガンとあちこちに体をぶつけているため、壁や天井が崩れ、落ちてきた土が目に入りそうになる。
「だーーくっそ!!ニケ、短剣抜け!俺は前から、ニケは後ろからだ!!」
「う、うん!」
読んで字のごとくの暴れ馬だ。
全身がプレス機のようなそれに、ヒロが正面から突撃していく。
「うおぉぉぉーー!おら、こっち向きやがれ!!」
暴れていた一角馬は、突然目の前に現れた剣を振りかぶる敵に驚き、首を振って角で弾こうとした。
角はヒロの持つ盾にぶつかり、ヒロを壁に叩きつける。
「ぐっ――、だ、いじょうぶだ!ニケ、そのままいけ!!」
我を失っている暴れ馬は僕の存在がすっかり頭から抜け落ちたのか、ヒロを突き飛ばしたことで満足げに鼻を鳴らしている。
「――ごめんっ!」
背後から瞬発を使用して切りかかると、僕の短剣は一角馬の動脈を深く切り裂いた。
一角馬は甲高い断末魔をあげ、その体を地面に横たわらせた。
それでもしばらくはジタバタと藻掻いていたが、やがてその動きは小さくなり、痙攣して最後には動かなくなった。
「倒した……よな?俺たち、倒したよな?!」
「はぁ、はぁ……。た、倒した!!倒したよね!!!」
僕らは一角馬が生命活動を止めたことを確認し、顔を見合わせると、どちらともなく笑みがこぼれた。
「「よっし、大勝利!!」」
格上の魔物を二人だけで倒した。
その喜びは、想像以上のものだった。
二人で協力して一角馬の素材を採り、再び同じ場所でキャンプをする。
「角はたった一本……。失敗したら、もう一体狩り直し。」
「頼むぞ、ニケ。周囲の警戒はしっかりしておくから、集中してくれよ。」
錬金セットを広げ、その中でもあまり使ったことのない道具を持ち出す。
師匠の手伝いで、素材の加工をした程度の経験しかないけれど……。いまは錬金初級のスキルがある。
それを信じて、でも細心の注意を払って、慎重に。
採取した鉱石を砕いて、溶かして。徹底された温度管理と、力加減で。
角の形を整え、丁寧に削り、磨いていく。
「で、でで、で…………。
できたぁぁぁぁぁ!!!」
「うおっ、び、びっくりした!って、できたのか!帰還の笛!!」
「できた、できたよ!!さっそく吹くから、僕の手を握って。」
ヒロが頷き、僕の手を取ったことを確認すると、僕は笛を鳴らす。
ヒィィンと一角馬のあの美しい声によく似た音を鳴らし、視界が暗くなっていく。
すぐに眩しいほどの光を感じ、うっすらと目を開けると、そこはダンジョンの入口だった。
「で、出られた!!!やったよ、帰ろうヒロ!それで、師匠に一言『すまん』って、絶対言わせてやるんだから!!」
「そ、外だ!!!!やったなニケ!!
はぁー、やっと村に帰れんのか……。あぁ、絶対だぞ。絶対、謝らせてやろうな!」
こうして僕たちは、初めて潜ったダンジョンで格上の魔物の討伐に成功し、無事に帰還することが出来たのだった。




