第93話 2つの階段
レベルブースト剤は「すごい」の一言だった。
僕が作ったものは決して質がいい物ではなかったけれど、それでも随分体が軽い。体感ではレベルにして5前後は増えていそうだ。
「調子はどう?」
「あぁ、問題なさそうだぜ。ジェフ師匠がレシピ渡してきただけあって、レベル上限を超えてブーストかかってるみたいだ。」
ヒロは魔物を切り伏せた腕を、グルグルと回しながら答えた。
僕の足元には仕留めたニワトリが転がっており、今はそのニワトリから羽毛を剃り取っている最中だ。
ニワトリ種は知能が低い代わりに、攻撃力と素早さがそれなりに高く、魔法による攻撃が効きにくい特徴がある。
とはいっても僕のバリアと、ヒロの剣撃はいずれも物理攻撃。格上の魔物のため多少苦労はするものの、レベルブースト剤を飲めば、倒せない相手ではなさそうだった。
「つっても、たった一羽でも結構苦戦するな。」
「……うん、そうだね。数羽まとめて出現した場合は、僕がバリアで分断して、ヒロが各個撃破にした方が良さそう。」
「だな。」
ニワトリ種は腕試しに狩っただけで、錬金の材料には含まれない。けれど、ただ倒すだけにするのも勿体ないので、食料として持ち運ぶことにした。
大容量サックにはまだ空きがあるので、縄で縛って入れ込んでおく。
薄暗いダンジョン内を、設置してある松明の明かりを頼りに進んでいく。
僕らは索敵につかえる能力を持っていないため、十字路に出る前に近場にある石を投げこんだり、魔法の壁を生成して周囲を警戒しながら歩いたりする。
ずっと気を張っていなければならない探索は久しぶりで、体力も精神力も凄まじい勢いで削られていくのを感じていた。
「師匠が言ってた通りなら、ここは第3層だよね。出現する魔物は、師匠も戦ってた3種類。」
何か言葉を交わすことで気を紛らわそうとヒロに話かけると、ヒロも堪えていたのか緊張の滲む声で返事をした。
「あぁ。ニワトリ種の基本種ニワトリ、カエル種の基本種イロカエル、ウマ種の上位種一角馬だぜ。たしか一角馬の角は、帰還の笛のメイン材料なんだっけか。」
「うん、でも一番厄介な魔物なんだよね……。やっぱり一角馬は狩らないで、接敵したら逃げるのがいいと思う。
ニワトリはできる限り戦って食料に。
イロガエルはどれだけ早く擬態に気付いて、先制できるかが重要かな。」
「はぁー、やっぱ帰還の笛は保険でしかねーのか……。
ん?いや、ちげーわ。保険どころか、徒歩で帰るのが前提。 楽して帰りたきゃ、強い奴を倒してこいってことか。」
「うわっ、絶対そうだ。師匠のバカ……。もうあんな師匠、バカ師匠だ。」
会話をしたことで、先ほどの解釈が間違っていた可能性に気付いてしまった。
安全のための保険かと思いきや、まさかそんな意地悪をされていたとは。つい口をついて出た悪態については、見逃してほしいものだ。
「ーー!ヒロ。」
人差し指で「静かに」のサインを送ると、ヒロは無言で頷いて僕の指示を待つ姿勢に入る。この何も言わなくても伝わる連携が、ヒロとの探索のしやすさに繋がっているのだろうと、以前のダンジョンでも感じた。
「……風の音、しない?」
僕がそう問いかけると、敵襲かと身構えていたヒロは緊張を解きながらも、僕の言う音を確かめようと耳を澄ます。
「ん、確かに。こっちか……?階層移動の階段か?」
「たぶんそう、かな。上行きだといいんだけど……。」
音のした方に向かうと、広い空間が口を開けていた。そしてその奥には階段が。
上向きだーーと、喜んだのは一瞬。僕らは次いで困惑の色を浮かべることになった。
「どっち、だろうな?」
「うーん……。どっち、なのかな??」
なんと階段は二つあったのだ。その両方が、上向きである。どちらも正解で、ただのそういうダンジョンなのか、幻覚系の何かが作用しているのか、あるいはどちらかが罠か。
「とりあえず、石でも投げてみようか。罠かもしれないし。」
ヒロが頷いたのを確認して、手ごろな石を拾い渡す。僕もヒロも投擲のスキルはないのだから、単純に力の強いヒロに投げてもらうことにしたのだ。
「いくぞ。……っほ!」
見事なフォームで投げられた石は、同じく石製の階段に当たり、乾いた音を立てて弾かれた。そのまま数回跳ね、最後には転がって部屋の中央あたりへと戻ってくる。
「普通に階段だね……?」
「もう片方にも投げてみるか。」
先ほど投げた石を拾い上げ、今度は反対の階段に投擲する。
「ゲロロロロロロ!!!!」
石が当たった階段は、ベインと柔らかく跳ね返り、その直後、けたたましい鳴き声が部屋に轟いた。
「うわっ!?い、イロガエルだ!!」
そう、片方の階段はイロガエルの集団が、擬態していたものらしかった。階段のように見えていた壁は次々と剝がれおち、大量のカエルとなって僕らを襲ってくる。
「う、うわぁぁああ!『壁よ』!!!!!」
「ニケ、右の階段だ!急げ!!」
情けない声を上げて全力で走り、階段を駆け上がったところで再び分厚いバリアを張る。
ベベベベベベベベベベ
バリアを埋め尽くすように張り付く、カエルたちの腹が見える。その白くてブヨブヨした腹の壁が魔力の壁を覆いつくす前に、僕らはその場を離れることにした。
「はぁはぁ、あれだけ同じ格好の生物が集まると、ちょっと気持ち悪いね。しばらくカエルがトラウマになりそう……。」
「わっかるぜ……。でも、アイツら集団でも擬態するんだな。ジェフ師匠が倒してた時は、一匹ずつだったのに。」
「罠部屋扱いだったのかも。」
罠の中には部屋単位で中にモンスターが湧くというタイプがある。以前焔の巣と共に引っかかってしまった、スケルトン部屋の様なタイプだ。
おそらくそれの亜種のようなもので、間違った方へ進もうとすると擬態していた魔物が襲ってくるという罠だったのだろう。
「おー、なるほどな。確かにそれなら納得だ。
……けど、そんな種類の罠、あったけか??」
「え?ごめんヒロ、最後聞こえなかった。なに?」
「あぁ、いや。なんでもない。気にすんな。」
「そう??」
ヒロは僕の説明に納得したような様子だったが、反面どこか違和感を感じているような雰囲気でもあった。
けれど彼が「気にするな」と言うのだから、僕は問いただそうとはしなかった。




