第89話 飛び級
師匠の凶悪な顔に尻込みし、思わず後ずさる。
それに気づいた師匠は目にも止まらぬスピードで僕の腕を引っ掴み、ズルズルと引き摺りだした。
「ま、魔女かよ…」
ヒロの呟きがやや後ろから聞こえる。
「どした??なんも怖いことなんてないぞ?ん?」
本人はこれで"優しく微笑みかけている"つもりなのだろうか??
「あ、あのあの、師匠!僕今、師匠がめっちゃ怖いです!!!」
「うっせぇこの馬鹿弟子!さっさと来い!」
「いっっったぃ…!!」
師匠は青筋を浮かべて僕の頭に鉄拳を落とすと、再びズカズカと祭壇へと歩いていった。
ヒロに助けを求めて振り返るも、近くにあった木箱に身を隠している彼は手だけを出して"グッドラック"のハンドサインを送ってくる。
ヒロのばか…。今度なんか奢ってもらおう、絶対に。
祭壇の下で待つ師匠の元に辿り着くと、今までの雰囲気が嘘のようにスッと和らいだ。
「え…??」
「何ぼさっとしてんだ?やるぞ?
まぁ、とりあえず先に取得可能なスキルを教わってからだな。
えっと、あのスキルなんて文言だったかな…ったく、聖職系のスキルってなんでこうも面倒なんだか。」
ブツクサと文句を垂れる師匠の口調は、全くいつもと変わらない。
なのにどこか雰囲気が柔らかい。
ちょっと不気味である。
「あー、えっと?
『この者、魔を討ち払う者。数多の魔を払うため、進むべき道を示せ』
――だったか?」
師匠がそう唱え終わってから数秒後、師匠は何やら紙とペンを取り出して黙々と書き込んでいる。
すごいスピードで筆記していき、突然ピタリと動きを止めた。
「ふふふふふ…はっははは!!!!」
「――?!?!え、ど、どうしたんですか?!」
「ジェフ師匠……!?」
突然高笑いを始めた師匠に、僕らは困惑して駆け寄る。
それでもしばらく笑いが止まらず、瞳に涙を浮かべたところでやっと「ひぃーーー」と長く息を吸ってから落ち着いた。
「いやいや、見てみろニケ。お前は大したやつだよ。
全く私は優秀な弟子を持ったな。」
師匠が差し出した紙を受け取り、その上の文字を追う。
「これ……、ニケのスキル……なのか?」
「上の数個はな。残りは、現段階で習得可能なスキルだ。」
2人の会話を聞いて、身に覚えのない単語の羅列に納得する。
けれども師匠が、あそこまで笑い転げていた理由はわからない。
不思議に思っていると、師匠が再びその紙を手に取り、嬉しそうにニヤけた。
「いいかニケ、お前の凄いところは3つだ。」
師匠がズイと僕らの前に紙を突き出す。
僕だけではなく、ヒロまで食い入るように見つめた。
「まず1つ。単純に、数が多すぎる。選択肢が多いのは良いことだが、この数は異常だ。
普通にしてりゃ、転職5〜6回経験した位の数だな。
転職回数が多い奴らは、それだけ色んな経験をしてるから、選択肢が増えるんだ。」
「5〜6回!?そりゃ、なんつーか、凄いな。」
「あぁ、これだけでも笑っちまうくらいには、凄い。そして2つ目に、想定していたいくつかのスキルが取得候補にない。」
「えっと、それって逆に悪いことなんじゃ…?」
僕が疑問を挟むと、師匠は「わかってないな」と肩をすくめた。
「いいか?想定してたのは、コレとコレ。
つまり、神に頼らず自力で習得済みってこった。」
師匠が指し示したのは、紙の上方に書かれたスキル名だ。
たしか、取得済みだと言っていた欄にある。
「【調合初級】と【脚力】。この2つを候補に出すための訓練だったが……、ちょーっとばかしやりすぎたかな?」
茶目っけを出そうとしたのだろうけれど、師匠がやると恐ろしいだけだ。
「いや、どう考えてもやりすぎだろ」という言葉は、ヒロと2人で喉の奥に仕舞い込んでおくことにした。
「そんで3つ目は?」
「あぁ、3つ目が1番凄いぞ。
候補欄にある、このスキルだ。」
「えーっと、【錬金初級】?このスキルの何が凄いんです?」
「わからないか?いいか、重要なのはこのスキルそのものじゃない。
このスキルはな、私のジョブである錬金術師になる為に必要なスキルだ。
逆に言えば『スキル・ジョブ相互作用の法則』で"このスキルさえあれば錬金術師になれる"んだよ。」