第9話 疑心
散策を終えて宿に戻ってきた僕とパライさんは、ベッドに横になり、昼寝をする。
露店街でお腹いっぱい食べたために、眠たくなってきたのだ。
昼間から寝るなんて…と思ったが、パライさん曰く「冒険者の中には夜の活動に重点を置く者もいるんだ。そういう人は昼寝ることが当然。それに、広大なダンジョンでは昼夜関係なく休める時に休めるようにしておかないといけない。その予備訓練だと思えばいいさ。」ということだ。
事実ではあるんだろうが、この場ではもっともらしい言い訳を並べているだけだというのは、悪戯を仕掛けたかのような笑顔で察した。
パライさんほどの美青年がちゃっかりウインクなんてして、僕が女の子だったら今頃うっかり恋に落ちていそうだ。
ちなみに、他のメンバーはどこかへ出かけているのか、宿にはいなかった。
目が覚めたのは明方だった。
まさか夕方に昼寝をして夜起きないとは、自分では気づいていない疲労が溜まってるのだろうか。
ここ最近は周りの環境が変化し、さらには冒険者として歩み始めた緊張もある。
案外精神面に影響があるのかもしれない。
「やぁ、おはよ。随分よく眠っていたね?昨日の夜なんか、起こしても起こしても起きやしなかったんだよ。」
「は、はは、お恥ずかしいです…。村ではこんなことはなかったのですが、疲れてるんでしょうか。」
パライさんは寝すぎてぼーっとしている僕に、クスッと柔らかく笑った。
疲れているなら今日一日は外出もせずゆっくりするといいよ、と言ってくれた。
その言葉に甘えたいのは山々だが、村で生活していた頃の習慣で1日中何もしないというのはムズムズする。
「そうですね。」と答えておきながら、パライさんが出かけてからしばらくして昨日行った露店街を見てみようと思い立った。
いつのまにか帰っていたらしいトルマリンさんたちの部屋を覗くと、みんなぐっすり眠っていたので声を掛けてるのを躊躇い、結局何も言わずに外へ出てしまった。
まぁ、お金も持ってないし軽く眺めるだけにして、早く帰れば問題ないだろう。
そう思って露店街へと向かって歩く。
大きめの通りに出たところで、随分人がざわついてるのに気づいた。
なんだろうかと気になって、一番人が集まっているところへ向かう。
人垣ができていて、そこになにがあるのかわからない。
そこで僕は、近くにいた大人に声をかけた。
「あの、こんなに集まってどうしたんですか?」
「ん?あぁ、やめとけ。ガキが見るもんじゃない。ほら、帰った帰った。」
お兄さんはそう言ってしっしっと僕を追い払った。
むっとしながらも、やっぱり何かあったんだろうと考えた僕は、少し遠巻きに見ている人達に声を掛けてみることにした。
丁度いいところに何か話し合っているおばちゃん二人組を見つけて駆け寄る。
「こんにちは。なんだか騒がしいみたいですね。何かあったんでしょうか?」
「おや、こんにちは。それがねぇ、今朝この市街地の市長さんが殺されてるのが見つかって…」
「ちょっとアンタ、こんな子供に何言ってんのさ。あのね、ちょっと危ないことがあったから偉い人達が調べてるのよ。君も気をつけて、しばらくはお家にいなさい。ね?」
おばちゃんの片方はバツの悪い顔で苦笑いをし、もう片方はニッコリ笑って有無を言わさないような気迫で僕をあしらった。
ただ、すでに先のおばちゃんは粗方話をしていたため、僕は驚きでお礼も言わずにその場を去ってしまった。
殺された、とはっきり言っていたということは、他殺が確定しているのだろう。
胸がざわつく。
僕は、2晩前のパライさんとトルマリンさんの会話を思い出していた。
よくは聞こえなかったが、もしかしてあの時二人は、このことを話していたのではないか?と。
気のせいだ、と思いたいが所々聞こえた単語を繋ぎ合わせると辻褄が合ってしまう。
「依頼だ。決行は明日の深夜。」
「目標はゼノン市街の、市長ですよね?睡眠薬の準備は、整っております。」
「そうか。確実に、殺せ。」
いや、まさか、そんなわけない。
でも、あの夜のことを口にしようとした時の、パライさんの目。
あれが、気のせいでないなら。
もしかして、昨夜トルマリンさん達は僕が寝てる間に抜け出して、ゼノン市街地市長を殺害したのではないか。
彼は「起こしても起きなかった」といったが、昨夜僕は睡眠薬を盛られていたのではないか?
一度でも懐疑心を抱けば、人はそれを拭うことが難しい。
僕は自分の中で、「きっとパライさん達が殺したんだ」という疑心と「でも、パライさん達がそんなことをするとは思えない」という二心に挟まれて困惑していた。
しばらくは「でも、だけど」が続いていたけれど、思い返せば僕は最初パライさんに、いい印象を持ってなかったようだと気付いてしまった。
そうだ。初めて村に彼らがきた時、初めてパライさんと目があった時、僕は寒気を感じた。
その後も度々似たようなことがあった。
彼の目は、たまに言い様のない冷たさを感じる。
僕は、僕の直感を信じるべきか、パライさん達を信じるべきかわからなくなっていた。