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第83話 寂しいけれど、お別れ

 師匠の教え方は戦闘の訓練と異なり、思いのほかわかりやすかった。

 理論を教え、実践して実感を伴った理解へ落とし込む。その繰り返しによって、短期間で僕の調合・道具製作の知識はメキメキと伸びた。


「いいか?初級程度のスキルは補助に過ぎない。

 ま、つまるところ何が言いたいかってーと、初級スキルで作れる薬品・道具くらいは、自力で作れるようになれってことさ。」


 スパルタなのは、相変わらずだが。


 因みにだけれど、未だに教会へは行かせてもらえない。

 理由は、教会へ行きスキルを獲得してしまうと調合のさいに無意識にスキルを使用してしまうようになり、訓練にならないからだそうだ。


 数日が経過した、ある昼過ぎのことだった。

 師匠がいつになく静かに帰宅した。


「ニケ、ヒロマサ。ちょっといいか?」


「……?はい、師匠。」

「ん?なんだ、ジェフ師匠。」


 僕らはそれぞれ、師匠の問いかけに応える。

 師匠が声をかけてきたのはお互い自主練習中だったが、師匠の改まった様子に手を止めて向き直った。


「うむ。実は私の所属する組合の本部から、呼び出しがかかった。

 ニケの修行も終盤に差し掛かってきただろう?

 だからこれを機に、バニパルに戻ろうと思うんだ。」


「えっと……バニパル?っていうと、知識の都だったか?」


 ヒロはこの街から少し離れた都市名に、記憶を辿る。


「そう。実は私の住まいは、バニパル構えていてね。

 というのも、所属する組合の本部がバニパルにあって、今回みたいに呼び出しがあったときに楽だからなんだが。」


「ええっと、それって師匠だけ戻るんじゃダメなんですか?」


 バニパルの話題に移ってしまった流れを、軌道修正する。

 僕らがバニパルに戻るということは、ヒロとはここでお別れだ。いつかはそうなっていたとは言え、あまりにも急すぎて心の準備が出来ていなかったのだ。


 師匠は女神像を使って僕らを監視することが出来るのだし、わざわざ一緒に帰る必要もないだろうと、僕は考えた。

 ところが、師匠はそれを否定する。


「スキルを持ってないニケが下手に調合をすると、事故を起こす危険な素材もあるから、調合の練習は私の指導の下で行う。

 それに、ニケも組合に登録させるつもりなんだ。冒険者組合や商業組合と違って、どこにでも支部がある組合じゃないからね。」


「なるほど。で、出発はいつなんだ?」


 ヒロはというと、僕とは違い随分あっさりしている。

 その差が僕とヒロの間にある、様々な差に思えて、さらに暗い気持ちになった。


「3日後かな。なんでも急ぎの用事らしい。」


「み、3日も猶予があるなら、僕の修行が終わるまで待っても、いいんじゃないですか?」


 僕は往生際悪く交渉を試みるが、師匠はそんな僕の心などお見通しなのか、深くため息を吐くだけだった。


「駄目だ。言っただろ、急ぐ用だ。ただでさえここからバニパルまで、馬車で1週間かかる。ニケの修行はいつ終わるかわからないし、ニケの修行は座学を主軸に切り替える。

 よって、待つだけの理由がない。以上。」


 厳しい口調で僕の要求を跳ね除けた師匠は、踵を返して部屋から出て行ってしまった。


「なんつーか、久々にあんなおっかないジェフ師匠みたぜ。

 ……って、ニケ?」


「ごめんヒロ、少し放っておいてもらってもいい?」


「は?ちょっ、ニケ?!」


 後ろから聞こえるヒロの制止を振り切って、僕も部屋を後にした。

 頭の中で様々な考えが渦巻いて、今はまともに話をできる精神状態じゃなさそうだから。




 それからヒロとは気まずくなってしまい、まともに話せないまま、ついに出発の日を迎えてしまった。

 師匠は「ヒロマサと話さなくていいのか?」と何度か聞いてきたが、いっそこのまま黙っていなくなってしまった方が、スパッと忘れられていいかもしれないとすら思い始めている。


「とういことがあったんです。なのですごく急なんですけど、お世話になりました。」


「ふふ、大丈夫です。ヒロ様からも聞いてますから。寂しくはなりますけど、こちらはなんとかやっていけそうですから、たまにはお顔を見せにきてくださいね。」


 フリュネーさんは最後まで朗らかに笑って、そう言ってくれた。もちろん、またこの街の近くに用事がある際には顔を出すつもりだ。

 彼女は続けて、思い出したようにヒロのことに触れた。


「そうそう。ヒロ様といえば、朝早くに起きていらして、鍛冶屋に行くとおっしゃってましたよ。」


「あ……、そ、そうなんですね。」


 最終日くらい「もし話しかけてくれれば挨拶を」と考えていたけれど、ヒロはそうではなかったらしい。

 早起きの苦手なヒロが、僕らより早く起きてまで、顔を合わせたくなかったなんて。

 僕の中ではそれなりに仲良くなった方だと思っていただけに、とても残念に思う。


 先にヒロを避け始めたのは僕だし、僕もヒロに何も言わず出立する気でいた。けれど例え、言う資格がなかったとしても、寂しいのだ。

 僕はヒロを避けているくせに、ヒロに避けられるのは辛いだなんて、なんて愚かなんだろうか。

 自分自身に呆れてしまい、不思議そうな表情で見てくるフリュネーさんには、苦笑いを返すほかなかった。


「あっ!あとこれを。今日までお世話になったお礼です。僕が師匠に教わって造った物なので出来は悪いですけど……。

 もしよかったら、持っていてください。」


 そう言って僕が取り出したのは、自作のお守りだ。初めて挑戦した木彫りなので、多少歪な形をしている。

 しかも効果も大したものではなく、気休め程度のお守り。ただの置物と化す可能性もあるが、宿と食事を提供してくれた彼女に、なにかしらお礼をしたかったのだ。


「ふふ、可愛らしい像ですね。ありがたく頂きますね。」


「それじゃあ、そろそろ行きますね。フリュネーさんもお元気で!

 ……それから、ヒロにもよろしく言っておいてください。」


「えっ??あの、ヒロ様は」


「いいんです。顔も見せてくれないとはさすがに思わなかったですけど、でもそれがヒロの気持ちなら、汲み取ってあげたいんです。」


「あの、違うんです。ヒロさ――」


「すみません。乗合場で師匠が待っているので、もう行きます。えっと、本当にお世話になりました!」


 フリュネーさんが何かを言いかけていたけれど、これ以上ヒロのことを考えたくなくて強引に話を切り上げてしまった。

 ヒロのことは諦めて、すっぱり忘れてしまうことにしよう。

 きっとこの先もいろんな出会いがあって、その中には僕が本当に信頼関係を構築できる人もいるだろう。


 師匠は僕の修行をすべて終わらせる前に、パーティーを組ませるつもりだったようだけれど、ヒロはこんな別れ方になってしまったし、そういう運命じゃなかったんだと思う。

 僕は木製の硬い馬車に揺られながら、そう自分に言い聞かせた。


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