第80話 無謀な課題
「うぅ、ニケ、昨日は悪かった……。あ、そうだった……これ、昨日の飯代――うぷっ」
「うん。もういいから、寝てたほうがいいんじゃないかな……。」
翌朝のヒロはそれはひどい状態だった。フリュネーさんは「こんなに弱っているヒロさんは、本当に久しぶりです。」なんて目を丸くしていたし、僕もあまりに弱々しいヒロの様子に、昨日のことを責める気になれなかった。
それにヒロも悪いと思っているようで、フラフラの体でしきりに謝ってくるので、フリュネーさんの家の廊下を汚す前にと、無理やり部屋に押し戻した。
裏庭で「ニケ!朝練サボる気か?!とっとと来ないとシバき倒すぞ!!」と怒鳴り散らしている師匠にも、少しは見習ってほしい。
あの人は酔い潰れるまで飲むくせに、翌朝にはケロっとしているのだから恐ろしい。
体の構造が人間とは違うのかもしれない。きっとそうだ。師匠は魔物なのかもしれない。アルコール耐性特化の……。いや、もしそうならまず酔わないでくれないかな?
そんな馬鹿げた考えを一蹴し、苛立ち混じりに薙刀の柄を地面に打ち付ける騒音を止めるべく、早足に中庭に向かうのだった。
普段通り鬼畜な訓練メニューを終えると、師匠から木彫りの女神像を渡された。以前渡された物とほぼ同じ造りだが、よく見ると表情や大きさに違いがある。
「いいか、次は壊すんじゃないぞ。それ一つ造るだけで結構な労力なんだからな。ちなみに使用可能回数は、きっちり元の回数まで減らしておいた。」
ダンジョン内に落としてきた革袋はヒロが運よく見つけてくれたらしいが、その中に入れていた木彫りの女神像は大きくひび割れて機能しなくなっていた。
そこでどうやら、師匠は新しい物を造ってくれたらしい。回数……減らし忘れてくれればよかったのに。
師匠から課された訓練のせいで、僕は教会に行くことを禁じられている。そのためレベルを上げるときは、この師匠自作の女神像を使用することとされていた。
残念なことに使用可能な回数に限りがあるので、毎日少しずつ上げるという方法を取れない。枷を着けられているのと同じだ。
「あぁ、あと、その像通して監視してんだから、勝手に落っことしていくなよ。」
「えっ、そうだったんですか?!初耳ですよ!!」
「あれ、そうだったか?ま、今言ったから。そんじゃ最後までレベル上げ頑張りな。」
そう言って像を押し付け、ひらひらと手を振り去っていく師匠に対し、僕はやはり理不尽を感じていた。
フラりと現れてフラりと去っていく。僕が一人でこなす課題では、師匠はいつもそうだ。
なにが言いたいのかと言うと、それから師匠は姿を見せなくなったのだ。木彫りの女神像を監視用にしていたというのだから、新しい物を渡した今、タイミングとしてはおかしくないのだけれど、居なくなるなら言ってほしい。
ヒロマサなんて「ジェフ師匠が帰ってこない」と随分心配してしまっていた。
しばらくして順調に敵を倒し、数回の還元を経てついに僕らは最高レベルに到達した。
「やった……!!やったよヒロ!上限のレベル20になったよ!」
「お、マジか!!やったなニケ!俺の方もついに45だぜ。あと5上げれば転職かー。次は何になれっかなぁ。」
「えっ??まって、ヒロってもしかして『戦士見習い』じゃなくて……」
「あれ、言ってなかったか?俺はいまその一個上の『戦士』だぜ。」
なんてこった。僕はてっきり、自分と同じ第1ジョブだと思っていた。
ジョブは転職を繰り返していくのが常識だが、十人十色のスキル構成から選択できるジョブが決まってくる。
けれども共通しているのは、段階的に最高レベルが決まっていることだ。第1ジョブはたった2種類で「戦闘系」か「補助系」の2択だが、第2ジョブ以降は、それこそ膨大な数に分岐している。
だからこそ個々の力量を図るのはジョブの種類ではなく、レベルと「第何ジョブなのか?」というジョブランクが重要視されるのだ。
それでいえば、ヒロは僕より実は格上だったことになる。ヒロは気にしていなそうだが、僕と同じジョブランクだと思っていたことには、これ以上触れないことにしよう。
「よっ!久しぶりだな、二人とも。」
「うっ、師匠……。」
「ジェフ師匠!」
ヒロの部屋で話していた僕らの前に、師匠は突然姿を表した。
突然の来訪にも関わらず、ヒロは心底嬉しそうに顔を上げる。
「あの師匠……。これで課題クリア、ですよね?」
チラリと師匠の表情を伺うと、師匠はどこか含みのある笑顔で「ああ、そうだな?」と言った。
なんだか嫌な予感がするのだけれど…
「そんじゃ次の課題として、あのダンジョンのボスを2人で倒してこい。」
「「……はい???」」
僕らは耳を疑った。
ボスを倒してこい??え、もしかして師匠僕らにダンジョンのボスを倒せっていった?
「より正確に言えば、目的はボスを倒すことじゃなく、そのボスから採れる素材だな。私がとってきてもよかったんだが……、まあ、修行ついでだと思ってさ。な?」
師匠は「私ってなんて頭がいいんだろうな!」と笑っているが、冗談じゃない。確かにあのダンジョンのボスは討伐難易度三日月の、超低ランクボスではある。
けど!だからって!あまりにも無謀だよ!!
ヒロはどうかわからないけど、僕はまだ一度もボスに挑戦したことなんてないんだから。
……パライ・マリンと一緒にいたときのスライムは、僕戦ってないし。
「待ってください、ジェフ師匠。そういうことなら、先にニケを転職させましょう。もし新しいスキルを覚えられれば戦術の幅も広がるし、何より今の状態だとニケはレベルが上がらないから、せっかく経験値――ミストを得ても、無駄になります。」
わ、ヒロがいいこと言った!
それで何とか先延ばしにして、その間にヒロのレベルも上げれば、三日月程度のボスは問題なく倒せる程度には強くなれるはずだ。
「いーんだよ、それで。吸収できないニケ分のミストはヒロマサんとこにいくから、別に無駄にはならないしな。
それにレベルに依存した戦い方じゃ、そのうち限界が来るだろ?第一、新しいスキルに頼るより、今ある連携を大事にした方が安全だろうが。
ま、そういうことで決定な。そんじゃ、がんばー。」
言うだけ言って再び去っていく師匠。部屋に残された僕らは、どうしたものかと顔を見合わせて、深いため息を吐いたのだった。




