第77話 錆びた片手剣とその謂れ
「うぅ……酷い目にあったよ……」
「それな……」
僕のぼやきにヒロも同意を返した。今朝は師匠がノリにノってしまったらしく、いつも以上に厳しい訓練を施された。
もはや訓練ではなく虐めて楽しんでいるのでは?と疑うレベルだ。
「流石に悪ノリが過ぎたか?でもま、私の師匠はアレより酷いのがデフォルトだったからな!はは!」
そんな僕らのぼやきも、前を歩く師匠は軽く笑い飛ばす。
僕は漏れ出すため息を抑えることもせず、彼女の後を追って歩いた。
彼女が向かった先は武器屋だ。大通りに面したショーウィンドウを無遠慮に眺め、ゆったりとした歩みで武器屋を吟味する。
ヒロの武器が折れてしまったことと、魔力の回復薬を含め、持っていた道具類をすべて使い切ってしまったことから、今日は街で買い物をすることになったのだ。
師匠はどうやら一軒の店にアタリをつけたのか、カランカランと鈴を鳴らして入店していった。
丁寧ながらもどこか質素に並べられた品々が印象的な店だ。何の気なしに店の奥を見遣ると、意外にもそこに座っていたのは、細身で初老のお爺さんだった。
武器を扱う店というのは、盗難防止のため店番に傭兵を雇うか、もしくは相当腕の立つ店主が自ら仕切っていることが多い。柔和な笑みを浮かべている彼は、武器屋よりも商業組合にいそうな風貌だった。
「何かお探しですかな?」
珍しくてつい、無意識に見ていてしまったらしい。お爺さんは年相応の威厳を感じさせる声で、僕に微笑みかけた。
「あっ……と、いえ、その……」
「お、アンタが店主か?丁度いいや。コイツに合う剣をテキトーに見繕ってくれよ。バカ弟子のせいで、折れちまったんだ。」
「ま、まるで僕が折ったみたいな言い方しないでください!!」
「事実、お前のバリアで折れたんじゃないか。大事な剣だって言ってたのになぁ?」
「う、ぐうぅぅ……、ヒロごめんね……。」
「いや、気にしてないさ。むしろこれは、ニケを見捨てなかった俺の勲章みたいなもんだからな。」
「っつーことで、できれば片手剣があるといいんだが――」
僕とヒロは感傷に浸るような雰囲気になったが、師匠は意に介さず店主と話し始めてしまった。すぐにヒロも呼ばれ、今は3人で仲良く話し込んでいる。
剣のことはわからないので、話に加わることを諦めて店内を物色していると、店の隅に乱雑に置かれたジャンク品に目が留まる。
適当な背の高いツボに、武器の種類関係なしにいくらか刺さっているその山が、なぜだかすごく気になった。
「……?なんだろう、コレ?」
中でも一際目を引いたものをそっと持ち上げてみると、それは鞘が無く所々に錆が付き、激しく刃こぼれした「如何にもジャンク品」といった様子の片手剣だった。
柄の頭には小さな宝飾があり、鍔付近にはなにかの彫刻があった跡がみられる。しかしそれらも刃と同様本来あったであろう輝きを失い、褪せていた。
「ソレが気になりますか。」
いつの間にか、店主は僕の真横まで来ていた。声をかけられて驚いたが、確かに彼の言う通り、どうしてかこのボロの剣が気になって仕方がない。
師匠の様子をそっと覗き見ると、見たことないほど真剣な眼差しで、僕と僕の持つ剣を見つめていた。
「それにはちょっとした謂れがありましてね。もう販売するのを止めようとも思っていたのですが……。どうにも鋳つぶす気持ちにもなれず、かといってそのまま其処らに放るわけにもいかずに、困り果てていたのですよ。」
「謂れ、ですか?」
「えぇ。お聞きになりますかな?」
神妙な空気に包まれる店内で、ゴクリと唾をのむ音が響く。師匠は相変わらず睨みに近い目で僕と剣を見ているし、ヒロは期待半分怖さ半分といった瞳で僕に判断をゆだねている。
僕はゆっくりと頷いた。
「そうですか……。実を申しますとこの剣、わかっているだけでも私の曽祖父のその先々代から、代々引き継がれておりましてね。」
「え……。」
驚きの声を漏らしたのは、僕だったかヒロだったか。確かに年季を感じさせる品ではあるが、長くても精々店主の祖父が製作したとか、その程度だろうと考えていた。
「驚くのも無理はありません。しかし伝わっている話では、さらにそのまた昔の、太古の時代より存在する剣だとも言われております。
太古の時代、そう――それはまだ、魔物と人間が互いに争うことなく、共存していたとされる時代から。」
お爺さんは、僕から剣を受け取ると、丁寧な仕草で彫刻の跡を撫で、その部分を指さして陽光で照らした。
「見えますかな?この印象。大分潰れてはおりますが、これはかつて太古の時代に伝えられていた”神宿りの紋”というそうです。太古の時代には『あらゆるものに神が宿る』のだと信じられておりましたそうな。そして神が宿った物には、この”神宿りの紋”が浮き出るのだとか。」
「神宿り、か。一部の人たちには、未だにその信仰が残っているらしいと聞いたことがあるが……。果たしてどこまで本当か、わかったものではないな。
『太古の時代に魔物と人間が共存していた』という話が、まずもっておとぎ話の域を出ん。
だから学者たちの見解では、ダンジョンから発掘される異常な力を発揮する武器や道具を、そう呼んで神格化していただけだという説が、最も有力視されている。」
そう付け加えたのは師匠だ。けれども、その淡白な解説とは裏腹にどこか落ち着かない声色をしていた。
「それで謂れというのは?」
「えぇ。この剣は自ら持ち主を選び、持ち主と認めた人に忠誠を誓うのだそうですよ。」
「よく聞く話のように思えるが?」
そう。師匠の言うように、武器や道具が持ち主を選ぶというのは、なにも珍しい話ではない。特にダンジョンから持ち帰った物や、ダンジョンにいる特殊な生物の素材から製作したものは、そういった現象が、それなりに報告される。
また、その逆に使用者に害となる呪われた武具というものも、一定数報告が上がっているのだ。
「ははは、おっしゃる通りですね。ですがこの剣の特殊なところは、持ち主になり得る人物を自ら呼ぶのですよ。そして、その者が真に剣に認められた時、この剣はその真価を発揮するのです。
先祖が残した文献によれば、”神宿りの紋”が光り輝き、宝飾はその色を7色に変えてそれぞれ異なるスキル効果を発揮。
そしてその刀身は白銀に青白い光を帯び、それはそれは美しい姿を見せてくれるのだとか。」
「7つのスキルだって?まがい物じゃないのか?」
師匠が目を鋭くして指摘した。ヒロはよくわかってなさそうな顔で聞いているが、確かに疑わしいのだ。
なぜならこの世界に報告されている中で、最も多くを有するスキル武器でも、そのスキル数は3つだからだ。
7つもスキルを使える武器が発見されたとなれば、世界を揺らす一大ニュースとなる。そんな物が、この平凡な街の平凡な武器屋の、さらに叩き売りのようにして置いてあるとは、到底思えなかった。
「全く同意見ですな。疑わしいことこの上ない。」
はっはっはと本気で愉快そうに笑うお爺さんは、しかし次の瞬間ふと真面目な表情になると、師匠に剣の柄を向けた。
持ってみろということらしいが、師匠は硬く腕を組んで動かそうとはしない。
「けれど、私にはどうにもそれが真実に思えてならないのですよ。それも、無暗に手放せない理由の一つでしてね。
現に貴女様も、この剣にどこか警戒心を抱いているご様子。」
ピクリと師匠の眉が動く。
「それで?そのどこの何とも疑わしい剣に呼ばれたのが、私の弟子だと?」
「いいえ、そこまではわかりかねます。ただ、片手剣を探してらっしゃるといって、貴女方は数ある店舗から当店をお選びになった。もしかすると、貴方たち3人の内の誰かが呼ばれたのかもしれません。」
師匠はしばらくの間、ただジッとその剣を睨みつけていた。しかし、ふと肩の力を抜くとため息をついてこういった。
「持ってみろ。」
その視線の先にいたは、ヒロだった。




