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第75話 ニケの師匠

 しばらくは無言でニケの師匠の後ろを歩いていた俺たちだったが、ニケはずっと冷や汗をかいてビクビクしていた。

 たまにチラッと師匠の顔をうかがいみては、すぐ逃げるように俯くのを繰り返していたニケは、重い空気に耐えかねたのか、恐る恐る師匠に声を駆けた。


「し、師匠……、あの、怒らないんですか……?」


「怒ってますか」ではなく「怒らないんですか」と聞く当たり、ニケが師匠に対してどのような印象を抱いているのかがよくわかる。

 気の強そうな見た目の女性だが、その性格も恐らく見た目とそう乖離がないのだろう。


「まずは、ダンジョンから出るのが先だ。」


「あ、やっぱり怒られるんですね……。」


 若干の期待と困惑を込めて訊いたニケは、シュンという音が聞こえてきそうなほど、わかりやすく諦めの表情を浮かべた。

 心なしかトボトボと歩くニケの足取りは重い。それでも俺が若干大股に歩く程度には、スピードが出ているので、やはり俺はニケの足を引っ張っていたのだと改めて思った。


 ダンジョンから無事に脱出すると、空は夕日に染まり、例の二人組が入り口前で待っていた。俺たちの姿を確認した途端、顔を明るくして駆け寄ってきたのだ。


「よかったんだぜ!無事だったんだぜ!!」


「おう、まぁ、なんだ。その……、悪かったな……。」


 それぞれが、俺たちを心配していたととれる言動をとったことで心底驚いた。彼らのせいでひどい目にあったのは事実だし、最初はバカにされて腹も立った。

 だが2人も兄貴分を亡くしているし、よく話を聞くとダンジョン付近を歩いていたニケの師匠に助けを求めたのはこの2人だったというので、責める気にはなれなかった。


「アンタらもこれに懲りたら、他人に下手なちょっかいかけんじゃないよ。」


 そう言ってニケの師匠は半ば追い払うように、彼らを帰した。ニケはというと、ダンジョンの入口を背にして、蒼白な顔で立っている。

 俺はそのニケの雰囲気にあてられて、同じく直立不動でいた。


「さて……。」


 二人の姿が完全に見えなくなったころ、ニケの師匠がゆっくりと振り返る。


「こんっっの!!!アホ弟子がぁぁ!!!!!」


「ひんっっ?!?!?!」


 ――っ?!?!


 あまりの音圧に俺の体は比喩表現なしに飛び跳ねた。ドッドッと自分の心臓が跳ねているのを感じる。

 ニケはそこに加えて、恐ろしいほど鋭い拳骨をくらって、聞いたこともないほど痛々しい声を漏らした。


 よっぽど痛かったのか、涙目で頭を押さえてうずくまっているニケからは「うぅぅぅ」と呻き声が聞こえてきた。


「よし、立てニケ。私は言ったよな?あれっっっだけ言ったよな?【模倣】は使うなって、そう言ったよな?」


 模倣……?ニケのスキルの話か?

 てっきり、自分の力だけで窮地を乗り切れなかったことに対して、ニケを叱るのだと思っていた。けれどニケの師匠の言葉からして、「使うなといったスキルを使ったこと」に対して怒っているように感じる。

 でも持っているスキルを使うなって、一体どういうことだ?それに模倣って、どんなスキルなんだ?


「は、はい……。でもあれは仕方なくて――「言い訳無用!!!!!」


 俺とニケは再び同時に肩を揺らす。ニケの師匠はニケが言わんとすることを遮り、バッサリと切り捨てた。

 ニケも自身に非があると感じているのか、縮こまってしまっている。そこまでその模倣とかいうスキルは危ないスキルなのか……?


「いいかニケ。確かにあの状況で模倣を使うのは、そう悪くない選択だった。だが!!!!それは最悪のケースで、ニケはあーなるに陥る前にどうにかするべきだった。

 酒場で出会った後冒険者組合に報告すれば、素材の過剰提供が奴らの仕業だと聞けたかもしれない。

 ダンジョンに潜る際の警戒を怠らなければ、普段お前たちの行くダンジョンを調査する為に、あとを着けていた奴らに気が付いたかもしれない。

 素材の過剰提供のタイミングが不審なことに警戒心を持っていれば、安易に下層に行かなかったかもしれない。

 他にも今回の騒動を避けるポイントは、いくつかあったはずだ。違うか?」


「違いません……。」


「アンタもだ、ヒロマサとやら。特に考えなしに突っ込んだことは感心できないな。碌に何もできないクセして、脚だけ引っ張る結果になった。自覚があるようだから、あまり強くは言わないが。」


 口調こそ強くはないが、その言葉は十分鋭く、俺に刺さる。しかし、言われたことは尤もなので、俺も素直に頷くほかない。


「でもま、そうだな……。


 よく友を守った。それでこそ、私の弟子だ。」


 ふわりと優しくニケを抱きしめる師匠。ニケの表情はこちらからは伺い知れないが、ニケの師匠はとても柔らかい表情をしている。

 彼をそっと撫でる手には慈しみが溢れていた。


「ヒロマサも、私の弟子を助けようとしてくれて、ありがとな。」


 やさしくて、温かい。女性にしては大きく、男性にしては柔らかな手のひらが、俺の頭にそっと乗せられる。

 久しく感じていなかった「撫でられる」という感覚に、すこし気恥ずかしくもあり、母親に褒められたことを思い出して懐かしくもある。


 なんて冷静ぶってはいるが、俺は嬉しくて涙が出そうなのを必死でこらえていた。

 俺は友人を守ろうとして体が動く人間だったことに、ほっとした。そのせいでニケを追い込んだのも事実だが、それでも俺の行動を肯定し、ほめてくれる人がいるのはとても嬉しかった。


「はい……、はいっ!!」


 ニケも感極まったのか、涙ぐんだ声で鼻をすすっている。俺とニケは情けなくすすり泣き、そのうちニケの師匠に「さっさと泣き止め、このアホども!」と再び鉄拳を食らった。

 かなり痛かったが、それでもこの痛みを感じられるのは、今生きているからだと思うとなんだか嬉しくなってきて、ニケと目が合ったとたん今度は二人で笑ってしまう。

 ニケの師匠はついにおかしくなったかと、自分の握りこぶしと俺たちの頭を見比べていた。






「なぁ、模倣ってどんなスキルなんだ?」


「あー、えっと、たしか『強い憧れを抱いている姿を真似することで、その者のスキルを使用することができる』でしたよね、師匠?」


 俺はダンジョン前から街への帰路で、先ほどの疑問について尋ねた。ニケは教科書を丸暗記したような口調でそう教えてくれたが、すぐに師匠に聞くあたり、本当に暗記しただけで実体験を伴う説明ではないのだろう。

 使用禁止と言われていたのだから、当然といえば当然か。


「あぁ、その通りだ。ま、あくまでも私の憶測だが。なにせニケの模倣は固有スキル――つまり、ニケだけのオリジナルスキルだ。私にもよくわからん。」


「固有スキル?!へぇ、そんなものもあるんだな。ってか、それってつまり他人のスキルを真似できるってことだろ?すげぇチートじゃねぇか!」


 俺は「他人のスキルをコピーできる固有スキル」という何とも中二心擽られる言葉に、小躍りしそうなほど興奮した。

 けれども、それはニケの師匠によってあっさりと否定された。


「そういい物じゃないさ。

 まず第一に、強いスキルというものは、それなりに代償があるものが多い。それを知らずに模倣して、何かあったらどうする?危険すぎるだろう。


 そして第二に、そのスキルや人に対してある程度強い憧れを抱いている必要がある。強そうだからと言って、サクッと真似できるわけではない。


 そして第三に、スキルは真似できてもそれを完璧にコピーできるわけではない。どれだけ鮮明に想像してなぞっても、いくらかは劣化する。


 そして第四に、発動するスキルと発動しないスキルがある。このあたりの詳細は不明だが、真似できる物とできないものがあるらしい、ということがわかっている。


 第五に、真似たスキルに体が耐え切れない場合、良くて怪我、最悪は死に至る可能性も否定できない。」


 ツラツラと並べ立てるニケの師匠。創作物のように何でもかんでもコピーして、使いたい放題というわけにはいかないらしい。

 メリットに対するデメリットが多すぎて、確かにこれでは使用禁止を言い渡されて当然のスキルだろうと思ってしまう。


「けどなんだって、そのスキルを使ったんだ?それまでは、禁止されてたから使ってなかったんだろ?」


 俺がニケにそう問うと、彼はわかりやすく動揺した。オロオロと目を彷徨わせ、「えっ?!っと、ほら、それはあの……。い、いいじゃん、なんでも!」と教えてくれそうにない。

 俺がターゲットを変更してニケの師匠を見遣ると、彼女はニッと意地悪な笑みを浮かべた。


「それはな、貴様を助けるためだよ。」


「あーーーー!!!!ちょっ、ちょっと師匠!!やめてください、恥ずかしいですから!」


 ニケが顔を真っ赤にして騒ぎ立てる。若干目が潤んでいるあたり、相当恥ずかしいのだろう。これを女子にやられていたのなら、俺はもう惚れてしまいそうだが、ニケはこう見えても男だ。

 俺はニッタリと笑うと、ニケの師匠に耳を近づけた。ニケの師匠もニマニマと嬉しそうに笑いながら、ニケが模倣を使った経緯を教えてくれたのだった。


 曰く、俺をあの部屋に放り込んでバリアで蓋をした後、ニケは模倣を使って【挑発】を発動したらしい。

 その場にいる魔物の意識を自身に引き付けるスキルだそうで、俺の方に一体でも闘牛が行くのを防ぐために使ったのだとか。


「ちょ、なんでそこまで……、まさかずっと見てたんですか?!じゃ、じゃあもっと早く助けに来てくださいよ?!」


「あのな、あくまで監督のために監視はしてたが、簡単に助けに入ったら課題にならないだろうが。それに、ピンチの時に現れた方がかっこいいだろう?」


 ニッとまぶしい笑顔を浮かべるニケの師匠。彼女に対する心の声が、ニケと俺で被った。


 この人鬼だ……、と。


 そんな話をしている間にも空は夕暮れを過ぎ、俺たちは見慣れた街に帰ってきたことでやっと肩の力が抜けたのだった。


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