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第74話 焦燥

 部屋を出てすぐの所だった。俺がそれを発見したのは。


「これ……、魔力の回復薬が入ってた瓶か……?」


 空になった瓶が無造作に床に転がっていた。先程の部屋に展開されていた魔力の壁は、地図を見た時に張った物と同じくらいの厚さはあった。

 それを思い出せば、魔力をほぼ使い切ったと思っていいだろう。

 ただ、地図を広げた時はバリアがもう少し、ハッキリと見えていた。


「一本飲んで、少しだけ魔力を残したけど、ほとんどをバリアに注ぎ込んだ……ってところか。あのバカっ……!」


 逃げろ言われてるのに飛び込んだ、バカな俺のことなんて、放っておく選択肢もあっただろうに……。

 貴重な回復薬一本と天秤にかけ、俺を選んだニケの優しい判断と、そうさせた俺の不甲斐なさに情けない感情が湧く。


 瓶を握りしめて歩き出そうと顔を上げた時、瓶から少し先に落ちているものに気が付き、俺はサッと血の気が引いた。


 ーー革袋だ。ニケが使っていた物とよく似ている。


「う……そだろ、おい!」


 俺は慌てて駆け寄り、その革袋を手に取ってみる。

 なんだこれ、あり得ないくらい軽いぞ。


 ニケの物じゃありませんように……、そう願いを込めて中を改める。

 幾らかの貨幣と、数本の空の瓶。そして……。


「【還元(レベルアップ)】用にって、持ってた……、女神像……。」


「師匠に持たされてるんだよねぇ……、師匠の自作だって言ってた。」なんて、苦笑いをしながら語ったニケの表情がフラッシュバックした。

 女神像は、この革袋がニケの物であるというこれ以上にない証明だ。


 ニケは殆ど全ての道具をこの革袋に入れていたはずで、彼はこの袋の他に、物を入れておけるようなものは持っていなかったはずだ。


「くそっ……!!」


 俺は悪態を吐きながらも、焦りと共に走り出した。

「回復薬一本を使って」だって?そんなもんじゃすまない。最後の一本だったんだ。

 最後一本を使って、そのほとんどの魔力を使い切ったニケは、どうやって自分の身を守る?


 ……無理だ。


 ニケが逃げ切れたかもしれないという淡い期待は、打ち砕かれた。

 居ても立っても居られずに、焦りに任せて走り出してしばらく行った時、闘牛の苛立ちを含んだ咆哮が響く。


「!!!……ニケか!?」


 それまでは、革袋を見かけ方向にただ真っ直ぐに走っていたが、その咆哮の聞こえた方に向き直る。

 ペースを上げて、全力で走る。


 間に合ってくれ……!


 そう遠くはなかった。刺青の男が転がっているところよりも、幾分か狭い部屋。

 そこにバリンッと聴き慣れた音が響く。


 角を曲がって部屋を覗き込んだ時、ニケは壁を背にして闘牛5匹に囲まれていた。

 身体中にアザや生傷があるのかボロボロで、震える片腕で必死に体を支えている。

 魔力切れで上手く力が入らない上に、片腕は骨が折れているのだろう。


「ニケ?!」


 名前を呼びながら部屋に入ったせいで、俺に気づいたニケと目があった。

 それをチャンスと見たらしい。

 闘牛は5匹一斉にニケに向かって駆け出した。


「ーーっ!!ニケーーっ!!」


 反射的に地面を蹴る。手を伸ばす。

 あぁ、届かない……。


 全ての動きが、スローモーションに見え、彼の死を覚悟したその時だった。


「ブモオオオオオォ!!!」


 それは闘牛の断末魔だ。あるいは驚きの声だったかもしれない。


 ニケを庇う様に立つ女性――揺れる銀のポニーテールと、透明な肌に似合わない大きな傷痕が印象的な、鋭い目つきの女性だった。


 何が起きたのか分からなかった。

 彼女はニケの前に突然現れたかと思ったら、その瞬間自身の背ほどもある巨大な薙刀を、あり得ない速度で横なぎにしたのだ。


 闘牛たちは5匹まとめて吹き飛び、壁に叩きつけられた……と思えば、胴体の真ん中からパックリと割れてしまった。


「……ニケ!大丈夫か?!」


 ヘタリと座り込んだニケを見てハッとし、女性の横を通り過ぎてニケを支える。

 触れてみると、彼はブルブルと震えていた。見れば、目には恐怖の色が浮かんでいる。


 一瞬闘牛に囲まれていたせいかと思ったが、どうやら違うようで、先程目があったときには怯えや諦めといった感情はなかった様に思う。

 それに、彼は一緒に逃げ回っている時もよく頭を回転させて冷静だったし、何よりまだ余裕がありそうな表情で頼もしかった。


 それなのに、ホッとするならわかるが、なぜ今になって震え出したんだ……?


「し、師匠……」


 震える声で絞り出された言葉に促され、俺は女性を見上げた。

 巨大な薙刀を地面につき、腕を組んでいるその女性は無表情で冷たい目を俺たち……いや、ニケに向けている。

 ビシビシと痛いほど突き刺さる視線は、俺にも飛び火していた。


 バシャリ


 突然乱暴に水をかけられ驚いたが、どうやら回復薬だったらしくニケの腕や俺の体が癒えていく。


「あ……っと、ニケの師匠……なのか……?」


 回復薬と先ほどのニケを守る様な行動が無ければ、師匠どころか敵だと判断するレベルで、ニケを睨みつけている。

 始終無言なのがまた何とも恐ろしい。


「……来な。」


 顎で出口を差したニケの師匠は、そのままツカツカと歩き出す。


「はっ、はい!!!!えっと、ヒロも行こう?立てる?」


「あ、あぁ……。」


 立てる?と聞くニケは魔力切れとは思えぬスピードで立ち上がり、さらには俺に手を差し出してまでいる。

 俺は何が起きているのかさっぱり分からず、けれども心の中で「それ俺のセリフじゃ……?」と思わずにはいられなかった。




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