第73話 危機
ヒロは上階まで登り切ったと勝手に思っていた。登り始めたのは確認した。でも、そう。
最上部に手をつくところまで、見ていたわけでは無い。
ヒロは挟み撃ちにされる僕を見て我慢ならなかったのか、1体の闘牛と僕の間に躍り出たのだ。
盾を構えて、僕の身を守ろうとした。
高く宙を舞うヒロの体は壁に強く打ち付けられ、力なく四肢を垂らしたヒロは、数メートル頭上から真っ逆さまに落ちていく。
しっかり着地できればそれほど酷い怪我はしないだろうが、ヒロは意識を失っているのか、頭から落ちていく。
そのヒロに頭突きをしようと、3体の闘牛達は僕から視線を外して、彼に角を向けていた。
「ヒロっ!」
全力で駆けて、全力でバリアを展開する。
ダァァァァン!!!
「うっ……、重っ!」
僕は無事にヒロをキャッチし、展開したバリアは闘牛の突撃を防いでくれた。盛大にバリアに激突した闘牛達は、軽く目を回しているようだ。
破られなかったバリアの裏で一気に魔力回復薬を飲み干し、気絶したヒロを肩に担ぐと彼を引きずるようにして通路に逃げ込んだ。
「はぁはぁ……。うっ……。しつこいよ、」
背後に迫ってくる複数の足音に対し、道を阻む壁を展開して再び走り出す。
ヒロを背負っているせいで、思うようにスピードが出ない。
そんな状況なので、闘牛を撒くこともできず、ヒロがこの状態では縄梯子の部屋に戻っても仕方がない。
僕は先ほどまでと同じように、バリアで足止めをしては距離を稼いで、また追いつかれてという流れを繰り返していた。
先ほどと違って会話をする相手がいない事と、ヒロの力ない体躯、たまに脇から飛びだしてくるハイウルフも、僕の体力を容赦なく削っていく。
「――『壁よ』っ!!うっ、回復薬を……。」
僕は革袋を漁って、魔力の回復薬を取り出す。
「はぁはぁ、残り……、2本……。」
残数を確認すると残りはたったの2本。このままでは、僕もヒロも助からない。
魔力切れを起こしては走れなくなるので、僕はそのうち1本をグイッと煽る。
バリーンッ
先ほど展開したバリアが割れる。重たいヒロを背負っているので、あまり距離は稼げていない。
舌打ちしたいような気持ちを抑えて、再び壁を張る。
そのまま何度かバリアを張りつつ走っていくと、見覚えのある場所にたどり着く。僕らがあの3人に嵌められて入った、あの部屋だ。
無残にも「アニキ」と呼ばれていた刺青の男が、死体となって転がっている。
先ほど飲んだ薬で魔力を回復したが、それももう尽き欠けていた僕は、その部屋を見た瞬間、ある決断をした。
「はぁ、はぁ……。うっっ、僕もう無理かも……。ヒロ……、ご、めん……。」
僕は背負っていたヒロを下ろし、その部屋に放り投げた。
背後からは5体の闘牛が迫っている。僕はヒロを投げた部屋とは、真逆の方向に向かって全力で駆けだした。
自分の体が軋む音で、目が覚めた。
「……??ここ、どこだ……?」
頭がぐらぐらする。定まらない視界には、土の壁が映っていた。
ぼんやりとして、ここが何処で今まで何をしていたのか思い出せない。
「あれ?誰か倒れて……。――っ?!?!そうだ!!!ニケっ!!!」
その部屋にあった死体を見て、一気に蘇ってくる記憶。確か、ニケが闘牛に挟み撃ちにされていて、俺は彼を助けようとして……、それで、そうだ。
俺は闘牛の一撃を受けきれなくて、宙を舞った。俺を抱えたニケが必死に何事か話しかけていたが、頭を打ったのか、耳が遠くなってよく聞こえていなかった。
そしてそのまま、意識が遠のいていったんだ。
思い出したら頭が痛い気がしてきたが、今はそんなことに構っていられない。
とにかく、ニケを探さないと。どんな経緯があって俺がここに転がっていたのかはわからないが、少なくてもここまではニケに運ばれたに違いない。
そのニケの姿が見えないことに、妙な胸騒ぎがしていた。
「くっ、頭いてぇ……。痛って!!なんだ?出れねぇぞ……?」
部屋から出ようとしたところで、何かに阻まれた。何事かと手を伸ばしてみると、やはり何かがそこにある。
まるで見えない壁でもあるような――いやまて、見えない壁……?
「おいおい、マジかよ……。」
よく目を凝らすと、何もないと思っていた空間に分厚い魔力の壁が出来ている。そんな壁をここに展開する人物に、心当たりは一人しかいない。
ニケだ。何らかの理由でここにバリアを張ったんだ。それも、魔力が視認できるほど強力に。
「くそっ……。」
それが意味することは一つ。二人では逃げ切れないと判断したニケは、俺を守るために、通路に繋がる道が一か所しか無いこの部屋に入れ、入り口をふさいだんだ。
それも自身の持てる全魔力を使って。
ニケは言っていた。「僕は大丈夫」だと。信じてやるべきだった。闘牛の頭突き一発すら耐えられない俺は、結局気絶してニケのお荷物になっただけだ……。
あの2人に助けを呼んでくるよう頼んだが、今思えば彼らが本当に助けを呼んできてくれるとは限らない。
久々にできた友人とも呼べる関係を、今までずっと独りで潜ってきたダンジョンに一緒に潜れる楽しさを。それらを失いたくなくて、理性を欠いた行動をとってしまった。
その結果が、友人を窮地に追い込んでいる。
「……いや、もしかしたら、ニケだけで地上に出てるんじゃないか?」
冷や汗をかく胸騒ぎに目を背け、そんな希望的観測を口にした。しかし、一度言葉にすると案外それが真実のように思えてくる。
「そ、そうだ、きっとそうだ……。ニケならバリアも張れるし、俺をここまで運べたってことは、きっと1人なら簡単に逃げきれたんだ……。
ははは、そ、そうだよな。よ、よーし、なら俺はここで救助が来るのを待たせてもらうぜ!あの2人組はアテにならないが、ニケならきっと助けを連れて来てくれるだろ!うんうん!
………………。
なんて、俺はバカだな。」
俺は思わず自嘲し、鼻で笑った。そうだ。助けを待つなら、ニケの無事を確認してからだ。俺がバカみたいに突っ込まなきゃ、今頃ここに安全に立てこもっていたのはニケだったかもしれない。
俺がバカをしなけりゃ、今頃ニケと二人で「危なかったねー」なんて言って地上で笑いあっていたかもしれない。
いま、俺のバカな行動のせいで、命の恩人であるニケが、友人であるニケが、窮地に立たされているかもしれないんだ。
そんな彼の無事も確認しないで、ひとり安全地帯に籠っていることなんて許されるはずがない。
俺は近くに一緒に転がされていた愛用の剣を手にし、思い切り力を込める。
「はぁぁぁぁぁぁあああ!!!!!」
バリーーーーンッ!!!!!
すさまじい音を立てて割れたのは、バリアと――そして相棒の片手剣。
「……ありがとな。」
俺は半分になったその剣を鞘に納め、落ちないようロープで固定すると、未だ破壊エフェクトの光が散っている中、その部屋を後にした。




