第72話 追いかけっこ
「ヒロごめん、魔力の回復薬少し分けて貰えないかな?!」
「あぁ、もちろんだ!ほら!」
走りながら放り渡された回復薬を、落とさないよう気を付けながら自身の革袋にしまう。
そうしている間に、洞窟内に盛大な破壊音が鳴り響いた。
「うぅ……全力で張ったバリアが……。」
僕の全魔力をかけて築いた壁が、あまりにもあっけなく崩れ去る音に、若干の落胆と焦りを覚え、つい口をこぼしてしまう。
背後からの突進を警戒していたが、すでにいくつか角を曲がっていたので、闘牛達は僕らを見失ったようだ。
足音はバラけ、追っているというよりも捜索しているような足取りに代わっている。
僕らはそれを最後のチャンスと見て、梯子のある方面に全力で駆けた。
「あの角を曲がれば、梯子があるはずだ!」
2番目の男が、遠目に見えている曲がり角を指さして叫んだ。その先に梯子があるのであれば、広い空間が広がっているはずだ。
僕らは警戒しつつも、角を曲がった先の空間に躍り出た。
高い天井に、100人ほど入ってもまだ余裕がありそうなほど、広い空間。その奥の壁付近には、不安定に縄梯子が吊り下ろされていた。
その空間に、僕ら以外には何もいないことを確認し、僕は念のため今来た道と部屋にもう一つある通路からの入口に、魔力を半分ずつ使ってバリアを出現させた。
「ニケちゃ……、いや、ニケたちが先に上がるんだぜ!」
「あぁ、オレも賛成だぜ。オレらが巻き込んじまったんだ、サッサと上がっちまえよ。」
二人は僕らにそう促したが、僕はそれを否定する。
「うんん、僕は最後に行くよ。もしもの時バリアを張りなおして時間を稼ぐから。気持ちはありがたいけど、僕は一番最後。早く昇って。」
「そうだな。さっさと上ってくれよ。」
ヒロも残る気でいるのか、二人に先に上がるよう促した。
僕はありがとうの意味を込めて彼と目を合わせ、ヒロも笑顔で頷いた。その時――。
「ブモォォォォォォォォオオオオオ!!!」
空気を揺るがすほどの轟音に驚き、そちらに視線を向けると、闘牛の1体がそこにいて喉を鳴らしたのだとわかった。
恐らく仲間に場所を知らせたのだろう。周囲から複数の蹄の音が、まっすぐこちらに向かってくるのを感じる。
「ちっ、見つかったのか!!」
あともう一歩で登りきるところだった2番目の男が、大きく舌打ちをした。それにともなって、3番目の男と二人で梯子を上るペースをあげる。
「ニケ!先昇るぞ!ニケも早く来い!」
「うん!」
ヒロが先に梯子に手をかけ、不安定な梯子にまごついていた3番目の男を急かす。
闘牛はいつの間にか2体に増え、僕の作った壁に頭突きを繰り返している。5体で頭突きされるよりは時間を稼げるだろうが、それでも込めた魔力は半分のみ。そう長くは保てないだろう。
バリアに亀裂が入る。
僕が上の階層まで昇るのに間に合うか、梯子を振り返る。やっとヒロが半分ほど登ったところで、3番目の男を下からせっついていた。
急いで登れば闘牛の頭よりは上に行けるかもしれない。
僕は割れそうになっているバリアの手前に、もう一枚バリアを展開してから、縄梯子に手をかけた。
最初に上っていた2番目の男が、3番目の男を引き上げたのを確認したときだった。
「――っニケ!!!!」
「っ?!」
バリンッ
「うっ……。」
ヒロの声に反応し、半ば反射的にバリアを展開した僕だったが、横から突っ込んできたソレに吹き飛ばされた。
何とか着地して態勢を起こすも、腕が折れたらしい。激しい痛みに汗をかき、眩暈がする。
バリアで勢いが削がれていなかったら、腕一本折れるだけでは済まなかったかもしれない。
背後からバリンと聞き慣れた音が聞こえる。
そう、貼りなおしたのは片方――先ほど2匹の闘牛がいた方だけだ。そちらに気を取られていて、僕らが来た方のバリアが割られているのに気が付かなかったのだ。
そして今、2体いた方のバリアも破られた。
僕は合計3体の闘牛に、挟み撃ちにされる形となる。吹き飛ばされた僕は梯子からかなり離れてしまい、僕を突き飛ばした闘牛が、梯子の前を陣取って仁王立ちしている。
どうやら、狙いを僕に定めたらしい。背後からも荒い鼻息が聞こえくる。
僕の魔力はあと半分。しかも、どちらかに構えばどちらかの闘牛が僕に突進しようと、にらみを利かせている。
兄さんの動きを真似すれば、避けて梯子まで行くことはできるはず……。それに、バリアも組み合わせれば、腕に回復薬をかけるくらいの時間は稼げるだろう。
でも師匠に禁止されているそれには、しっかり理由がある。むやみに使うわけにもいかない。
それに加えて、仮にそこまで時間を稼げたところで、この不安定な梯子を安全な高さまで登りきることは難しいだろう。
「ヒロっ!早く昇って!」
「でもニケっ!お前を置いていけないだろ!」
ヒロが梯子を下りようとしているのが見えてそう叫ぶと、ヒロは泣きそうな声で返した。
僕は師匠に無理やり鍛えられたおかげか、それなりに足が速い。実は4人で走っているときも、かなりゆっくり走っていたのだ。
一人ならば、バリアを駆使して闘牛を撒き、再びこの場所に帰ってくることもできるだろう。
それに最悪の場合だけれど、兄さんの動きを真似しすれば、切り抜けることができるはず。
「僕は大丈夫だから……!!お願い!行って!」
「――っ、助けを呼んでくるから、それまで待ってろ!」
ヒロはそう言って足早に梯子を上っていく。それを確認した僕は、闘牛を刺激しないようにできるだけゆっくりとした動きで回復薬を腕に振りかける。
スッと痛みが引き、手のひらを開いたり閉じたりしたが、特に違和感はない。
さてこの状況、どうしようか……。
2体いるほうと1体の方、その双方が視界に収まるよう、ジリジリと後ずさる。
これまでの見えない壁を展開していたのが僕だと理解しているのか、闘牛3体は警戒気味に鼻を鳴らしている。
「へへ、追いかけっこでもする?ハンデ付きだけど……。」
僕は杖を握りしめて、強がって見せる。
それを合図にしたかのように、3体が同時に駆け出してきた。
バリアを展開する。
逃げ切るつもりでいた。ヒロが助けを呼んでくるといっていたから、それまで追いかけっこをしてもよかったし、先ほど考えたように5体の闘牛を撒いてからゆっくり梯子を上るのでもよかった。
では、なぜ過去形なのか。
「――ヒロっっ!!!!!」
鋭い金属音、宙を舞うヒロの体。
重量のある肉体が、壁に叩きつけられる音。
表現しがたい不快な音が、部屋中に響いた。




