第71話 決死の逃走
「ひ、ひぃぃぃぃ」
「――っ!!!」
バリーーンッッ!
闘牛達は、自身が思っていたよりも手前で何かにぶち当たり、困惑している。
僕らはその隙をついて、部屋から逃げ出した。キラキラと光が散っているのは、バリアが破られた時に現れる視覚効果だ。
僕は咄嗟に彼の前にバリアを展開したが、それが間に合ったらしい。
部屋の入口にもう一度バリアを張り、追いかけてこようとした闘牛の行く手を阻む。
多めに魔力を込めたから、そう簡単には破られないはず……。
そう考えた途端、後ろから嫌な音が聞こえた。
バリンッ!!!
「う、うそでしょ?!いくらなんでも、攻撃力高すぎだよ!」
「おいおい、マジか!ちょ、お前、自分で走れって!!!」
ヒロは部屋から脱出するとき、ついでに襟首をひっつかんだ彼の尻に蹴りを入れ、無理やり立たせた。
闘牛に狙われたときに転んで失禁してしまったので、ヒロがそのままズルズルと地面を引きずっていたのだ。
ちなみにもう一人の弟分も、ちゃっかり一緒に走っている。
「ひ、ひぃぃ!おれ、は、走るの苦手なんだぜぇ!!」
「口動かしてないで足を動かせって、足を!!」
「あのクソアニキが!余計な土産残してくれやがって!」
「――っ『壁よ』!!」
4人でギャーギャーと叫びながら、狭いダンジョンの通路を駆けていく。
バリアを展開することで道を塞げるのはいいのだけれど、多めに魔力を込めてほんの少しの距離を稼げるといった具合で、またすぐに追いつかれそうになる。
距離が縮まってはバリアを設置し、何とか凌いでいるが、魔力も無限に湧き出るわけじゃない。
僕の魔力が尽きるまでが、リミットだ。それまでに何とか逃げなければならない。
早く何か手を打たないと……。
「このダンジョンは、上の階層に上がる手段が梯子だったはずだ!流石に闘牛は梯子を昇れねぇだろうぜ!上の階層に上がる梯子を探せ!!」
そう叫んだのは、弟分のうちの一人だ。
「そ、それ本当?!ヒロ、地図は?!」
「あるけど無理だ!こんな適当に走ってきたら、もう自分がどこにいるかなんて、わからねぇよ!
しかもこんな状況で、呑気に地図なんて広げてらんねーって!」
ヒロの主張は尤もだ。となると、弟分たち二人がダンジョンを探索するためのスキルを持っているか、自力で探すか、あるいはあの5体の闘牛を倒すか。
そのどれも希望は薄いように思う。
二人のどちらかが、梯子の位置がわかるならとっくにそっちに向かって走っているはずだし、闘牛を倒す自信があるのでもそう。
また、この広いダンジョンで地図もなしに、たった一か所しかない梯子を見つけることはほぼ不可能だ。
「――っ!!また破られた!よ、4人で協力すればなんとか倒せないかな?」
僕の提案を却下したのは、下の弟分だ。
「無理なんだぜ!オレたちはアニキに頼りっぱなしで、戦闘なんかしたことないんだぜ!!」
「あっ、おいテメェ!余計な事言うんじゃねぇ!」
下の弟分は自慢げに言うが、それは決して自慢できることではないように思う。
「ヒロはどう?戦って、勝てそう?」
「無理に決まってんだろ!1体ならニケとやれば何とか……。けど、5体もいるんじゃ、まともに戦えるかすら怪しいぜ。」
「そうだよね……。」
どうする?どうしたらいい?僕らが全員生きて地上に戻るためには……。
思い出せ、師匠によって立たされた死線の数々。いずれも身体能力、根性、運、そして知識と知恵。それらをフル稼働して、やっと潜り抜けてきたものだ。
思い出せばきっと何かヒントが……。
「おい、ニケっ!!!!」
ガキィィーーーン!!!
ヒロの声に反射的に振り向くと同時、鋭い金属音が鳴り響く。
ヒロが僕の前に立ち、何者かの襲撃から僕を守ってくれたのだと、一瞬で理解した。
「敵は闘牛だけじゃないんだ!しっかりしてくれ!」
ヒロの言う通りだ。考え事に夢中で、周囲の警戒を怠っていた。ヒロが切り伏せたその魔物は、僕らが受けた依頼の討伐対象であるハイウルフだった。
ハイウルフの牙を取ないといけないのだけれど、背後からは鼻息を荒くした闘牛5体が迫っている。
死体をそのままに、僕らは走り続けた。
「ヒロごめんっ、魔力の回復薬ちょうだい!」
「あぁ、ほらよ!」
僕が持っていた分が最後の一つになってしまったので、ヒロの分を分けてもらう。
走りながら煽ると、再び体に力が湧いてくるのを感じた。
けれど、このままではジリ貧だ。
「――っ仕方ない!ヒロ、地図を広げて!」
「はぁ?!無理だって!広げたって見れなきゃ、どうしようもないだろ!?」
ヒロは先程の会話を覚えていないのかと言外に僕を責めるが、走りながらもバリア展開を続ける僕は、そんなものに構う暇はない。
「いいから!!!それから、2人も辺りをよく見ておいて!
特徴的な地形があったら、すぐに地図を見て欲しい!できる!?」
「わ、わかったんだぜぇ……!」
「おいおい、何する気だ?」
弟分2人も生きるのに必死なのか、あれだけ見下していた僕の命令に従う意思を見せる。
ヒロも僕に何か考えがあるのだろうと理解したのか、疑問を浮かべることもなく袋から地図を出し、手に取った。
「おい!長い直線だ!この地形は、この階層だと3箇所しかねぇ!」
その後何度かバリアを壊されたところで、2番目の男が叫び、僕に目線をくれる。
「よし、みんな地図を!」
「あぁ!……って、ニケ!?」
ヒロは一度同意の返事をして、すぐ立ち止まって振り返る。
その視線の先は僕だ。
僕が闘牛たちの前に立ちはだかるように躍り出たことで、ヒロと下っ端2人は困惑の色を浮かべる。
けれど、そっちに意識を向けることすら、今は惜しい。
「すぅ……、っはぁぁぁぁぁぁーーーー!!!!」
僕は杖を地面に突き立てて、ありったけの魔力を込めた。
魔力が空っぽになるのを感じるまで必死に注ぎ込むと、そこには視認できるほど分厚い、魔力の壁が出来上がった。
崩れそうになる体を杖で支え、魔力の回復薬を乱暴に煽りながら3人の元に歩み寄る。
「ぷはっ!!それで、地図だと今どの辺りで、上の階層に行ける梯子はどこ?」
背後からは、突如現れた壊せない壁に苛立ちを感じているのか、頭突きを続ける音が鳴り止まない。
「あ、あぁ。現在地の候補は3か所。ここと、ここと、ここだ。」
「梯子の位置は、たしかここだぜ。」
「けど、それがわかってなんだってんだ?現在地がわからねぇ今、適当に動いたって希望はねぇぞ。」
2番目の男とヒロが、それぞれ地図上の位置を指し示す。
ところが2番目の男は、僕に胡乱げな目を向けた。そんな彼に対して声を上げたのは、意外にも3番目の男だった。
「あ、アニキ、ここ見てほしいいんだぜ。この十字路、あそこじゃないかと思うんだぜ!!」
彼が指さしたのは、未だ頭突きを続けいている闘牛――いや、その後ろにある十字路だ。
再び地図に視線を向けると、彼が差している直線通路には確かに十字路がある。他2か所については、片方はT字路から入った直線の先は行き止まりになっており、もう片方は十字路ではなくY字路に挟まれたものになっていた。
「確かにそうみたいだな。案外やるな、お前。さ、ニケの作った壁が壊れないうちに行こうぜ。」
ヒロがそう言って地図を仕舞いこみ、全員で走り出すと同時――ビシッ!!!!!
嫌な音が背後から聞こえ、つられて振り向くと僕が全力で作った魔法の壁に、巨大な亀裂が入っていた。




