第70話 魔物呼びの鈴
その日の朝も2人で鍛錬をし、フリュネーさんの食事を平らげて、いつも通りダンジョンに入る。
草原だから見晴らしもいいが、辺りに不信な人影はなかった。
ダンジョンに入ってからしばらく進むと、それまではただひたすら続くと思われていた草原に、小さな土の山が見えてくる。
その山の正体は、第二層への入り口だ。
僕らが危険を犯して深層へ行くのには、訳があった。
今まで第一層で狩りをしていたのは、楽に経験値が吸収できる他にも、実は恒常依頼でウサギの毛皮採取があったからだ。
だというのにどういう訳か、今日に限ってその依頼は「休止中」となっていた。
一度に多くの素材提供があった場合なんかに、一時的に休止するのは珍しいことでは無い。
それにいくらかヒロのレベルも上がって、新しいスキルも得た事で僕らが調子付いていたこともある。
だから僕もヒロもなんの疑いも抱かず受け入れ、第四層から出現する魔物の素材を取りに行くことにした。
それが、罠だったと分かった時には、全てがもう遅かった。
「おいおいおい、こんなにうまく行っちゃていーわけ?いーよな?なぁ、ニケちゃんよぉ?」
ねっとりとした喋り方。この喋りをする人は苦手だ。
数日前にも見た趣味の悪いタトゥーが、僕に嫌と言うほど最低な現実を知らしめる。
入り口付近で警戒するだけでは足らなかった。こうして先に中に入って、待ち伏せしてしまえばいいのだから。
第四層からは、平原ではなく狭い土壁の続くダンジョンで、魔物に追われて逃げ込んだ先は、小さな部屋のような空間だった。
その奥で、タトゥーの男が愉快そうに顔を歪ませている。
慌てて逃げようとして、唯一の入口にその子分2人が立ちはだかったところでやっと、ハメられたのだと気がついた。
ヒロの舌打ちが小さく響く。
「おう、兄ちゃんよ、確かあの日俺らを殴ろうとしてたよな?ん?俺ぁ、忘れてねぇーぞ?」
「へへへ、んなこたぁいいからよ、早くやっちまおうぜ!2人まとめてだぜ!」
危惧していた通り、彼らの矛先はヒロにも向いていたらしい。
あるいは、自分たちが楽しめれば何人いようが相手が誰だろうが、関係ないのかも知れない。
「……ごめんね、ヒロ。僕の問題に巻き込んじゃって。」
「気にすんな。むしろ、ニケだけなら上手く回避できたことかもしれないしな。」
2人で苦笑いを浮かべていると、それがまた面白くなかったらしい。
タトゥーの男は盛大に舌打ちをかまして顔を歪めさせたが、次の瞬間不自然に口角を上げた。
「よぉよぉよぉ、余裕かましてくれちゃって。けどなぁ!残念だなぁ、おい!
泣き虫ニケちゃんは、俺らを怒らせちまったんだなぁ。
っつーわけでよ、なぁなぁなぁ!今から楽しい制裁ショーの始まりだぜ!!!」
「ヒュー!!!!よ!兄貴!」
「やっちまうんだぜ!!」
僕とヒロは背中合わせになって、双方からの攻撃に備える。
僕がタトゥーの男を注視していると、彼が取り出したのは小さな鈴だ。それは、以前エリスさんに貰った”共鳴の鈴”によく似ていた。
ただし、共鳴の鈴とは似ても似つかない、禍々しい色と彫刻が施されているが。
「コレが何かわかるか?んー?ニケちゃんよぉ?」
タトゥーの男はそれはもう自慢げな笑みを浮かべている。そのことからして、僕らにとってはこの場にあって欲しくないアイテムであろうことは予測できる。
「……あんまり、いい効果を期待できるものじゃ、なさそうです。」
「チッ、バカにしやがって。
テメェらになぁ!ビービー泣いてオレらに『助けてください。何でもします。』って言わせるための道具だよ!」
タトゥーの男が鈴を鳴らす。おおよそ鈴から鳴る音とは思えないほどのけたたましい音が、空間に鳴り響く。
地鳴りのようなものが聞こえ、何事かと辺りを見渡すと、バラバラと一部壁が崩れてきた。
その奥から壁を突き破って出てきたのは、5匹の魔物。第四層から出現する、闘牛だ。
「……と、闘牛?!」
その出現率は低く索敵能力も低いため、ほとんど場合は遠距離から討つことで被害なく倒せる。
このダンジョンでは、第三層までの魔物も逃げ足の速いものが多い。そのため、ここまできた者は遠距離武器や魔法、気づかれずに接近する隠密能力などに長けていることが多く、闘牛を見かけても問題になることはあまりない。
ただし、僕らはまったくもって話が別だ。
僕らは正攻法ではなく、見えない壁を利用して、相手の逃げ道を塞ぐ戦法を取ってきた。
高い攻撃力と素早さを誇り、耐久も高い闘牛は、出会ったら「逃げる」一択の魔物だった。
このダンジョンでの遭遇率はかなり低いし、闘牛は一体ずつ行動する。何とかなるだろうと考えていた。
それが、いま目の前に5匹もいる。
「はーーっはっはっ!!こいつはいい!”魔物呼びの鈴”は本物だったん――」
タトゥーの男が高笑いを始めたが、壁から飛び出してきた一体にどつかれ、悲鳴を上げる暇さえなく絶命した。
闘牛の角に体が刺さり、鬱陶しいとでも言うように首を振って、あまりにも杜撰に投げ捨てられた。
「ひっ、あ、アニキ……?」
「な、なんで、どうしてなんだぜ?!召喚された魔物は普通、召喚者の命令を聞くんだぜ!!!」
彼ら二人も、タトゥーの男が殺されたことでパニックに陥る。
彼らの中では魔物を召喚し、僕らのことだけを蹂躙するつもりだったらしい。
けれども、ここはダンジョンだ。「想定外」というものは、常に起こりうる。
何かが魔物の気に障ったのかもしれないし、”魔物呼びの鈴”はレベル制限のある道具だったのかもしれない。
だが今は、そんなことを言っている場合ではない。
なんとかこの部屋から逃げ出さないと……。
そうは思うものの、闘牛達を刺激すれば、確実に僕らを殺しに来るだろう。そんな状態で背を向けることなど、以ての外だ。
しばらくそうして、にらみ合いが続くと思われた。ところが。
「う、う、うわぁぁぁぁ!!助けてくれなんだぜぇぇぇ!!」
闘牛達から感じる威圧感に耐えられなかったのだろう。3人組の中の一番下の弟分だった男が、情けなく悲鳴をあげて走り出してしまった。
闘牛は動くものに反応して攻撃をする。そんな魔物の前で一人走ってしまえば、どうなるかは自明の理だ。
一気に鼻息を荒くした闘牛達は、地面を蹴って彼に突進していく。




