第64話 新たなる出会い
店舗前の呼びこみや、値切り交渉をする声、そしてこれからの冒険の計画をたてる冒険者と、ここぞとばかりに商品を売り込む店員。
様々な声が重なり、活気ある喧噪を演出している出店通りを、黒髪の男が歩いていた。
「よう兄ちゃん!今日も買ってくかい?」
「やっほ、おじさん。あぁ、いつもので頼むぜ!」
「はいよ、兄ちゃん考案のハニーバターパンだぜ。いつも通り、ミルクもセットでな。」
「うんうん、やっぱこれだぜ。いつもサンキュな、おじさん!」
片手に盾を持ち、腰に帯刀する彼は、いかにも「これから冒険に行く」といった格好で、パン屋の店員と親し気に話していた。
「ハニーバターパン」とミルクを受け取った黒髪の男は、それをバックパックに丁寧に詰め込むと、爽やかな笑顔で手を振り、人ごみの中をひょいひょいと身軽に躱して行った。
たった一人で潜るダンジョンだが、入り口付近は大量の冒険者があちこちで見られるため、あまり寂しいということはない。
けれど、一定の階層を超えると話は別だ。
第5層からは川の代わりに溶岩が流れる灼熱の大地で、出現する魔物も大きく様変わりするのは、この街の住民ならば誰でも知っていること。
男はその一歩手前の階層で、一見何もない壁に手をかけた。
「たしか……、ここだったよな?」
男が鞘に入ったままの剣を振り上げ、おもいきり壁を叩いた。すると岩のように見えていた壁は土を盛っただけのようにボロボロと崩れ、その先にある道が姿を現した。
「よしよし、今日も稼ぐぞ!」
「へっへー、今日の収穫はいくらになるかなー?」
日が暮れたころ、やっと迷宮から出てきた黒髪の男のバックパックは、パンパンに膨れている。
その様子から、どうやらそれなりに収穫があったのだと、だれが見ても明らかだろう。
街に戻ってきた男は一度宿屋に戻って、ラフな格好にいくらかの荷物を持って、再び街に繰り出した。
黒髪の男が鼻歌を歌いながら、中央通りを軽快に歩いていると、前方に1人の冒険者を発見する。
艶のある美しいアッシュブロンドの髪を高い位置でまとめ、低い身長をさらに屈めながら前のめりになって、街の案内図を眺めていた。
迷子かと思って近くまで行くと、何やら悩んでいる様子で、ブツブツと何かを呟いている。
「よ、そこのねーちゃん。どうした?迷子か?」
「へ……?」
驚きの表情で振り向いた小さな冒険者は、他の冒険者に比べると随分幼い印象を受ける。
透明感のある肌と、色素の薄い流れるような長髪。大きな瞳はガラス玉のようで、幼いといえどその美しさは紛れもなく本物である。
誰もが振り返るであろう可愛いらしさに、黒髪の男も一瞬目を奪われたが、少女の呆けた表情を見て、やっと気を取り直した。
「えぇっと、そんなに見つめて、案内板に穴でも開ける気か?」
「う、うーん???この街ちょっと広すぎだよ……。
えっと、薬屋はっと……、えぇ、薬屋だけでこんなに?どこがいいんだろ?とりあえず一番近いところに行ってみた方がいいのかな?」
僕は新しくやってきた街で、案内板を眺めていた。
あれから文字も読めるようになったので、案内板を理解できずに唸っているのではない。街があまりにも広すぎて、迷宮から持ち帰ったものを売りたいのに、どこへ売りに行くのが最適かわからないのだ。
仕方がないので冒険者組合の支部に行って話を聞いてみようと思ったのに、なんと支部が3か所もあるのだ。
どの組合支部に行くべきかで再び悩むことになってしまった。
うんうんと唸っていると、背後から軽い声をかけられる。
「よ、そこのねーちゃん。どうした?迷子か?」
僕は思わず振り向いた。「迷子」という単語で、自分に話しかけているとわかったこともあるが、どうも女性に間違われることに慣れてしまっているらしい。
僕は振り返り、そして驚いて硬直した。
まず目に入ったのは綺麗な黒髪だった。癖の少ない短髪で、前髪を上げて固めている。
瞳は髪と同じ色の、深い穴に吸い込まれるような……、それでいて珍しい真珠をはめ込んだような輝きを秘めている。目尻は控えめに上がり、少し太めの眉が凛々しい。
そしてその全てを包み込む、メリハリある輪郭。
少年というには大人っぽい、けれどおじさんというには余りにも端整な、青年と呼ぶのが相応しい。そんな顔立ち。
身長は僕が見上げてしまうほど高く、その体格すら年長者特有の安心感を与えてくれる。
それに全身黒色の装備で固めたこの青年は、どこか兄さんを思い出させる
――かっこいい。素直にそう思ってしまった。
「えぇっと、そんなに見つめて、案内板に穴でも開ける気か?」
「へっ?あ、いやその、迷宮から持ち帰った物を売りたいんだけど、どこへ行ったらいいのかわからなくて……。」
彼に目を奪われていた僕は、再び話しかけられたことで、やっと反応をかえす。
「ふぅん?まぁ、確かにこの街はちょっと広すぎるよなぁ。
……どした?そんなに見つめられたら、穴があいちゃうぜ。」
「んぇっ!?あっ、すすす、すみません!か、かっこいいなって思っ……じっ、じゃなくて!髪の毛も目も綺麗だなってっ……!!
と、というか、さっきも似たようなこと言ってましたけど、僕別に目から光線とかでませんから!」
片眉を上げて、悪戯っぽく笑う彼に指摘され、僕は他人の顔をジロジロ見るという非常に失礼なことをしていたと気が付いた。
顔がみるみる火照っていくのを感じる。
それに咄嗟のことでつい、恥ずかしいことを口にしてしまったような気がする。
思わず目をそらし、手にしていた革袋を握りこみ、手汗がじんわりと滲む感覚を感じながら、数瞬の沈黙に耐える。
少ししてチラリと男の様子を伺うと、キョトンとしていた表情が一気に崩れ、大口を開けて笑い出した。
「ふくく、あははは、はー笑った。いやー、すまんすまん。ねーちゃんもう少し落ち着いて喋ろって。」
彼は笑いすぎて涙が出たのか、腹に手を当ててもう片方の手は目元をぬぐっている。
「俺の故郷では『穴が空くほど見つめる』っていう慣用句があるんだよ。別に本当に穴が空くと思っちゃいねーって。
この髪と目の色も故郷特有のものだな。……でも、ねーちゃんに綺麗だって言ってくれたのは悪い気しないな。サンキュ。」
青年は柔らかな笑顔で、照れたようにニッと口角を上げた。
そんな彼の表情につられ、僕もうれしくなって「へへへ」と、照れ笑いが漏れた。
「んで、迷宮での収穫を売りたいんだったよな?冒険者組合か、そうでなければ商業組合に持っていけば、大抵のものは買い取ってくれるぜ。
ま、多少安く買われちまうこともあるけどな。一気に売れるから、楽っちゃ楽さ。
俺のオススメはここの支部か、この街唯一の商業組合支部だ。」
そう言って彼は、案内板上に記された組合支部を示す。
依頼の確認もしたいので、すすめられた冒険者組合の支部に行こうと思い、彼にお礼を言う。
すると彼は「どういたしまして」と、爽やかに笑った。
僕がこの笑い方を真似しても、きっと「かわいい」とか「無理をしなくていい」といった評価をされるだろう。似合っているのが、ちょっと悔しい。
「なぁ、俺もこれから組合に行こうと思ってるんだけど、一緒に行くか?」
「えっ?!いいんですか?ぜひお願いします!!」
断られると思っていたのか、言いにくそうにしていた彼だったが、僕の返事を聞いてパッと表情を明るくした。
僕としても初めての街を一人で歩くのは心許なく、この申し出は非常にありがたい。
それに彼は、僕が困っていたから親切で話しかけてくれたのであって、見た目は関係なかったと、会話の節々から伝わってきた。
断る理由はない。
「決まりだな!俺はヒロマサ。熱田 弘将だ。良く勘違いされるけど、弘将の方が名前な。
気軽にヒロって呼んでくれよ。」
「あ、えっと、僕はニケ。道具屋見習いのニケ・オッドウィンです。よろしく。」
僕らは互いに笑顔で握手を交わした。
珍しい名前だとは思ったけれど、髪色や初めて聞く慣用句同様、彼の故郷特有のものだろうから、何も聞かないでいた。
けれど、これだけは言っておかねばならない。
「あ、ちなみに僕は男ですよ?」
彼——改めヒロは、僕の手を握ったまま笑顔でしばらく硬直していた。




