第63話 別れ
「本当に行っちゃうんだね……。ねぇ、今からでも僕らのパーティに入らないかい?」
アゼスさんが名残惜しそうに僕の目を見つめる。数日前にもされたその提案はとても魅力的だったが、僕の答えは変わらず「いいえ」だった。
この街にはガヴァンさんに、エリスさんそれにテテさんや女将さんといった、顔なじみが出来て居心地がいいのは確かだ。
それに”焔の巣”も、しばらくはこの街を拠点にして活動するといっていた。彼らとパーティーを組まないまでも、一緒に行動していれば多くのことを学べるだろう。
それども僕が首を横に振る理由は、エリスさんに教わったとある街に行くためだった。
「はい。やっぱり僕は、【バニパル】に行ってみようと思います。」
バニパルは巨大な図書館が特徴的で、「知識の都」と呼ばれるほど様々な情報が集まる街なんだとか。
僕がそこに行く目的は3つある。
一つは、図書館でアイテムや魔物、ダンジョンについて勉強して、自分だけでも戦略を建てられるようになること。
二つめに、各地の図書館にのみ置いてあるという「スキルの書」を読み、今後どんなスキルを取得するかを考えること。
三つめが、エリスさんの紹介にあった”薬師”に会いに行くことだ。”薬師”というジョブは、高度な薬品づくりを行える補助系統のジョブ。
同じく補助系統である、僕の力になってくれるだろうとのことだった。
ちなみにアセナは、つい三日ほど前に僕との師弟契約を終えると、翌日には何も言わずに街から去っていた。
ガヴァンさんに後から聞いた時はなかなかに驚いたが、彼女も彼女なりに考えがあってのことだったのだと思う。
いずれまた出会えることを願って、しばしの別れだ。
「あの、リュウさんたちには、本当によくしてもらって……。ありがとうございました。また会えたら嬉しいです!」
「あぁ。俺たちも、ニケには色々助けられたぜ。ありがとな!」
あぁ、駄目だ。一生会えないわけでもないのに、涙が溢れてきた。
冒険者なんて命がいくつあっても足りないような職業じゃ、どうしても「次はないかも」という思いが頭をかすめる。
でも今日の別れは、そんな辛気臭くちゃいけないよね。
僕は袖で乱暴に涙をぬぐうと、ニッと笑って見せた。
「それじゃあ、また会いましょうね!」
彼ら三人の眼にも涙が浮かんでいるのをみて、また泣きそうになった僕は慌てて踵を返し、ずんずんと進んでいく。
この先の分かれ道で右に曲がれば、ゴーリー大森林だ。3人と一緒に狩りをして、みんなで窮地を乗り切ったあの森。
けれども今日は、その道を曲がらずまっすぐ進んでいく。
「――っニケ!!
体に気を付けて!!無茶をしないんだよ!道中休憩するときはトレントにも気を付けて!それから、それから……!!」
背後から投げかけられる言葉は、かつて兄に言われたような優しい気遣い。
けれど決定的に違うのは、その声色に「まだ一緒にいてほしい」という気持ちがにじみ出ていること。
それをわかっていながら……、いや。わかっているからこそ、僕はそれを振り払う。
「――はいっ!皆さんもお元気で!!」
笑顔で振り向き、大きく手を振ると、口元に両手を上げて声を張っていたアゼスさんが、力なく手を振り返すのが見えた。
その顔は諦めたような、それでいて嬉しそうな表情で、まるで独り立ちする我が子を見送る父親のようだ。
僕は今度こそ、笑顔で道を駆けたのだった。
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「あーらら。ちょっと弱すぎたんじゃなーい?せっかく彼に憎悪を燃やす個体だったのにー。ちょーっと勿体なかたんじゃなくて?」
目深にかぶるフードから除く白肌に、一筋に引かれた紫色の紅が挑発的に笑う。
「ふんっ、所詮はただのオオカミか。多少力を分け与えたからと言って、使い物にはならないな。知恵もなければ、統率力もなしか。
復讐に憂き身をやつし、獲物を嬲ることを楽しむから負けるのだと、理解できぬのだろうな。
だが最低限、我らが主の目的は果たせただろう。ひとまずそれでよしとするか。」
同じくフードを被る男は、木の上から見下ろす女に一瞥もくれず、独り言のようにつぶやいた。
それが気に入らなかったのか、女はわざと男の頭に落ちるよう、手にした巻物を手放した。
ちらりとも見ることなく的確に受け取った男が中を確認すると、再び丁寧にまかれた巻物は、男の手元から上へ向かって不自然に燃え、灰となって落ちた。
「私たちはしばらく別のお仕事よ。アンタと一緒っていうのは癪だけど、中々楽しそうではあるわよねー?」
「はぁ……。我が主は一体何をお考えなのか。」
「すべては鷹の翼を捧ぐためよ。」
男は女の言葉に不承不承といった様子で頷き、一陣の風が吹く。巻き上げられた葉が落ちる前に、その姿は忽然と消え去っていた。
これにて第2章完結となります。
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