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第58話 見ているだけの僕

「…………ま、考えていても仕方がないわね。どちらにしても戦わないという選択肢はないわ。

 幸いその巨大オオカミ(群れのリーダー)は、あの男が弱らせてくれたんだもの。駄目で元々よ、最後まで諦め悪く足掻きましょう。」


「ワンッ!!」


 アセナが銀笛を力強く握りしめると、ハティも低く応える。アゼスさんは数瞬僕を不安そうな目で見つめていたが、すぐに覚悟を決めたような表情でアセナに同意した。


 僕は、僕は…………。


 僕だって、戦いたい。みんなの役に立ちたい。

 みんなを――、守りたい。


 だけど体が動かないんだ。アセナとハティに稽古をつけてもらっても、実戦ではまったくちがう。

 死にたくない、怖い。痛いのは嫌だ。


「ハティ、見えていない左側を狙うのよ!アゼスさんは魔法を使わず、ハティの援護をなさって。私はほかのオオカミを警戒しつつ、継続回復のスキルをかけるわ!」


「やってみるよ!」


 ついに巨大オオカミとの戦闘が始まる。僕はただ、それを見ているだけだ。

 僕は、今立ち上がらなければ立派な冒険者になど一生なれないと、どこか確信めいたものを感じている。

 なのにどうしても怖くて、恐ろしくて、足に力を込めることが出来ない。


「くっ……、火力が足らなすぎる!」


「えぇ、ハティには従魔強化のスキルが乗っているはずなのに、あまりダメージは入っていないようね。」


 先ほどから、巨大オオカミは余裕ぶってその場から一歩も動いていない。完全にアゼスさんたちを弄んで楽しんでいる。


 たまに軽く攻撃を仕掛け、うめき声をあげる彼らに対して愉悦をありありと浮かべては、鼻をならしている。


 ほかのオオカミも一切手を出さず、ただ僕らを監視しているだけだ。

 これが遊ばれていなくて、なんだというのだろうか。


「……アセナさん、僕の魔法でハティを強化するよ。これを使うと、魔力がすっかりそこを尽きて、もう一切のスキルが使えなくなる。けれど、この状況を打開するにはこれしかない。

 詠唱中の援護を頼んでもいいかな。」


「強化魔法…………。えぇ、そうね。お願いするわ。ハティならきっとやってくれる、そう信じましょう。」


「頼んだよ。『魔力の水面、映るは我が剣――」


 アゼスさんが詠唱を始めると、それに反応した巨大オオカミは、大きく跳躍してハティを飛び越え、アゼスさんめがけて飛びついた。

 ところが、それをハティが横から体当たりしてバランスを崩し、すかさずアセナが何かの道具を投げつけた。

 みるとアセナの手にはアゼスさんの道具袋が握られており、その中から補助アイテムを投げたのだとわかる。

 バランスを崩していたせいでそれを直撃した巨大オオカミは、体を痙攣させて動けない様子だ。


「痺れ玉よ!」


「ウゥォン!!!」


 巨大オオカミが苛立たし気に短く吠えると、月下狼が暗がりから飛びだし、アゼスさんを狙う。

 なんとしても詠唱を止めさせる気だ。


 しかし月下狼は巨大オオカミほど素早くないため、明かりさえあればアセナでもその動きを追える。

 未だ燃え続ける木々の明かりを頼りに、アセナは果敢にも月下狼に突進した。

 銀笛で殴りつけ、叩き落す。

 ダメージ自体はそこまで効いていないだろうが、月下狼は忌々しいとばかりにアセナに向かった。

 それをハティが許すはずもなく、応戦している。


 そうしている間にも、アゼスさんは詠唱を終えた。


『我が剣をかの者に託し、敵を討ちとる!』」


 アゼスさんの足元に展開されていた魔法陣が鋭い光を放ち、光の矢のごとくハティに集約する。


「ワオォォォォン!!!!」


 ハティは魔法陣から出た光を吸収し、猛々しく遠吠えをしたかと思うと、月下狼の喉笛をいとも簡単に食いちぎり、弾丸のように巨大オオカミに攻撃をしかけた。


 痺れ玉の効果が残っていた巨大オオカミは、避けることが出来ずにもろにその攻撃を食らった。


「――ッ!!!!ギャアアアアアアアアア!!!!」


 地面が揺れるほどの轟音。

 おもわず耳をふさいでしまうほどの悲鳴を上げて、痺れ玉の効力が切れた巨大オオカミはゴロゴロと地面を転がっている。


 ハティは巨大オオカミの、右目を抉ったのだ。


「さすがだね……。本来ここまで大幅な強化ができる魔法じゃないんだけど、君の従魔強化のスキルが相乗効果をもたらしているのかもしれない。」


「えぇ、私も驚いたわ。けれど油断しないで頂戴。オオカミ種は目を失っても、鼻が利くわ。

 それにリーダーが怪我をすれば群れの戦意が高まるはず…………、なのだけれど、妙ね。吠える声すら、一つも聞こえてこないじゃないの。」


 そんな会話をしている一方、悶えている巨大オオカミをハティがそのまま転がしておくはずもなく、足に噛みつき、のど元に噛みつきと攻撃を繰り返している。

 だというのに、群れの仲間は全く助けに入る様子がない。


 それは確かに妙だった。オオカミ種は集団だからこそ怖い。それはなにも統率だけの話ではなく、集団としての意識にもある。

 オオカミ種の群れは尊敬するリーダーを中心として、家族と同等の絆を築く。

 だからこそ、一匹でも敵と認知した相手は群れ全体の敵と認識して襲ってくるし、リーダーが傷つけられれば興奮してより一層攻撃力や速度が上がる。

 その分攻撃が単調になるのが、基本的なオオカミ種の特徴なのだ。

 これはパライさんに教わったことだった。


 だというのに、この静けさは…………?


「そろそろ強化の効力が切れる。それまでにトドメを刺さないといけない。僕も援護に入るよ!」


 アゼスさんが杖を握りしめて飛び出し、それにアセナも続く。


 巨大オオカミは痛みに悶えながらも、急所を的確に狙ってくるハティの攻撃を、寸でのところで避けていた。

 アゼスさんが道具袋から、再び痺れ玉を出して投げつける。ところが今度はかわされる。

 アセナも自身の銀笛を振りかざし殴りかかろうとするが、逆に攻撃されそうになりハティに助けられる。


 スピードも反応速度も、攻撃力もハティだけが唯一、対等に巨大オオカミと戦っていた。


 ところが先程アゼスさんが宣言した通り、ハティの速度は徐々に落ち、たまに攻撃が当たっても硬い毛皮に邪魔されて、大したダメージを与えられなくなってしまった。


 そんなハティの変化に気が付いた巨大オオカミは、ニンマリと笑みを浮かべ、ハティを鼻で上空に打ち上げる。

 そのままハティを放置し、牙を向けた先は…………。


 アセナだった。


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