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第57話 漁夫の利

 どれほど走ったかわからない。

 3種のオオカミ種による猛攻と、月明りも差し込まないほど鬱蒼とした森は、確実に僕らの体力を削っていった。


「くっ……。『火球』!」


 グルルルルゥゥ


「…………あまり状況は、よろしくありませんわね。」


「はぁはぁ……。そうだね。どんどん奥地に追いやられてる。飛び出してくるオオカミに火球を打てば、森が燃えてそちらには進めなくなっていくからね。

 うまい具合に誘導されているんだ。」


 かといって無視しているわけにもいかない。火球を放って牽制しなければ、あの賊の男がいなくなった今、僕らは飛び出してきたオオカミを対処しきれないからだ。

 基本種だけならば何とかできただろうが、ハイウルフと月下狼、それに巨大なオオカミも未だ僕らを狙っている。

 どのオオカミが飛び出してくるのかわからない以上、牽制は必須だった。


 それになんだか、アゼスさんが来てからというもの、攻撃が激化している気がする。


「新種のオオカミが、あれから一切姿を見せないのが不気味だわ。」


 そう。アセナの言う通り、アゼスさんが助けに来てくれる直前に、僕が食べられそうになって以来、あのオオカミは僕らの前に出てこない。

 僕らについてきている気配はあるので、間違いなく集団の中にはいるはずなのに、直接攻撃をしかけてこない。それが不気味で仕方がなかった。


 そのままどんどんと奥に追いやられ、ついに崖下まで追いやられた。


「…………っ!行き止まりか。助けに来たみたいな格好で、大した役にも立てなくて申し訳ない……。」


「いいえ、十分助かったわ。あなたが来なければニケも私も既にいなかったもの。それに――」


 アセナは最初は苦しそうに走っていたハティを、そっと撫でる。ハティの立ち姿は堂々としており、傷はすっかり見えなくなっていた。


「おかげで、ハティが完全に回復したわ。あの時はあのオオカミに苦い思いをさせてもらったもの……。やり返さないと私の気が済みませんの!」


「ワフッ!」


 アセナとハティも迎撃の態勢を取り、オオカミの群れに対峙する。


「"魔笛の金糸"とその相棒か……。心強いね。」


 アゼスさんも、自身の杖を構えなおす。

 二人と一匹は完全に巨大オオカミを迎え撃つ格好でいる。けれど、僕はそんな二人も冷や汗をかいていることに、気づいてしまった。


 やるしかない。できなければ死ぬだけだ。


 いつか誰かがそう零していたことがある。その時もたしか、このように周囲を囲まれていた。

 つまり、僕らはいま目の前の敵を討つか、失敗して死ぬかの二択なのだ。


 それを理解した途端、僕はあまりに絶望的な状況に、ガタガタと震えだした。体に力が入らず、背後の崖に体を支えられてやっと立っている。


「しっかりなさい、ニケ!私たちと行った稽古を思い出すのよ。」


 アセナが僕を叱責するが、僕の体は言うことを聞いてくれない。

 そんな僕の復帰を待ってくれるはずもなく、荒い咆哮が森を突き抜けた。


 ビリビリと空気が震える。

 せり上がる恐怖心に耐え切れず、僕はついに耳をふさいで膝をついてしまった。


「ニケ……!――っ!!!」


 巨大オオカミの咆哮を合図にしたのか、木の陰からは次々とオオカミたちが飛び出す。


 月下狼はアゼスさんの魔法とハティが対応し、下位種はアセナがなんとか防いでいるが、それもいつまで保つかわからないうえ、やはり巨大なオオカミは姿を見せていない。


 3種のオオカミだけでも、ギリギリの綱渡りを繰り返しているようなもの。

 ここに巨大オオカミが加われば、勝ち目はない。


 僕はそんな3者に守られながら、ただ震えることしかできずにいる。

 やがてアゼスさんの魔力も少なくなり、アセナにも疲労の色が見え始めたころ、再び巨大オオカミの遠吠えが響きわたった。


 つぎは何がくるのかと身構える3者。


 謎のタイミングで訪れた静寂にただ警戒することしかできずにいると、そんな警戒心すら無意味とでも言いうように、その巨体がゆっくり暗闇から姿を現した。


「はは、弱らせたから、トドメはボスがってことかな?」


 アゼスさんが頬を引きつらせて呟く。


「…………えぇ、そのようね。手下に雑用を任せて自分はいいとこ取りだなんて、なんて卑しいのかしら。」


「グルル」


 アセナとハティも鼻で笑って見せるが、それが強がっているだけであるのは明白だった。


 アゼスさんの火魔法による残り火に照らされ、巨大オオカミの姿がはっきりとしたとき、僕らは「えっ」と声をもらした。


 右耳はすっぱりと切れ落ち、体のいたるところに切り傷と火傷がみられる。右目は完全に潰されているのか、目の周囲は大量の血液がこびり付いている。

 爪も何本か失くしており、尾に至っては根元からそっくり無くなっていた。


 先ほどはあまりの窮地と暗さでよく見ていなかったが、巨大オオカミは致命的でないにしろ相当な深手を負っていた。


「これ、あの男が…………?彼、そんなに強かったのね……。」


「なるほど。見るところ誰かに火による攻撃を受けたようだし、自身が弱っていたこともあって、僕の魔法を警戒していたんだ。」


「えぇ、だから今まで隠れていたのね。貴方の魔力が尽きるまで。」


 僕はあの時背後から響いた、断末魔と紛うほど強烈な悲鳴を思い出した。

 ――そうか、あの時。あの賊の男がこのオオカミに重傷を負わせたのは間違いない。

 そして、そんな彼は火属性のスキルを剣に乗せていた。だから、アゼスさんの火魔法が怖かったんだ。

 この巨大オオカミにとって、"火"はトラウマになった。


 けれど、その頼りの魔法ももう、無駄打ちできるほどアゼスさんに魔力は残されていない。


 巨大オオカミは、ニヤリと嫌な笑みを浮かべた。


「ハティ!!」


 アセナが先制攻撃を仕掛けようと、ハティに巨大オオカミへの襲撃命令を下す。

 ところが、巨大オオカミは虫を払うかのように、ハティを地面に叩きつけた。


 ハティは大したダメージでもなかったのか、サッと立ち上がると再びアセナのもとに付き、巨大オオカミに威嚇する。


「くっ…………。アセナさん、僕の魔法ももうあと数発が限界なんだ。せめて群れのリーダーであるこの新種だけでも倒せれば、逃げることも不可能じゃないと思うんだけど……。」


 アゼスさんはそこで言葉を濁した。その真意は、そのリーダーを倒すことが難関であるとわかっているからだ。

 この巨大オオカミと1対3でも厳しいのに、周囲には月下狼をはじめとする上位種の群れ。

 それが束になって襲ってきたら、もはや僕らは獲物として狩る必要もない、ただのエサだ。


 オオカミ種はリーダーを失うと、統率を失い格段に群れの力が落ちる。加えて、多くの場合はリーダーを倒した敵から逃げるような行動をとることが多い。

 それゆえに、オオカミ種の群れに出会ったら、まず真っ先にリーダーから倒すのがセオリーだった。

 しかしそれが難しいうえ、上位種で構成された群れでは数を減らすこともまた難しい。

 僕らがこの包囲網を抜けるのは、ほぼ不可能だ。


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