第55話 冥途の土産
あぁ……。オレの、オレの仲間が。弟分たちが。
オレのせいだ。オレが引き際を誤った。判断を誤った。
いや違う。オレのミスはもっと前だ。森に入ったことがまず間違いだった。
武勲を建てたかった。称賛される功績を残したかった。その可能性を目の前につるされ、従うべきではないとわかっていた人物に、そして最悪な命令に従ってしまった。
そうすれば「犯罪者」として汚名を着せられ、蔑まれて……。まともな仕事を得られずに苦しんでいたオレたちも、"新種のオオカミを倒した英雄"となれば、ちょっとはまともな生活ができるんじゃねぇかと。
――そう、思っちまったんだ。
「ははっ……。笑っちまうぜ。まともな生活を望んたって、死んじまったら元も子もねぇよな。」
グルゥゥゥゥ
巨大オオカミはオレを体よく群れから逸れた餌と認識したのか、あるいはガキどもを追う邪魔をされて気に障ったのか。
その場でオレを見据え、殺意に満ちた唸り声をあげている。オレのスキルで燃え盛る炎が、血に染まった牙をオレに見せつけた。
腸が煮えくり返る想いだったが、怒りが増すほどに、どこか冷静になる自分がいる。
「チッ……。来いよ。テメェのそのクソみてぇな牙へし折ってやんぜぇ!」
「グルァァァ!!!」
「『威圧』か。ケッ、一度効かなかった手を使ってくるとはな。」
オレが頭の下まで一足で移動し、オオカミの鼻先に炎の剣を振ると予想外だったのか一瞬驚いたような顔をしたが、振り抜いた先にオオカミの姿はなかった。
「グルゥ」
煩わしそうに鼻を摩っているオオカミの毛が、やや焦げている。どうやら、完全に避けたわけではないらしい。
だが不意打ちにも関わらず、オレはヤツの動きを認識できていていないし、見えてすらいない動きに体が追いつくわけがない。
そして巨大なオオカミは、もう一ミリの隙も無く身構えている。
「…………。おい、デカブツ。テメェが殺ってくれた奴らはよ、オレの弟分だったんだ。」
オレは怒りと悲しみに満ちていた。だというのに、なぜか気分は凪いでいた。
強盗の濡れ衣を着せられ、今では食うにも困る毎日。このクソみてぇな世の中に常に苛立ちを覚えて生きてきた。
そんな毎日だったが、今だけはその全てがどうでもいいことに思えた。
「アイツらとは牢にぶち込まれた時からの仲でよ。オレが冤罪なんて下らねぇ理由で捕まったと知った時も、クソみてぇな汚れ仕事しか持ってこれねぇ時も、報酬も貰えずバックレられちまった時も、あいつらは変わらずオレを「お頭」と慕って着いてきてくれた。」
オレは発動していた炎のスキルを一度切って、剣を握りなおす。
アジトで目覚めたとき、心配そうな弟分たちに囲まれて『あぁ、このスキルは使えねぇな。』と思ったことを鮮明に覚えている。
それまでは何となく危険な気がして使っていなかったが、その日は多数の敵に囲まれてほかのスキルじゃ全く歯が立たなかった。
追い詰められて使ったそのスキルは、あまりに急速にオレの命を削っていると直感してしまった。
あの時はスキルの強力さもあって、ものの数秒ですべての敵を一掃したので、すぐにスキルの使用をやめたから気絶するだけで済んだ。
だが、あのまま使い続けたら……。
オレの命は確実になかっただろう。
だからオレはこのスキルを自身の中で封印した。オレは弟分たちを守らなければならなかった
こんな使えねぇスキルをとっちまって勿体ねぇことをしたと常々思ってたが、このスキル……、今使ってもいいかもしれねぇな。
「覚悟しやがれ、デカブツ。」
オレの変に落ち着いた雰囲気に警戒して距離をとっていたオオカミが、そのスキルを発動した途端、「何もやらせないぞ」とばかりに突っ込んでくる。
力任せでただ急所を狙うだけの単調な動きは、単なるオオカミと変わらない。おそらく他の上位種とは違って知恵の方は発達していないのだろう。
だから、簡単に読める。あとは体がヤツと同じ速度で動ければいい。
「ギャインッ!!」
「チッ、当たったのは耳か。」
初めて感じたであろう強い痛みに困惑しているのか、前足でしきりに頭部を撫でている。その頭部にあったはずの右耳は、斜めにすっぱりと切り落とされていた。
垂れ落ちる血が目にかかり邪魔だったのか、バサバサと乱暴に体を揺らして顔に付いた血を吹き飛ばそうとしている。
それをチャンスと見たオレは、さらに切りかかる。
視界が引き伸ばされ、何も認識できなくなる。振り下ろした先にあったのは、巨大なオオカミではなくただの岩だった。
「……避けやがったか。」
目を丸くして覇気のない声で「グルッ、グルゥ」と不思議そうに唸っていた。
砕け散った岩とオレを見比べ、数瞬信じられない様子だったが、すぐに警戒して身構えた。それまでとは違い、ヤツの表情に余裕などなくオレを睨みつけている。
「グルルルルル」
「ヘッ、やっとオレを脅威として認めたっつーこ――ゴフッ」
急に器官から昇ってきたソレを抑えることもできず、口からこぼれだす。
巨大オオカミは動いていない。
「おいおい、いくらなんでもはえーぞ。クソがっ。」
スキルは確実にオレの体を蝕んでいた。せめて……、せめてコイツの首を取るまでは保ってくれ。
――地面に滴る大量の血。オレの血だ。
「ははっ……。決めたぜ。テメェの首をあいつらへの土産にしてやんぜ。」
「グルゥゥゥゥゥ!!」
オレは再びヤツの首を狙って剣を振る。オレの視界は、スキルの恩恵によって得た身体能力に全く追いつかない。
ガキンッ
「チッ、ギリギリ爪で防ぎやがったか。」
忌々しそうに右前足の隙間から睨む巨大オオカミの爪は、2本欠けていた。
「金属みてぇな音しやがって……。なんつー硬さだ。」
切った、というよりは力任せに砕いたかのような欠け方に、思わず唸る。
今度はこちらからとでも言うように、猛スピードでオレの首を狙ってくる。
単調な動きでギリギリ助かった。体は追いついても、目が追いつかねぇ。
ガチンッ
再び金属のぶつかり合うような音が響き、襲い来る衝撃でオレの剣が巨大オオカミの攻撃を防いだことが理解できた。
だが、代償にオレの剣は折れていた。
「チッ、なまくらがっ!」
再び巨大オオカミの姿が消えたため、オレは慌てて上へ飛ぶ。
オレの予想より高く飛んだが、そのおかげで奴はオレを見失ったらしい。
そのまま折れた剣にスキルを乗せ、炎の剣を生成すると落下の勢いに任せて巨大オオカミに切りかかった。
「ギャン!!!!」
手には確かな肉を断つ感覚。
「ヘッ、爪と牙以外は柔いじゃねぇか。」
ゴロゴロと乱暴に地面に転げまわる巨大オオカミの尾は根元から無くなり、代わりに血と肉の焼ける匂いが立ち込めた。
ヒャーヒャーと言い様の無い声をしきりにあげ、痛みに悶絶している巨大オオカミ。
それをチャンスと見て、そのまま切りかかろうとした。
「その首貰ってく――ガハッ」
視界がぐにゃりと歪み、霞んでいく。血が大量にせり上がり、体から力が抜けて膝をついてしまった。
軽い音を立てて剣が手から抜け落ちる。
「ゴフッ…………。ク……ソが……。」
発動していたスキルも効力を保てず、急激に体が重くなって地面に倒れこんだ。
もはやただ首を動かすこともつらい。
ひとしきり痛がった巨大オオカミは、とびきりの恨みを込めてオレを睨んだ。
そんなオレが倒れているのを認識した巨大オオカミは、ニヤリと下品な笑みを浮かべたかと思うと、オレの背中に前足を乗せ、徐々に体重をかけ始める。
情けねぇな……。
判断ミスで弟分を殺しただけでなく、土産すら持って逝ってやれねぇなんて。
巨大オオカミの遠吠えに呼ばれるように、大量の気配が集まってくる。おそらく、下位種の群れだろう。
オレが死んだら率いる群れに喰わせる気か。
ミシミシと悲鳴を上げていた骨が、嫌な音を立てて折れた。
体が弱りすぎたのか、もはや痛みも感じない。
「ゴボッ」
再び血が口から吹き出し、意識が遠のいていく。
クソが…………。
死の間際、体の反射で跳ねた指に何かが触れる。
ソレが何かを理解したオレは、沈みゆく意識の中でふと笑みがこぼれた。
それを見た巨大オオカミは怪訝な顔をしている。
テメェの一部……。なんとしても土産に貰ってやるぜ。
「ヒュッ――――――!!!!ギャアアアアアアアアア!!!!」
巨大オオカミは一瞬呼吸がつまり、次いで過去一番の悲鳴を上げた。
オレの手に触れたのは、先ほど折れた剣先だった。
オレはそれを精一杯の力で投げつけ、油断しきっているヤツの眼に突き刺したのだ。
ヤツがそのあとどうなったか見届けたかった。
だがもうオレは、視界は真っ暗で音も急速に霞んでいく。
もはや抗えない眠気に身を任せ、オレの意識はまどろみの中に消えていった。
おう、ウスノロども。
テメェらへの土産に敵の目ん玉持ってきたぜ。ヤツの首、取ってきてやれなくてすまねぇな……。
この話はいつもより若干長いので、2話に分けるかもしくは番外編として章の最後に挟もうかようかと悩んでいました。
ですが、話の流れを考えてそのまま55話として投稿することにしました。
長いお話でも最後まで読んでいただき、ありがとうございます。




