第52話 上位種の群れ
「はぁはぁっ、アゼス!!」
「アゼス?!どこへ行ったんだ……?」
リュウとゴーシュが息を切らせて部屋に舞い込むと、すでにそこには人影などなかった。それどころか、大怪我をしていたはずのハティの姿もない。
回復薬の入った袋を握りしめ、二人は部屋の中を見回す。
もしや、襲撃者か?そんな嫌な考えが頭にチラついた時、ゴーシュが置き手紙を発見した。
「リュウ、これを。アゼスからの、置手紙だろう。」
「ほんとか?!」
リュウはゴーシュからひったくるようにして手紙を受け取り、内容を確認する。それによると、どうやら起きだしたハティを追うことにしたらしい。
そういえば、と冷静にもう一度部屋を見渡すと、ハティの物らしき血痕が、ベッドから廊下へと伸びていた。
襲撃があったよりは幾分マシだが、それでも喜ばしい状況ではなさそうだ。
リュウが確認したハティの様子は、息も絶え絶えで、やっとの思いで助けを求めに来たといった感じだった。
それなのに主人のもとへ行ったとすれば、その命はそう長くないだろう。
「それにアゼスは、近距離戦には弱い。ハティと共に、ニケとアセナ・カルロッドに追いついたところで、一人では限界がある。」
「あぁ……。とりあえず、血痕を辿ってみようぜ。もしかしたら、途中で追いつけるかも。」
「そうだな。」
リュウとゴーシュは、宿の女主人に「馬を借りられないか」と打診したが、手持ちの馬はすでにアゼスに貸してしまったという。
舌打ちしたくなうような気持ちを抑えて礼を言い、血痕を辿って走りだした。馬がいないのでは、自分の足で走るほかない。
馬とオオカミの足には到底追いつけるはずもないが、それでも行動しないよりはマシだ。せめて、大事に至る前に合流できればいいのだが……。
四方から僕らを囲みこむように聞こえてくるオオカミの声は、ジリジリと距離を詰めてきていた。
僕の手持ちは、ブートレストと対峙した時に、慌てて引っ掴んだナイフだけだ。
アセナも僕とそう変わらない状況で、見たところ銀製の横笛を一本持っているのみ。
けれども武器が手元にあるだけ、まだよかったと思うべきだろう。
ブートレストはよほど急いでいたのか、あるいは僕らの荷物になんてみじんも興味がなかったのか。
いずれにせよ僕もアセナも、襲撃を受けたそのままの格好でここに連れられてきていた。
「お、おいっ!おとり用のガキが……!」
しまった!拘束から脱したことが、ブートレストに気付かれた!
サッと血の気が引いて動けない僕とは対照的に、アセナは咄嗟に僕とブートレストの間に立って、僕を庇う姿勢をとった。
アセナ……。
僕はまた、誰かの背に守られている。
「あん?……チッ、こんな時に面倒だぜ。いっそまとめてここに置いてくか……?」
男の言葉に、僕もアセナもびくりと肩を揺らす。ここに置いて行かれる……。それはつまり、おとりにされるということだ。
その先の未来は見えている。
「そ、それは駄目だっ!このウジ虫はどうでもいいけど、アセナ様は連れていく!」
「チッ……。いいか、坊っちゃん。オレらの守るべきは、まず第一にオレら自身の命。次に金をもたらす依頼主のアンタ。それ以外は最悪どうなっても責任は取らねぇ。そういう契約だったろ?」
「う、うるさい!だからこっちのガキは、どうなろうと構わないって言って――」
オォォォォォォォン
ブートレストの言葉は、オオカミの遠吠えによってかき消された。
遠吠えが聞こえてから、森に静寂が流れる。
まるでそこには何もいなかったかのように錯覚するほどの沈黙が、空間を支配した。
アセナや雇われの賊にはわかっていた。それが、嵐の前の静けさに過ぎないことを。
「い、いなくなった……?」
けれど場慣れしない僕には、わからなかった。周囲にいたオオカミがその気配を消したので、いなくなったのかと勘違いした。
実際はただ、息をひそめて飛び出す合図を待っているだけだった。
ビュツと何かが風を切る。
直後ガチンと、低い金属音。そこでやっと、僕はその行方を目で追った。
――オオカミだ。
僕が知っているものより一回り大きくて、それでいて毛皮は見慣れた灰色ではなく燃えるように赤い。
ギラリと光る黄金の瞳。賊の一人が自信を守るように構える剣に、砕きそうなほど噛みついている牙は、一本ずつがナイフのように鋭い。
「ひっ?!」
「クソッ、上位種の群れだ!頭を叩け!!統制を崩すぞ!」
「へい!」
恐怖で腰を抜かすブートレストには一瞥すらくれず、男は部下に命令を下す。
最初の一匹が飛び込んできてから、間隔を開けずに代わる代わるオオカミが突っ込んでくる。
突っ込んでは森の暗がりに引き、また攻撃を仕掛けては引いていく。そうして僕らの体力がなくなるまで、いたぶるつもりなのだろう。
狡猾で連携をとるのがうまい。だからオオカミは集団になると危険。オオカミこそ新人冒険者が、集団の恐怖を思い知る、その最たる魔物だ。
さらにその上位種ともなれば、攻撃力は高く、体力も多い。
僕のような、スケルトンを一体倒すのがやっとな人間が襲われれば、ただ死を待つだけだ。さきほど下手に逃げ出さなくて、かえって良かったかもしれない。
「コイツらは偵察部隊っつうとこだな……。群れの構成はハイウルフだ。頭はまだわからねぇが、少なくとも情報に上がってた巨大な新種じゃねぇ。」
賊の男がそういうと、ブートレストは途端に立ち上がり、威厳のない震えた声で吠え始めた。
「た、たかがハイウルフだと?オオカミに少し毛が生えた程度の強さじゃないか!何を警戒する必要がある。さっさと殺してしまえ!」
そんなブートレストに隙ありと見たのか、群れの一匹が彼に飛びかかった。
しかし厳つい見た目に反して滑らかな動きで、賊の男はそのハイウルフを切り伏せる。男はその死体を、荒々しく蹴り飛ばしながら、頭を抱えて丸まるブートレストの胸倉につかみかかった。
「テメェみてぇなボンボンにはわかんねぇだろうがよ。いいかよく見ろ。今はな、夜だ。しかも深い森ん中。
それを夜行性で集団で狩りをする魔物の群れに囲われてんだぞ?完全にヤツらのフィールドだ。
状況は最悪。下位種のオオカミにだって警戒すんぜ。テメェの『何をしても目立たない夜にしろ』っつうわがまま聞いてやってんだ。こっちのやることに文句つけてんじゃねぇぞ。」
ドンと乱暴に突き放されたブートレストは青ざめて怯えていたが、尻餅をついた痛みで、恐怖が苛立ちに変わったらしい。不服そうに「クソッ」と吐き捨てていた。
一方賊の男は、ブートレストのそんな様子には目もくれず、仲間たちに次々と指示を出していく。
そうして何とかハイウルフの群れを一掃したころには、夜も深まり空気が冷え切っていた。
「例の新種は、もっと深ぇところにいるはずだぜ。おいお前、毛皮はほっとけ。牙だけ剥ぐんだ。いいな。」
「へい、お頭。」
賊たちはハイウルフの死体を一所に集め山積みにすると、僕らを囲いながらより森の奥へと歩を進めた。
風の一つすら吹かない森の中、静寂のなかに僕らの足音だけが響いた。




