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第47話 必要な覚悟

「きちんと敵を見なさいな!ほら、こっちからも来るわよ!」


「……へ?わっ、あわわわ、いたっ」


 ズザザザーと痛々しい音を立てて、顔面から地面に滑りこんでしまう。

 朝は基礎トレーニング、昼前は素振り。そして夕方は実戦形式で、ハティとアセナを相手に立ち回る訓練を付けてくれていた。

 冒険者組合にて『師弟制度』に登録した以上、それらしいことをする必要がある……とは建前で、この訓練はアセナの善意で行われていた。

 僕が一人で魔物を倒した経験が極端に低いことを知ると、アセナは即答で「あら、そうなの?なら、訓練を付けてあげるわ。」と若干加逆心を滲ませた笑顔で、答えてくれたのだった。


 アゼスさんの言った通り、『師弟制度』の審査はかなり厳しかった。

 これまでこなしてきた依頼の回数やランク、出会ったきっかけ、収入、貯金額、その他様々な内容を報告・精査された。

 なんとか審査に通ったのは、ガヴァンさんが口添えをしてくれたからだった。

 ハティに回復薬を分けたあの日、アセナが報告書を提出したのはガヴァンさんだった。だから、事の次第をよく知っていたのだ。

 双方の事情をよく知り、なおかつ組合側の中立な人間からの提言があったということで、形骸化された制度でありながらも利用することができた。


「あの……、ガヴァンさん。えっと、その、ありがとうございます。た、助かりました。」


「おう、坊主。ま、やっと静かに話せるんじゃねぇか?よかったな!」


「は、はい!」


 彼の変わらず快活な笑顔に、僕までどこか明るい気持ちになれる。アセナもガヴァンさんのことは一目置いているのか、ぺこりと丁寧なお辞儀を見せた。

 ちなみに、冒険者組合は相変わらず忙しそうだったが、他の業務を行えるよう調整はできたらしい。




 そう言うわけで訓練を付けてもらって早3日。その間特に大きな事件もなく、ブートレストが接触してくるようなこともなかった。

 訓練を始めたといえども、3日ではほとんど何も変わらず、未だに何かを掴めたという感覚もない。


「ハティはスキルの乗らない棒切れに叩かれたところで、大した怪我なんてしないわ。仮に多少怪我をしても、私が回復魔法を使えるのよ。もっとしっかり反撃なさい。」


 アセナはそう言うが、あの日弱々しくハティに縋るアセナを見てしまったため、正直なところハティを叩こうとは思えなかった。

 僕が持っているものは、本当にただの棒きれで、その辺で拾ってきた枝だ。

 だからと言って、叩かれて痛くないなんてことはないだろう。


 3日間ずっとその調子だからか、アセナはどうしたものかと、ため息を漏らしていた。

 僕はせっかく稽古を付けてもらっているのに成長せず、申し訳なくなってしまう。


「うーん、そうね……。明日は、実践訓練は一旦()めにしましょう。」


「……っ」


 その言葉に、ズキリと胸が痛んだ。僕があまりにも成長しないから……。

 そうネガティブな考えに落ち込み始めたとき、呆れたようなアセナの声に否定された。


「あなた、何か勘違いしてらっしゃらない?いいこと?3日やそこらで劇的に変わることは無いわよ。

 ただ、ダンジョンの罠部屋で見た、貴方の動き……。気になるのよね。」


 訓練中アセナが悩み込むことはよくあったけれど、そういうことだったのかと納得する。

 実戦訓練での逃げ腰な僕と、ダンジョンで見せた俊敏な動きがどうも噛みあわないと、アセナはずっと思っていたらしい。


 そういうわけで翌日は、昼食の食休み後の訓練を実践形式から変更して、木と藁で作られた人形に切り込むことになった。

 先日焔の巣と共に購入した短剣を汗ばむ手で握り、深呼吸して兄の姿を思い浮かべる。

 いつかの兄の背中。スケルトンに一人で立ち向かった時と、同じ動作。


 敵の右腕を低い姿勢で潜り抜け、背後を取る。

 あとはそのまま、流れるように首を落とせばいい。それだけだ。


 刀身は音もなく、滑らかに藁を切断した。

 一文字に切り取られた藁人形の頭部は、パサリと軽い音を立てて地面に落ちる。わずかに砂埃を舞い上げると、そのまま静かに横たわった。


「いっつ……」


 ホッと息を吐いて歩き出そうとして、前回と同じように太ももの痛みで崩れ落ちる。

 アセナが慌てて継続回復スキルをかけてくれたが、「結構基礎トレーニングしたのに、まだ駄目なのかぁ……。」と残念な気持ちは隠せなかった。


「なるほど……、やっぱり、あなたのその動きは駄目ね。」


「は、はぁ……。えと、そ、そう……だよね。攻撃してすぐ倒れちゃうなんて――」


「違うわ」


 僕の声を遮るようにピシャリと言いのけたアセナに、僕は思わず顔をあげる。

 違う?違うって、なにが……?


「以前あなたに言ったわよね?覚悟が足らないと。あなたにはそれがどういう意味か分からなかった。だからあの日、私に詳細を求めた。そうだったわね?」


「そ、そうだけど……。」


 アセナは一言ずつ確認するように、話しかける。なんだか今からお説教されるために、自らの行いを報告するような気まずさがあり、思わず目をそらしてしまう。


「じゃあ聞くわよ。あなたは、敵と戦うときに必要な覚悟って、なんだと思うかしら?」


 アセナから受け取った水筒から水を飲みながら、考える。

 敵と戦うときに必要な覚悟……?なんだろう。そうだなぁ、みんなはよく「死ぬ気でかかれ」とか言っているから――。


「え、えっと……、死ぬかもしれないって、覚悟……とか?」


「……多くの人はそう答えるわ。そしてそれも間違いではない。けれどそれ以上に必要なのは、『目の前の命を刈り取る覚悟』よ。」


 そう語るアセナの目は、まさに覚悟を決めたような目だった。決意を秘めた目。その奥に何か芯を感じる目。力強くて、憧れる兄も時折見せた……そんな瞳だ。


「魔物だって生きている。それに、敵は魔物だけである道理はないわ。時に同じ人間だって、私たちに牙を剥くのよ。

『殺される』というのは、覚悟なんてなくても勝手に起こる、ただの事象だわ。

 けれど『敵を討つ』……そのことには、それ相応の重い覚悟が必要なのよ。」


 彼女の言葉は、僕の心を大きく抉った。

 考えてもみなかった。生命を終わらすことへの抵抗と罪悪感。それらは、重く、暗く、鈍く、鋭い。

 そんな感情を振り切って、彼女は相棒と共に、敵を討つのだ。

 いったいどれ程の覚悟が、彼女にはあるのだろうか。それを持たない僕には、推し量ることなどできなかった。

 けれども一つわかるのは、彼女は間違いなく、僕よりも強い。僕なんかより遥かに兄に近いところに立っている。

 感情的にも、実力的にも。


「め、目の前の、命を刈り取る覚悟…………。」


 言葉に出したことを後悔した。声に出した途端、その言葉は僕の心に鉛のように重く、()し掛かってきたからだ。


 そうだ。多くの人にとって魔物とは、忌み嫌い、嫌悪し、駆除すべき対象だ。ところが、彼女の相棒であるハティも、元はといえば魔物に違いない。

 彼女にとって魔物がどのような存在かわからないが、少なくとも他の多くの冒険者が考えているよりも、身近な存在であるだろう。

 さらに言えば、彼女の幸せは人間の手によって崩されているうえ、少なくとも一度は人間もその牙にかけている。

 ともすれば、人間よりも魔物の方が身近な存在として、感じている可能性もある。ハティに至っては、同族を手にかけているのだ。

 それでも魔物を殺し続けるアセナとハティの心は、僕に推し量ることなど、できる(よし)もない。


 僕には、僕という存在があまりに空虚で安っぽいものに、思えてならなかった。


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