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第46話 師弟制度

 たった一人生き残ったアセナは、燃え盛る屋敷の前で、途方に暮れていた。夜が明け、再び日が暮れても、ただぼんやりと立ち尽くしていた。

 そんな時、声を掛けてきたのがブートレストだった。


「おぉ、アセナ様。お(いたわ)しや、全てを失ってしまったのですね。今あなたを癒して差し上げられるのは、私だけ……そうですよね?

 あぁ、そうだ!結婚しましょう。私の家でも色々とありましてね?つい昨日、爵位を世襲させていただいたのですよ。お互い独り身ですし、家族になり支えあいましょう。

 クククッ、あぁ……あぁ!!貴女と私が結婚!なんと素晴らしい!!!」


 鳥肌が止まらなかった。気持ちが悪かった。アセナは、この男の言っていることが理解できない。

 年の差は20近くもある。親子ほどの年齢差だ。

 いや、それを抜きにしたところで、燃え尽きた柱と死体の山を前に、「結婚」などという単語は吐き気がするほど似つかわしくなかった。

 素晴らしいってなに??この状況の?何が素晴らしいというの????


「さ、ボクの……いや、()()()()家に帰ろう……。アセナ様。」


 ブートレストの手が触れた肩から、嫌悪感がゾワリと広がるが、全身が冷えたように固まって動かない。

 いや、もはや目の前に広がる地獄によって、逃げる気力すら失っていたのかもしれない。


「痛ってぇ!!!!」


 ブートレストは、突然大声をあげて飛びのく。

 何事かと見ると、ブートレストの腕にはハティが牙を剝いてぶら下がっていた。


「ま、魔物!?なんだコイツっ!!いったいどこから?!」


「……ハティ。」


 喉を低く唸らせ、攻撃的に睨みつけるハティは、強盗からアセナを守ったときと重なる。あんなに辛そうにしていたのに、アセナに手を出すなとばかりに、しっかり噛みついている。

 そうだ、ハティ……。私には、ハティがいる。ハティだけが唯一の家族だ。

 こんな男など、家族として認めるものか。


「ハティ……、もういいわ。おいで。」


 ハティは私の呼びかけに答えるようにブートレストから牙を離し、よたよたとアセナに寄り添った。


「あ、あ、アセナ様……、そ、それは魔物でっ……!ひっ、ば、化け物!!!」


 ブートレストはすっかり腰が引けてしまい、尻餅をついたまま、情けなく後ずさっていた。

 アセナはそれを冷たく見降ろし、ハティを抱き上げて、吐き捨てるように言った。


「家名を継いだのでしたわね……。それでは改めまして、ブートレスト卿、御機嫌よう。二度と私の前に姿を現さないでちょうだい。」


「ま、まて、アセナ様ッ!なんで、なんでだ!!やっとボクの物になるはずだったのに!!!!」


 ブートレストの厭らしい叫びが聞こえないよう、心に蓋をして。あるいは、二度と浸ることの出来ない、宝のような日々に蓋をして。

 アセナ・カルロッドはその日、生まれ育った土地を去ったのだった。




「その後も、ブートレスト卿はしつこく言い寄ってきたのよ。最初は求婚の手紙が冒険者組合を通して、大量に送られてきたわ。

 返事をしないでいたら、今度は『僕も君と同じ冒険者になったんだ。結婚はまだ早いよね。一緒にパーティーを組んで、愛を(はぐく)んでいこう』という、気持ちの悪い勧誘を、凝りもせず送ってくるようになったのよね。」


「でも全部燃やしてやったわ。」と鼻を鳴らすアセナは、本当にブートレストが嫌いなのだろう。ハティも同じく、ブートレストの名前が出るだけで不機嫌そうに尾を揺らした。

 話終わった後、アセナは弱々しくため息を吐いた。


「はぁ……、でもまさか、直接会いに来るとは思わなかったわ。私はもう貴族ではないというのに……、一体どこまで本気なのかしら。」


 アセナの目に浮かぶのは、嫌悪と恐怖だ。先ほどの様子からして、ブートレストに付きまとわれて、相当困っているのだとわかる。

 ブートレストの目も、普通じゃなかった。あれは愛や恋なんてものじゃない。執着、嫉妬、所有欲……そういった、アセナにとって良くない何かだ。

 あんな感情に晒され続ければ、おかしくなってしまいそうだと、当事者ではない僕ですら感じる。

 でもこの話を聞いて、僕に一体何ができるだろうか。何とかしてあげたい。でも、出来ることがわからない。


「……聞いてくださって、ありがとう。ニケに話したら、少し気が楽になったわ。」


 そう言って笑顔を浮かべるアセナの表情は、誰がどう見てもやつれていた。

 なんと声を掛けたらいいのかわからず、無言で俯いていると、今帰ったらしい焔の巣の3人の話し声が聞こえてきた。

 僕は閃いてアセナの手を取る。


「あのっ……アセナ、僕が一緒に居た3人にも、話をしてみよう!」


「えっ?」




ーーーーーーーーーー


「なるほど……。ニケの言いたいことはよくわかるよ。

 要するに、僕らとニケが一緒に行動することで、そのブートレスト?とかいう奴を、アセナさんに近づけさせないようにしたいと、そういうことだよね?」


「は、はい……。」


 アゼスさんは僕の話を正しく要約してくれたが、終始眉間に皺を寄せて難しい顔をしていた。

 腕を組み「うーん」と考え込んでいる様子のアゼスさんに、不安そうに結論を待っているリュウさんとアセナ。ゴーシュさんは、ただ目を閉じて静かに話を聞いていた。


「あのねニケ、僕らは生計を立てるために、ダンジョンに潜らないといけない。けれど、アセナさんの状況を聞く限り、彼女はいまダンジョンにいる方がよくないように思うんだ。」


 アゼスさんの言ったことはこうだ。

 街の中ならば何かをされても、冒険者組合や街に駐在している衛兵に、助けを求めることもできる。

 一方でダンジョンや森林などは、時に無法地帯と化すこともある。なぜなら、ダンジョン内で起こっている出来事は、ダンジョンの外から確認することはできず、内部で目撃した者さえいなければ、どんな事件も明るみにはならないからだ。


 仮にブートレストが、僕らを殺そうと画策すれば、退けることは難しいだろう。

 アセナの身を守り、ブートレストを近づけないという意味では、目が多く、助けを求めて駆け込む場所もある街中に居た方が、いくらか都合がいいのだ。


 だからと言って、焔の巣やニケがずっと街の中に居ることもできない。

 ただでさえその日暮らしの生活が続く今、いつまで続くかわからない籠城を行うことができないのは、火を見るよりも明らかである。


「申し訳ないとは思うけれど、僕らはアセナさんの力には慣れないよ。」


 アゼスさんは本当に申し訳なさそうに言った。アセナはわかっていたとばかりに頷き、リュウさんとゴーシュさんも無言で俯いているだけだ。


 とりあえず、今日はアセナの宿まで送っていくと焔の巣が言ってくれた。5人でアセナの宿に向かって歩いて行く。

 道中で口を開くことはほとんどなかったが、もうすぐアセナの宿に着くといったところで、リュウさんが「そうか……そうだ、それがいい!」と突然明るい声を上げた。

 僕らは、またリュウさんが興味を惹かれる物でもあったかと無視しかけたが、どうもそうではないらしい。

 唯一リュウさんの"新しい物好き"を知らないアセナが「どうなさったの?」とリュウさんに問いかけた。


「だからよ、アセナさんを守る方法だぜ。」


「え……?」


「アセナさんが冒険者組合を通して、俺たちを用心棒として雇えばいいんだ!そうすれば、俺たちも生計を立てられるし、アセナさんも守れる。だろ?」


 リュウさんが得意げに言い、僕もその手があったかと感動する。ところが、アゼスさんとゴーシュさんは難しい顔でため息を吐いた。


「リュウ……。そうなると、今度はアセナさんに出資を強いることになるんだけど?というか、その方法をとるなら、僕らなんかじゃなく、もっと強い冒険者を雇えばいい。そうでしょ?」


「うっ、そうか……。良い案だと思ったんだがなぁ。」


 リュウさんはシュンとして、唇を尖らせてしまった。

 ところが、そのすぐ横でアセナが声を上げる。


「……いいえ、それよ。冒険者組合!」


 僕らはまた頭に疑問符を浮かべた。冒険者組合がなんだというのだろうか。


「たしか組合には、形骸化した制度だけれど『師弟制度』があったはずよ。それを利用すれば、ニケ一人だけならなんとか……。ニケだけでもいてくれるなら、心強いわ。」


「そうか!確かに『師弟制度』なら、結局お金はアセナさんの元に舞い込むわけだから……。」


 僕以外の全員が「なるほど、なるほど」と満足げに頷いているが、僕は何が何だか全くわからない。


「あ、あの……、『師弟制度』って、何ですか……?」


「あぁ、ニケは知らなかったんだね。『師弟制度』っていうのは――」


 アゼスさんに教えてもらったところ『師弟制度』とは、文字通り「師匠」と「弟子」として冒険者組合に登録する制度らしい。

 弟子は組合に格安の仲介手数料を支払う。

 一方で師匠には、『師弟制度』の師匠に登録されている期間は、双方の冒険者ランクの差によって、決められた報奨金が手渡される。

 要するに、師弟の関係が良ければ、またランクに差があるほど、「師匠」側は何もしなくても金銭的に潤うという事だ。

 これは新人冒険者が早々に危険な冒険にでて、命を落とすことが多かったためにできた制度だった。


「これが形骸化したのは、審査が厳しくなったせいで、誰も制度を利用しなくなったからなんだ。

 当時は力に物を言わせて、無理やり師弟関係で登録させ、組合からお金だけ騙し取るって詐欺が横行してね……。

 他にも、せっかく師弟関係を結んでいるのに何も教えてあげなかったり。」


「でも使えない制度ではないから、僕はアリだと思うよ。」とアゼスさんは続けた。


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