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第44話 アセナとブートレスト

「はっ、はぁはぁ……うえっ、へ、はぁはぁ、」


「ふぅ、にっニケ……、大丈夫?」


 アセナが心配そうに僕の背中をさすり、ハティも足元にすり寄る。

 走っているときは無我夢中だったが、武器屋に入って安心した途端、疲れを自覚してしまった。

 アセナも僕よりは大丈夫そうだが、額に汗がにじみ、肩で息をしている。


「っだ、だいじょうぶ。うっゴホゴホッ……。すぅ、はぁーーーー。その……、もう大丈夫。あ、ありがとう。」


 何回か深呼吸を繰り返したことで呼吸が整うと、アセナにお礼を言って背中を伸ばす。

 どうやらその間にアセナも落ち着いたようで、乱れた髪を指先で梳いていた。


「ニケ、ありがとう。あなたって、その……、案外おっかないのね。」


 チラリとこちらの様子を窺いながら言ったアセナは、語弊があると気づき、慌てて否定する。


「あ、違うのよ。本当に……感謝しているわ。私、あの方どうも苦手なのよ。あなた偶に、すごく頼りになるって言いたかったの。」


「い、いやその……ご、ごめん、腕を引っ張って……。」


「いいのよ。ブートレスト卿なんかより、ずっと優しかったわ。」


 ふんっと鼻を鳴らすアセナは、「触られただけでも腹立たしい」というように吐き捨て、ハンカチで乱暴に手を拭いていた。

 武器屋は急に駆け込んだにも関わらず、丁寧な対応で迎えてくれた。やはりアセナが向かっていた武器屋は、それなりに質の良いものを扱っている。

 アセナから貰った回復薬代を全額使いきれば、やっと一つくらいは購入できそうだというレベルだ。

 それらの中でアセナが選んだのは、前回の木製の笛とは隔絶した輝きを持つ、銀製の横笛だ。

 この笛の音がダンジョンに鳴り響けば、魔も人も関係なくすべてが魅了されてしまうのではないか。そんな錯覚を起こすほどには、その金糸によく馴染む輝きだ。

 ハティもその音色に、酔うように聞き入っていた。




「……なにも聞かないのね。」


「え?」


 アセナが遠慮がちに呟いたのは、もうエリスさんの宿屋に着こうかというところだった。

 僕はその意図するところがわからず、聞き返す。


「ブートレスト卿のことよ。」


「えっと……、僕がきいてもいい話か……」


「そう……よね……。貴方に迷惑は、掛けられないわ。忘れてくださる?」


 丁度宿屋に到着した僕に背を向け、去っていくアセナの背中は暗く陰っていた。

 僕は彼女の言い方に、引っかかるものを感じた。

 僕としては彼女の事情に口をだして、また冷たくあしらわれても仕方ないと思っただけだったのだが、アセナの言い方ではまるで、「僕の身を守るために話さないのだ」とでも言いたげだ。


 もしそうならば、彼女が「聞かないのか」と吐露した言葉は、本当は聞いてほしい、助けてほしいという声が、漏れ聞こえたものではないのではないだろうか。

 そう推測してしまえば、もはや彼女を呼び止めないという選択肢はなかった。


「あ、あのっ……!アセナ……!」


 路地の先、沈む夕日を背に緩慢と振り返る。


「その……、えっと、よかったら、夕飯でも……。」


 逆光でアセナがどんな表情をしているのか読めない。しかし、そのまま夕日に溶けてしまいそうな金糸に、僕は追うように声を掛ける。


「も、もしアセナがよければだけど……。は、話しを、聞かせてほしいなって……。」


 なおも無言で立ち、動かない彼女とハティ。

 ただ夕日の中に喧騒だけが響き渡る。


「…………本当に、聞いてくれる?」


 か細い声。揺れ動き、空気に溶けてしまいそうな危うさをはらむ。

 普段のしっかりした口調のアセナからは一切想像できず、一瞬アセナの発した言葉だと理解できなかった。


「ぼ、僕でもよければだけど…………。」


 できれば人目につかない場所がいいという事で、外に夕飯を食べに行くことは止めて、パンを買って宿の部屋で対面する。

 ハティは部屋の臭いが気に入らないのか、やや不機嫌そうに鼻を鳴らしていた。

 買ってきたパンを食べ終え、温めたミルクを飲みながらアセナが話し出すのを待った。


「……なんとなく察していたとは思うけれど、私実は貴族の生まれなの。ブートレスト卿とは、その頃からの顔見知りよ。」


 彼女の話によるとかつてのブートレストは、アセナの家よりも爵位が低い家の次男だった。

 ある日、アセナの家が招待された食事会にて、アセナとブートレストは出会うことになる。

 出会った当初から、苦手だという意識はあった。ところが、その後何度か出席した集まりで、それまで出会わなかったブートレストに毎回声を掛けられるようになった。

 時には、ブートレスト家の主人や長男が参加していない集まりであっても、彼だけは参加し、アセナに着いて歩くこともあるほど。


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