第31話 なぞる
大丈夫、大丈夫……。落ち着いて、しっかり兄さんの姿を思い描いて、あとは確実になぞるだけ……。
僕は未だ遠目に見えている、その動く人骨を見据えて、腰元の短刀に手をのばす。
すらりと滑らかに刀身を表したそれは、卑しい白が鈍く光を反射している。
脈打つ鼓動が、次第に脳に鳴り響く。
「スケルトンは、首さえ落とせば倒せるよ。何かあればリュウが助けに入るし、僕らも他の魔物が介入しないように、全力で警戒する。ニケ、頑張って。」
アゼスさんにそう言われて、軽く肩を叩かれる。いつか、オオカミに初めて対峙した日を思い出した。
あのときも、パライさんが背中を押して――。いや、今は目の前の敵に集中しないと。
初めてその刀身をもって、敵を断たんとするナイフ。その牙は妖しく、僕の喉元に、突き立てられているようにすら思えた。
「すぅ……はぁ……。い、いってきます。」
3人は無言で頷いた。
2歩、3歩と近づいていくと、無機質ながらも明らかに独立して動くそれに、生物として強烈な違和感と、忌避感を覚える。
逃げ出してしまいたい。
カシャンと硬い音を立て、骸骨がこちらを向きなおる。その眼窩に在るべき生命は宿っていないが、こちらを認知したことは、直感的に理解できた。
相手の得物は、木製のバット。言ってしまえばただの太い木の棒だ。
大丈夫……。当たってもちょっと痛いだけ。大丈夫。
僕はその場にとどまり、対照的に2歩、3歩と距離を縮めるスケルトンを見据える。
もう一度深呼吸し、兄の幻影を瞼の裏に映す。
あとはもう――、なぞるだけ。
「ふっ」
地面を蹴った時、自然と息が洩れた。
たった一蹴りで急速に敵との距離が縮む。
目は追いついていない。体も急な動きに驚いている。でも僕は、兄さんの姿をなぞるだけだ。
遅鈍に振り下ろされたバットは、蹴りだしたままの低い姿勢に追いつかない。
そのまま脇の下をくぐり抜け、敵の背中を取る。
あとは……、首を跳ねるだけ。
コンッ――――。
カンッ、コトン。
砂岩の硬い床にたたきつけられ、生気のない頭蓋は3回ほど跳ねた。ゴロゴロと鈍い音を立てて転がり、やがて誰かの足先に行きつくと、静かにその動きを止めた。
それとほぼ同時。今やっと首のないことに気付いたとでもいうように、骸骨の体はガラガラと忙しなく崩れゆく。
完全に崩れきり、数瞬の静寂。
それを破ったのは、リュウさんだった。
「す、すげぇ……。二人とも見たか、今の動き……。」
「――っ。み、見た。」
アゼスさんとゴーシュさんも、信じられない物を見たといった様子で頷き、未だ息を飲んでいる。
僕はそんな様子など見えておらず、安堵に体の緊張が抜けた所為で、盛大に息を吐きながら、その場にへたり込んでしまった。
「……その、た、立てる?」
アゼスさんが、未だに実感がわかないような、戸惑いを見せながら僕に手を差し伸べる。
彼の手をとって立ち上がると、太ももに鋭い痛みが走った。
「いっっ!」
突然の痛みに反応できず、再び地面にへたり込む。どうやら、無理な動きに体が耐えきれず、筋肉を傷めた様子だった。
「えっ、大丈夫!?体を痛めたの……?一体どんなスキルを使ったらそうなるの……。
普通は、体に負荷がかかるような強力なスキルを会得できる頃には、レベルアップで体がスキルに耐えられるよう、強化されているはずなのに。」
アゼスさんは、より不可解だと眉間の皺を深めてしまった。
ゴーシュさんは、怪我用の回復薬を一つ僕に手渡してくれたが、やはり彼もどこか幻を見せられたかのように、動作に戸惑いがにじみ出ていた。
「すげぇな、ニケ!お前、あんなスピード出るんなら、この辺の魔物なんて怖くないんじゃないか!?俺ビックリして呆けちまった!」
そう目を輝かせて、僕の肩をバシバシと叩くのは、リュウさんだ。僕が思わぬ戦闘を見せたせいで微妙に重くなっていた雰囲気を、一気に消しとばして快活に骨を拾い集めている。
そのおかげで、アゼスさんもゴーシュさんもやっと現実に戻ってきたかのように、はっとして僕に労いの言葉をかけてくれた。
「リュウのいう通りだ。すごいよ、ニケ。まるで玄人の動きだった。体が技術に追い付けば、体を傷めずに沢山魔物を狩れるようになるよ!頑張ろう!」
「そうだな。ここまでやれるとは、正直思っていなかった。ニケは、もっと自分に自信を持ってもいいだろう。」
ゴーシュさんは、僕の頭に軽く手を添える。
僕は、初めて自分の力だけで魔物を倒したことに、高揚して、たっぷりと吸収したミストに、冷めやらぬ興奮を再び刺激されたのだった。
その後、再度同じ様にスケルトンを倒し、そして過去の出来事をなぞるかのように、同じく足を痛めてしまったので、それ以降僕は見学ということになった。
「すごいけど、まだ体が追い付いていなくて、危険なスキル」だと認識され、暫くそのスキルは使用しないようにと、3人から言い含められた。
けれど、正直僕は兄さんの戦闘をなぞっているだけで、特に何かスキルを使っている自覚はない。
そのことを伝えた結果、一旦僕はサポートに回ることになったのだ。
主に荷物持ちと、戦闘終了後の素材の回収の手伝いをして過ごし、体力に余裕があるうちに帰路に着くことになった。
恒常依頼のガラス玉収集もついでに行い、彼らが受けた依頼であるスケルトンの骨も、可能な限り集めた。
そして僕が受けた依頼である、スケルトンの頭蓋骨を3つ。このうち二つは自力で集めたのだと思うと、感動も湧いてくるというものだ。
戦闘禁止を3人に言い渡されたので、1つは当然3人が倒したものを分けてもらったのだが、それでも半分以上自分の力だと思うと、嬉しくて涙が出そうだった。
「ほら、ニケ。恒常依頼の分け前だ。」
「えっ……、い、いいんですか?」
「当たり前だろ。ニケが倒した分も含まれてたんだから。さ、受け取れって。」
そう言ってリュウさんが僕の手に乗せたのは、丸銅銭を3枚だった。ちょうど宿代を払えるだけの金額。
ということは、先ほど限定依頼の報酬として受け取ったお金は、そっくりそのまま僕の財布に入ることになる。
「あっ、ありがとうございます!」
自分で稼いだ報酬が、そっくり財布の中に残る。冒険者になってから初めてのことだ。そのことが、僕はものすごく嬉しかった。
翌日の朝、朝食にお金をかけてしまうのが勿体無いと、思ってしまうほどには。
まぁ結局、焔の巣が出そうとしてくれたところを、自分の手元にお金があるのに甘えるわけにはいかないと、泣く泣く出したのではあるが……。