第3話 初めての市街地
「そういえば、まだ自己紹介してなかったよね?俺はパライ。パライ・マリンだ。このパーティの…ま、リーダーをやってる。よろしく!」
そう言って気さくな笑顔で手を差し伸べられたので、僕も挨拶しながら握り返す。
「えっと、ニケ・オッドウィンです。よろしくお願いします。」
「うん、よろしく!で、こっちの水晶持ってんのがスピネルで、杖持ってんのがコハク、御者台にいるのがトルマリン、こっちの茶髪がメノウで、最後にこっちの金髪がウチで最年少のオパール。」
「え、えと…、は、はいっ!みなさん、よろしくお願いします!」
名前を呼ばれるたび、一人ずつ小さく頭を下げた彼らに倣って、僕は大きく頭を下げた。
沢山いて覚えるのが大変だなぁ、とも思ったけれど僕はもう一つ気になった疑問を口にした。
「ところで、パーティって、なんですか?」
「…へ?」
馬車の中全員の視線が驚きで僕に向き、御者台に座っていたトルマリンさんまで、僕をチラリと見ていた。
他の人より先に我に帰ったリーダーさん…改めパライさんが、羞恥で顔を真っ赤にした僕に、丁寧に説明してくれる。
「パーティっていうのはね、基本的には行動単位を表す語なんだよ。1人の場合はソロ、2人以上はパーティ。あまり規模が大きいとまた別の呼び方をしたりするけど…ま、詳しいことは追々ね。」
「す、すみません、僕、何も知らなくて…」
「はは、いいさいいさ!あの小さな村じゃ冒険者どころか行商人だってそんなに来ないだろう?知らなくて当然さ。ゆっくり知って行けばいいんだから、わからないことがあったら聞いてね。」
その優しい言葉に励まされて、改めてお礼を言った。
パーティーって言うのは要するに、冒険者の多くが組む、一緒に行動するグループのことらしい。
中には一人で行動しているソロって人も一定数いるらしいけれど。
僕は道中、パライさんからこれまでどんなモンスターと戦ったとか、冒険者をやってると人助けをしているようで気分がいいんだ、とか武勇伝に類するような内容の話を沢山聞いた。
そうして話している内に、僕らは目的の街についた。
【ゼノン市街地】
レンブラントに最も近い場所に位置する、"組合"の支部がある街だ。
パライさん曰く、冒険者として生活して行くには、"組合"への登録と"教会"の存在が欠かせないらしい。
「ニケ、街の区分については知ってる?」
「はい。確か、僕がいた様な"村"が1番小さくて、集落、町、市街地、都、都市、国の順で大きくなるんですよね?」
「そう、正解。そして、"教会"は"町"以上の街にあって、"組合"は"市街地"以上の街に支部を置いている。だから、初めて冒険者になろうと思っている人は”組合”のある市街地以上の街に行かなければいけないということだね。」
この区分は、その街間の所属関係には依拠せず、単純に規模のみを表すものらしいけれど、誰がこの制度をとり決めたのかは、知られていない。
「冒険者になるには、まず教会にいる神官のスキルでレベルを上げてもらって、同時にジョブ選択をした上で、組合で冒険者登録をする必要があるんだ。」
…ということらしいけれど、正直口頭で説明されてもよくわからない。
「まぁ、やって行けばわかるさ。」
なんてウインクしたパライさんは、やはり美形。まぶしいような錯覚に襲われかけた。
街に到着したのが既に夕暮れ時だったからか、パライさんらは寄り道もせずに真っ直ぐに宿へ向かった。
僕は初めて訪れた知らない街に興奮し、おのぼりさん全開でキョロキョロしながらも、彼らに必死について行った。
はぐれてしまったら、合流できる自信がない。
【宵闇の雲】
隠れ家的に細い路地裏に入り口を構える、どこか仄暗い雰囲気で、想像していたよりも活気の少ない、というか少し静かすぎる印象を受ける宿だ。
部屋は3部屋で、僕とパライさんが同室、あとは男女で分けられた。
そして、現在隣接の酒場で夕食を食べている。
こちらもまた、想像していたものとはかけ離れてかなり静かで、疎らにいる黒フードの人々は正直言って怖い。
みんなと同じ丸テーブルを囲い、キョロキョロと辺りを見渡していると、机の上に木製のコップに注がれたビールが7杯置かれた。
「えっ…?ぼ、僕お酒飲めないんですけ…」
訴えを口にしきる前に、ビールを持ってきたガタイのいいおばちゃんに睨まれ、僕はすごすごと引き下がるしかなかった。
だって怖い。すごい怖い。
マドレーヌさんなんか、可愛いもんだと思ってしまうくらいには怖い。
お水が欲しいけど…、あんな人にお願いするなんて無理っ!
そんな僕の様子に気づかずに、パライさんはみんなにコップを掲げるよう促す。
「それじゃあ、新メンバーを祝って。乾杯。」
落ち着いた声色で、丁寧に音頭をとるパライさんに続き、コップを掲げて静かに縁を重ねるパーティメンバー。
僕だけやらないわけにもいかず、慌ててコップを手に取って掲げる。
直後みんなゴクゴクと喉を鳴らし、一杯目をあっという間に飲み干してしまった。
実は僕は、村にいた頃からお酒は飲めないということにして、一度も飲んだことがなかった。
いや、正直に言うと一度はある。
兄の飲んでいた深い赤の果実酒を、ジュースと間違えて飲んでしまったのだ。
その後しばらくの記憶はないけれど、目が覚めたら家の中はぐちゃぐちゃに荒らされ、兄に今後一切の飲酒を禁止された。
そんな僕は戸惑うばかりで、コップの中の金色の液体に口をつけることが出来ずにいた。
「どうした。ビールは苦手か?」
聞いてきたのはパライさんではなく、トルマリンさんだった。
初めて聞く声は思いのほか渋くて、少し驚く。
「えっ、と、実はあまりお酒にいい思い出がなくてですね、育ててくれた人からも禁止されていて…。」
僕がモゴモゴ口の中で言葉を転がすように言うと、彼は一言「そうか」とだけ言って黙ってしまった。
しかし、その会話を聞いていたらしいパライさんが、水を注文してくれた。
お酒が飲めないことに気づいてくれたトルマリンさんと、お水を注文してくれたパライさん。
どっちにお礼を言うべきか迷って、結局二人ともに礼を述べた。
ちなみに僕が残したビールはパライさんが、当然のように飲み干していた。