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第27話 独りで。

 朝とも昼とも取れない時間帯。朝の張り出しからは数刻過ぎているためか、冒険者組合の中はまばらに人が居るのみで、普段より幾分か静かだ。

 僕は掲示板の前で、恒常依頼の白い張り出しを眺める。昨日教えてもらったのと同じ掲示物を見つけて、ほっとした。


 あれはえっと……、やく…そう――薬草を、うーんと、4……そうそう、4株で。4株につき……角銅銭3枚か!


 随分と時間をかけたが、しっかり自分の力だけで読み解けたことに満足し、組合を後にすると、今度はゴーシュさんのアドバイス通りに教会へ向かう。


 実は昨日の戦闘で何度か、少量ではあるものの、経験ミストを得ている。

 スライムを何度か発見したことが、斥候として戦闘に貢献したと見做されたらしい。教会で『還元』して、レベルが上がるといいなぁ。


「では、これより神にミストを託し、恩恵を授かる『還元』を始めます。

 『汝、力を欲す者。神の御前に、魔物を討伐したその証明を提示せよ。神よ、ニケ・オッドウィンに恩恵を。』」


 ブワリと背筋を掛ける熱は、2度目の体験だがまだ慣れない。レベルがあがったんだ。よかった。


「ふむ。『お告げ』は必要ですか?」


「えっ……と……?」


 僕は前回聞かれなかったことを問われて、狼狽える。『お告げ』?なにそれ??

 その戸惑いに、神父は優しくほほ笑んで説明を加えた。


「追加でお布施をお納めくだされば『お告げ』を行います。ご自身のステータスは『お告げ』以外では、知ることが出来ません。

 我々が『お告げ』をきき、紙にしたためるのですよ。『お告げ』では、現在の貴殿のステータスと、現状取得できるスキル及び、そのために必要なレベルがわかります。

 取得できるスキルだけならば『祝福』でも知ることが出来ますがね。」


「そ、そうなんですね……。ちなみにそのお布施って、どのくらい……?」


「えぇ、当教会では角銀貨1枚で承ります。」


 にっこりと柔和な笑みを浮かべる神父さんだが、今の僕には到底払える額ではない。なんとか「い、いらないです……。『祝福』だけお願いします……。」と発する。


「そうですか。残念です。では、『祝福』を行使させていただきます。」


 神官がそう言ってスキルを使うと、以前と同じように、声が聞こえてくる。


 ――貴方のレベルは3です。選択可能なスキルはありません。――


 えっ、あ、そうなるのか……。僕は落胆して、祈りの姿勢を解く。

 よくあることなのか、神官は何も言わずに流れ作業的に淡々と、僕を教会の外へと送り出した。

 まぁ、新しいスキルは得られなかったけれど、レベルは上がったんだから、それで良しとしよう。

 気を取り直して、僕は街の外へと続く門へ向かった。


 焔の巣のメンバーと4人で歩いた草原も、森へ入る道も、こんなに寂しいものだったかと若干気落ちする。

 同時に、森の中が以前より薄暗く感じられて、どうも不気味だ。


「えっと、薬草が4株で角銅銭3枚だから、宿代を払うには最低でも……、えっ、40株?うぅ、そんなに集めないといけないのかぁ。

 そっか、昨日はリュウさんたちが受けた限定依頼があったから、あんなに早く終わったんだね。」


 算出した数字に、気が遠くなりかけた。けれど、薬草はある程度群生する。ならば、2~3か所群生地を見つけることが出来れば、40株集めることだって、そう難しくはないはずだ。

 そう思ったら、なんだかできそうな気がしてきた。


「よ、ようしっ!やるぞ!」


 あまり奥地には入らないように。トレントには警戒して、一か所にとどまりすぎないように。休憩するときは、必ず枝を一本折ってみて、トレントでないことを確認する。

 トレントの場合、細い枝でも幹に負けない強度を誇るため、折ろうとしてみれば見分けがつくそうだ。

 森の中を歩くのは、村に居たときから日常的に行っていたことだ。大した苦にはならない。

 それでも、目標の半数である20株が集まるころには、陽がてっぺんを回り、少し息が切れていた。


「はぁ、はぁ。一人で警戒しながら森を歩くのが、こんなに大変だなんて思わなかったよ……。」


 丁度いい位置に切り株を見つけて腰かけると、腰や足には思ったより疲労がたまっていたことが実感できた。

 まだあと20株か……。

 僕はふと目に映った”黒死蛇の牙”を手にして、すらりと刀身を引き出した。木漏れ日を反射させると、その光は妖しさを纏う。

 相変わらず不気味な赤い線が這う刀身は、「お前を喰ってやろうか」と脅してくるような気さえする。

 この武器は諸刃の剣だ。もし扱いを間違えたなら、この短剣はその恐ろしい猛毒をもって、主人である僕を殺す。

 この危なっかしい武器は、正直なところあまり頻繁に使用したくない。早いところ、それなりの金額を手に入れて、通常の短剣を手に入れたい。

 なんなら、通常の短剣でも魔物を倒せるようになりたい。


「でもこのペースじゃ、まだ当分先だよね……。」


 思わずため息がでる。今はニュートンの街最安値の宿に泊まり、これまた最安値のパンとミルクを一食。これを賄うだけで、その日の稼ぎが消えていく。


 やっぱり今日も、焔の巣に同行すればよかったかなぁ…。


 一瞬浮かんだ考えを、頭を振って追い払う。

 うんん、僕が自分で決めたことなんだ。今更後悔しても仕方ないんだし、まずはこの依頼をやり遂げないと。


「うん。そうだよね!休憩終わり!さ、次の群生地を探しにいくぞー!」


 独り言を言うのは、寂しさを紛れさせるため。それが余計に物悲しいものだとは、気づかないフリをした。


 薬草の群生地は比較的浅い場所にもそれなりに存在し、陽が頂点からほんの少しズレる頃には、残り一桁まで集めることが出来た。

 ところが、その段階まで来て、次の群生地が見当たらない。

 薬草はいくら成長が早いとは言っても、一か所から取りすぎてしまうと、次が生えなくなってしまうため、最低でも2割は残さなければならない。

 ところが見つかる群生地は、ほとんどが採り尽された後だった。


「そうだよね……。昨日僕らも採ったし、僕ら以外にも採集する人たちも当然いるよね。」


 どうにもあとたった数株が足らない。僕はあたりの警戒を忘れないように注意しながらも、顎に手を当てて悩む。


「うーん、どうしよう……。もう少し奥地に行けば、多少残っているかもしれない。でもなぁ……、トレントやスライム以外の魔物も増えるし、それに危険な魔物だって出てくるかもしれないし……。」


 かといって、僕と同じく経済的に困窮している焔の巣に頼ることは、難しいと思った方がいいだろう。

 それに、他者に頼る前提で動くのは、できる限り避けるべきだと思ってる。

 その、まぁ……、文字通り「できる限り」には、なっちゃうんだけど。


「うん、決めた!少しだけ奥にも行ってみよう。もしもの時は、エリスさんにもらった【共鳴の鈴】を使えば大丈夫。」


 半ば自分に言い聞かせるように言葉を発し、森の奥地へと足を向ける。

 大丈夫、そんなに深いところまで行くわけじゃない。大丈夫、大丈夫。


 暫く進むと、思った通り薬草が青々と茂る、群生地を発見した。

 よかった、これで少なくとも、宿代が払えるだけの報酬はもらえるはず……。


「――っ!?あれ、今何か聞こえたような……?」


 目標の40株よりも少し多めに採集して、さてそろそろ帰ろうかと言うとき、背後から物音が聞こえた気がした。

 振り返って目を凝らしても、そこには何も見えない。


「き、気のせい……?早く帰らないと。」


 そう言いながらも、念のためとお守り代わりに、短剣を抜く。

 構えにもなってない持ち方で、ぎゅっと柄を握りしめ、恐る恐る足を前にだす。


 タシッ


「ひっ!」


 やっぱり何かいる!!

 空の色が鮮やかに変わりはじめ、森には暗い影が落ちている。この時間になる前に、帰るべきだった。

 後悔しても、もう遅い。

 僕には見えない暗がりから、何かが確実に僕を見ている。


 タタッ  パキリ  ガサガサ


 軽い地面を蹴る音、枝が折れる音、草葉を掻き分ける音。

 その中に、低い唸り声が混じる。一体じゃない。周りを囲まれている。


「ど、どうしよう……。どうしたら……、」


 短剣一本を大事に抱え込み、不安げに辺りを見渡す僕は、彼らにとって格好の獲物だろう。恐らく容易い狩りになると喜び、鼻息を荒げているに違いない。

 耳元で聞こえていたかのように錯覚していた息遣いが、途端に消えた。

 えっ、いなくなった……?


 ワォォォォォン


 次いで、木々を揺らめかすほどに鳴り響く遠吠え。呼応するように、何体もの遠吠えが重なる。

 オオカミだ……!

 ここでやっと、襲撃者の正体を知った僕は、震える手足でやっと短剣を構えた。

 思い出して。そう、思い出す……。そうだよ。兄さんは複数の魔物を相手にするとき、どうしてた?

 思い出し、なぞって、合わせる!


 一匹のオオカミが木々の隙間から飛び出したとき、チリンと腰につけた鈴が揺れた。


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